第9話 最強少年は介入する。



「じゃあ、入ってくるけど……覗かないでよ!」


「うるせー。さっさと風呂入って寝ちまえ」


 ろくでもない台詞を吐きながらラブホのバスルームの奥に葵は消えていった。誰が覗くか馬鹿女め。


 俺はソファーに身を預けながらスマホを使い、それらしい騒ぎが起きているかの確認をした。俺自身も隠蔽に一役買ったことも有り、店の周辺では殊更異変は起きていないようだ。

 これでしばらく俺が姿を見せなければ店は安泰と見ていいだろう。あの魔法使い連中の対応は悩み所だが、あまり気にしていない。顔や名前を覚えられようが最悪どうにでもなるからな。



「え? そんな。覗かないの!? 今のは覗いてほしいアピールでしょ?」


「いや、これは”推すなよ”理論じゃないから。アイツの裸に興味なんざないね」


「そんなあ、お約束じゃん」


 なぜかがっかりした顔をするリリィに俺は深い溜息をついた。


「俺と葵はそんなんじゃないっての。同じ部屋に半月以上……じゃねえ、日本だと一月以上も同じ部屋で寝泊まりしてたんだぞ? その気ならシャワーだって覗き放題だったんだ、あの馬鹿もそれくらい解ってる」


 俺をからかいやがったんだよという言葉の前にリリィの疑問の声が挟まれた。


「え? 玲二と同じ部屋だったの? 女の子なのに?」


 顔に疑問符を浮かべるリリィに俺はそこら辺の説明をしていなかったことを思い出した。


「そういえば俺の事情、そこまで詳しく話してなかったっけ?」


「うんにゃ、齢誤魔化してお店の店長やってたら、友達のアイドルが働かせろって言ってきたら即バレして人生オワタ状態だったって話だよね?」


 異世界が楽しすぎて日本のことなんてほとんど語らなかったと思うが、意外と記憶していた彼女に頷いた。ああ、葵が女だって話はどうでもいいからしなかったな。


「ああ、そのアイドルがあいつだよ。まったく、出会った時から俺に迷惑しかかけねえ女だ」


 今回も盛大に巻き込んでくれやがって、と鼻を鳴らした俺の眼前にリリィの顔が急接近してきた。


「今の話、詳しく。特大の重要イベントの匂いがする」


「わ、わかった」


 彼女の剣幕に押された俺はその出会いから今回の騒動を詳しく話すことになった、のだが……


「なにそれ! 普通男子寮の同室の相手が男装した女の子なんてことある!? どんな確率なの! しかもばっちり巻き込まれてるし、さすが玲二!」


 リリィさんには大変お気に召した展開のようでなによりである。まあ、アイツならそうなる前にさっさと対処するから、そういったイベント自体が滅多に起きないしなぁ。


「それに相手の力も気になるね! アセリアの魔法とは違うっぽいし、どうなってんだろ? 玲二はなんか聞いてみた?」


「いや、聞いたらこの件から抜け出せなくなりそうだし」


「ええ~、絶対面白いって、首までどっぷり浸かろうよー、葵も見捨てられないしさぁ」


 完全に楽しむ気満々のリリィには悪いが、俺にも俺の事情があるのだ。


「そうは言うけどよ、俺にも予定があるっての。”案内”とかもあるしさ」


 俺の言葉にリリィもようやく思い出したようだ。俺が異世界から帰還しなければならなかった理由を。


「あ、そっか。そっちが優先だもんね、玲二は仕方ないかあ。まあいざとなれば援軍を呼べばいいか、みんな暇だし」


 いや、リリィ基準で呼ぶと本当に全員来そうで困るんだが。


「じゃあ、あの子には私達のことは何も話してないの?」


「ああ、葵に俺達の件は関係ないだろ? さっき言った通り、とりあえずは葵の迎えが来るまでは付き合ってやるつもりだ」


 これから先どうなるにせよ、そこまでは俺も責任もって手を貸してやるさ。


「確かに今放り出すのは危ないね、


「まったくだ。一体どうやって探し出してるんだか。俺達に手出しするわけでもなく様子見らしいが」


 リリィの言葉通り<マップ>にはこのラブホを囲むように10人ほどが点在していた。近くには特殊な自営業を営む女たちも同じ点として表示されているが、さっきまで居なかったので別口なのは明らかだ。だが反応が中立を示しているのは気になるな。俺があれだけやったのだ、敵性反応を示す赤色がついているはずなのにだ。


