目的は、さらなる上昇でも現状維持でもなく軟着陸


 顔は男の履歴書、などと言うがそれは女も同様である。


 わたしの左頬には今、傷がある。傷というか痣というか、小さな範囲ではあるが、そこだけがあきらかに醜く黒ずんでいる。


 昨年十月中旬、次女の保育所の運動会で保護者参加競技に出場した。我が子と交代で三輪車をこぐという内容で、まず当該の三輪車の座席に臀を入れることができるか、という競技を遂行するにあたって大前提的かつ不可避の関門があったのであるが、そこをクリアしたあとはなんとかペダルを踏み、15mほどのレーン(しかも芝生)を爆走した。三輪車に乗るのは実に久しぶりであった。当然だが。


 そうして無事親としての義務を果たしたわけであるが、無事だったのはここまでで、保護者席に戻る際、競技フィールドと観覧席を隔てるロープをまたごうとしてわたしは鮮やかに引っ掛かったのだった。罠にかかったイノシシさながらであった。間違えてとどめを刺されなくてよかったと思う。このあたりは今でこそ猟のシーズンで猟師さん達がうろうろしているが、十月はまだ禁猟期間だったのが幸いした。ともかくも、わたしはそこにあった放送機材に顔から突っ込んだのである。急激かつ極度の疲労で、自分が思っていたほどちゃんと足が上がっていなかったらしい。


 そんな履歴で、わたしの左頬には傷がある。正月を越えてもう二カ月以上が経過し、代謝を促進するという処方箋薬だって継続して塗っているにもかかわらず、いっこうに消える気配がない。しかも上に陳べた通りきわめてしょうむない履歴である。どうせ同じ傷が残るならもっと、トラにやられたとか、九死に一生スペシャルなドラマがネタとして欲しかったところである。


 この冬は初めて、右手中指の爪の脇も割れた。こちらもなかなか治らない。水仕事と乾燥が原因であるが、ハンドクリームを塗っても塗っても、油分を保持する機能自体が落ちているのだろう。


 もうつまり、手短に言えばそれすべてが老化ということなのだと思う。そういえば、三人目の子供を産んでからは髪の毛が格段に瘦せてしまった。一本一本が細くなり、量も減った。かつて剛毛多量を誇った己がアタマと現在のこれが、同じ自分のものなのかと、字義どおり頭を抱えて愕然とすることがある。細くなったことに乗じて、クセの方は力を増し、わたしの髪の毛は矯正をかけなければもはや上の毛か下の毛かわからないようなありさまである。ひたすら哀しい。


 見ようによっては贅沢な悩みであろう。たかが髪の毛、たかが膚のことである。けれどもやはり、悩み事というのは他人と比べてどうかとかいう相対評価の通用する代物ではなく、自分の中だけの絶対評価しか利かないものなのだ。


 昔、閣下はわたしの頭をしわだらけの手で撫でさすり、あんたはええなあ、真っ黒の髪の毛がぎょうさんある、とずいぶん褒めてくれたものだが、今ではわたし自身が娘の髪の毛を梳りながら同じことを言っている。これも老化であると思う。けど早くない?! むかし、西京の老ノ坂(国道九号線)はたいがい渋滞していて流れが遅い地点だったが、わたしの老いの坂はどんだけスムーズに流れていってしまっているのか。アンチエイジングとか美魔女とか、そうしたものに対しては「往生際が悪い」という所感しかなかったが、やはりわたしとて、崖から落ちるがごとく急に醜くなるのは避けたいのである。なんかこう、トレーラー横倒しばりに、事故レベルで、この快調過ぎる流れを押しとどめるものが出現しないかと、とりあえず頭皮をやみくもに揉みながら、コラーゲン入りのしょうが湯などを飲んでいる。不味い

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