第18話 最強少年は事情を話す。
俺の放った魔法は轟音と共にチンピラどもが集結していた場所の地面を景気よく吹き飛ばした。
「きゃああああああ――――!!!!!!」
後ろの葵が耳元でデカい悲鳴を上げるせいて俺の鼓膜が被害を被っている。周囲に<消音>をかけて自分たちに影響がないようにしたってのに、葵から攻撃を受けるとは思わなかったぞ。
おかしいな、なんでこいつ爆音聞こえてないのに悲鳴上げてんだ?
もちろん反社どもにはそんな配慮をしてないので、全員鼓膜がイカれたことだろう。鼓膜だけで済むはずもないんだが。
「追撃だあ! そーらもういっちょ、おまけにもひとつ!」
「リリィ、追撃はほどほどにな。虐殺するわけにはいかないからよ」
「じゃあこれで最後! ……へっ、汚ねぇ花火だ」
ゾディアック・イラプションは対象というか範囲指定した地面を大爆発させて巨大なクレーターを作り出す魔法だ。今のコレはかなり簡略化してるが、正式な魔法はこれに爆炎も追加して敵を粉微塵にする代物だ。しかし今回は手加減して衝撃と爆風だけにとどめている。
これだけでも十分すぎるほどの威力があるのは生み出されたクレーターが物語っているが……リリィが盛大に追撃を入れている。宙に舞ったチンピラがまた爆風でもう一度空中に跳ね上げられていた。
無事なのは敢えて魔法の効果範囲から外した数人のチンピラだけで、そいつらは腰を抜かして惚けた顔をしている。
とはいえリリィの言葉通り足元で大爆発したせいで大勢の反社が宙を舞っている。彼女は特に念入りにどっかんどっかんと派手に吹き飛ばしている、きっと例の名台詞を言いたかったのだろうと思われた。
勿論奴等も頭から落ちれば命はないが……たぶん大丈夫だろ。数十メートル吹っ飛んだ奴もいるが、ちゃんと手加減したしきっと生きてるに違いない。
本当なら最初の一発で全員体が爆散する威力なのだ。五体満足であるだけマシというもの。
その分、爆風で大ダメージを負っているはずであり、ほぼ全員病院送り確定に追い込んでいる。
この絵面だけ見れば大事件に発展してもおかしくないが、俺はそう思っていない。百人で追いかけて返り討ちに遭ったなんて見栄張る世界で生きてるこいつ等が自分から言い出すとは思えないし、芦屋とやらはかなりの権力を持っているらしいから、まず間違いなく隠蔽に走るだろう。
だからこの事件が表沙汰になることはないはずだ。
「うそ。なにこれ……どんな術を使えばこんなことになるの……」
呻き声さえ上げられない死屍累々の男たちを見て葵が言葉をなくしているが、陰陽師にはこれくらいの威力の魔法はないのだろうか? この地の魔力の薄さからして厳しそうかもしれない。
異世界じゃ数十人が合同で戦場を焦土に変えちまうような魔法を放つ
「ば、バケモンだ。芦屋の奴らめ、こんなイカれた相手だなんて聞いてねえぞ!」
上ずった声を出しているのは俺が敢えて魔法の範囲から見逃した5人の男たちだ。
「さて、次はお前らの番か。お仲間が地獄でお待ちかねだぜ?」
「ひいっ! た、たすけ……うあ……」
敵の戦意を砕く<威圧>を使って凄むと、すっかり戦意を喪失していた5人はその場で失神した。
こいつらが目を覚ましたらこの惨状を周囲に触れ回る語り部になってくれるだろう。
そうすれば大勢で葵を追い回すというこの状況に変化が訪れるかもしれない。
「リリィ、お疲れ」
