第20話 最強少年は質問責めにされる。
「なあ、そろそろ異世界話は十分じゃね?」
俺達はテントの外で椅子に座って話しているのだが、すでに空には星空が輝いている時刻だ。なのに葵とリリィの話が一向に終わる気配がない。
もうかれこれ3時間は延々とアセリアの話を続けている。葵の方もよくそんなに聞きたいネタがあるなと驚くくらいだ。
俺はもう諦めて天を仰ぎ、何度目かの天体観察を始めている。当然と言うか、地球よりも異世界で見る満天の星空のほうが綺麗だった。
夜は光が少ない異世界の星空は本当に圧倒される。まあ、あちらは月が二つあるんだけどな。
「全然足りないって! それでそのイケオジと美女とのロマンスはどうなったの? ハッピーエンド?」
「あの二人の現状ってどうだったっけ、玲二?」
「二人とも事情持ちだから停滞中だったはず。でも、お互いに惚れてんのは明らかだからなんとかなるんじゃねーの? 知らんけど」
他人の色恋には興味ないんだが、葵の食いつきが半端ないな。そういや女は他人の恋バナが主食だったっけ。
「お互い思いあっているのに思いを伝えられないなんて、なんて可哀想……」
いや、可哀想なのは酒の席でそのイケメンオッサンの愚痴に付き合わされる俺達の方だからな。俺もあの人にはめっちゃ世話になってるし、事情も聞いて力になりたいとは思うけど、マジで複雑に絡み合ってて俺というか誰の手にも負えないのだ。下手に手を出すと泥沼になるから止めとけと言われている。泥沼とは二人の関係ではなく国家間の話だ。
「おい、マジで異世界の話は後にしろって。先に魔法の話をしておきたい。葵たち陰陽師が使ってる魔法は俺の知る物と全く違うんだが、どうやってるのか説明できるか?」
俺はこちらに帰還して最も気になっていた部分をようやく口にできた。芦屋や土御門の連中が使う魔法は体系からして完全に異なっているようなのだ。
「えっ? 詳しくと言われると難しいかも。呪符を構えて真言唱えると素質があるなら術が発動するだけだし。むしろボクは異世界魔法が気になるんだけど」
葵が言うには朝に戦った綾乃や亘も袖口などに呪符とやらを仕込んでいたらしい。現代の陰陽師はそうやって戦うんだそうだ。
「俺の方は後で時間があれば教えてやる、それよりちょっと俺を見てみろ。何か気になることはあるか?」
そう言って俺は全身に魔力を帯びてみた。リリィがいきなりピカるのやめてよ、と文句を言うくらい今の俺は発光しているのだが、当の葵はまぶしさに目を閉じることもなく不満顔のままだ。
「超イケメン顔で見惚れるというよりムカつく。なんでそんな整った顔してるの?」
「知るか、遺伝だ遺伝。文句は死んだ親に言え。それより、お前から見て俺に変化はないんだな?」
「うん、特に」
「だよなあ、お前魔力全然起きてないし」
かつての俺を含めての話だが、地球人には魔力を感じ取る器官が完全に錆び付いて使い物にならなくなっている。魔力自体は微弱とは言えあるのだが、この世界の魔力の薄さはと相まって体内回路が休眠状態なのだ。
「今の話からすると、私も玲二の魔法が使えるように聞こえるんだけど……」
「現状じゃ無理だけどな。むしろそんな状態でも魔法を使えるようになる呪符ってのがすげえな。どういうやり方なんだか」
俺に傷一つ付けられない威力とはいえ、この世界の薄い魔力と拙い技量からすれば、あの規模の炎を出せるのは大したものだと思う。
自分の魔力を自覚できないレベルの術者でも一端の魔法を使えるとなると異世界に持ち込んだら革命レベルの変化になるかもしれない。
いや、それを知った段階で貴族階級が潰しに来るか。魔法は貴族の既得権益であり、覚悟もなく手を伸ばすと徹底的に叩き潰される。
「呪符は自分で一から作らないと意味ないからね。今のボクは呪符一つ持ち歩けてないけど」
そう言って笑う葵の顔には陰があった。こいつにも特殊な事情がありそうだが……
「そういや芦屋の奴等がお前の力は封じられてるとか言ってたな」
