第49話 最強少年は商売する。



「少年の眼から見た我等の符術は如何だったかな?」


 俺が金儲けの算段を思いついた後も、麗華さんたち3人の魔法を見学させてもらった。比較対象が3人もいたため、陰陽師たちが使う符術とやらの概要も大体摑めたと思う。


「大した技術だと思いますよ。省エネの特化といいますか、継戦能力に優れ洗練されていますね」


 俺は本心からの言葉を口にした。ショボい威力の魔法に対してなんじゃこりゃと思うことは多々あれど、この魔力の薄い地球で触媒の力も借りずにまがりなりにも魔法を使っているのだ。

 その努力と研鑽を思うと陰陽師たちが一握りの才能ある者達の集まりだと言われても納得できる。

 俺ならこんなしょっぱい魔力で魔法を使おうなんて思いもしないだろう。


「それ、誉められているのかな?」


 俺の感想はお気に召さなかったらしい、彼女は若干機嫌を害した様子だ。


「もちろん。あれだけ色々見せてもらったのに貴女自身は全然消耗してないですよね? その符が全ての鍵を握っているってことも理解しました」


「ほう、やはり解っているね。その通り、この符が陰陽師の生命線なのさ」


 そう告げて麗華さんが取り出した符には相当(この世界の水準でだが)な魔力が籠められている。

 俺の見る限り、陰陽師は俺達が体内の魔力を用いて魔法を使うのとは違い、符に宿る魔力を使って術を使っているようだ。それを証拠に麗華さん自身の魔力はほとんど減っていない。彼女が魔法を使う時、符が周囲の魔力を吸収している様子も見られたので、本当に陰陽師の負担を軽くするために特化していると見ていいだろう。


 彼女が疲労しているのは魔法の制御にかなりの集中を必要としているからで、魔力を消費しているわけではない。もっとも彼女自身の魔力は数回も術を発動させたら魔力切れになってしまう程度の量しかないが、それは陽介や綾乃たちも大差ない。

 この魔力の薄い世界では、どれだけ頑張ってもできることには限度があるってもんだ。体感だが、異世界に対して2割か下手をすれば1割弱の魔力しかないからな。

 むしろよくこの薄さで魔法を使おうと思うもんだ。俺の勝手なイメージだと陰陽師とやらは昔に活躍してた印象だから、その当時は魔力が濃かったのかもしれない。



 逆に言えば魔法の要である符さえ準備できれば相当数の術を疲弊せず使えるという証でもある。



「その符は自身で作らないと意味がないんでしたっけ?」


「ああ、他人が書いた符では効果がほぼないからね、自分専用の武器となる。それが符の難儀な所で、文字に霊力を載せて一画一画書かなくてはならないから一日5枚が関の山さ。精神集中を必要とするからひどく消耗するしね」


 その呪符とやらを貸して見せてもらったが、実に精緻な文様が描かれている。裏面には麗華さんの名前だろうか、崩し字で書かれていた。


「呪符書くのに禊までする人もいるし、手間と時間かかって仕方ないんですよね」


「でもそれで確実に効果は上がるし、陰陽師には絶対に必要だと思って皆やっているわ」


 葵と琴乃さんがそう話しているが、葵の顔には何かあるんでしょ? と楽しげだ。

 

 まあ、あるんだけどな。


「この呪符ですが、自体は特にそこまで拘っている訳ではないですよね」


「いやいや、霊力の乗りが違うから楮から拘った和紙に私は書いているよ。チラシの裏を使っていた馬鹿な奴を昔に見た事あるが、怨霊一匹退治できずに逃げ出していたからね。良い品を使う意味はある」


「陰陽師が使う呪具は他にもあるけれど、根幹を担うのは呪符や護符だから、それには誰しも気を遣っているわ。最近は聞かないけれど、一昔前は死人も出たと聞くし」


 よしよし、俺の想像通りだ。琴乃さんが神妙な顔で俺に説いてくるが、こちらは企みが好感触である嬉しさしかない。


 俺は彼女の言葉に応えず鞄から(もちろん<アイテムボックス>を隠すためだ)おもむろに数枚の紙を取り出した。


「この紙をどう思います?」


 葵を含めた4人の気配が変わるのが解る。彼女たちにとってそれほどの品を俺は出しているのだ。


「な、なんだいこの紙は!? 濃密な霊力を纏っている!?」


「どうなっているの!? いかに神木を切り出して紙を作ってもここまで霊力が残るはずはないのに……」


 二人は俺が差し出した紙に目を剥いているが、こちらのショボい品と一緒にされては困る。こいつはバカ高い羊皮紙が一般的な異世界でも、とある品だけを作るために精製された特別品だ。


「これを使って呪符を書いたらどうなるでしょうかね?」


「そんなの決まっている! 格段に効果が上がる、下手をすれば他人が書いた呪符でも怨霊を調伏してしまうかもしれない! 少年、物は相談だが……」


 麗華さんの言葉に先んじて俺は口を開く。


「1枚100万でお譲りしますよ。勿論色々確かめたいでしょうし、サンプルとして最初の1枚は進呈します」


「買った! あるだけ全部買わせてもらう!」


 即答かよ。1枚100万だぞ、すこしは躊躇すると思ったが。


「ちょっと麗華、効果を試してみてからでも遅くはないわ」


 興奮する麗華さんを押し止めた琴乃さんは俺の手からサンプルの1枚を受け取るとまじまじと精製紙を見つめている。


「なんてこと。本当に紙自体に霊力が宿っているわ。確かにこれで符を作ればどうなってしまうの?」


「この1枚で優に5枚は符を作れそうな大きさだもの。倍の200万でも買い手が殺到しますよ」


 瞳さんが俺の値付けが安すぎると言っているが……マジで儲かってるな、陰陽師は。

 ならばもう一声だ。


「見たところ、符は毛筆なようですが、これも使ってみては?」


 更に俺が取り出した筆を見て全員が固まっている。


「な、なんだこれは! こ、この筆どんな素材を使っているんだい!?」


「それは企業秘密というやつでお願いします。多分効果はあると思うんですよね」


 こいつは名のある魔獣の毛と骨を削りだして作られた筆だ。どんな好き者が作らせたか知らないが、えらく偏った品なのは確かで俺達も手に入れたはいいが使い道が限られ過ぎて死蔵状態だった。


 向こうじゃ呪いの品扱いだが、別に変な効果があるわけではない。だったらこちらで符に書いて使えばそれまで以上に効果があるはずだ。


「か、書いてみなくては解らないけど、恐らくは……」


「じゃあ、墨はこいつをどうぞ。両方ともお値段は要相談ってことで」


 千年生きたと言われるトレントから作られた墨はとある大帝国の後宮で用いらていたものを大量に譲り受けた品だ。

 こいつを魔力水で溶いて墨汁にして、あの魔獣の筆で精製紙に書いてみたらどんな符が出来上がるのか楽しみだ。



 結果として、すべてお買い上げいただいた。


 締めて500万の売り上げだが、紙は消耗品だ。これからも末永くご愛顧いただける模様である。


 いや儲かった。これからも遠慮なく陰陽師の皆さんから毟り取っていこう。




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