第19話 最強少年は異世界を語る?




「い、異世界に行ってただってぇ? 玲二、それ本気で言ってる?」


「別に信じるも疑うも好きにしろよ。この光景だけで十分だと思うがな」


 俺は1人用のテント内部とはとても思えない広い空間を指差した。これは内部の空間を拡張する魔導具でとてつもなく貴重な代物だ。<鑑定>では金貨300枚の価値がある品だ。単純には換算できないが、一枚約20万と計算すると約六千万円になる豪華テントだ。見た目はボロっちいんだけど、こいつは組み立て式で小さく畳めるのが最大の利点である。

 つまり、普通に持ち運べるのだ。マジックバッグの使い方もできると考えればこれで金儲けがやり放題だ。密輸入とか悪どい商売もできるな、やらんけど。


 陰陽師がどんな力を持っているのかすべて理解してないが、こんな不可思議な能力はそうないだろう。もし存在するなら葵はここまで驚いていないはずだ。


「私もいるしね~」


 俺達の周囲をひらひらと舞っている妖精のリリィが異世界の存在の何よりの証明か。陰陽師にも式神とかいるようだが、葵の言葉を借りるならこんなに自由な存在じゃないみたいだしな。


 だが流石にすぐに飲み込める話じゃないだろう。葵の中で心の整理を待つとしてこっちは色々準備しておくか。


「それってまさか異世界召還されたってこと!? ホントに!?」


 立ち上がりかけた俺を止めたのは想像以上に食いついてきた葵の喜色溢れる声だった。あれ? テンションおかしくね?



「あ、ああ。そうだけど」


「うわ、じゃあ魔王が居る世界に勇者として呼ばれたってことでしょ?」


「いや、魔族は居るけど魔王は今いないみたいだな。勇者はいるらしいが俺は会ったことない。人類の危機とかでもなかった」


「ああ、そっちのタイプの召還なんだ。ねえ、やっぱり異世界に呼ばれる前に女神とかに会ったの? 可愛いお姫様にどうか世界を救ってくださいって言われたりした? それでその王家が全ての黒幕だったりした?」


「葵、お前ちょっと落ち着け」


 突然人が変わったかのように勢い込んでくる葵に俺は思いっきり引きながら、この馬鹿を落ち着かせた。なんでこんなに食いついてくるんだ?


「昨日話した時から葵には”才能”があると思ってたんだよね~」


 俺の肩に座りながら同志を見つけたらしいリリィが上機嫌で話しかけてきたんだが……なるほど、系に詳しいんだな。俺も一通り履修はしてたが、葵はマニアのようだ。


「玲二。とても落ち着いてなんかいられないよ! まさかこんなすぐ近くに異世界に”時渡り”した人がいたなんて。やっぱり異世界召還は空想じゃなくて事実だったんだ!」


 顔を紅潮させる葵は俺の声など聞こえていないかのようだが、なんか気になる単語を口走っている。いったん落ち着かせるか。


「だから落ち着けっての。<キュア>」


 回復魔法の一つに<キュア>というものがある。こいつは各種状態異常をある程度癒すもので(もちろんアンチトードなど専門の魔法には劣る)興奮状態を通常に戻す効果もある。こんな無駄なことに貴重な回復魔法を使った僧侶たちが激怒するに違いない。


「あ、ごめん」


 だがこの場合は効果覿面だ。途端に真顔になった葵は自分がどれほど興奮していたか今になって理解したようだ。


「なんかいきなり冷たい水を顔に掛けられた気分になったんだけど。もしかしてこれって魔法? さっきのもそうだけど、やっぱり剣と魔法の世界なんだね? モンスターもいるの? 定番の冒険者もいるんだよね?」


「それも含めてちゃんと話してやるから。ひとまず茶でも飲んで深呼吸しろよ」


 きちんと説明をするためにこの場所と時間を設けたのだ。魔法や魔導具を見せた後で訳は聞くなと言うつもりはない。


「それにしても葵は異世界召還にあまり驚いてはいないな?」


「ええ? めっちゃ驚いてるって。もう大興奮だよ!」


「いや、そういう感じじゃなくてだな、異世界のことを荒唐無稽な存在というより実在を薄々感づいているような口ぶりだったじゃねえか」


「ああ、そのこと? 陰陽師には”時渡り”って伝説の秘儀があるんだけど、異界に渡れる力があるって伝えられてたんだ。今までは眉唾だと思ってたけど、まさか事実だったなんてね」


 神隠しとかと同列に語られてきたけど、もしかしてあれも異世界に呼ばれたのかもね、と喋る葵はなんか生き生きしているな。


「ボクって生まれた場所が場所でしょ? ロクに外出も許されなかったから別の世界に憧れてたんだよ、まさか本当にあるなんて! なんて羨ましい」


 日本にはアイドルに憧れて夢破れた者たちがごまんというはずだが、現役の人気アイドル様は俺を羨ましがっているようだ。



「じゃあ何処から話そっか。私たちの住む世界はアセリアって呼ばれてて……」


 


