第16話 最強少年は迎え撃つ。


「玲二、やっぱり芸能界に縁があるんだね。嫌い方が尋常じゃなかったもん」


「へえ。興味あるわね」


 女二人が社長の一言で盛り上がっちまったが、勘弁してほしい。本当に忌まわしい過去話であって、誰かれ構わず話したいことじゃないんだ。


「別にお前ん家よりかは普通の事情だ。大した話じゃない」


 こいつには語る必要のない過去だし、別に楽しい話でもない。無理やりにでも話の内容を変えようとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。


「きりゅうれいじ、と。あ、なんか出た、2年前の記事かぁ」


 なんと綾乃の膝の上に乗せられている亘がスマホで検索を始めたのだ。


「おい、よりにもよって本人の前で調べ始めるか、普通?」


「だって、大した話じゃないって言ったじゃないか」


 そういう問題じゃねえだろ、と不満を視線に籠めて姉だという綾乃を睨みつけた。


「駄目よ、亘。そういうのは本人の前ではいけないわ、マナー違反よ」


 口では弟をそう窘めつつ、実際はスマホ画面を凝視している姉に何の説得力があるというのか。


<そういえば玲二と雪音の過去って聞いたことあったっけ?>


<どうだったかな、別にみんなからも聞かれなかったし。あ、でもいつか酒の席のときに話の流れで喋ったような気がするような>


 リリィの質問に俺は念話で答えた。

 ちなみに異世界で飲酒の年齢制限は存在しないのでセーフである。

 それに水の質が悪いので薄めたワインや度数の低いエールを子供でも普通に飲んでる世界だ。当然ながら味の方は論外だ。酢臭のするワインや何を混ぜたかよく解らない酒モドキが酒場で当たり前のように出てくる有り様だから仲間の一人が始めた高品質の酒の販売は大成功を納め、店には金貨の海が出来上がっている。

 まああれは国一番の大貴族である公爵の爺さんを真っ先に抑えたのが一番デカいけどな。普通なら酒と塩は専売だから国が出張ってくる案件だ。



「え、どれどれ……”麗しの双子の哀れな末路”って、なにこれ! 酷くない?」


「三流週刊誌の煽り記事に一々怒っても仕方ねえだろ。連中も商売だって話だよ、今更気にしてねぇし」


 ムカつくことは事実だが、過去の話であり本当に気にしていないのだ。いや、異世界に行ってなかったら今でも根に持っていたかもしれない。あっちでの経験が小さなことに拘る馬鹿馬鹿しさを教えてくれたからな。


「双子って。貴方、お姉さん居たのね……もの凄い美人の」


 たぶんスマホ画面には隠し撮りされた俺と姉貴の画像があるんだろう。


「ああ、一時期はどの事務所も色めきだったもんだぜ。とんでもないダイヤの原石が現れたからな。だが、見ての通りメディアの論調がアレでな。持て囃す空気にはならなかったんだよ」


「玲二のお姉さんの雪音さんには一度だけ会ったことがあるよ。信じられないくらいの美人だった。惜しむらくは玲二とのツーショットが見れなかったことかなぁ。今思えば二人とも全然顔合わせてなかった気がするよ」


 そんなに? 玲二をもっと女顔して髪を腰まで伸ばせばそっくりとか言い出してる女どもは完全に無視だ。


「必要な連絡はスマホで取ってたから、学校では姉貴とは完全に没交渉だったしな」


 芸能科のある学校で俺達双子が揃うと色々面倒なことになりそうだと予め相談していた。とは言え俺が店で作った賄い飯をユキに届けていたし、寮では結構会っていたが。


「ってことは、この記事のときは芸能人じゃなかった? それなのに週刊誌に載るって変な話だね」


 亘が微妙な話題を口にしやがった。話を振った社長も本人を前に込み入った話をしたくないのか口を噤んでいる。今更どうでもいいんだが、好き好んで吹聴したい話題じゃねえんだよな。でも本当に過去を漁ればいくらでも出てくるから、こっちから話した方が幾分マシか。


「あー、親父がベンチャー企業やっててな、結構有名でメディア露出も多かったんだよ。そんで親父が結構露骨なキャラ付けしてて、注目は浴びてたが人気が出るタイプの方向性じゃなかったわけだ」


 芸能人であるこいつらならこう言えば分かるだろう。当時の親父はメディアに誘導された面もあったが、世間に向けて挑発的な言動が多かった今でいう炎上系だった。会社の広告塔だったし、それが売れてるうちはマスコミ連中もそれを有り難がるから調子のいい言動は増え、人気以上にアンチも生んでいた。


「高速道路での多重事故だったか? 痛ましい事件だったな」


 社長の言葉に俺は頷いた。あの日から全てが変わっちまった。


「親父の事故死から世間は手の平返してな、それはもう大変だったぜ。親父の友人と名乗るハイエナどもが財産を掠め取ってくんだ、14のガキは現実を受け止める暇もなく気付いたら無一文で家を追い出されてた」


