レッツ、正解がわからないクッキング



 小さな頃から絵本の、食べ物の描かれたページに異常な興味を示す子どもだった。





 今でこそ人一倍食べ、人の止めるようなもの(ヘビとか、賞味期限切れのヨーグルトとか)にまで手を出すほど口いやしくなっている私だが、当時はこんなに食いしん坊だったわけではなく、むしろ食が細くて母親に心配されていたほどのヒョロヒョロのガリガリで、なぜそのような反応が見られたのかは謎である。何の本かはもう覚えていないのだけれども、ベルトコンベヤーを伴った大きな機械があって、一方の端からアヒルが入れられ、反対側から丸焼きになって出てきているという絵を、ある時期毎日文字通り食い入るように眺めていたことが思い出される。実際それを目の前に出されたら絶対に手をつけなかったろうのに、美味そう、食べたい、と思っていたことも。





 いまだに食べ物の話は大好きで、夜中猛烈なひもじさを覚えているときにわざわざショージ君のまるかじりシリーズやら吉田健一の『私の食物誌』やら石井好子の『パリの空の下オムレツのにおいは流れる』やらを選んでひもとき、空きっ腹に追い打ちをかけるマゾヒスティックな読書の喜びに浸る、ということがやめられないでいる。


 そして、おおまかなところでも、作り方の書かれている料理であれば、すすんでやってみる。わたしは御飯ごしらえが好きだ。


 ところが中には、図抜けた訴求力を持ちながら、その描写だけではレシピがほぼわからない、という料理も存在する。最近読んだ中では、アン・タイラーによる『ここがホームシック・レストラン』に出てくるニンニクと砂肝のスープがそれだった。なんじゃそら! 食べてみたい! わたしは一瞬のうちに熱望した。ところが、その作り方や詳しい材料などは文中一切描かれないのである。





 『ここがホームシック・レストラン』は、この春私が読んだ本の中では一二を争う面白さの長編で、ボルティモアのカルヴァート通りに住むタル一家の上手くいかなさを描いた家族小説だ。ある日突然夫であるベック・タルが家を出て行き、女手一つで三人の子供を育てなくてはならなくなった母親のパール・タルの苦悩、長男コーディと次男エズラの相克、末娘ジェニーの度重なる結婚と離婚。四人の視点が入れ替わり立ち替わり、物語は進んでゆく。


 この中で次男坊のエズラ・タルは、そんなことせず大学へ行けという母親の反対を押し切って料理人になり、レストランの共同経営者である病身のスカラッティー夫人のために、件の「鶏の砂嚢で作ったエズラ特製のギザード・スープ」を病院まで運ぶ。


 明文化されているヒントはきわめて少なかった。「ニンニクが二十片も入っている」ということ、そして「ちょっと『くどい』」。ただそれだけである。「ギザード・スープ」というのが、なにか「ポタージュ・スープ」や「コンソメ・スープ」みたいなスープの形状を示したものなのかと思って調べてみたが、単にギザード(gizzard)という言葉は「砂肝」の意味だった。なーんや。


 ニンニクと砂肝をスープにするなんて聞いたこともない。手掛かりも多くない。ネットでも調べてみたがわずかにヒットしたのは韓国料理だった。エズラのレストランはボルティモアにある。まあ、大阪でも鶴橋や桃谷と言ったらコリアタウンだし、ボルティモアのエズラの店周りもひょっとしたらそういう所なのかもしれないが、いかんせん近畿から出たことのない日本人読者の私にはわからない。だからこの先は想像しかない。





 とりあえずニンニクをスライスし、砂肝も真ん中と両端の硬いところを削いで薄切りにした。塩を薄く振って下味だけつける。炒めるやろ。まずは。でも油は? キャノーラ? バター? オリーブオイルではない気がする。コーン? ヒマワリ? エズラの店が生野的地域にある可能性を考慮してやっぱり胡麻油? おおーお、ぼーてぃもーぁ、とニナ・シモンの「ボルティモア」を歌ってみたがそれで何かが閃くわけでは当然、ない。「くどい」というならここはバターか。でもわたし、バター好かんねん。


 結局キャノーラ油でニンニクを炒め、香りの立ってきたところで砂肝を投入する。スープはたまたまその時、もう一方のコンロで茹で豚をこしらえていたので、その茹で汁を流用した。味付けは塩と胡椒と酒。醤油も入れたかったが、エズラはアメリカ人。あ、でもエズラは朝鮮戦争に行ってたぞ。朝鮮で、醤油とかそれに類する発酵調味料になじんでるということも考えられるのでは。てゆーか、じゃあやっぱりこのスープはコリア風でよかったってこと? でももう、ほとんど出来てもたやん!!


 仕方なくそれをスープボウルによそって食べてみた。美味い美味い。美味いのは美味い。でも、美味いけど、もう一回作るか? これ。わざわざ。そして、合ってるのか、これで。





 解答のない料理は、だいたいこういう感想と共に、一回こっきりで終了する。けれども、これも食べ物についての本を読むことにまつわる楽しみだなのだ。

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