第48話 最強少年は識り、学ぶ。



 俺の魔法を見せた後、麗華さんから陰陽師の技を見せてもらうことにした。


 これまで芦屋連中から敵として色々な攻撃を受けてきたが、あいつらは雑魚なりに自分達の手管を漏らすまいと隠していた。


 なんか怪しげな紙を起点にして魔法(?)を発動しているのは間違いないが、その細部までは解らなかったのだ。

 折を見て葵から少し話を聞いたことはあるが、現役の技を惜しみなく見せてもらえる機会を逃すつもりはない。



「私達の術は符術と呼ばれている。その名の通り呪符を用いてことわりを作り変えるものさ。顕現は符によって様々だが、まあこんな感じが一般的だね」


 麗華さんが仰々しいお札を取り出すと何事かを小さく唱えた。

 すると彼女のすぐ前に白い炎が生まれる。


「これが鬼火さ。基礎の基礎ではあるけどあやかしにも効果がある代表的な符術だよ」


 その揺らめく白い炎に手を翳してみるが全く熱を感じない。思いきって手を突っ込んでみたが、やはり結果は変わらなかった。


「熱はないんですね」


「ああ、奴等は実態がないからね。妖魔を討ち滅ぼす効果だけあればいいのさ」


 そう話す彼女の前で俺は<ファイアーボール>の魔法を使う。俺の手の上に生み出された火球は高速回転を始めると同時に白熱化する。

 下級魔法ここまでやる奴は稀だが、この状態になると着弾と共に火球が炸裂し、周囲にも被害をもたらす爆裂魔法に進化する。


「な、なんという熱気だ……」


 白熱化した火球が生み出す熱に戦く3人を前に俺は魔法を消した。使った魔力が無駄になるが、まあこれくらいは一瞬で回復するから気にしない。


 だが、葵を含めた術士達には見慣れない光景だったようだな。


「えっ? 玲二今なにしたの?」


「なにって、邪魔な魔法を消しただけだぞ。森の中で撃つわけにはいかないだろ」


 いきなり何を言い出すのかと思った俺だが、変なのは俺らしい。3人から矢継ぎ早に質問を受ける。


「い、今のは!? 何をどうしたら生みだした魔法が消せるというのだ?」


「有り得ない。術の途中ならともかく、あの鬼火はもう形作られていたのに。そんなことが……」


「流石は玲二さんですね。私達の想像の上を行きます」


 俺は彼女達が何にそんなに驚いているのかわからないが、そこいらがきっと俺達の魔法と違うところなんだろう。

 後で詳しく調べてみるか。



「それより、その”あやかし”ってなんなんです?」


 俺の問いかけに皆が揃って変な顔をする。敢えて言葉にするならお前なに言い出すんだ? というところだろうか。


「葵、この少年は本当に?」


「はい、陰陽師とは完全に無関係です。土御門とかも知らない人ですし」


「なるほど、時たま現れる埋もれた在野の術士か。それにしてもこの力は規格外にもほどがあるな。よく葵と出会えたもの、いやこれこそが”導き”か?」


「麗華さん、大袈裟ですって」


 葵と麗華さんが2人で話し合うなか、瞳さんが俺の疑問に答えてくれた。


「術者以外に知られてはいませんが、この大和国は古来から人ならぬ存在と共に生きてきたのです。そして人に害を為す存在をあやかしと呼び、我等陰陽師がそれを調伏する役目を昔から負ってきたのです」


 瞳さんはそう説明してくれたが……なんというかまんまテンプレですねという喉まで出かかった言葉を俺は飲み込んだ。


「こういうのは事実だから嘘ついても仕方ないし。それにお約束なほうが術の”通り”もいいの!」


「通り? なんだそりゃ?」


 葵から説明を受けて驚いた。彼らの魔法は大衆に知れ渡ば渡るほど効果が減るらしいのだ。どんな理屈だよと文句とつけたくなるが、俺だって異世界にどうして魔力があふれているのか説明できないので、そういうもんだと思って口を噤むほかない。だから世間の目から隠してるのか、変な理屈だとは思うが。



「じゃあ、芦屋の奴等がお前を追いかけて店の前で魔法使ったのは相当有り得ない事だったって訳か」


「そんなもんじゃないよ、正気を疑うレベル。だからほかの陰陽師の家も芦屋を放っておけないって即座に動き出したわけなの。土御門の御曹司とかさ」


 芦屋のせいで自分たちの術まで影響が出るからね、と葵は告げ、俺は店から逃げ出した当日の夜に陽介と出会ったことを思い出した。動きが異常に早かったのはそのせいもあったからなのか。


「へえ、君はあの陽介と知り合いなのか」


「ああ、連絡先を交換してこの件も色々協力してもらってるよ」


「土御門に借りを作るのはあまり良くないと思うけど、背に腹は代えられないわね」


 麗華さんと琴乃さんは陽介と同年代で彼の事を知っていた。むしろ二人が子供の頃は陰陽寮にいる北里さんの方が将来を嘱望された神童として名を馳せていたらしい。



「なるほど。で、妖っていうと、ぬりかべとか猫又とか?」


「それは妖怪ね、似てるけど別物だから。妖怪は基本無害だし、長い間生きてると半精霊化してたり神格持ちの妖怪まで居たりするよ」


 手を出さないようにと注意されるが、これまでそんなの見かけたこともないっての。


「じゃあ陰陽師ってのは普段はその妖ってのを狩ってるのか」


「ボク達が指す妖は主に人に仇なす怨霊だね、あとは家に棲む生霊とか。土地に宿る存在は厄介みたいだよ、ボクは経験ないけど。昔は鬼とかも居たみたいだけど、今はさっぱり」