「とりあえず部屋に<結界>張っとくね。そうすれば入ってこられないし」


 リリィが俺と同じ<結界>を展開してくれたのでたとえ寝込みを襲われても安心である。


「ありがとさん。これからどうなるにせよ、今夜はここから動けないしな」


 背後で”あー生き返ったぁ、やっぱり日本人はお風呂に限るねぇ”と呑気な声を上げている俺が出してやった牛乳を呷る馬鹿女を見やりながら、俺達は敵の出方を伺いつつ眠りにつくことにした。



「玲二、玲二」


 キングサイズのベッドを一人で占領して寝息を立てる葵とは違い、ソファーで目を閉じていただけ俺は耳元でリリィが囁く声に目を開いた。


「動いたみたいだが、なんか変だな」


 俺は一日や二日なら徹夜しても問題ないので意識はあった。いつ敵が動くのか<マップ>で確認してたのだが、どうにも様子がおかしい。


「なんだろ、これ? 新しく来た人たちと揉めてるのかな?」


  リリィの考えは的を得ている気がする。小さい丸円でしか表示されないが、合計して20人近い人間がぶつかり合っているように見えるのだ。


「どういう状況なんだろうな? 俺達に用があるのは間違いないと思うが、なんでな仲間割れする必要がある? 罠かもしれないが……」


「顔を出す価値はあると思うよ、行こ行こ」


 実に楽しそうな顔で介入したいというリリィに俺は苦笑を隠せない。<消音>を駆けて俺達の会話は届かないし、この強化に強化を重ねた<結界>をぶち抜ける存在とは異世界でも未だ出会っていない。爆睡する葵を拉致れるもんなら奪ってみやがれ。



「おのれっ貴様ら! 三善、いや倉橋の者どもか!」


「それを知る必要はない。周囲の迷惑だ、騒がず沈むがいい」


「させるものかっ!」



「仲間割れってわけじゃなさそうだな」


「だねぇ。それよりもっと険悪な感じ?」


 静かにホテルから抜け出した俺達は気配を消して揉め事の現場に向かったのだが、そこでは戦いの真っ最中だった。だが、戦況は後からやって来た者たちが圧倒しており、先客たちは防戦一方になっている。どうやら奇襲でも食らったのか、たった5人に10人近い者たちがやられたようで、先客側で立っているのは4人だけだった。。

 ただ後から来た奴等が味方なのかと言われれば怪しい。葵の救援はもっとかかると言っていたし、異世界で培われた俺の本能が奴等にも警戒しろと告げているのだ。

 しかし、俺達が追われるばかりの展開に変化が生じている。なんとかその事情を把握したいものである。手を出してみるか?



「総員撤退しろ! 殿は俺が!」


「逃がすと思うか? ここで敵の数を減らしておく」


「負傷者を抱えて行け! 鎌鼬! 双蛇! 風雷!」


 怪我人を抱えて走り出した仲間を生かすべく一人残った若い男(と言っても20台前半)が連続して魔法を打ち出している。

 ビルの物陰から事態を把握していた俺達は介入するタイミングを見計らっていたが、絶好のチャンスが来たようだ。


〈玲二、やるの?〉


〈ああ。相手はもちろん……〉


 俺は仲間間で言葉を発さずに会話できる<念話>を用いてリリィに意思確認を行った。揃って頷いた俺達は土属性の下級魔法<ストーンバレット>を魔法が尽きて今にも止めを刺そうとしている5人の後頭部に直撃させた。


