第15話 最強少年は事情を尋ねる。


<また玲二が私のいない所で面白イベントに遭遇した件!>


 芸能人の移動用車輌としても大人気の、あの豊田のアルファルドだけあって乗り心地は抜群だ。人気過ぎて納車まで一年かかるってのも納得だな。


<もー、玲二ばっかりズルい! この世界の神様は不公平だぁ!>


 俺は耳元で叫ばれる文句を聞き流しているが……いや、ズルいってなんだよ。俺は巻き込まれて迷惑してるってのに。


 俺は今さっき目が覚めたばかりのリリィから<念話>でウザ絡みされていた。


<なんで起こしてくれないの!? 突然の乱入イベントなんて絶対面白い奴じゃん。寝てる場合じゃないのはわかるよね!?>


<いやだってリリィ無理矢理起こしたらキレるじゃんか。前もあったろ?>


 アイツがリリィを叩き起こした時があったのだが、超不機嫌で宥めるのに一苦労してた事を口に出すと当の彼女はそのまま固まった。


<……そんな昔の事は忘れたね。妖精は未来に生きるんだよ〉


 随分と都合の良いことを仰るリリィさんなら、俺の気持ちもわかってくださるだろう。


<未来に生きるリリィは過ぎた事にこだわらないよな~?>


<ぐぬぬ……>


 俺で遊んでいた彼女はそう呻いたが、次の瞬間にはすぐに機嫌を直して話題を変えた。それにそう騒がなくても彼女が満足するシーンはこのあと山ほどやってくる。楽しみに待っていてもらうとしよう。


<で、これどーいう状況? 事務所にカチコミかけるって話なのに、なんでこんな大きな車に乗ってんの? >



 王族用の馬車みたいにひろーいと騒いでいるリリィに気付いているのはここでは俺だけのようだ。葵の奴はまだ昨夜の疲れが残っていたのだろう、車が走り出したらすぐに寝入ってしまった。この世界の魔法使いはリリィが普通に見えるとかじゃなくて良かったぜ。


 オッサンこと鞍馬社長達とのいきさつを話すとこのトラブル大好き妖精は直に見たかったと悔しがって地団太を踏んでいる。空中なのに芸の細かいことだ。


「ふーん、それでこの車は何処に向かってるの?」


「えーと、八王子方面だな、ってリリィは解んないか。とりあえず人気のない場所まで連れてってくれと頼んだのさ。知っての通り随分な数に追われてるんでね、数を減らそうかと思ってな」



 <マップ>で確認するとまあ随分と張り切った数の追っ手が俺達を探しているが、やはりその精度は褒められたもんじゃない。むしろ綾乃とこの亘とやらがどうして事務所で張っていたのか不思議なほどだ。


 時間もあるし、ここは一つ世間話を聞いているのもいいかもしれないな。



「なあ、一つ聞きたいんだが、芸能界は陰陽師とやらの巣窟なのか? 見たところあんたら二人も芸能人で陰陽師なんだろ?」


 さっき鞍馬社長が同業が多いとか言ってたし、葵が男装してまでアイドルやるという意味不明な状況になってることも無関係とはとても思えない。



 これから先どうなるにせよ、情報は必要だなと思って声をかけたんだが、返ってきた反応は俺の想像を超えるものだった。


「はあ? 何を当たり前のことを……まさか貴方、見慣れない術を使うと思ったけど、本当にどこの一門でもないというの!?」


「そうだよ、彼は完全なイレギュラー。玲二はボクが巻き込んだんだ」



「葵、起きてたのか。目的地まではまだ暫くかかるから、疲れてるなら寝とけ」


 隣を見れば寝入っていたはずの葵が目を開けていた。その周囲をリリィがひらひらと舞っている。


「ううん、大丈夫。玲二にはボクたちのことを話しておかないといけないと思ってたんだ」


 ボクの事情に巻き込んだ責任もあるしね、と身を起こした葵がこちらに寄ってきたのでその分距離を開けた。む、と何を言いたそうな顔の馬鹿女に先を促した。



「巻き込まれたのは事実だが、その先は俺の意思だ。お前が気に病むことじゃない」


 こいつを助けると決めた時点で誰かの所為にするのは止めている。ことあるごとに現況を責め立てて憂さを晴らすみみっちい真似をするつもりはなかった。



「それでもちゃんと話すのが礼儀だと思うんだ。今の疑問にも答えられるしね、玲二はさっき芸能人は陰陽師ばっかりなのかと聞いたけど、それは順序が逆なんだよ。芸能人イコール陰陽師ってわけじゃなくて、陰陽師だから芸能人になるんだよ」



 多くても全体の2割程度じゃないかな、となぞかけのような葵の言葉に首をひねるが俺の対面にいる綾乃や亘もその意見に反論はないらしい。



「なるほど、意味が解らん。どういうことなんだ?」


 もっと解りやすい説明をしてくれと俺とリリイは促すんだが、誰も口を開かない。


「わからない人だなぁ。この日本の全術師勢力が陰陽師に統一されてるんだから、これまで他の勢力が担当していた分野も僕達がやらなきゃいけないんだ」


「アイドルやってんのは他の分野ってことなのか?」


 どういう話の展開で陰陽師が芸能人やる流れになるのかさっぱりわからん。俺の肩の上に乗るリリィも顔に?マークを浮かべてるぞ。


 なんでこの説明で解らないのと逆に不満顔の3人を宥めたのは運転手している社長だった。


「おいおい、お前ら説明を省きすぎだぞ。なあ兄ちゃん、神社に巫女さんとかいるだろ? 今じゃ神社仏閣も陰陽師が裏で管轄してるんだが、巫女が担当していた日本の霊的鎮護もこっちが担うことになったんだ。そこまでは大丈夫か?」


「ああ、その話からあんたらが芸能人やアイドルやる意味にどう繋がるのかはサッパリだけどな」


 むしろ正月に神社でしか見ることない巫女さんがそんなことをしてたなんて方が驚きだ。まあ、陰陽師とか魔法が普通に出てきたので今更だけどな。


<なあリリィ。ここ本当に俺が転移する前に居た地球であってるんだろうか? 別の平行世界とかいうオチじゃないだろうな>


 俺の知る現実とあまりに乖離してきたので思わずリリィに尋ねてしまった。


<<ワームホール>にそこまでの力はないから間違いなく玲二たちが元居た世界に間違いないと思うよ。時間軸のズレが一微(秒のこと。異世界の単位だ)もなかったんでしょ? 召還されたときに凍結された時間が再び動き出したんだよ、きっと>


 本人は自分をはぐれ妖精とか言ってるが、<鑑定>で出た彼女の素性が”世界を作った半神デミ・ゴッドらしいので、俺達も何気なくいろいろ彼女に聞いてしまうし、リリィ自身がきわどい内容のことをぽろっと漏らしてしまう。

 小ネタであるが、<鑑定>では自分を見る事が出来ないのでリリィは自分の鑑定結果を知らないはずだ。知ってたら性格的にすぐ隠しそうだしな。さらに余談ではあるが、恒例のステータスオープンは当然のように可能だった。初めてやった時はあの召還時の悲惨な状況下でも少し喜んでしまった自分が恥ずかしい。



「まあ聞けや。巫女の最大の仕事ってのは今言った日本の土地を霊的に守護することなんだよ。よくメディアに取り上げられる巫女の奉納舞、神楽も神降ろしや土地神を鎮撫するためにやってることだしな。で、時代が進むにつれ現代の陰陽師たちは効率のいいことを思いついたわけだ。いくら舞や歌を納めてもその意味があるのはその土地にだけで効果は薄い、ならそれを電波に乗せちまえばその力は簡単に日本全土に及ぶんじゃないかってな。そんで歌や舞、この場合はダンスに相当するが、そいつをテレビやネットに乗っける一番手っ取り早い方法はなんだと思う?」


「だから陰陽師が芸能人やってんのか。そりゃ効率がいいと言えばそうなんだろうが……」


 なんか納得できるようなできないような……微妙な感情が俺の中を駆け巡る。



「私達のダンスや綾乃の歌には全部霊力が籠ってるんだ。それをテレビやスマホを経由してこの国全体を霊的に守護してるって形なんだよ。ゴメンね、もっと早く説明すべきだとは思ってたんだけど普通こんな話しても信じないでしょ?」


 それはそうだろうな。俺もついさっきまで異世界を超満喫してましたとか証拠もなしに信じてもらえるとは思えない。


「芸能人については一応納得したが、お前が男装してた理由もそこらへんか?」


「男装!? 葵、貴女そんなことしてたの!? 沙織の件よりそっちの方がよほどスキャンダルじゃない。どうしてそんな危ないこと……ああ、だから貴女が”巫”なのね」


「おい、そっちだけで納得してないで俺にも説明してくれ。こちとら寮の同部屋だったんだ、どれほど迷惑を被った事か、思い出すだけで腹立ってくるくらいだ」



「ええ、寮の同部屋ですって!? ちょっとぉ、嘘でしょう?」「うわ、これリークしたらあの事務所終わりだね」「スキャンダルの欲張りセット来たな。須藤社長、終わったなこりゃ、楽曲提供の件は慎重に考えるか」



 俺の暴露に他事務所の3人は開いた口が塞がらないようだ。その秘密を何の見返りもなく守らされるわ、バイトに押しかけられて人生詰みかけるわと本気でこいつは俺の疫病神だ。なのに本人が何故かにこにこと楽しそうなのが余計腹立つ。


「玲二、ボクの家は昔は巫女だったみたいで、数世代に一度その”巫”とかいう力を持って生まれてくるんだって。そしてそれは公にしていいもんじゃないらしくて、僕は昔から男として育てられたんだ」



 む、家の慣習で性別を偽るというのは、実は俺にも理解できてしまったりする。


 異世界の俺のダチの一人にまさにその典型がいるのだ。家の跡取りを災いから守るために女として育てられたらしいが、そのせいで今じゃこいつらよりも上を行く黒髪美少女になっちまってる有様だ。



