第51話 最強少年は秘密を垣間見る。



「ねえ、玲二。これどうやって使うの?」


 この中で最も魔力の低い(本人は封じられているだけと言い張っている)葵にスクロールを使わせてみることにした。

 こいつでも問題なく使えるならこの里に居るものなら誰でも使えるからだが、異世界で魔法の素養のない戦士だって使えるのは解っている。俺にとっては威力を証明するための宣伝だ。


 俺は標的の土人形を生み出すと同時に被害を考えてこっそりと周囲に<結界>を張ったが、久さんには気付かれたようだ。


「文字が書いてある面を表にして突き出せ。後は言葉一つで作動する」


 俺がコマンドワードを伝えると、真剣な表情をした葵は深呼吸をして力ある言葉を口にした。



 瞬間、視界を轟音と共に爆炎が埋め尽くした。



 用心して<結界>を張っておいて正解だった。十分に広い裏庭だが、このスクロールの効果範囲はそれ以上だったのだ。


 売り込みの最中なので余計なことは言わないが、スクロールは威力が一定ではないのだ。籠められた魔力で大体の威力は解るが、時たまとんでもない威力の”当たり”を引くことがある。今のは当たりではないがかなり強力な一枚だった。

 

「わあっっ!!! ど、どんな威力なのこれぇ!?」「なんと!」「これほどとは……確かに切り札と言えるでしょう」


 三者三様の感想が述べられているが、俺は思った通りの火力が出ていることを確認した。一度発動すれば視界にいる全ての魔物を燃やし尽くす威力を持つスクロールだが、魔力の薄い地球でどうなるか不安だったのだ。

 だが異世界の品は内包する魔力を存分に発揮して周囲に破壊の力を撒き散らしている。 これなら芦屋配下のクズ共が何十人で襲ってきても、全員火達磨にしてやれるだろう。



「うわ、土がガラス状になってる!」


「葵、まだ危ないから近寄るなよ。久さん、如何でしょう? これならばいざという時の頼れる武器になりませんか?」


「うむ、葵の力でアレが出来るなら、他の皆でも可能であろうの。もし都合がつくなら十枚ほど売ってはもらえんかの?」


「お買い上げありがとうございます」 


 俺の手元には地水火風の四属性のスクロールがあり、それぞれ3枚ずつ、計12枚を5000万で売る話でまとまった。昼間4000万支払ったのに、さらに5000万をポンと支払えてしまう財力を目の当たりにして俺の方が驚いている。

 一体彼女たちはどれだけ溜め込んでいるんだ?



 スクロール一枚に400万以上の値が付いた計算だが、実は異世界では金貨30枚(600万円)以上で取引されており、赤字を承知で提供したことになる。


 だが全く気にならない。地球でスクロールが売れるなんて考えもしていなかったし、なによりも俺達はこいつを処分に困るほど持っているのだ。


 いや、そんな他愛ないもんじゃないか。今<アイテムボックス>には各種スクロールが1万5244枚入っている。それもこれもユウキがひたすらダンジョンで毎日搔き集めてくるせいだ。


 さっきも言ったが、こいつは誰でも使うことができ、そして切り札になる威力を秘めているので懐に余裕が出来始めた中級と呼ばれる冒険者くらいならお守り代わりとして是非とも持っておきたい品だ。

 その需要があるので世界中のギルドが出物があればこぞって買い集める、そんな品なのだ。


 しかし今、俺達は過剰在庫という表現でさえ生易しいレベルの数が溜まっている。何故ならお守り代わりの切り札というのはそう何枚も必要としないからだ。


 最初は”いくらでも買い取るから、また持ってきてくれ!”という態度だったギルド職員が”まだあるのか? そろそろ十分だぞ。いや買うけど”になり、”もう十分行き渡った。これ以上は値崩れするから止めろ”に変わり、最後は”買取拒否だ! 安くなりすぎて初期に買った客から文句が来ているんだぞ!”になって完全なデッドストックに成り果てたのだ。

