信頼おきかねる


 くどいようだが、わたしは日ごろから注意力に欠け、物忘れが激しく、スイングドアには挟まれるというどうしようもない人材である。


 夕方、子どもが見ていたディズニーのアニメ番組から流れてきたフック船長のセリフに驚愕した。


「フック船長に間違いはない!」


 自信満々なのである。わたしとは全く反対の精神状態だ。


 わたしは自分のことを、全面的に信用していない。常に不安である。パート先のうどん屋で、レジの〆をする際に金額の誤差などがあったらば、何を聞かれてもいないのに、


「打ち間違いですか?! ほんなら絶対わたしでしょ?! わたし以外ないでしょ?!」


と名乗りをあげ、保育園や学校から翌月の予定表が配られれば、ざっと眺めて


「来月はこの内いくつの事案をトチるのだろうか」


と、ことが起こる前からふるふるする、それくらい自分を信じていないのだ。


 次の月の予定くらい、そこまで思うんなら十二分に気をつけて管理せえよ、とお思いの向きもおられよう。しかしながら、お言葉を返すようで申し訳ないが、これまで何度か申し上げてきたように、


「ちゃっちゃと出来たらボサっとするかい」


ということなのである。寛平師匠は、実に偉大である。


 かくも自分のことは信じていないがしかし、代わりにわたしは他人のことをものすごい勢いで信頼しており、他人がしていることにはすべて何かしら意味があるはずだ、と思い込む節がある。


 去年も、うちの田んぼの稲刈りのときに、前を行く義父の操縦する稲刈り機が進行方向左手の畔に乗り上げ横転しかけるという危機があったのだが、機械の右側にいた義父があわや下敷き寸前、という瞬間まで、わたしはお義父さんに何か考えがあって敢えて畔に上がろうとしているのだなあ、と思ってぽんやりそれを見ていたのである。


 義父が、


「だあああああ!」


と悲鳴を上げてはじめて


「あ、やばい」


と気が付き、慌てて車体を支えに行こうと足を踏み出したのだが、わたしがその第一歩目を濃いぃぬかるみに突っ込んでわちゃわちゃしている間に義父は何とか自力で体勢を立て直していた。義父は間違いなく嫁に絶望したはずだ。


 他にも例えば義母が、戸棚を閉め忘れているとする。わたしは戸棚が開いていることに気づいても、あれは意図的に「開けてある」のだ、と判断し、そのままにしておく。まあ、それによって棚の中にじゃんじゃん虫が入っていっているとかいう問題に尻をつつかれない限り、十五分くらいは様子を見る。見続ける。だが義母は、戸棚に対して何ら行動をとらない。わたしはようやく、おかあさん、あれは開けてある? それとも閉め忘れてる? と尋ねる。義母は、あらあ、忘れてたわ! 閉めといて! と笑う。わたしは、おおお、忘れてたのかと無駄に力強くぶんぶん頷きながら戸に手を伸ばす。


 同様に、わたしは水出しっぱなし、電気点けっぱなしについても、一瞬止めるのを躊躇うのである。さすがにもったいないので十五分も様子を見たりはしないが、3.5秒くらいは「どやのん? これ」と考えてしまうのだ。


 ウチの戸棚や水道のことくらいだったらドメスティックな事件であるし、まあどうでもいいと言えばどうでもいいのであるが、パート先の厨房の冷蔵庫・冷凍庫がフルオープンになっていても、「今からここに出汁が運び込まれるのかもしれない」とか「あるいは霜取り的なことをしているのだろう」などとやはりわたしは様子を見てしまう。ところがしばらく後にあのう、と確認を取ると、ただの単なる閉め忘れ、というパターンが九割八分で、そんなときは、


「お願いやからもっと早よ言うて」


と苦笑されてしまうのだ。わたしはそういう不細工な人間である。嗚呼。

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