第50話 最強少年は更にヤバい品を売る。



「琴乃たちが世話になったようじゃの。この婆からも改めて礼を言わせておくれ」


「いえ、こちらにもメリットのある話でしたので。礼など要りませんよ」


「そうはいかぬよ、巫女と瞳の命を救ってくれたばかりか、里の問題をも解決してくれた恩人が今度は戦巫女たちの戦力も手助けしてくれたのじゃ。感謝という言葉では到底事足りぬというもの。ささ、心ばかりじゃが夕餉を楽しんでいってくれ」


 俺は琴乃さんたちに異世界の品を高額で売りつけた後、ある目的をもって葵に里長であるひささんの屋敷にやって来ていた。

 変わらず俺には監視がついていたので、屋敷に着いて来訪を告げると即座にこの奥の間に通された。




 そして先ほどの会話の後、葵と瞳さんと共に有無を言わせず夕食を共にすることになった。


 食事自体は非常に楽しみだ。俺は根っからの料理人だという自覚があるのでこの地でどんなものが出されるのか、特に”地のもの”をどう料理してくれるのか、興味深くて仕方ない。


「先だっては申し訳ないことをした。葵から玲二殿がその手の誘いを嫌うと聞いて反省しきりじゃ。この通り、どうか許してほしい」


 あれから他の人にも紙と筆を売ってほしいとの申し出を受け、都合3セットを売りあげた。これだけで1500万の報酬を得て上機嫌だった俺は久さんからの謝罪を受け入れた。


 彼女が告げた内容は俺が里に来た初日に申し出を受けた接待の事だ。勿論その内容を誤解などしない、外から来た強力な術者と繋がりを得るために様々な手段を使おうとしたのだ。

 その”様々”の中には夜の相手も含まれているはずだ。俺があのままこの屋敷に滞在していたら、俺の力を目当てに年頃の若い女が幾度も俺が寝ている部屋を訪ねてきただろう。


「二度としないと約束いただけるなら、水に流しますよ」


「無論じゃ、この婆の名に誓って約束しよう。客人に対して本当に済まなんだ」


 彼女は首相に頭を下げてくるが、本当に気にしていない。

 何故なら異世界では幾度となく繰り返されてきたことなので、今更腹が立たないからだ。俺達姉弟はこの顔面で引き起こされる面倒に一々気分を害していたら何もできなくなることを嫌というほど学んできた。日本でも、異世界でもだ。



「もう、おばば様のせいでボクまで玲二に嫌われるところだったよ」


 俺がこの屋敷を去った後で深刻な家族会議が行われたようで、葵はかなり本気の声音で祖母に文句をつけている。


「不覚じゃったと言うておるじゃろうが。そろそろ許せ、葵よ」


 まだ何か言いたそうな葵の言葉は料理の登場で中断させられた。膳に乗った和食は俺を喜ばせた。


「うおっ、鮎だ! 鮎の塩焼きが出てきた!」


 膳に盛られていたのは串を打たれた鮎だった。もうこれだけで最高だ。なんて贅沢、完璧すぎる。四国の初夏と言えば鮎だよな。よくこんな山奥で、と一瞬思ったが鮎は川魚だったわ。


「漁が解禁になったばかりの若鮎じゃが、丸ごと食すにはこれが一番じゃの」


 骨まで食えると噂の若鮎だ。これだよこれ、せっかく地方に来たんだからここでしか食べれないものを楽しむべきなんだ。ここに来るまで日本を飛び回ったので土産はいろいろ買っていたが、葵と瞳さんは基本的に俺の作った飯を食いたがったので俺としては不満だった。



「玲二って本当に料理が好きだよね」


 途端に上機嫌になった俺を見て葵が苦笑を浮かべている。


「ああ、天職だと思ってるぜ。賄いもあるから食いはぐれる心配もないしな。この齢でいきなり巡り合えたのは幸運だった」


「芸能界でもトップ取れると思うけど」


「まだ言ってんのかよ。顔面を晒して金を稼ぐのは性に合わねぇ、俺は飯を作り続けて生きていくつもりだ」


 芸能事務所に所属したことは人生の汚点だった。目先の利益につられてると碌なことがない。


 不快な記憶が蘇りかけたが、全員の前に膳が行き渡ると俺は目の前の素晴らしい食事に意識を集中させた。


「都会の華麗な食事に比べれば粗末やも知れぬが」


「いえ、まさに”馳走”ですよ、俺はこういうものを心から望んでいました」


 声を揃えていただきます、と唱和すると俺は膳に挑みかかる。


 メインディッシュはどう見ても鮎の塩焼きだ。こいつをドラマチックに喰う為には高度な戦略が必要になる。

 主菜は大ボスの鮎だとして副菜は山菜の姿煮か。まずはこいつや漬物で舌を準備……旨い! こりゃすげえ!


 野菜が美味い土地というのはそれだけで素晴らしい。ここまで旨い漬物は初めて食ったぜ。そして山菜は素材のうまみを逃がさず煮付けている。これを料理した人は相当な腕前だぞ、これは。


 そして何より白米だ。白米がべらぼうに旨いったらない。炊き方か、研ぎ方か? それとも精米からここでやってるのか? 冗談抜きで白米を噛みしめると甘みが染み出してくるようだ。

 もうこの塩味の利いた漬物と白米だけで十分だわ。マジでこれだけで無限にお代わりいけるし一食これだけで十分だ。なのにこの後、鮎が控えているだと!? おいおい、どうなっちまうんだ一体!?


