第17話 最強少年は蹂躙する。



「遅え! いくらなんでも遅すぎるだろ!」


 俺達が追っ手を迎え撃つべく人気のない広場に陣取ってから既に一時間が経過しようとしていた。


「来ないねぇ……玲二、本当にこっちに来てると思う? 所詮は芦屋の外法なんだし、なにか手違いがあって私を見失ったとかありそうじゃない?」


「それも無くはないんだろうが……」


 希望的観測を言い出す葵は知る由もないが、俺とリリィには<マップ>があるので追っ手の状況は把握している。


 連中、俺達をまったく補足出来てないのだ。俺達のいる方角自体は理解していて、こちらに向かってはいるが清々しいほどバラバラに動いている。車で移動している速さなんだが、同じ場所を他の追っ手が行き来したり見当違いの場所を虱潰しにしたりと見ているこっちが苛つくほどの手際の悪さだ。


「なあ、葵。例の水鏡とかいう、お前を探す魔法を使える奴は多いのか?」


「いや、少ないと思うよ。芦屋は元から攻撃一辺倒の一族だし、失せ物探しや吉兆占いの分野は土御門の独壇場だから。それにあそこは数だけは多いけど、そのほとんどは凶暴だけど何の力もない一般人だし、水鏡を使えるのは幹部含めても10人もいないと思う」


「なるほどな。それに競争してお前を探してるんだろ? 効率最悪なわけだわ」


 大まかな方角が解るだけとはいえ、使い方次第では俺達の居所は簡単に見つけられるはずだ。

 使い手を4人程度用意して東西南北に散らせばいいからだ。そしてそれぞれが位置を占ってその方角の先の交差する場所が俺達の居場所になる。


 俺でもこの程度のことは考え付くのだから、連中がいくら救いようのない馬鹿だらけでも誰か思ついて当然のはずだが、その気配すらない。


 つまり奴等は仲間内で一切協力せず、それぞれが独力で俺達を追っているのだ。鞍馬社長の言葉が正しければ葵を生け捕りにすれば5千万だとか。追っ手のやる気を出させるためなんだろうが、自分の取り分が減るのを嫌がって誰も協力してないのだ。

 それに間違いなく芦屋の上層部が誰も指揮を執っていないのだろう。<マップ>上での統制のまるで取れてない動きがそれを証明している。


 休む間もなく追われ続け、俺達をただ消耗させることだけが狙いなのか? それにしては手が込み過ぎだろう。他の陰陽師の家が危機感を抱くレベルで派手に暴れているのだ、世間に露見して困るのは術師側のはずなんだがな。


 だが敵の思惑はどうあれ、俺達はいつまで待っても追っ手が現れないので非常に困っていた。馬鹿どもをまとめて吹き飛ばすために人気がなくて広い場所を選んだのでこちらから移動して接触するわけにはいかないのである。


「面倒臭ぇなあ。いつになったら現れるんだよ、葵はよくこんな低レベルな連中相手に追い回されてたな」


「ボクの場合は包囲された状態から始まったからね。道を歩いてたら突然囲まれてついてこいってさ。今みたいに完全に撒けた状態で捜すのと状況が違うよ」


 こいつは事務所から出たところを狙われたらしい。何とか逃げて店の裏口に隠れていたわけだが、今思えば俺が声をかけなければ逃走は続いていたのかもしれない。その場合もひ弱な葵一人では結局は金と体力が尽きて捕まる未来しか訪れなさそうだが。


「しかしどうすっか。このままじゃいつまで経ってもここにやってこないぞ」


「いっそのこと自分から知らせちゃえば? さっきのオッサンに電話して伝えてもらうとかさ」


 俺の肩の上に座るリリィがそんな提案をしてきた。確かに妙案だが……


「そうなるとあの社長の立場が悪くなりそうなんだよな。こんなことで迷惑はかけたくないな」


 あの社長の性格からして一体いつ会ったとか聞かれたら馬鹿正直に答えそうだしな。


「でもこのまま待つだけってのはねぇ」


 葵の溜息にはひたすら同意する。既に俺達は一度近くのコンビニまで出向いて用を足してきた後だったりするが<マップ>では追っ手どもはこちらに向かう気配さえ見えない。本気で社長に報告してもらうか? ちょうどさっき連絡先をもらったしな。


 だが俺の仲間は頼りになるのだ。今回もリリィが事態を打開する一言を放った。


「じゃあこうしようよ。別に私達から教えちゃ駄目ってことはないしね!」


「なるほど。流石リリィだ、冴えてるな!」


 玲二、撮って撮ってと自分の体より大きい自分用のスマホを<アイテムボックス>より取り出したリリィを見て、その思い付きを理解した俺は彼女を心から褒め称えた。


「え、なに。どうしたの?」


 スマホのカメラを向けられた葵にこっち向くなと告げると炎上中の人気アイドルグループの一人である御堂葵がこんな場所に出没している、とソーシャルメディアに書き込むのであった。



「ようやく見つけたぜ。このガキ共、こんな場所まで逃げ込みやがって!」


 それから待つこと小一時間、待ちに待った追っ手どもがようやく俺達の前に姿を見せた。

 この場所は山の中腹にあり、車で乗り付けることはできない。なのでこちらに叫んだどう見ても堅気じゃない人相の悪い中年を始めとした連中がゾロゾロとこの空き地へ雪崩れ込んでくる。その数は優に百人を超えており、俺達を捜索する間に数が増えたと思われる。

 実に好都合だ、確認した限りでは取りこぼしもなく全員がこちらに到着している。我慢に我慢を重ねてこいつらを待った甲斐があったってもんだ。

 何しろここに陣取ってから3時間以上が経過している。こちらは既に昼飯やリリィの要望で三時のおやつまで食べた後だ。



「うるせえ! こっちが待ちくたびれたぞ! お前ら捜すの下手すぎなんだよ、馬鹿は馬鹿なりに少しは頭使いやがれ!」


 俺からこう返されることは考えてなかったのか、明らかに頭にヤのつく自由業の反社どもから殺気が巻き起こった。


「黙りやがれ、このガキ! 死にてえのか!?」「調子乗ってんじゃねえぞ、クソガキ!」「誰に向かって舐めた口きいてんのか解ってんのか、ああ?」「その面グチャグチャにしてやらぁ!」


「れ、玲二……」


 百人を超える反社どもからの殺気交じりの怒号に背後の葵はすっかり委縮して俺の腕をしっかりと掴んでいるが、こんな雑魚がいくら吠えようが雑音でしかない。怒ると殺気だけで魂まで凍りつかせるような”本物中の本物”を間近に見知っている俺にしてみれば、野良犬が必死で虚勢を張っているようで滑稽で笑えるくらいだ。


「女さえ生け捕ればあの野郎は殺していいんだよな!?」「ふざけんな! 早いもん勝ちだ、5千万は俺が頂くぜ」「じゃあ俺のもんだな! お前らは指咥えて見てな」


 あー、これは金を巡って後で殺しあうパターンだな。屑共が共食いするのを見物するのも面白そうだが、今の俺は散々待たされたのでこいつらを殲滅したくて仕方ない。



「ニンゲンは口だけは一人前だよねー」


 俺と同じ心境のリリィも冷めた顔で罵詈雑言を聞き流している。既に彼女も準備万端。異世界じゃあまり使う機会のなかった大規模魔法を気兼ねなく使えるとあってウズウズしてるのが解る。


「で、言いたいことはそれだけか? お前らには生贄になってもらう。俺達に手を出すとどうなるか、激痛と共に芦屋とかいう馬鹿共にせいぜい伝えてくれ」


 俺が放つのは大魔法に属するものだが、究めてしまえば大仰な詠唱や魔法陣なんて必要ない。その二つはあくまで使用者の負担を抑える補助に過ぎず、魔法の行使に必要な魔力と展開力があれば即座に発動できるのだ。


 まだ起動してないが、この魔法には前兆があるのだ。微細な振動が空き地全体を覆い始めた。狼狽える反社どもだが、すでに全員が射程で逃げ場などない。



「雑魚らしく身の程を弁えろってよ」


 こいつはキツいぜ?


 火属性の最秘奥にして大地を破壊する灼熱の一撃。



「〈星輪ゾディアック暴爆イラプション〉〉」



 俺の言葉と同時に反社連中の足元が、耳をつんざく爆音と共に大爆発を起こした。



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