「うん、巫が生まれた事さえ極秘だったから、ボクの存在も隠されてたからね。田舎から抜け出す際におばばたちから念入りに封じられたんだよ。そこまで大した力じゃないって聞いてたのに、あいつらなんであんなに血眼になってるんだか」
こいつの事情も謎が多いな。芦屋自身もその思惑は上層部以外誰も摑めていないようだが5千万もの金を出す価値があるものらしい。
「ねえ、それよりボクも玲二たちのような派手な魔法が使えるようになったりするの?」
期待に目を輝かせる葵だが、俺にはその答えを持ち合わせてない。
「俺のはスキル由来だから何とも言えん。ゼロから使えるように練習したわけじゃないしな、その後の訓練は山ほどやったけど」
魔力起こしは俺も仲間にやってもらったクチだし、本人は仲間以外にやる意味がないと言っていたしな。
葵を説得するために発した言葉だが、余計なスイッチを押したような気がする。
「スキル! やっぱりスキルあるんだね!? じゃあ、あのバリアみたいなのも、あのテントやこの椅子とか出したのもスキルでしょ? 分かった、<アイテムボックス>だ!」
「正解! 容量はほぼ無限だし、中に入れたものの時間は止まるよ」
「すごいすごい!」
また話が脱線しやがった。
「お前らさあ……」
興奮した葵は俺の話をまったく聞いていない。
「そうだ、スキル言えば外せないものがあるよね? 異世界召還と言えば付きもののユニークスキルは?」
「……ちょっと風呂とトイレ作ってくるわ」
アレについてはあまり触れたくない。使えるかどうかと聞かれれば本気で微妙としか言いようがないのだ。
「ああ! そのリアクション絶対持ってるやつ!」
「ほえ~。本当に魔法なんだね。呪符じゃこんなことできないよ」
あまりにしつこい葵を無視して俺は<結界>範囲内に風呂を作り始めた。バスタブもあるが、俺達は掃除をしなくていいという理由で基本的に野外に風呂を作成することを好む。
葵の今の台詞は俺が土魔法で風呂の形を作っている最中のものだ。これを火魔法で一気に焼いて焼き固めることで風呂を作っている。始めはそれ汚いんじゃないかと思ったものだが、陶器も土を焼いたもんだろと言われれば納得だ。
「別にシャワーでもいいのに」
「日本人なら風呂に入りたいだろ。まあこう言うと周囲は変な目で見てくるけどな」
衛生面で言えば異世界はお察しレベルだ。湯を沸かすのも大変だから毎日風呂に入るのは貴族くらいのものだし、トイレも掃除屋であるスライムがないところでは垂れ流しが基本でそれが原因で病気も何度か起こっている。
俺達もなんとか改善したいと思っているが、意識改革は難しい。俺達の周囲から広げてゆくしかない問題だ。
「お前はそろそろテントに入ってろ。あくまで目論見程度だが、そこに入ってるとお前の追跡の目を隠せる可能性がある」
葵を追う水鏡とやらは地上に出ていれば反応があるらしいが、時空魔法で歪められた空間の中に入ってしまえば追跡できるのか疑問が残る。その成否は<マップ>で確認できるはずだ。
追っ手は俺達が蹴散らしたので今現在は大人しいが、これで諦めるような奴等だとは思えない。今日はもうお開きでも明日になれば動き出すはず、その際にこちらに向かって動いてなければ成功だと見ていい。
まあ、葵の迎えは明日来るらしいし、今日だけ保てばいい話なんだがな。
「飯にするか。二人は何を食いたい?」
熱湯を土で出来た風呂釜に注ぎながらリクエストを聞くのだが、これはもう習慣みたいなもんだ。仲間内でも俺が飯担当だったからな。
「お菓子!」
リリィは食べなくても死なない不思議生命体なので食事はただの趣味であり、ひたすら好物である甘いものを食ったり飲んだりしている。蜂蜜を瓶ごとごっくごっくと飲んでいた時は正直引いたわ。
「なんでもいいなら……異世界の食事がしてみたいかも」
「別にいいけど。あんまり期待し過ぎるなよ?」
