第108話 最強少年は運命を変える。 8
きっと連絡していた時には俺の位置をすでに掴んでいたのだろう、すぐにやってきた迎えの車には陽介自身が乗り込んでいた。
「わざわざ来てもらって悪いな。ちょうど足が欲しかった所だ」
俺は境内の奥までやってきた彼にそう声をかけたが、陽介はしきりに周囲を見回している。これでも結構片付けた方なんだがな。
「こ、この惨状は……これが原田と芦屋早雲の激突の跡か!」
俺達の周りは綺麗さっぱり吹き飛んでいて、ここに道場があったこと示すのはわずかに残る建物の基礎だけだ。
その他にもでかいクレーターが出来ていたが、迎えが来るまでに土魔法で均しておいたのでバレることはないだろう。
しかしやっちまったな。後で弁償させられそうになったら全部あの女のせいにしよう。
「あそこで宮さまに介抱されているのが八烈の主席である”早雲”か。俺は一度遠目で見たことがあるだけだが、本人に間違いないのだな?」
”早雲”とは芦屋の中でも隔絶した力をもつ強者を表す称号らしい。あの女は二百年ぶりにその号を許されたとかで一時は相当騒がれたそうだ。
「思いっきり操られて、当主の敵は全員倒すと意気込んでたぞ。これで人違いならギャグだぞ」
俺がそう軽口を叩くと、それもそうかと陽介は納得した。
「しかし原田を以てしても早雲の相手は容易ならざるものだったようだな」
俺がぶっ壊した道場の事を考えて溜め息をついたことを陽介はそう捉えたらしい。
「ん? ああ、手加減するのにあり得んくらい疲れたぜ。藤乃さんの弟子だって話だから殺さないように意識だけ刈り取らなきゃならなくてな。これがもう疲れるのなんのって」
異世界なら気兼ねせず派手に魔法をぶちかませるんだが、日本じゃ手加減に次ぐ手加減だ。精神的なストレスが溜まりまくっているのを自覚する。
今夜の大一番では是非ともこのフラストレーションを盛大に晴らしたいもんだ。
「そ、そうか。確かにお前は怪我一つしていないようだ。頼もしいことだな」
若干引いている陽介とそんな話をしているうちに土御門の人間が簡易担架を持ってこちらにやって来るのが見えた。
俺は横たわった弟子のもとから離れようとしない藤乃さんに声をかけた。
「とりあえず病院に連れていった方がいいと思います。傷は癒しましたが安静にした方がいいのは当然として警戒も一応しておくべきかと」
「ええ、目覚めても悪神に操られたままかもしれないものね。この子がまた暴れだしたら貴方以外誰も止められそうにないわ。そうだわ、今のうちに術拘束しておきましょう」
この子はこういった細かい術が苦手でね、壊す方ばかり得意になってしまってと弟子の昔話を始めた彼女の言葉に相槌を打ちつつ陽介たちはこの敷地のすぐ近くまで大型バンを移動させていた。
俺達は歩いて境内の奥まで来たんだが、どうやら関係者用の裏道があるらしい。
「では御茶ノ水に向かってくださる?」
「は、かしこまりました!」
陰陽師のトップにして皇族を乗せるという前代未聞の事態に見舞われたドライバーはこちらが心配になるほどガチガチに緊張しながら車を走らせている。
時折俺を見てなんてことに巻き込んでくれたんだ、と目で訴えているがこっちも藤乃さんが朝からやってくるなんて想定外だったから勘弁してほしい。どちらかというと俺も被害者側だぞ。
「う、うぅ……」
そんな言い知れぬ緊張感が充満する車内だからか、呻くような小さな声が皆の耳にも届いた。
「静夏、気がついたのですね?」
穏やかな声で話し掛ける藤乃さんとは対照的に俺と陽介は油断無く意識を取り戻した女を見張っている。
「せ、せんせぇ?……そんなはずが……あ、これ夢かぁ」
「そんなはずがないでしょう。本当にこの子は……寝惚けてないで早く起きなさい!」
やはり図太い性格をしていたらしい女は藤乃さんの呼びかけに目を開けたものの、彼女の姿を認めると再び瞼を閉じてしまった。
さっきまでの女とはだいぶ様子が違う、こりゃ支配から逃れられたのか?
