今、どこかに有る危機。
「撤退だ、第3城壁を棄てて市内に逃げろ!」
「子供だけでも、子供だけでも連れていって下さい!」
「年寄に女子供を逃がせ! 騎士達よ、今こそ守護の誓いをみせる時だ!」
ここは異世界トラウィスピア、この世界は今まさに滅びようとしていた。
「……婆さんや、子供達は孫達を連れて市内に逃げ込めたようじゃ。」
「……そうですか、私達はここで死にますかねぇ。」
そして、第2と第3城壁の間に有る農耕地区の村の1つの家の前で、年寄り夫婦が覚悟を決めていた。
「爺ちゃん、婆ちゃん!」
そんな2人の前に1人の少女が走り込んでくる。
「「コニア(ちゃん)!」」
コニアと呼ばれた少女は身長が100センチほどしかないので幼い子供に見える、だがその顔には明らかな意識の強さと知恵が見てとれた。
彼女はハーフリングの孤児の少女で、孤児院に住んでいる孤児達のまとめ役をしている少女だった、そして幼い見た目だが今年で12になる少女だ。
「コニア、何をしとるんじゃ!
もう第3城壁は突破される、早く逃げるんじゃ!」
「そうよ、あなたの足なら逃げ切れるはず、早く逃げなさいな!」
そしてそんな少女に老夫婦は早く第2城壁内に逃げるように言うが、コニアは握りしめていた小袋を突き出して言う。
「爺ちゃん婆ちゃん、このお金で……このお金で買えるだけの食料を売ってください!」
年寄り夫婦はこんな時に何を言っているのかと唖然としてしまう。
先ほども言ったがこの世界トラウィスピアは滅びようとしていた、それは何故かというと邪神が突然侵攻してきたからだ。
10年ほど前に突然にこの世界に侵攻してきた邪神の軍団、まだこの世界に文明が生まれて間もなかった事もあり神々は善良なる人々をこの城塞都市に集め邪神に対抗した。
最初はこの世界の管理神であるトラウィスとその眷族達は楽観していた、この世界を創造したハザ様がすぐにでも眷族である兄弟達を引き連れ、救援に来てくれると思ったからだ。
しかしその期待は裏切られ、10年経った今でもハザ様やその眷族が現れることは無かった。
そして何故に救援に来ないのかとトラウィスが眷族と調べた結果、この世界に攻め混んできてる邪神の中にかなり強力な邪神と魔神が居て、他の世界との間に結界を造りハザやその他の原始の神々に感知されなくなっていたからだった。
そしてトラウィスは眷族と共に神の力で城塞都市を幾つも造り、そこに籠って戦っていたのだ。
だがその城塞都市もこの都市が最後になってしまった。
そして今も邪神の攻撃は続いており、とうとう防衛の要であった第3城壁も抜かれようとしていたのだ。
「コニアちゃん、ここにも邪神とその使いである魔人や魔物がもうすぐ来るわ、バカなこと言ってないで逃げなさい!」
お婆さんはそう言って早く逃げるように言うが、コニアは首を振ると老夫婦にさらに小袋を突き出す。
それを見て老夫婦はハッとする、その小袋はコニアの亡くなった行商の両親が、商いのお金を入れていたものでコニアが貯金箱として使っていたものだと知っていたからだ。
「爺ちゃん婆ちゃん、これで買えるだけ食べる物を売ってください……それで、孤児院に持っていくのを手伝ってください!」
そして、老夫婦は理解した。
コニアは自分達を助けに来たのだと、ここに残って孫子達の負担にならないように死のうとした自分達を……。
その事に気がついた老は泣きながら一緒に逃げることを決める。
何故ならばこの小さな女の子は頑固なので一緒に逃げなければここで一緒に死ぬと言いかねないからだ。
「婆さん、荷馬車を出してくる。」
「はいよ、それよりコニアちゃんは1人で来たのかい?」
「弟達と妹達も来たがったけど、院長達に止められて……」
「そうかい、じゃああんたを連れて逃げるよ!」
「あ、婆ちゃん、皆も一緒に……」
逃げると言う老婆に、コニアはモジモジとしながらそう言って農家の家の外を指差す。
そしてその指差す方を見て老婆が気がつく、他にも近所の農家の年寄りや家族が一塊になって自分達を待っていたことに。
「皆! あと少しで第2城壁に着くから頑張って!」
「コニア姉ちゃん、怖いよう。」
「ピア、大丈夫よ。 ほら、あそこに天使様達が飛んで私達を守ってくれてるわ。」
コニアは30人ほどの集団の前に立ち、皆に声をかけながら第2城壁を目指していた。
そんな彼女の背には幼い女の子が背負われていた、その子は足が悪く両親は城壁の防衛のために前線に行っており、祖父母だけでは抱えて逃げられないと3人で家の奥に隠れていたのだ。
そして幼女は先程から後ろの第3城壁の方を見てはしきりに怖いと言っている。
そんな幼女を元気つけながらコニアも第3城壁の方をチラッと見る。
少し前から第3城壁の方からの歓声が大きくなり、時々魔物の咆哮も聞こえてくるようになった。
おそらく城壁を乗り越えられてしまい、逃げ遅れた私達のような人のために、第3城壁に残った騎士や兵士達が最後の抵抗をしていてくれているのだろう。
そして空を見上げると、3人天使がこちらを心配そうに見守ってくれていた。
先ほど空を100人以上で飛んで第2城壁に向かっていたが、自分達を見つけて心配し残ってくれているのだ。
そんな天使達に感謝し、背負った女の子を勇気づけながらコニアは第2城壁に向かい必死に足を動かす。
この都市はかつては第5まで城壁があり、第5と第4が軍の施設や冒険者ギルド等が、そして彼女達がいる第3の内側が食料生産のための農場などがあった。
だが数年前に第5が、去年には第4が落ちてしまい神々や軍に冒険者達は食料生産のためにも決死の覚悟で守っていたのだ。
何にしろ農場などが有る第3城壁内は広く、彼女達は農家から歩き出して3時間が経っていた。
馬車等が有れば話は別なのだろうが、有るのは農耕馬が引くオンボロの小さな荷馬車が数台で、それにはすでに早く歩けない年寄りや子供達が乗っていた。
再度背後から聞こえてきた魔物の咆哮にコニアは、自分の考えは間違っていたのではないか? 老夫婦や背後の幼子は農家に隠れていた方が助かったのではないか? そんな考えにとらわれながらコニアは必死に足を前に出していると、突然に天使達が剣を抜き槍を構えて降りてきた。
「ふむ、骨ばった年寄りばかりで不味そうかと思ったが、なかなかに美味そうな子供もいるではないか、当たりを引けたな。」
天使達は突然降りてきて、そのまま何かに弾かれたように地面に叩きつけられる。
そして背後から聞こえた恐ろしい声にコニアは慌てて振り向くと、そこには身長が10メートルは有る大男が居た。
ただし普通の人間ではなく、6つ有る目は真っ赤で口は耳元まで裂けていて、手足は6本づつ有ると言う化け物だった。
「グゥ……邪神か、神の信徒よ逃げるのです。」
剣を持った天使がなんとか立ち上がると邪神と相対する、他の2人の天使もなんとか立とうとするが槍にすがって膝立ちになるのがやっとだった。
そしてその天使の声に反応したのはコニアが迎えに行った老夫婦だった。
「子供達はみんな逃げるんじゃ!」
「子供達だけでも助けるのよ!」
その老夫婦は荷馬車を素早く転回させると、なんと邪神に向かって突進させたのだ!
「爺ちゃん婆ちゃん!」
「ふん、くだらぬ。 出汁にもならんゴミめが!」
コニアが叫ぶとほぼ同時に邪神は手を広げたまま前に突き出した、すると邪神に相対していた天使達と一緒に老夫婦の乗った荷馬車だけでなく、他の者も吹き飛ぶ。
コニアも自分の体が浮くような感覚を感じた瞬間、慌てて背後に背負っていたピアを抱きしめて守ろうとし、身体中に凄まじい衝撃を受ける。
大声で泣くピアの鳴き声で頭がハッキリし、自分が地面に叩きつけられたと分かったコニアは自分よりも早くピアの体を見る。
コニアがかばったおかげか擦り傷は有るが骨折などしていないようで、安心すると同時に自分の右足から激痛を感じる。
そして見ると、自分の足の曲がってはいけない場所が曲がっていけない方向に曲がっていた。
それを見てコニアは思う、これじゃあピアを背負って逃げられないや、ゴメンねピアっと。
周りからの呻き声で死んだものは居ないようだが、邪神がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて言う。
「安心しろ、1人たりとも死んでおらん。 そんなに簡単に殺してはつまらんし、後から来る魔物に生き餌が無いと不満を言われるでな!」
その言葉にコニアはチクショウ! と思いながら邪神をにらみつける。
そしてそんなコニアの胸元から薄っすらと銀色に輝く銀の魔石が出てくる。
これはまだ第5城壁が健在で、そのすぐ側に有ったダンジョンでコニアが拾った物だ。
もちろんダンジョンに沸く魔物を倒して手に入れたものではない、ゴミ拾いと言われて冒険者達に嫌われる冒険者が倒したが荷物になるだけで邪魔になると捨てられた低階層の魔物の死体を漁って得たものだ。
それを見てコニアは思い出す。
まだ10にもなっていなかった自分がダンジョンに潜り込んではゴミ拾いをしていた時に、何時も自分を見つけては殴り倒してダンジョンの外に放り出していた弓使いと戦士の冒険者。
そんなに自分みたいな孤児が邪魔かと思っていたが、バッタリとゴブリンと鉢合わせになった時に慌てて駆けつけてくれて泣く自分を抱きしめてあやしてくれ、泣きながら自分がいかに危険なことをしていたのかと怒鳴り付けて叱ってくれたのだ。
その時に倒したゴブリンからドロップした不思議な銀色の魔石。
大人になるまでダンジョンに潜らないよう戒めとして、お守りとして持っていたものだ。
「コニア!」
「コニア、大丈夫!?」
それを見ていると義足の男と片腕が無い女が走ってくる、この2人こそダンジョンで自分を叱り助けてくれた冒険者だったシスムとリュヌだった。
2人は第4城壁が落ちたときに足と腕を失って冒険者として生きていけなくなり、今は昔の貯蓄でほそぼそと生きながら孤児院を手伝っていた、そして何日か前には自分を子供として引き取りたいとまで言ってくれたのだ。
そしてそんな2人が助けに来てくれたのは嬉しくもあり、悲しかった。
何故ならば足と腕を失った2人は満足に動けないはずだ、そんな2人がこの邪神に勝てるとは、逃げられるとは思えなかったからだ。
『ああ、ついてないなぁ……2人の子供になれると思ったのになぁ。
どうせ死ぬなら、2人の子供として死にたかったなぁ。』
コニアは泣きながらそんなことをぼんやりと考え、手にした銀色の魔石を握りしめる。
そして頬を伝った涙の1つが魔石に落ちると、辺りは銀色の光に包まれ。
その光がおさまると、漆黒の龍がたたずんでいたのだった。
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