「そんな理由ならアイドルやんなきゃよかったじゃねえか。わざわざ男子寮にまで潜り込んでよ」


 そのせいで俺がどれだけ迷惑をと言いかけて逆に葵の剣幕に驚かされる羽目になった。


「そうじゃないと一生あの超ド田舎に監禁されるんだよ!? アイドルにも憧れてたし、あの田舎から逃げられるなら決められたレールの上でも乗るしかないでしょ」


 肩の上のリリィが”乗るしかない、このビックウエーブに!”と謎の握り拳を披露しているが、いま反応すると完璧怪しい人物になるので物欲しそうな顔しないでリアクションは少し待ってくれ。


「まあ、とんでもない話を聞かされた気分だが、一応事情は理解した」


「貴方、本当に何も知らなくて寮の同部屋というだけで巻き込まれたのね」


「正確には追われてたこいつが俺がバイトする店に隠れてたんだよ、そこであの連中に見つかって今に至るって訳だ」


「あ、まとめサイトであの検証画像は見た見た。暇人がいるもんだよね」


「アイドルオタクの情熱を凄まじさを垣間見た瞬間だな、ただあれに反応した宗家はえらい騒ぎになってるがな。お前らも暴走しやがったし」


 亘の言葉を社長が窘めたが、この際だしもう少し踏み込んで話を聞いてみるか。



「そういえばあんたらは芦屋とかいう一族なんだよな? こいつを狙う理由は聞いているのか?」


 今も3桁を超える人間が俺達を追っているんだが、その理由が巫とかいう訳の分からん存在だからだそうだが、理由も知らされずそこまでやるのか? 人をあれだけ動かすと相当の金がかかるはずだ。それに見合う利益があるのか微妙だぞ。



「そこの葵の嬢ちゃんを生きたまま捕獲すれば5千万なんだとよ、そんな回状が出回ってんのさ、ウチの一族は戦後の混乱期に反社組織を大勢を組み込んだから数だけは他より群を抜いてんだ。巫を賞金出して捕らえろなんて少しでも頭の廻る奴なら怪しいと思うもんだがな。余裕のない連中が暴走する程度だと思ったが、まさか”八烈”が直々に動いたとあって俺達も少なからず動揺してんだよ。まず間違いなく長老衆が関わってるはずだからな」



「私は葵を保護するつもりだったわ。どういう思惑があるにせよ、他の勢力をすべて敵に回す動きをしているもの。長老集の暴走に付き合って破滅したくないし、貴女を土御門にでも預ければ安全だと思っていたの。その前にそちらに戦いを挑んだのは、申し訳ないと思うけど」


「だって、そいつを倒せば僕も綾乃と同じ”師補”に上がれると思ったんだ」


”師補”とは”八烈”とやらのすぐ下の階級らしい。弟が姉と同じ場所に行きたいと知ってブラコンの綾乃が甘い判断をしたというのが俺を襲った原因らしい。面倒な話である。



「だからお前らは相手を見て喧嘩売れっての。あそこまで霊力の淀みがないんだ、どう考えても超越者級だぞ。八烈でも相手にならなかったってのも納得だぜ」


「確かに。よく見ると本当に霊力の淀みがないね、常に一定に流れてる。ねえ玲二、これどうやってるの?」


 こいつらが言ってる霊力ってのは魔力のことを指してるんだろうか? <魔力操作>は確かに持ってるが、俺は卓越してるとは口が裂けても言えないレベルなんだがな。


「訓練だ訓練。俺が言えるのはそれしかないな」


 かなりサボってた俺でも彼等からは高評価なんだ、もしアイツが来たらどうなっちまうんだか。


「そっかー」


 そこでいったん会話が途切れた。葵は俺の事情を聞くのを躊躇っている。リリィも来たから話すのは構わないとはいえ、社長たちがいる前でする気にはなれないから追っ手の相手をした後になるだろう。


 その静寂の合間を縫って思わぬ一言が投げ込まれた。



「なあ、気に障ったら謝るが、兄ちゃん。お前さんの名前は桐生玲二かい?」




「……いや、俺は”原田”玲二だ。今はそう名乗ってる」


 この社長は知っていたか。だが、そりゃそうだ。一時期は週刊誌の格好の餌だったんだし、事務所の頭を張っているなら俺達のことを知っていても不思議はない。


「そうかい。元気そうで何よりだぜ。あの別嬪の姉ちゃんも息災かい?」


「ああ、おかげさんでな」


「えっ、桐生って、なにそれ? 玲二も何か家の事情があるの?」




 葵が衝撃を受けた顔をしているが、お前さんほどキテレツな話って訳じゃない。




 ネット社会はデジタルタトゥーと言われる通り、文字通りの消せない過去となる。今でもネット記事を漁れば当時の出来事がつぶさに把握できるだろう。



 だがそこまで驚く話でもない。


 今の俺は母方の原田を名乗っているが、昔は違っただけだ。



 桐生ってのは俺の父親の苗字なのである。



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