 そこからはマスコミの格好の餌食だ。親父のキャラ性もあったんだろうが、この国は世間がこいつは叩いていい存在だと認識すると歯止めが効かなくなる傾向がある。この国の誰もが俺達を”殴っていい奴”だと認識されちまった。


 人間不信になるには十分だったぜ。



「結果として親父の昔の部下だった人が助けてくれて、俺と姉貴をあの学校に入れてくれたのさ。お前みたいな訳アリでも受け入れるだけあって、俺もそこまで目立たなかったな」


 あの人には本当に感謝してるが、余計な問題もくっついてきたのは考え物だ。好き好んで背負ったので恨んじゃいないが、俺の借金は彼の所為でもあるからだ。


「俺の事情はそんなとこだ。ちなみにあの事務所の社長は親父の財産掠め取った敵の一人だ。この落とし前は必ずつけさせる」


 だから俺も事務所についてったのさ、と告げると疑問に感じていた葵は納得したようだ。


「その、悪かったな。別に否定しても良かったんだぜ? 他人の空似……はその顔面じゃ無理があるけどよ」


 話に区切りがついた頃合いで運転する社長から気遣わしげな謝罪の言葉があったが、気にしてないっての。


「過去の話だって言っただろ。否定するほど大した話じゃねえし」


「そう言ってくれると助かるぜ。世間がひでえ扱いしてたもんだからずっと気にしてたんだ。元気にやってるようで安心したぜ」


 その言葉が本心であろうことはその声音で解る。本当に変な男だな、この社長は。


「”園長”さんは本当に情に篤い人だねぇ。ウチのゲスハゲ社長に爪の垢を煎じて飲ませたいよ」


「だから園長言うなっての。これでも気にしてんだよ」


「なあ、葵。なんだよその園長って。社長じゃないのか?」


「聞くな原田。与太話だから聞き流しとけ」


 俺が葵に話を向けると当の鞍馬社長が必死になって止め始めた、こうまでムキになると余計気になるぞ。


「はは、誉め言葉なんだけどね。杠プロの鞍馬社長って人じゃない? だから自分の所のタレントは何があっても絶対に見捨てないの。何か問題があれば即対処するし、みんな社長を父親代わりみたいに思ってるのはあの二人からもわかるでしょ?」


 自分のタレントのためなら俺みたいなガキにも平気で土下座する男だ、人間性はそれだけでわかる。世の中には土下座は無料タダだと訳知り顔で嘯く奴もいるが、このオッサンはそのタイプじゃないのは必死で止めていた二人が証明している。


「まあ、あれだけ生意気言ってた亘が社長が出てきたら即座に素直になったしな」


 素直になんかなってない! と騒ぐ亘を無視して俺達は話を続けた。


「そんな社長の性格が知れ渡ると、その人柄を見込んだ子役タレントの家族がぜひうちの子をお願いしますって殺到したんだって。親にしてみればあそこまでしてくれる社長なら安心できるんだろうけど、そのせいで杠プロは10歳以下の子役タレントが8割を占めてるそうだよ。だからついた仇名が”杠保育園”で、社長がその園長さんってこと」


「ウチはもともと一人のタレントの個人事務所だったんだよ! それが何の因果かこんな有様だ。チビ共が居なけりゃ平均年齢は20台前半までいくんだぞ!」


 不本意だと愚痴る社長だが、自分の子供を信頼できる事務所に預けたいと考えるのは普通だろうし、彼は多くの親からそれを見込まれているのだ。もっと誇っていいと思うんだが。子供を躍起になって芸能界に入れたがる親についてはコメントを差し控えよう。


「その年齢を押し上げるメンバーは小百合さんを筆頭に5人しかいないけどね」


 葵より一つ年上らしい綾乃はそう言って笑っている。彼女にしてみればその事務所に所属したからこそ弟と再会できたわけか。小さいながらも社長を中心にしっかりと纏まっている事務所なのはよくわかった。




「でも、そういうことなら玲二、さんは本当に術師の家系って訳でもなさそうだね。あの力は一体何なんだか」


「それは秘密だ。お前らも自分の力の源を容易く他人に明かしたりはしないだろ?」


「まあそうだけど」


 年相応に口を尖らせる亘を見て綾乃が弟を抱きしめ、顔を赤くしてそれから逃れようとする微笑ましい光景が広がっている。


「それより一つ教えてくれ、あんたら芦屋の人間はどうやって葵を見つけているんだ? こいつは外法で探してるとか言ってたが、心当たりはあるのか」


 せっかく当事者たちが居るのでどうやって葵が居る方角を見当つけているのか聞いてみることにした。彼らの秘術か何かなら無理に聞き出す気はなかったが、そうでもないらしい。


「そりゃ”水鏡”だろうさ。水の上に紙か何かを置いて方角を占うって奴だ。本来なら土御門の得意分野なんだが、俺達でも出来る捜索と言えばこれしかねえよ」


 その分人間を繰り出して人海戦術でカバーしてるんだろと社長が言い、二人の術者もそれに頷いている。


「なるほどな、確かに昨日の内に土御門の連中とは接触していたし、捜索能力はあっちの方が上か」


「なんだと!? そりゃ本当か! もう他家に嗅ぎ付けられたってのかよ?」


 芦屋の者達からすれば昨日の今日で露見することは想定外の話らしい。俺が土御門の陽介と会ったことを話すとそろって顔を顰めていた。


「宗家の無能共め。なにが迅速に事を進めるだ、速攻でバレやがって。よりにもよって御曹司が出てきてるじゃねえか。土御門から糾弾されたら何も反論出来ねえってのに。ワリを食うのは現場のこっちなんだぞ」


「そういえば、その土御門も他の家から攻撃を受けてたな」


 それを助けたのがきっかけだと話すと彼らは揃って額を押さえている。


「もう陰陽寮も動いてるってさ。そっちが派手に動くと自分たちの存在が世間に明らかになるから止めてほしいって」


 葵が彼らの精神に止めを刺し、車内は通夜のような重々しい空気に包まれた。


「原田、陰陽寮ってのは国の機関だ。公安や内調に支部がある特殊機関だと思っとけ。つまり、俺達はもう国から睨まれてる。マジで宗家は何暴走してるんだ? 巫を捕まえれば収拾つくと思ってるのか……」


 それともこの状況を甘んじて受け入れるほどの価値があるって訳なのか?


 社長の誰に告げたわけでもないその呟きは不思議と俺たち全員の耳にはっきりと届いた。




「そのあたりで十分だ。助かったぜ、恩に着る」


「もういいのか? 人気のない場所がいいならもっと奥がいいはずだろ」


 俺は一時間以上も車に乗って東京の西武にまでやってきた。ここまでくると視界の先に山が見えてくる。東京は西と東でその趣が全く異なる地域だった。


「十分だって。それにあんたらも俺達に肩入れし過ぎるとマズいだろ。適当にこっちの情報を流しておいた方がいい」


 社長の言葉が事実なら、彼の車で移動したことを把握する術はないが念には念を入れるべきだ。


「馬鹿野郎。これは綾乃と亘の命の礼だぞ、二人の命はそんなに安くねえ」


「なら余計にやっとくべきだぜ。よし、俺からの頼みだ。さっきの土御門とかの情報は上に流してくれ。相手の出方が変わるかもしれないしな」


 この人海戦術の追跡がいつまでも続くはずはないが、やられる方は中々精神に来る。俺にとっては大した情報でもないし、方針が変わる可能性があるなら仕掛けてもいいだろう。どうせ数日後には知れ渡るだろうし、今しか価値のない情報だ。


「わ、分かった。そうさせてもらうぜ。あとおい、これ渡しとくぜ」


 上への得点稼ぎを了承し、運転席から鞍馬社長が投げてよこした紙を俺は受け取る。


「俺の名刺だ。何かあれば遠慮なく掛けてこい。力になるぜ」


 なるほど、だな、このおっさん。


「そうかい」


 俺も懐からスマホを取り出すと名刺に書かれた番号をタップした。ほどなく着信音が車の中から鳴り出した。


「あんたみたいなのとは顔を繋いでおきたいからな。俺の連絡先だ」


 俺の言葉に目を丸くした社長はなんとも男臭い笑みを浮かべた。


「へっ。やるじゃねえか、お前さんも大層面白ぇ男だな。じゃあな、また会おうぜ」


 窓から綾乃とそっぽを向いた亘が手を振っている。俺と葵、そして肩の上のリリィはそれに答える中、社長の車は姿を消した。




「行っちゃったね……ねえ、これからどうするの、玲二?」


「車に乗る前も言ったろ? 追っ手を迎え撃つんだよ」


「玲二の強さは解ってるけど、芦屋は数で攻めてくるんだよ? どんな優れた術者も数の暴力の前には勝てないのが現実なのに」


 数の暴力、か。そいつをものともせず打ち破ってきた奴がすぐ身近にいるんだ。アイツと同じことができないようじゃ、俺は仲間だって堂々と名乗れないんでな。


「まあ大船に乗ったつもりで見てるんだな。とりあえずもう少し歩くぞ、この先には百人は楽勝で入れる空き地がある。数だけは多い雑魚をまとめて掃除するには手順がいるからな」


「た、確かに。罠を仕掛けたりする必要もあるかも」


 罠だぁ? そんな手間暇かけるほどの相手じゃないぜ。


「いや、掃除の基本はまずゴミを一か所に集めることだろ? だからゴミ共が気兼ねなく集まれる場所じゃないと意味がないんだ」


 取り溢しが俺達をしつこく狙ってくるなんて面倒だし、まとめて一気に始末するに限るぜ。


「そだねー。ちゃっちゃと片付けておやつにしようよ。勝利の後のプリンとケーキは格別だし!」


「リリィまで……解ったよ、玲二が居なかったら僕はもう芦屋に捕まってたんだ、君を最後まで信じるよ」


 ようやく納得してくれた葵を連れて俺達は山の中に足を進めた。


 のちに芦屋の殺戮地帯キリング・フィールドと呼ばれる戦いまであと一時間を切ろうとしている。



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