 最初は俺達が異世界のことを話していたのだが、やはり途中から葵の質問に答える形で話が進んでいった。俺が順を追って話すよりこいつが話を脱線させまくるのが原因である。今だってまだ世界観、こんな感じの世界だという内容を喋っているのに……


「異世界ならエルフとドワーフは基本装備だよね!?」


 赤茶(異世界のお茶だ。紅茶とは違う香りがする。超がつく高級品で一グラムが純金と同じ額で取引されている)と菓子を両手に持ちながら俺の話を食い気味に聞いている葵だが、こいつこんなキャラだったか?


「エルフにはダチが数人いるがドワーフにはまだ会ったことないな。いるのは間違いないらしいが。俺がいる地域にはドワーフが求める鉱山が少ないんだとさ。冒険者ギルドでも見た事ないし」


 俺が話すとこいつに燃料を投下するらしく、すぐに話が脱線しやがる。


「冒険者ギルド来た!! じゃあ玲二も冒険者やってるんだ。あれだけ強いんだからSランクって奴でしょ?」


「俺はまだBランクに上がったばかりだ。強いだけじゃランクは上がんねえんだよ。Aランクが事実上の最高ランクだしSランクなんて5人しかいねえしな。選出には政治が絡むらしいし」


 その5人のうちの一人と友人だが、当人が敵国への対抗手段の意味もあったと言っていたしな、本人も頭がおかしいレベルで強いけど。

 それにもう一人はどうやら俺と同類っぽいんだよなあ。


 それに俺はこれでも異例の速度でランクアップしてると評判なんだぞ。一年足らずでBまで上がったが、これでも早すぎると上げたギルド側が周囲から非難されるくらいだ。普通はBランクは熟練の証で5年以上の経験者がなるものとされている。

 Aランクが超人の集まりで、Sランクは人外扱いだ。一人で一国を相手取れる戦力とみなされる。


「強さだけが判断基準じゃないんだね。異世界なのに普通にアルファベットなのはお約束ってやつ?」


「アルファベットは稀人、というか昔来た日本人が持ち込んだらしい。過去の日本人が建国に関わった国が東の方に超大国として君臨してる」


「うああ、気になる単語が多すぎる……どれから聞けばいいのか、超迷うんだけど」


 俺も来た当初はアイツに話を聞きまくった気がするが、葵ほどイカれたテンションじゃなかった気がするな。


「冒険者は壊し屋じゃないからな。依頼を達成して依頼人を満足させるのが冒険者の仕事だ。村を襲っていたモンスターの群れを広範囲の魔法で吹っ飛ばしたが、その余波で周囲の森まで焼け野原にする冒険者に評価は上がらないだろ」


 やっぱりモンスターいるんだね、と嬉しそうな葵の呟きを拾うとそこからまた話が脱線するので無視だ無視。まず俺の方の話を終えないとこの先に進めないんだよ。


「調子に乗った新人あるあるだけどね。その前に先輩冒険者の下について基礎を勉強する流れが一般的だよ。そうしないとすぐ死んじゃうし」


 これがギルドカードね、とリリィが自分の物を渡しているが、彼女はアイツと同じランクだからDランクの鉄製か。


「うーん、当然のように読めない。でもDの文字だけわかる。玲二のは?」


 言語の話はマジで夜が明けかねないので割愛する。本気で超苦労したわ、普通召還されたらサービスセットに入ってると思うよな? なかったんだよ、これが。


「純銀製だから失くしたら弁償させるからな」


 まだ貰ったばかりで新しい銀のプレートを差し出した。Aランクになると純金製に、Sランクになるとアダマンタイト製で作られるギルドカードだ。アダマンタイトとかいう異世界金属に心躍った時もあった。今じゃトン単位で仕舞ってあるので邪魔まである。


「うわ、凄い綺麗に彫ってある。めっちゃ高そう」


「これ作るだけで大銀貨10枚取られるからな。銀そのものより彫刻する技術料が高いらしいが」


 Sランク用のアダマンタイトは最も硬い金属として知られている。こいつを彫れるのはドワーフの中でもマスターの冠を頂くごく僅かなマスター・ドワーフだけだという。


「ただの銀じゃコピー品が出回るからね。高位冒険者になると依頼も高いから低ランクが嘘ついて偽造するらしいし。ほら、ここにリーヴの冒険者ギルドか認めたよって刻印うってあるでしょ、これが目印」


「冒険者のランク分けはGランクから? Sランクまで?」


「登録した段階でFランクだな。そこから依頼数をこなせば自然とDまでは上がる。その先は実績を積んだ後でギルドが認めれば試験を受けて上がる寸法」


 だからランクを保証したギルド支部の責任は大きいし、ギルド側もちょっとやそっとじゃ上には上げないらしい。前に飲み会の席で酔った職員から話を聞いた。


「へぇ、じゃあ玲二も試験受けたんだ。どんな奴だった?」


「馬使っても往復10日もかかる場所に複数の素材収集を5日以内にやって来いって試験。あとモンスターも規定数討伐してその部位持ってくる試験、それも5日以内な」


「え? なにそれ、普通に無理じゃん」


 まあそれを訊いた俺もその時は同じ顔をしたな。無理ゲーだろって仲間の前で文句を言ったらあっさり答えをもらって納得したが。


「普通にやったらな。試験内容は依頼書に書かれてたんだが、よく読むと遠い場所で採れる素材を急いで持ってこいって内容なんだよ。つまり、素材取ってくるだけならどこから手に入れてもいいんだ。遠くまで行かなくても持ってそうな奴に話を持ちかけたり、取り扱ってそうな店に声掛けたりすればいい。モンスターも同じだ、討伐部位はモンスター毎に共通だから他の冒険者ギルドに在庫があればそこから買える」


「ええ、試験なのにそれでいいの?」


 葵の顔は俺が仲間の前で答えを聞かされた時と同じようなものになっている。気合を入れて試験に臨んだら肩透かしを食らった気分だったぜ。


「さっきも言ったろ。冒険者は依頼を達成することが仕事なんだよ。その場所の脅威を取り除けとかの依頼なら魔物をきっちり討伐する必要があるが、今回はそうじゃないしな。どう見ても間に合わない期限設定なんだから、普通じゃない方法を取れって言ってるようなもんだ」


 よくよく考えれば試験なんだから体だけじゃなく頭も使えって話だ。高ランクの試験になると腕前以外のものも求められる。物事への洞察力や視野の広さ、他の冒険者への指示出しもすることがあるというし、それを備えているかの確認の意味もある。

 だが俺の場合はこっそりAランクの昇格試験を受けさせられていたと後で知った。俺が若すぎ、そして早すぎるランクアップをしたため、ギルド側が本当はAランクの実力があるけどBに留めたぞと周囲に証明するために仕組んだらしいのだ。

 余談だが、Aランクにもなるとそれなりの人脈も必要だ。この試験はそれを試す内容であり、各所に顔が利けば入手難度の高い素材も手に入る可能性が高まるってこどだ。


「結局、知り合いの大商人に相談したら、近くの交易都市で全部揃っちまって提出して終了だ。学院に数日休みを申請してたけど一日で終わっちまったな。一応俺が最短記録らしいぞ」


 人脈も立派な力であると上位冒険者は理解しろという試験なんだが、確かにその通りだ。

 仲間が世界一の商人だと豪語するその人は、特に貴重過ぎて滅多に出回らないという神聖樹の蜜をあっという間に集めてしまった。それも想定以上の量を集めて追加報酬まで貰ってしまう始末。本人は周囲にお願いしただけですよ、と笑うがあの人に頼むと大抵何でも解決するよなという仲間の一言が全てを物語っている。

 奴隷だった所を俺とアイツが見つけたんだが、金貨10枚で買えたのは奇跡だったな。冗談抜きで金貨100万枚以上の価値があるわ、あの人。



「それでこの銀のカードをもらったわけね。ねえ、これが身分証明になったり銀行のカードみたいに使えるの? それとさっき出たリーヴってなに? 大銀貨ってどれくらいの大きさ? それに学院って何のことなの?」


 ……話が進みゃしねえな。


「さすがにそれは無理だよ、そもそも銀行らしい銀行がまだないしね。リーヴってのは私たちが拠点の一つにしてる王都のことで、大銀貨はこれ。それと玲二たちはユウの頼みで魔法学院に通ってるんだ」


「魔法学院!? それってハリポタみたいな奴!? 制服ある? お約束のマントついてる?」


「もち! 基本は押さえてるよ。ほら、玲二の制服姿」


 そろそろスキルの話をしたいんだがな。こいつらが使う魔法と何が違うのか聞きたいんだが……


 まあ、今日はここで野営だし、時間あるからいいか。

 自分のスマホを取り出してギャーギャー騒いているリリィたちを見ながら、脱線しまくって以降に本筋に話が進みそうにない現実に人知れず溜息をつく俺だった。


「ねえ、玲二。リリィからもらったこの魔法学院の制服姿、インスタ上げていい? 絶対鬼バズするって! この素材なら100万いいねも夢じゃないって!」


「ふざけんな、この馬鹿女」


 夜はまだまだ更ける気配も見せない。



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