「あいたぁ!」
容赦ない師匠の一撃を頭に受けて女は文字通り飛び起きた。
「え!? 本物の師範!? うそ、じゃああれは本当の出来事?」
「その様子ではあの愚かな振る舞いを覚えているのですね?」
女は藤乃さんの膝の上に頭を載せているので思いっきり見下ろされている格好で居心地が悪そうにしている。
「は、はい。その、夢を見ているような感覚だったのですけど……本当に現実だったんですか? 私、手も足も出ずに負けたような気が……」
「そうね、そちらの原田玲二さんに惨敗したわ」
女と関わりたくもない俺は三列目シートを占領している二人から離れた位置で窓から外を眺めていた。もちろん話題に上ってもそちらには見向きもしない。
「うわ、ホントに居るし。師範、何なんですあの人? あの霊力はどう考えてもおかしいですって。私より遥かに上なんですよ、人間に扱える上限を超えてます」
明らかな人外扱いをされているが、事実なので否定はできない。しかしこの力のお陰でこれまで幾度となくあった命の危険を薙ぎ倒してこれたので負け惜しみだと聞き流した。
「そのことは今はどうでもよろしい。静夏、おまえは正気に戻ったようですが芦屋で何があったのか、それを覚えていますか?」
「えっと、記憶が所々靄が掛かったみたいになってますがけど、一応覚えてます。当主が突然皆を集めたかと思うと伝説の巫を捕まえるようにと言い出して……え、うわぁ。これってとんでもない事態になってるんじゃ?」
女の顔からさあっと血の気が引いた。自分たちが何をしでかしたのか、正気に戻ってその重大性を理解したようだ。
「おまえ達、芦屋一族が巻き起こした騒動でこちらは甚大な迷惑を被っているのです。静夏も幹部たる八烈の主席としてこの事件解決に尽力しなさい。他の三家の中には芦屋の族滅を叫ぶ者たちも存在しているのですよ?」
「は、はい。でもどうしてこんなことになっているのか、私には皆目見当もつかないんですけど……」
「なんでもいいからおまえの知っている事を話しなさい。このままではおまえは芦屋の最高幹部の長として断罪されるだけなのですよ? これだから目立つ真似は慎めと普段から言い続けたのです。だというのに芦屋に良いように踊らされて八烈の”早雲”などになって! 本当にこのお馬鹿は!」
「師範、私は実力であの地位についたのであって、決して踊らされてなんか……」
「黙りなさい。あの悠久の時を生きる式神が易々とその席を渡すと思うのですか? あの雲雀は千年近くもの間、常に首席として道満の側に侍り続けた式神なのです。老獪さでは人の及ぶ範疇ではありません」
ここぞとばかりに弟子を叱り飛ばす藤乃さんに女の方は小さくなるばかりだ。
「なるほど、あの女は藤乃さんに対する芦屋のカードだったのか」
「そのようだな。私も早雲が宮さまの弟子であることは今日初めて知ったが、雲雀ならそれくらい見抜いていそうなものだ」
藤乃さんとしてみれば勝手に出ていった弟子が芦屋の最高幹部に成り上がっていたと聞いて頭を抱えたことだろう。
何故かといえばあの女を通じて彼女に、あるいは皇家に無形の影響を及ぼせるからだ。
藤乃さんが出ていった弟子など煮るなり焼くなり好きにしろと言える性格ならともかく、こうして弟子の女を心配して駆けつけて仕舞うくらいだからな。
「ええと、情報と言ったって、何から話せばいいのやら……」
「仕方ありません。事情はおいおい説明してあげますから、まずはこちらの質問に答えなさい」
自分たちの行動がいかに常軌を逸していたのか理解した女はしゅんとして藤乃さんの質問に答えている。その様子は先程の傲慢さとは別人のようだ。
「あの感じでは敵の支配からは逃れられたと見て良さそうか?」
「どうだかな。一度は完全に操られていたんだ、今は正気を取り戻しても再び操られる可能性は否定できない」
「そうか。早雲を芦屋から離脱させただけでもよしとすべきか。しかしこの危機にあの強大な力が使えぬのは惜しい」
「そもそもどんな理屈で大量の人間相手に傀儡を仕掛けたのかもわかってないんだ。ギリギリの土壇場で再び操られるよりかはマシだろ。戦力として活用するのはお薦めしないな。もちろん最終的にそれを決めるのはお前だが」
一度正気を取り戻したのならもう大丈夫だとは思うが、あの女は敵にとっても大駒だったはずだ。あいつにだけ特別な仕掛けを組んでいてもおかしくない、俺ならこの事件が終結するまで隔離しておくな。陽介たちには得がたい戦力だろうが、すぐに味方とするのは危険すぎると俺は考える。
「他には? 当代の道満は何時から様子がおかしくなったのですか?」
藤乃さんの取り調べは続いている。考えてみれば正気に戻った敵幹部はこの女が初めてか。ならば取れるだけ情報を抜いておくのは正しい判断だ。
「そう言われても……あまり表に出てこないんですよね、あの男。あ、でも雫がここしばらく姿を消していました。うわ、私あの子と連絡全然取ってないし、そのことをおかしいと思ってなかった」
これが操られてるって事なんだ、と一人慄いている女に陽介が割って入った。
「割って入って済まないが、今話に出た雫とは八烈第三席の”百鬼夜行”のことか?」
「え、だれよあんた……って土御門のご当主!? な、なんでここに?」
四大宗家の当主の登場に驚く女だが、師匠の無言の視線に屈して慌てて口を開いた。
「ええっと。はい、雫は仰る通り八烈の第三席です。私の覚えている限りでは、3週間くらい前から全然姿を見ていません。私、1つ違いのあの子とは友達なんです。外様の私にも良くしてくれて……どこに行ったんだろう」
「ふむ。姿が見えぬとあらば道満から極秘の指令でも受けたか、或いは芦屋を見限り離れたか……色々考えられるな」
様々な装丁を口に出す陽介に、女は強く否定し驚きの事実を口にした。
「そんな、有り得ません。雫は当主の実の妹なんです」
「なんと! 血を分けた妹が八烈入りとはな。芦屋の宗家には豊かな才が揃っているようだ」
どこか自虐めいた言葉を話す陽介たちだが、俺にはひたすらどうでもいい会話だった。正直敵の下っ端の思惑がどうあれ、俺達のすべきことは変わらない。今日の夜には残された封印をすべて破壊し、完全復活した敵を二度と復活できないように消滅させるだけだ。
当事者たる彼等はこの事件の動機の解明なんかも大事なんだろうが、部外者には全く関係のないことだ。
だからか、ふと思ったことを何も考えず言葉に乗せてしまった。
「へえ、ここまで来て姿を見せないって事は、もしかしたらその女は操られず正気でいるのかもしれないな」
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