「玲二もね。あ~、久々に大っきい魔法使ってスッキリしたぁ。たまにはこうやって発散しないとダメだよね!」
あれだけ人間を派手に吹き飛ばしておきながら実にイイ笑顔で言い切る妖精さんに内心引きつつも、いまだ現実に精神が帰還していない葵の腕を引っ張って立たせてやる。
「おい、葵。しっかしろ」
「ああ。うん、大丈夫。自分で立てるよ。まだ現実の光景だと受け入れるのに時間がかかりそうだけど」
「そっか。葵は魔法を見るのは初めてだもんね」
「ま、ほう? 呪符による
「むしろ私はそっちの力のほうが不思議だよ。式神だっけ? どんな召還体系になれば契約もしてない異界の存在を紙切れに受肉させられるわけ?」
「ええと、式神を使役するにはそれなりの手順が……」
葵とリリィが変な話を始めそうな空気なので俺は口を挟んだ。見渡す限りチンピラ共が倒れ伏しているこの場で始める話ではないだろう。
「おい、ここにいつまでも居ても仕方ないだろ。歩けるなら移動するぞ」
俺は葵を振り返ることなくとある方向に足を向けて歩き出した。
「え? れ、玲二、何でそっちに行くの? その先は山しかないよ?」
「そりゃもちろん山に用があるからだよ。悪いようにはしないから黙ってついてこい」
俺がこの地を選んだのは人気がなく魔法の行使に問題がなかった事だけではない。むしろこっちが本命だった。
「ねえ、まだ歩くの? もう結構山の中に入ったんだけど」
「もう少しだ、ドームツアーを余裕でこなせるアイドルの自慢の体力を見せてみろよ」
俺は背後から文句を漏らす葵を適当にあしらいながら山野の道なき道を進んでいる。途中までは登山道を歩いていたが、道から離れて10分近く経っているから葵の文句も解らないではなかった。
「あとちょっとで着くよ」
自分の足で歩くことなく、宙に浮いたり俺の肩に留まるリリィが励ましてもなあ、と内心思いつつ俺は目ぼしい場所にようやくたどり着いた。
「ここらへんでいいか。道からはだいぶ離れたし、広さも丁度いいしな」
俺が足を止めたのは木々が生い茂る山森の中でも僅かに開けた場所だった。開けたとは言っても人間が10人も集まれば満員になりそうな小さなものだ。
だが俺の目的には最適と言えた。
「ねえ、玲二。もしかしてここでキャンプするつもりなの? う、嘘だよね」
ボクたちろくな荷物ないじゃん、と言い出す葵に俺は冷たい視線を向けた。
「お前こそ忘れたのかよ、未成年の俺達に泊まれるホテルはねえっての。もうラブホは俺が絶対に御免だからな」
「そ、それはそうだけど……6月になったばかりじゃまだ夜は冷えるよ? 考え直した方がいいって」
葵はその後も否定的な言葉を続けるが、俺は取り合うことはない。
葵に告げたホテル云々はあくまでたとえの一つに過ぎず、俺の最大の目的は敵の攪乱にあった。
今朝の内に葵とはこれからの行動目的を共有してある。それは敵と戦うことなく時間を稼いで葵の実家からの救援を待つことだ。実際に事務所で連絡を取りあい、救援との合流方法も把握しているので俺達はまず逃げ切ることが最優先目標だった。
ここで反社連中と戦ったのは数が多くて鬱陶しいから潰したいと思ったのと同時に敵の数を減らしてこの先の安全を少しでも確保したかったのもある。
それにこの数を始末した後、都会に住む16歳の男女二人が山に入って野営するなどという選択肢が敵の頭にあるだろうか?