「ああ、幽霊スペクターね、解るぜ。確かにあれは厄介だな。対策とってないとえらいことになる」


 俺の中に苦い記憶が蘇る。憑依されると突然奇声を発したり、鬱状態になって蹲ってぶつぶつ言いはじめたりする。暗闇を好むので炎を焚けば難を逃れられるし、聖印シンボル一つで防げる状態異常なんだが、その準備がないと訓練された騎士団だって簡単に崩壊するからな。

 精神攻撃はヤバい、これは冒険者なら誰でもに身に染みている。


「なんか違うことで納得されてる気もするけど、解ってもらえたならいいや。ボク達は基本その除霊や祈祷でお金を貰ってるね」


「非課税でな。えらく羽振りがよさそうで何よりじゃないか。お前もアイドルなんかやるよりよほど儲かりそうだぜ?」


 金欠で俺の仕事場に押しかけてきた葵にそう水を向けると彼女は口を尖らせた。


「国の霊的守護は陰陽師の何よりも大事な任務なの。アルバイト禁止のアイドルが厳しいだけだから」


「私達が通った音楽学校も相当おかしかったけどね」


 今は廃止されたそうだけど、なんで電車に向かって頭を下げるのか理由は解っても意味不明よね、と笑う琴乃さんと麗華さんはやはりあの歌劇団出身だった。



 聞くべきことを聞いた後は他の符術を一通り見せてもらった。多かったのは鬼火に代表されるような実体のない攻撃で、俺がやったような攻撃一辺倒の代物は4つだけしかないらしい。


「ふう、今のが鎌鼬ね。他にみずちや火蜥蜴なんかもあるけれど、上級符術だからほとんどの術師は使わないね。怨霊は実体がないから鬼火で十分だし」


 極度の集中を必要とする術を成功させた麗華さんの顔には汗が見える。他の皆は彼女を讃える視線を送っているので、これは大したものらしいな。

 俺にはよくわからんけど。


「そういやその技は芦屋の子供が使ってたっけ」


 出会った当時のあたるが同じ魔法を使っていたが、威力はあいつの方があった気がする。


「子供が上位符術を? 相変わらず芦屋は火力最優先だね、だから本当に大事な土地の鎮護が任されないのさ」


 小学生低学年の亘が難易度の高い魔法を使っていたことに麗華さんは嫉妬ではなく本心から呆れていた。


 陰陽師にとって一番大事なのは国の守りであり、怨霊だの悪霊退治だのはおまけ程度に過ぎないらしい。

 そのおまけに血道をあげる芦屋に彼女達は呆れているんだが、その見下してる相手にいいように振り回されてる現実を理解した方がいいと思う。


「その芦屋に手も足も出ないからこうして何とかしようとしてるんじゃないの」


 琴乃さんはちゃんと解ってるようだな。


「ええ、そのために玲二さんから参考に出きるものは何でも受け入れていかないと」


 瞳さんも敵に為す統べなく捕まってこのままではまずいと考えたようだ。



 なんだかんだ言って暴力が相手に言うことを聞かせる有効な手段なのは間違いないからな。

 芦屋に対して有効な対策が取れず後手後手に回ってる現状がいい例だ。



 俺はこれまで特にこの騒動に対して興味がなかった。

 所詮陰陽師達の問題で他人事だし、俺には他にやることもあったからだ。向こうだって俺は異物だろうしな。



 だが、ここへきて情勢は変わってきた。

 

 急ぎの仕事は片付いたし、俺の問題は如月さんに対応してもらっちまった。


 だったら俺が仲間の皆のために今出来ることはなにか。

 

 そりゃ決まってる。日本円を稼ぐのだ、それも端金ではなく億単位の超大金だ。


 俺の問題まで面倒を見てもらってるんだ、少しでも彼の負担を軽くしないとな。



 ここはかんなぎとやらの隠れ里にして陰陽師達の巣窟だ。



 この地の陰陽師たちは芦屋に力で劣り、その事実を痛感ししている。

 そしてなにより彼女たちは金持ちだ。この里の豊かさ、そしてその既得権益を甘受する立場から非常にお金をお持ちでいらっしゃる。


 そして俺達は不良在庫状態の異世界グッズがごまんとある。


 その中で彼女たちのレベルアップに繋がりそうなアイテムが少し考えだけでもいくつか思い浮かぶのだ。


 適正価格(時価)でお譲りしようじゃないか。


 俺は在庫が捌けて現金ゲットしてニコニコ、彼女たちは敵に対抗する力を得られてニコニコ。双方ともに損のないまさにWIN-WINの関係だ。


 この里の商売が終わったら次は土御門や他の家にも売り込みに行こう。きっと喜んでくれるに違いない。


 猛烈な金の匂いがしてきたぜ。



「あ、玲二がろくでもないこと考えてる顔してる!」


 うるさい黙れ葵。俺は正当な取引をしたいだけだ。



「とりあえずいくつか思いついた事があります」


 気を取り直してそう告げた俺は麗華さんの手にある符に視線を向けた。



 まずはここから手を付けるか。



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