「玲二がこっちに帰ってこない。おもてなしは成功だね」


「……お気に召していただけたようじゃの。土佐牛なども用意できたのじゃが、葵の言葉通りにした甲斐があった」


「そんなの玲二喜ばないよ、お金に飽かせた贅沢には興味ないみたい」


「そんな大層な人間じゃねえよ。ただ単に金がなかっただけだ。しかし白米が本当に旨いな、こんな飯を食って育ったお前が素直に羨ましいぜ」


 本気で米を売ってくれないかと頼み込むくらいに気に入った。マジでどんなブランド米より旨いと思うんだが、何か秘訣があるんだろうか。


「ほら、葵。これを……あの方が貴方のために」


「あ、うん。わかってる、わかってるよお姉ちゃん」


 俺がうま、うま、と言語能力を失いかけながら膳を頬張っていると目の前にいる葵が浮かない顔をしている。瞳さんが差し出しているのはおむすび、だな。

 なんでこいつは何の変哲もないおむすびにそんな顔をしているんだ?


「おい、葵。お前なあこの超美味い白米に大してそんな顔は失礼だぞ。食わないなら俺が貰う。勿体ねえ」


「え? あ、いいよ。普通のおにぎりだし」


「葵……」


 瞳さんや久さんの悲しげな顔が妙に気にかかったが、葵から奪い取った梅干しのおむすびは最高だった。梅と白米だけのはずなのに、どうしてここまで旨いんだろう。




「いや、堪能させてもらいました。まさしく”ご馳走様”です」


 食後の緑茶を頂きながら、俺は感服しきりである。実に美味かった。米と漬物は冗談抜きで売ってほしいと申し出たほどだ。


「お粗末様じゃ。そこまで喜んでもらえると、こちらとしても嬉しくなってくるの」


「素晴らしい料理でした。調理をされた方にもよろしくお伝えください」


「あいわかった、その旨必ず申し伝えよう。我等も恩人をようやくもてなすことが出来た安堵しておる」


 俺がここに訪れた当日は逃げ出すようにこの屋敷を出たので、それを気にしていたようだ。


 腹もくちくなったころ、俺は本題を切り出した。


「それで、こうして自分からこの屋敷に伺ったのは、久さんに見ていただきたい品があるからなんです」


「ほう、琴乃達ではなくわざわざここに足を運ぶ意味があるという訳じゃな?」


 俺の申し出に久さんも人の好い笑みを消してこの里の最高権力者の顔になる。


「ええ。これからこの里は色々と厄介なことになると思います。巫女の存在が露見し、葵はこの故郷に帰ってきたがそれで話はおしまいになるはずがない」


「無論じゃ。芦屋がこのまま大人しく引き下がるはずがないからの。恐らく次はこの里を暴こうとするはずじゃ。その前にこちらの戦力増大を図る必要があり、玲二殿に教えを乞うた訳じゃからの」


 やはりそういうことか。だからこそこの話を持ちかける意味があるというものだ。


「場所を変えませんか? 是非お目にかけたいものがあります」



 人目に付かず、それでいて広い場所が良いと申し出ると、久さんは屋敷の裏庭へ案内してくれた。裏庭と言ったが、その大きさは相当なものだ。


「ここでええじゃろ。裏庭ならば余計な邪魔は入らん」


 話の続きを促された俺はついてきた葵たちを視界に入れた。


「陰陽師の技を幾つか見せてもらいました。そのどれもが見事なものですが、芦屋の攻撃力を見た後ではいささか威力に乏しいように見えます」


「うむ、それは否定できぬ。妖魔を退治するのにそこまでの攻撃は不要なんじゃが、芦屋はその不要なものに血道を上げた一族。あれを正面から相手取るには難儀じゃ」


 だから俺を頼ったのだろう。話の流れとしては理解できる。


「俺はその窮状を打開できる手段を持っています。まさに切り札として使える武器を。だが威力が威力なので久さんにだけお伝えすべきだと思い、この場を設けてもらいました」


「そのようなものがあると申されるか」


 俺の力を見知ったからこそ一笑に付すことはないが、まだ半信半疑である久さんに証明するため裏庭までやって来たのだ。


 皆の視線がこちらに集中した後で、俺はおもむろに懐からを取り出した。


「ええ。これがあれは芦屋に対する大きな武器になるはずです」


  俺が差し出したのは丸められた羊皮紙だ。中には”力ある言葉”が刻まれており、簡単なコマンドワードで効果を発揮する。


 異世界では魔力に乏しい戦士でも強大な魔法を使えるようになる珠玉の逸品だ。

 

 完全な使い捨てだが、戦いを一変させるほどの威力を秘めた魔導具のひとつ。



 一枚、金貨数十枚という高額で取引されるまさに文字通りの切り札ジョーカーだ。

 

 芦屋と事を構える覚悟の彼女たちには垂涎の品となるだろうが、威力があまりにも高すぎてその管理は村長である彼女に一任したいと考えるくらいのシロモノだ。

 はっきり言ってこの地球では完全なオーバーキルだ。異世界で大型の魔獣を楽勝で狩れる威力がある品だからな。



 俺達はそれをスクロール巻物と呼んでいる。



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