いくらキャンプが大流行のご時勢とはいえ、ろくな装備もなしに山に逃げ込むとは考えず、普通ならまた都市部に戻って身を潜めると想定するはずだ。
さっきの連中を始末せずに生かして返したのはもし俺達の情報を得たとしても手荷物一つ持ってないのなら山に入ったとは考えないだろうと仕向けるためだ。
そんな内容の話を葵にすると、不承不承頷いてくれた。
「玲二の考えは解ったけど、いくらなんでもこのままキャンプは厳しいでしょ? 今からでもさっき行ったコンビニで何か買ってくるべきだよ。お金持ってないボクが言えた話ではないけどさあ」
「ふっふっふ。心配ご無用だよ、葵。ここはリリィちゃんにお任せあれ」
俺の肩の上で手を組んで仁王立ちしている妖精がとりゃ、という掛け声とともに手を振ると何処からともなく一人用サイズの茶色いテントが現れた。アウトドア専門店に売ってるような今風のものではなく、レトロなこげ茶色した三角形のテントだ。
「えっ!? テント? 今どこからテントが?」
昨日から何度か葵の前で<アイテムボックス>を使っているのだが、リリィのやり方は俺達も真似できない妖精ならではの不思議仕様だ。人間は普通に亜空間に手を突っ込んで品を取り出すからな。
「ちゃんと考えてあるに決まってんだろが。そこまで考えなしじゃねえよ」
「いや、突然空中からテントが現れてるのにスルーしないでよ! どう考えてもおか……そういえば昨日玲二からもらった夕ご飯もそんな感じだったような」
ようやく記憶が蘇ってきたらしい葵に構わず、俺は野営準備を進めてゆく。とはいえ全て<アイテムボックス>から必要なものを取り出すだけなので簡単だ。
こちらでのキャンプと違い、異世界での野営はそれほど物を必要としない。焚き火と焼き台、そしてテントがあれば充分だが、とりあえずシートを敷いてその上に人数分の椅子とテーブルを置いた。
そしてまもなく日の陰る時間なのでランタンも出して柔らかい魔法の光を周囲に照らし出している。
「まあ座れよ、何か飲むか? 紅茶で良ければすぐに出せるぞ」
「ええと、うん、ありがと。あ、おいしい」
既に葉も開き、あとは注ぐだけとなっているティーポットを取り出して注いでやる。茶菓子を口にすると葵は小さく感想を告げた。
「お、解ってるねえ、これ最近のイチオシなんだよね。キラービーの蜂蜜とキングカウのバターで作ったクッキー。こっちのサブレも食べてみてよ、レインボーバードの千年卵で作った激レア品だよ、すんごく美味しいの!」
「ほんとだ、おいし……何かよくわからない単語が聞こえるけど、ってちょっと玲二、何してるの!?」
葵は俺が土魔法で周囲の壁を生み出していることに文句をつけている。
「一応隠れる必要あるからな、こうして壁で覆ってんだよ。後で隠蔽するから上からドローンで焚き火でも空撮されない限り見つかることはないだろ」
「え、あ。うん、なんかよくわからないけど、わかった。あ、サブレホントにおいしい」
「ねえ玲二、いろいろ言いたいことはあるけどさ、とりあえずテントもう一つ出した方が良くない? 一人しか入れないでしょ、その大きさ」
俺が周囲の隠蔽工作を終えて戻ると葵がそんなことを言ってきた。勿論顔にはちゃんと説明してよと書いてあるが、昨日俺が何も聞くなと釘を刺したのを守っているようだ。
「実際に中に入って確認してみ? 面白いことになってるからよ」
俺は敢えて答えを口にせず、葵にドッキリを仕掛けることにした。
「ええ? 今まででも十分驚いてるのにこれ以上なんかあるはず……うわああああ! 何これぇ!」
驚いてる驚いてる。俺も最初これを見たときには似たようなリアクションをしたもんだ。
これはただのテントじゃない、魔法のテントで厳密には魔導具と呼ばれるものだ。
「玲二、このテントおかしいって! なんで中に入るとこんなに広いの!? 目がおかしくなったのかな、少なく見ても10畳くらいあるよ!」
「時空魔法とやらで拡張してあるんだとさ。気温も一定に保たれるし、一つで十分な理由がわかったろ?」
「…………もう何が何だか」
テントを何度も出たり入ったりしていた葵は最後には言葉をなくしていたが、とりあえず落ち着かせて椅子に座らせることにした。
「俺に聞きたいことがありそうだな?」
「えっと。いいの? そりゃ山のようにあるけどさ」
俺が黙っていてもどの道リリィが我慢できずに話していただろうからな。こいつと行動を共にする以上、能力を隠したままで過ごすのはいくらなんでも不便に過ぎた。
別に信じてもらう必要はないが、ある程度情報は開示すべきだろう。
「さっきは俺がお前たち陰陽師の話を聞かせてもらったからな。ようやく時間も出来たことだし、今度は俺の番だと思ってよ」
こうして俺は葵に自分たちの事情を話し始めたのだった。
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