葵の要求は理解できなくもないものだが……俺がアセリアで伝説の料理人扱いされている有様なので料理水準も低いんだよなあ。いや、これから花開くと言い換えよう。
料理人の腕が悪いというより調味料が酢か塩くらいしかないので味のバリエーションが少ないのだ。それでも美味いものはあるので、それを出してやるとするか。
「うわ、これだよこれ、異世界の食事って感じする」
「平均的な都市部の家庭の夕食はこんなもんだな。黒パンに塩が入った豆スープが基本で裕福ならチーズや腸詰がつく。海や湖が近いなら魚が追加される感じで肉は滅多に食えないご馳走って感じだな、今回は出すけど」
これらの食材は俺が作ったり焼いたものなので実際に向こうの者たちが食べる品とは味の次元が違うが、ありのままを見せると幻想がぶっ壊れかねない。嵩増しのためにおが屑入ったパンとかマジで食い物なのかこれと疑ったからな。
「私はプリンの方が好きだけどね。チョコでもいいよ」
リリィ、それは食事とは言わない。
俺達はガヤガヤと騒がしくその夜を明かすことになる。
「連絡って待ってりゃ来るのか?」
「そのはずなんだけど、来ないね。もう昼だし連絡がないとおかしいんだけど」
飽きもせず深夜までリリィと葵は異世界談議に花を咲かせていたようだが、俺はさっさとベッドを出して寝た。
葵に事情があるように俺にも事情がある。いつまでも彼女に付き合うわけにもいかないから、ひとまず葵の迎えが来たら別れるつもりだ。リリィがついていきそうだが彼女は転移でいつでもこちらに移動できるから何の心配もない。
これからは棚上げしていた俺の問題の始末をつけないといけない。あの事務所社長への報復の準備も始めたいし、なによりも明日からは大事な予定があるのだ。
そうして翌日の昼になったのだが、到着しているはずの葵の迎えの連絡がいつまで経っても来ないのだという。リリィはテント内のベッドで爆睡中だ。あれは下手すりゃ夕方まで起きてこないぞ。
「あの事務所にもう一回行って連絡とるか?」
俺はスマホを弄りながら葵に尋ねる。この場所が芦屋連中の捜索の範囲外であることは<マップ>で俺達の方角に向かってないことから明らかだが、このテントを出ればそうはいかないだろう。綾乃たちと一度遭遇したし、事務所は見張られていると見ていいだろうが、それしか手がないなら行く必要がある。
俺も今日中に片をつけたいのだ。
「事務所の連絡手段は潰してきたから無理。それに連絡しても繋がるのは実家だし、向こうも迎えと連絡取れないと思う」
「つくづくアナログな一族だな」
「ほんとにね。でもそれだから生き残ってこれた面もあるんだって。隠れることに関してはウチの一族はある意味病気だよ、前に調べたらグーグラマップでも映ってなかったし」
「そりゃすげえな、軍事基地かよ。迎えが出てないってことはないよな?」
「それはないと思う。私のお姉ちゃんが迎えに出てくれたみたいだし、むしろ電車の乗り換えが解らなくて迷子になってる可能性の方が高いよ」
「まあ、あれは複雑すぎるな」
メトロの乗り換えの複雑さは外国人が迷うランキング上位だからな。それはあるかもしれない。とは言え迷ったらそれこそ葵に連絡してくるだろう。
何かあった可能性を想定するべきか? まいったな、今日からは俺も俺で動きたいんだが。
その時、何の気なしにスマホ画面でニュースを見ていた俺は衝撃的な一文を目にして動きを止めた。
これが偶然なわけがあるかよ。
「葵、状況が変わった、動く必要がありそうだ」
「え、なにどうし、うわっと! ……嘘でしょ!?」
俺が投げて寄越したスマホ画面を見た葵も驚愕の悲鳴を上げている。
このタイミングで仕掛けてきたか。
そこにはこう書かれていた。
『人気アイドル”RED COLORS”が所属する芸能事務所ブレイズの須藤社長が刺殺体で発見される。内部でトラブルか?』
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