「よっし、全員生きてる。手加減って難しいねぇ」


 一つ間違えれば即死の一撃だが、命の安い異世界とは違い現代日本で人死にはマズい。昏倒させる程度の調整が俺もリリィも一番面倒だった。


「俺が3発担当しても良かったんだけどな」


 結局リリィに一人多く敵を取られてしまった。魔法の習熟に関しては彼女の方に一日の長があるのは認めるしかない。そう遠くないうちに超えてやるけどな。


「構築はまだ私の方が早いもんね。まだまだ負けないよ」


 くっそう、もっと練習だ。だが今は先にやることがある。


「おい、あんた無事か?」


 俺は闇夜を利用して暗がりから男に声を掛けた。向こうからは俺の上半身はロクに見えていないはずだ。


「お、お前は何者……いや、どこの家の者だ!?」


「なんだあ? 助けた人間に対して随分な言葉だな」


 そう口では大柄に答えながらも、内心ではこの状況で家の名前を問い質す若い男に違和感を感じていた。助かったでも感謝するでもなく何故真っ先にそれを訊く?

 意味があると考えるべきだろうな。


「う、それはその、危ないところを助けてもらい感謝する。だが、5人もの術師を一撃で倒す力の持ち主を警戒してしまった。声からするに俺とそう変わらぬ齢のはずだが、良ければ顔を見せてもらっていいか?」



〈玲二、後よろしく!〉


 人見知りを発揮したリリィが俺の頭の後ろにささっと隠れてしまったあと、暗がりから歩み出たこちらを見て若い男は息を呑んだ。


「まさか、ここまで若い少年とは。若手の中でも上位だと自負していたが,自惚れが過ぎたか」


「俺は玲二、あんたは?」


 俺はここで名前を告げる作戦に出た。あのボコったガラの悪い男に下の名前は憶えられている。こいつが敵の一味なら即座に反応があるはずだが、しかして彼は自己紹介をしてくるだけだった。


「俺は陽介。土御門の人間だ。君はどこの一門だ? 陰陽寮の使い手を一息で5人を打ち倒すとはとんでもない腕だが、何処の道場でも君の名を聞いたことがないぞ?」


 危ういところを助けられたからか、陽介と名乗った男は俺に好意的だった。

 これなら仕掛けられそうだ。


「まあね、俺はお宅らの一件とは全く無関係だしな」


「そんな馬鹿な、野良の術師が現存していたとでもいうのか!? 霊力を自覚するためには一門の秘術が……いや、なんでもない」


 余計なことを口走りかけた陽介は口を閉じたが、俺の頭の裏のリリィが今の話を深堀りしてと髪をぐいぐい引っ張ってくる。リリィ、人の心があるならそれは止めろ、俺の将来のために止めてくれ。え、私は妖精だって? まあそりゃそうなんだが。

 だがこのやり取りで今の話を聞くタイミングは削がれてしまったな。


 話を戻そう。


「あんたの言葉は正しいよ。俺は野良の術師って奴だが、何の因果か思いっきり巻き込まれちまってる。あんたの目的は俺の連れだな?」


 陽介の顔色が変わると同時に俺は<威圧>を仕掛けた。これを極めるとどんな強者でも魂を凍らせて身動きできなくなるらしいが、俺はまだそこまでの水準じゃない。


 しかし目の前の男に俺との厳然たる力の差を理解させる程度の効果はあった。


「そうか、君がかんなぎを……あの芦屋八烈を2人も退けたと聞いたときは何の冗談かと思ったが、その力なら真実なのだろうな。くそ、凄すぎて嫉妬さえ湧かないとは我ながら嫌になる」


「理解したようでなによりだ。じゃあ……」


「俺もそこで倒れている者どもと同じ末路か。命乞いはしないが、せめて部下だけでもこの首で見逃してはもらえないか?」


 そう言って自分の首を差し出していた男に俺は困惑した。

 なんで俺があんたを殺さにゃならんのだ?


