官能と偏食
みなさんは、官能って何のことかわかりますか。わたしはつい最近までとりあえずエロなことだと思っていた。とりあえずエロ方面で起こる何か。
辞書を引いたところで意味不明であった。
かん‐のう【官能】①感覚器官の機能。また、一般に生物諸器官のはたらき。②俗に「感覚」「感官」と同意に用い、特に性的感覚を言う。―-的【官能的】肉感をそそるさまであること。(広辞苑)
官能小説って言うでしょ。官能小説=エロ小説、ならやっぱり官能ってエロそのもののことか? なんなんだよカンノー。そう思っていた。とにかく意味が分からん。
ところが、ある日、ざぶんと腑に落ちたのである。契機は、芋けんぴをつまみながら読んでいた『考える胃袋―食文化探検紀行』という集英社の新書であった。「鉄の胃袋、あるいは碩学」と呼ばれる石毛直道・国立民族学博物館名誉教授と、「カレー大王」の異名を持つフォトジャーナリスト森枝卓士氏の、世界各地の食文化に関する対談本である。
そのあとがきで、石毛教授が書いている。
[ 武士文化をひきついだ東京の周辺で育ったわたしが、町人文化の本拠地である上方でくらすようになって、最初は違和感をおぼえることがおおかった。あいさつがわりに「なんぞ、うまいもんおまへんか?」という大阪人には閉口したものである。
ところが、そのうち本性にめざめたのである。自分は官能的な人間であることに気づいたのだ。食べたり、飲んだりといった身体的快楽が人並み以上に好きであることを自覚するようになったのである。そんなことで、飲食の研究を対象にするようになった。
官能的快楽のもうひとつの大物である性についても無関心ではない。食文化を卒業してから、セックスにとりくむというのが、わたしの人生のプログラムであった。しかし、なかなか食から足を洗えないうちに、老年にさしかかってしまった。フィールドワークの体験にもとづいて考えるという、わたしの研究手法では、これから性の研究をはじめるのは残念ながら無理というものだ。]
石毛先生は、飲食も官能の楽しみなのだ、と言っている。なんだ、官能っつーのはつまりあれか、からだに直(チョク)で入ってくるヨロコビに関わることか、じゃあこの、今、わたしが高知県産高級芋けんぴをぼりぼりぼりぼりやって旨ー旨ー、と言っているのがそうなのか、とわかったのである。官能におぼれる、などというのは、頭でわかっていてもからだが言うことを聞かん状態なのだな、つまり、わたしが今、いい加減よさなければと思いながらも芋けんぴの缶のふたを全く閉められないというような。これか。このことか。恐ろしい。そんなことがエロ方面で起こってみろ。どうすんだ。
そういうことが、いっぺんに、暗い部屋で電気のスイッチをぱちんと入れたときのように、ぱっと明白にわかったのだ。サリバン先生が、ヘレン(西川ではない)の右手にポンプで水をじゃあじゃあ掛けながら、左の手にWATERと書きまくった時、ヘレン(西川ではない)はこんな感じだったんだろうか。いや、真面目な話。
それで、もう一度辞書を引く。今度は国語辞典ではなく漢語辞典を。
【官能】カンノウ①生物の生理的な働き。②肉体的快楽を感じる諸器官の働き。(漢語林)
こっちの方がわかりやすかった。広辞苑の説明がヘタってことだ。
しかしまあ、わたしは今でこそ石毛先生同様「食べたり、飲んだりといった身体的快楽が人並み以上に好き」な人間であるが、幼い頃は食が細く、しかも好き嫌いばかりで、身体はがりがりであった。家族からはガリンボシと呼ばれていた。なんだそれ。多分「がりがり+煮干や干物などに連想される骨っぽいもの」からの造語なのだろうが。
わたしの好き嫌いは中学生ごろまで続いた。乳製品全般およびマヨネーズなどは大嫌いで地球上から消滅すればよいと思っていた。だがそれも徐々になおったし(完全に心を許したわけではないにせよ)、今では他人が気味悪がってあまり食べないようなものまですすんで手を出すようになった。マグロの目玉とかイノシシの内蔵とかマムシとか。胃袋のキャパも必要以上に拡がって今やひとからは「底なし沼」と呼ばれ、ガリンボシであった頃の写真は捏造品なのではないかとすら思われる。
わたしの母は、当時心配して、小児科医だった祖父に相談したらしいが、「ほっとけばそのうちなおるよ」と一言言われただけだった、と聞いている。名著『わたしは二歳』の作者・小児科医の松田道雄先生も「こどもになんでも食べなさいというのは、栄養上のことでなく、教育上の思想から」だと言い、「食物に好みがあるという」のは「生理的」なことで、「その生理的なものにしたがっていても発育にはさしつかえ」ない、と書いている。
長女は同時期のわたしよりもずっとマシなように見えるが、好き嫌いの多いことを方々で度々注意されている。
かわいそうになあ、いつかなおるのになあ、なおらへんだらなおらへんで個人個人の好みやしなあ、「食物のような好みのはげしいものをたたき台にして、こどもをしつけようとするのは、賢明なやり方とはいえません」って松田先生は言うてたぜ、みんな読め。と思いながら立場上、わたしも時々「がんばって食べー」などと言ってしまって、そういうときは大人であることがほんとにほんとにほんとに厭だ。ニガウリ食えるやつと食えないやつ、どっちがえらい? どっちもいっしょじゃそんなもん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます