せやから、ゆうたらあかんてゆうてるやろ


 過日、小学一年生になった長女の授業参観があった。


 先立って配られたプリントによれば、保健と道徳の盛り合わせのような内容の授業が行われるということであった。


 それでパートを早引きさせてもらって行ってきたのだけれども、出るのが五分ばかり遅れてしまい、着いたらもう始まっていた。すんません、ホンマすんません、と腰をややこごめながら引き戸をなるべく静かに閉める、懐かしいプレー。一人だけ遅刻して教室にこそこそ入るときに味わうあのバツの悪さは、親になっても同じである。


 先生の、「けがの種類にはどんなのがあるかなー」という問いに、子どもたちはみんな手を上げて口々に「すりきず!」とか、「ねんざ!」とか、「目にとげが刺さる!」(こえーな、おい)とか、思いついたことを答える。うちの娘は自信満々で「ねっちゅうしょう!」と言っていた。ねっちゅうしょうはけがではありません。


 そのうちハナシは肉体的外傷のことから、精神的外傷のことへ移った。すでに子どもたちは「こころのきず」について、数回にわたって保健の先生からレクチャーを受けていたそうで、三角座りでどんより目を伏せている男の子のイラストを示しながら「この子はどこをけがしたんやろうね?」と振ってくる先生に、すぐ「こころー!」と返答していた。先生は肯き、さらに話を続ける。


「前にもみんなで話したことがあるけど、言葉にはひとを傷つける『トゲトゲことば』と、ひとを温かい気持にされる『ほんわかことば』があるね。今から、みんなにトゲトゲことばとほんわかことば、どんなのがあるか考えてほしいねんけど、先生、トゲトゲことばはあんまり聞きたくないからひとり一つくらいでいいわ。ちょっと手ぇあげて言ってみて」


 全員が耳に二の腕をびしっとくっつけて挙手! わたしは、まあアホバカマヌケ程度の言葉が出てくるんだろうなあと予想し、神妙に待機した。すると一番に指名されたAくんがさっと立ち上がり、


「崖から落ちて死ね」


 わたしは噴いた。噴いたね。不謹慎な親である。指示が具体的過ぎる! 角田美代子かよ! 他にも、消えてなくなれとかとっとと失せろとか、わりとヘビーなヤツが並んだ。先生はそれを模造紙の縁に沿ってペンで書き、出揃うと今度はほんわかことばを考えさせた。「良かったね」とか、「一緒にがんばろう」とか、そういうほんわかことばは模造紙の真ん中に大きく書かれていく。そして最後に先生の指示で、周辺のトゲトゲことば部分をハサミで切り取り、もう二度と使わないと誓って、みんなで破って棄てることになった。こどもたちはざくざくとハサミを入れ、一人一人が自分の切り取った部分をゴミ箱に持って行った。純真なものだ。わたしは感心してその様子を眺めていた。しんがりになったBくんが、


「死ねえええええ!」


 と言いながらその紙くずを叩き込むまでは。もうオバチャンを笑かすのはやめてほしい。同じ結末を表しながらももっと穏当でピースフルな語句として「南無阿弥陀仏!」というのがあると、誰か彼に教えてやったほうがいい。



 わたしは不謹慎な親なので、授業の最中から思うところがあり、それは何かというとまず悪態も文化のひとつであるということ、そして、ことばはことばだけで存在し常に決まった意味を限定的に表現するものなのではなく、使われる場面・文脈によって様々に含意を変えていくものであるということであった。とくに後者に関して言うと、トゲトゲことばとほんわかことばとは、根本的に、明確に分類できるものではなかろう。ひとは成長過程のいつ頃に、この世には皮肉・ほめ殺し・慇懃無礼などの、いわゆるイヤミが存在すると気づくのであろうか。そしてさらに、阪神タイガースの男前・藤井捕手のように、本来顔面が男前とは言い難い藤井が、ファンおよびチームメイトから第一義的にはワラカシとして「男前」と呼ばれながらそのナイスなプレーぶりと愛すべき人柄をもってやはり真の褒めとしての「男前」という称号を最終的に勝ち得ているという、まさに含意の二転三転をどう考えるのか。褒めてくれる人はいい人か? おまはんはアホやなあ、と笑う若旦さんは厭なヤツか?


 とそんなことを考えつつ、出席した保護者に依頼される授業の感想文の用紙をくるくる丸めたり伸ばしたりしながら書き渋っていたら、翌週担任の先生から、


「先日は参観にお越し頂き誠にありがとうございました。大変申し訳ないのですが、一行でも構いませんので、感想を書いていただけませんでしょうか。お忙しいとは存じますが、何卒宜しくお願い致します」


 という非常に非常に丁寧なお手紙と、新しい感想文の用紙が娘を通じて届いた。


 ことばというのは難しいが、これは多分脅迫。



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