「おい、人を何だと思ってやがる。俺は殺人鬼じゃないんだが?」


「なに? 情報では芦屋の者たちは幹部を除き全員死亡したと聞いたが……」


「なんだって? まさかあの野郎、醜態を見られたからって自分のとこの人間を始末したのか?」


 おいおい、一体何人……

 俺は早急に葵の事情に関する情報を手に入れる必要性を感じた。


 目の前の男が俺に対してこの嘘をつく意味がない。

 そして先ほど調べた限りでは店の周囲で誰かが死んだという情報も書いてなかった。

 あの場所には20人以上の人間が居て、それが全員死んだだと?

 わざわざ移動して他の場所で皆殺しに? 

 あのガラ男、そんな手間かける性格か?

 それとも、それだけの死体を転がしても警察や報道を封じられる力を持つ相手だってのか?


 突然沈黙した俺を訝しむ陽介と名乗った若い男に俺はこう切り出した。


「俺はあんたの命を助けたと思う。そっちにも任務があると思うが、命の礼ってことでそっちの持ってる情報をくれないか?」


「お、俺に仲間を売れというのか!?」


 俺の言葉に怒りを見せる陽介にこう切り出した。


「別にあんただけが知る秘密を教えろってわけじゃない。そっちがなぜこんな場所に派遣されたのか、この件で共通認識になってる情報を教えれくれればいい。俺はそんな基本的なことさえ知らないんだ、それくらいなら裏切りには当たらないだろ?」


〈誘導尋問のあざとさがユウに似てきたねぇ〉


〈お褒めに与り光栄だ、アイツほど上手かないけどな〉


 その時、陽介の腰に提げていた無線機から彼の無事を問う声が何度も聞こえてきた。その中で彼が命を賭して逃がした者たちは全員無事だとの声もあった。


「……俺は仲間は売らない。だが、君には部下を救ってもらった恩がある。土御門の男に恩知らずはいない。従って、俺が知り得る情報を独り言として喋ることにしよう」


「あんた。なかなか面白い奴だな。じゃあ場所を変えようぜ」


 こうして朝まで営業を続ける喫茶店に入った俺達は、土御門陽介と名乗った青年から今回の事件の根幹に関わる話を聞くことになるのだが……



「あいつ、芦屋とかいう連中以外にも狙われてるのかよ!」


 その事実は注文したウインナーコーヒーの味を認識できないほど俺を混乱させた。


「正確には芦屋に奪われないために他家も手を出した、ということだ。我が家以外にも加茂、御影小路の4大宗家、それに陰陽寮を始めとした各家がかんなぎを手中に収めんと人を大勢派遣している。あの者どもが何を企んでいるかはまだ判明していないが、芦屋ともあろう大家が秘すべき術師の存在を世間に露出することも厭わず、あらゆる手段で人を動かし巫を捜索中だ。その事実が他家の警戒を呼び起こしている。芦屋に奪われるくらいなら我等の手で、ということだ」


「その巫ってのは何なんだ?」


「わからん。象徴としての言葉であれば答えられるが、その意味ではないだろうな」


 陽介は誠実に俺の質問に答えてくれたと思う。だが、前提としての知識が俺に不足し過ぎて半分以上何言っているか理解できなかった。

 しかし一番大事なことは理解した。もうそれだけわかってれば十分だ。



「つまり、葵を巡ってバトルロイヤルが始まってるってことか……」


 あいつめ、大勢から命懸けで追っかけられてるな。アイドルなんかより断然人気じゃねえか。


 これは俺も認識を改めないと思わぬ不覚を取りそうだ。仕方ない、朝になったら一度本人から詳しい話を聞くしかないか。


 こうして俺はこの厄介な騒動の中心に深くかかわっていくことになるのだ。


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