老け顔と閉店の風景
くどいようだが、わたしは日ごろから注意力に欠け、物忘れが激しく、走れば転ぶというどうしようもない人材である。黒ヤギは白ヤギからの手紙を読まずに食べたが、差出人だけは確認していたという点がまだしもあなどれないと言え、もしもわたしがヤギだったとしたら配達バイクが来た時点で郵便受けに頭を突っ込み「入れ食い」となることはまず間違いなく、発送元が不明なために後々の問い合わせもできないはずである。
にもかかわらず、わたしのパッと見ぃは我ながら大変しっかりしていそうな面構えで、ごく若い頃、そう、中学生くらいのときから常に、他人から聞かされるわたしに対する第一印象のトップを占めるのは「落ち着いている」であった。思うにそれは結局、自分の老け顔とおおむね低めのテンション、そしてこの太い声の三点に起因するものなのであろうが、内実は冒頭に申し上げた通りで、「落ち着いてるね」「大人っぽいよね」「堂々としてる」などとと言われるたびに、このフシアナ連中が!! と心底わなわなしていた。しかしそうした他人の無責任な評価にもっとも寄与している要因が我が老け顔であることは疑いようがない。わたしの老け顔ぶりはなかなかのものである。SF小説などでよく見られるワームホールという概念があるが、わたしは自分の顔面こそワームホールなのではないかと思うのだ。結構な時空の歪みぶりである。
中三のときに「受験生です」と申告すると必ず「どこの大学を受けるの?」と尋ねられた。大学の入学手続きに行ったとき、わたしだけ、在校生有志が当日配布していた新入生オリエンテーションの案内チラシをもらえなかった。
他人が推測したわたしの年齢と実年齢の誤差が一番大きかったのはまだ十八だった頃に三十二歳と言われたとき(@ジャズバー)で、少なからずショックを受けたが、二十四になったときにも再び三十一と判定され、これは場所が初めて行った美容院で、それを言ったのがカットを担当したそこの店長だったため、ショックを受けるよりも先に、オマエ客商売やのに大丈夫か?! とそこの店の先行きが他人事ながら心配になった。そのときのことを以下少し詳しく説明する。
店長が、わたしの髪を切りながら「僕ら若いころ~~やったじゃないですかぁ」などと、やたらに昔話を仕掛けてくるのである。わたしは全ての振りにああそうなんですか、へえ、などと返していたのであるが、整髪も終盤にさしかかり、ブローで仕上げをしてもらう段になって、店長の口から
「昔ほら、聖子ちゃんカットって、流行ったでしょ?」
という問いかけがわたしに対してなされたのだ。
80年代前半生まれのわたしは聖子ちゃんカットのことは知っていた。だがそれは、リアルタイムで見た松田聖子のアタマの様子がきっちり記憶に残っていてのことではなく(だいたいわたしは保育園時代からKyon2のファンであった)、のちのちテレビを通じて仕入れた知識、いわば歴史的事実として知っていたことなのであった。
だからわたしは、
「そうらしいっすね」
と応えたのだが、これで店長はようやく何かがおかしいと気付いたらしい。
「……お客さん、あれですか、帰国子女とかなんですか」
「ゴリゴリの関西人ですけど」
「あのー、僕らて多分同い年くらいの感じなんですかね?」(←もう日本語が無茶苦茶で、アンタの方こそ帰国子女なのではないかと疑う。)
「店長さんおいくつですか?」
「三十一です」
「わたし二十四ですけど」
「えええ!!? 落ち着いてますね!!!!」
女性に対して、年は若めに言ってやるというのが客商売の鉄則であろうのに、このひとは美容師しかも店の長でありながらそれを全く守れなかったのである。それを守らせなかったわたしもすごいと言わざるを得ないが、やはりわたしの心配どおり、そこはその後知らない間に潰れていた。
そしてわたしの老け顔についてであるが、かつてわたしがよく行っていた呑み屋の主はことあるごとに、
「じぶんは老け顔のことを今嘆いているけれども、じぶんが十八の時も二十四の時も三十そこそこに見えたっちゅうことは、固定の顔年齢がそれなんであって、つまり実年齢が顔年齢さえ追い越したらそれから先、じぶんが三十七になった時にも四十になった時にも、ずうっと三十そこそこに見てもらえるっていう、実にいいことなんやで」
と言ってくれた。マスター自身もどちらかというと老け顔のひとであった。
だがしかし、今現在、わたしが実際三十五歳になってみてじゃあ三十に見えるかというとけっしてそんなことはなく、プラマイゼロに年相応なのであった。つまるところマスターの見込みは詰めが甘くいい加減だったわけで、だからというかやはりというかなんというか、非常に残念なことではあるが、その呑み屋ももうずいぶん前に、潰れた。
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