 周囲の異世界の友人たちに”十分もらったからもう大丈夫だぞ”と言われるくらい無料で配ったのでこれ以上は減る予定もないのだ。


 それなのに<アイテムボックス>はほぼ無限に入るし、ユウキがせっせとダンジョンで集めてくるもんだから売れやしないのに毎日在庫が積みあがってゆく有様だった。

 なので地球で金に変わるなら赤字だろうが全然問題ない。むしろ感謝したいくらいである……あ、気付けば更に30枚追加されてるじゃねえか。また増えてるぞ。



 久さんたちはとっておきの切り札を手に入れ、俺は捌ける予定のない在庫が少し減って現金を手にして共に上機嫌で屋敷に戻ろうとしたとき、ふと離れから明かりが漏れているのに気付いた。


 離れって事はこの屋敷の一部だよな。最初に紹介を受けた時、屋敷には久さんと数人の手伝いが居ると聞いていた。

 少し気になった俺は<マップ>で誰かいるのかと人の有無を確認してみたが……

 


 俺の機嫌は一気に急降下した。



「葵、あの離れは?」


 俺があの場所を指で示すと、解っていたが3人の気配が暗いものになった。


「えっと。そこはね……なんというかさ」


「病人が居るのでな、離れにて療養をしておるのじゃ」


 葵と久さんが苦いものを吐き出すように俺に告げ、瞳さんはすがるような視線をこちらに向けてくる。既に諦めている二人とは違い、彼女は俺なら何とか出来るかもしれないと期待しているのだ。実際危篤状態だった瞳さんは回復魔法とマナポーションで完全に快復したからな。



 そんな3人の様子を見て、俺はこれ見よがしに盛大な溜息をついた。


「れ、玲二、どうかした? 早く屋敷に……」


「なあ葵。お前さあ、俺を舐めてんのか?」


 俺は知らないうちに不機嫌な声を出していた。


「えっ、そんなことないよ。いきなりどうしたの」


 俺の豹変に葵や久さんも泡を食っているが、こちとら言葉を止めるつもりはない。


「俺はこれでも結構お前を助けてきたつもりだ。お前だって普通にあれこれ要求する癖によ、一番肝心なコトだんまり決め込んでんじゃねえよ」


「玲二殿。どうかそこまでに。これは我が里の定めなのじゃ」


 久さんが口を挟んできたが、俺は葵の口から答えを聞くつもりだ。


「葵、お前俺にここで言うことがあるはずだぞ?」


「そうよ、貴女だってこのままでは駄目だと解っているはずじゃない」


「瞳、お前が口を出すでない!」


 俺は諭すように葵に尋ね、瞳さんがそれに加勢してくれたが久さんが強い口調でそれを遮った。


「いえ、おばば様。ここは差し出口を挟ませていただきます! 玲二さんのお力なら、巫女の血族の苦しみを解き放てるやもしれまん。このまますべてを受け入れるおつもりですか? なによりもお辛いのはおばば様と葵ではありませんか。私は葵の従姉妹として、そして側女としてこの運命に反抗すべきと進言いたします」


 瞳さんの気魄の籠った叫びは葵と久さんの口を閉じさせた。


 特に葵はこれまで見た事がないほど陰鬱な顔をしている。


 大体読めてきたぜ。せっかくの帰郷なのに俺の所に入り浸ってばかりで、こいつが全く嬉しそうじゃなかった訳がよ。


 ふざけやがって、こんな場所に敢えて連れて来られたってのに、スルーするとでも思ってんのか?

 こちとらユウキの仲間やってんだぞ? 黙って見過ごすような真似ができるはずがないだろうが!


 なにが病人だ。こちとら<マップ>で見えてんだよ。


 あれは呪いだ。それも相当凶悪な。




「玲二、お願いがあるの……」


「おう、さっさと言えこの馬鹿女」


 葵が躊躇いがちに口を開いたのはずいぶん経ってからだった。

 久さんも伏せていた顔を上げたが、孫を止めることはなかった。



「あの人を……おかあさんをたすけて」



 こうして、俺は呪われたかんなぎの一族、その秘密に関わることになった。


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