第14話 最強少年はオッサンと出会う。
「お、お前、僕に何をした……」
既にふらついてまともに立つこともできない小学生は壁に手をついている。順調に毒が回っているようだ。
「自分で考えろよ。聞けば何でも教えてくれるのは小学生までだぜ? あ、お前は小学生だったか」
「ば、馬鹿にして! 卑怯だぞ、正々堂々と戦え!」
「二人がかりで攻めてきて何ほざいてんだか。そんであんたの方もそろそろ限界じゃねえの?」
俺は女の方に視線を向けると案の定だ。
「うそ、何この感じ……」
膝をついて額を押さえている小学生は重症患者一歩手前で、女はようやく効いてきたようだな。二人ともひどい目眩と頭痛で立つことさえ覚束なくなる。
「勝手に喧嘩売って来て勝手に倒れこんでんじゃねえよ、お前ら遊んでんのか?」
「これ、まさか呪い? あ、あんた……呪師だったのね。呪符の気配を悟らせないほどの腕前。葵の奴、いつの間にこんなの術師と繋がりを……」
「おいおい、お前ら最期に言い残す言葉がそれでいいのか? もっとマシな台詞にしろよ」
「……」
俺はそう挑発したが、当然演技だ。
流石に事務所内で人死に出すほど馬鹿じゃない。この芦屋とか言う連中とは違い、俺にはこんな騒ぎを起こしても揉み消せる権力はない、普通に逮捕されるに決まってる。
それになんか勝手に勘違いしてるが、こいつらが受けているのは呪いでもなんでもない。
これはただの一酸化炭素中毒だ。
子供がさっき風の刃を出していい気になっていたが、俺が考える風魔法の真髄とは風を自在に操る事ではなく、空気の構成を変化させることだ。
大気中の空気はその構成によって簡単に人間を殺す猛毒に変わる。
今回は2人の周囲を密かに<結界>で覆い、その中の一酸化炭素割合を増やしてやっただけだ。
これは俺のジョーカーの一つで、ゴーレムやスライムとかには効かないが、相手が呼吸する生命体であれば<結界>が決まった段階で確殺できる、まさに必殺技だ。
確か一酸化炭素中毒は空気中の濃度が数%程度で死に至る筈だ。
この2人はその中毒の重篤な症状が出ている、このまま放置すれば後数分の命だ。
「亘は、私はどうなってもいいから、亘だけでも見逃してくれない?」
「綾乃! なに言ってるんだ!」
ん? なんか風向きが変わってきたな。何故か女の方が小学生をしきりに守り始めたのだ。
別に意識を失ったら回復魔法かけてやればいいだろ、位に考えていたし機嫌もだいぶマシになってきたからそう思っていると不意に俺の背後から大声が轟いた。
「二人とも、なにやってやがる! この大馬鹿どもが!」
「うえ、社長ぉ……頭痛いから大声出さないでよ」
「どやかましいわ! よりにもよって他所様の事務所で騒ぎを起こしやがって。なに考えてんだこの馬鹿ども!」
新たな敵の出現かと思いきや、現れたその30後半と思しきオッサンは膝をつく二人を怒鳴り付けた。
つーか、こいつら別の事務所の人間かよ。良く暴れる気になったな。
「大丈夫だって、ちゃんと人祓いの結界組んだからさ。マジで大声やめてよ、頭に響くんだから」
「阿保たれ! この界隈にどれだけ同業がいると思ってんだ。結界組んだ時点で何かあると言ってるようなもんだ。外の駐車場に居た俺でも解ったんだぞ。ここの人間なら即座に気づくわ!」
「あ……ご、ごめんなさい」
「くそ、どうなってんだよまったく! お前らがいきなり付いてくると言い出した時から怪しいと思ってたが、まさかこんなことしやがるとはな。綾乃、お前がいながらなんてザマだ。亘を押さえるのが役目だろうに」
「だって、亘が捕まえてわたしと同じ師補に上がりたいって言うから……」
「お前はこいつに甘すぎんだよ! それでこんなことになってんじゃねぇか。謝罪で済む話じゃねえぞ、これ」
「で? こいつら俺と喧嘩の最中なんだが?」
調子悪くて蹲る二人を遠慮なく叱り飛ばしていたオッサンに声をかけると、そのオッサンは俺の方に振り向いて即座に土下座をした。
「なあ、兄ちゃん。これ以上は勘弁してやってくれ、この通りだ!」
俺みたいなガキ相手に頭を地にこすり付ける大人がいるなんて思わなかったぜ。
思いもかけない出来事に言葉を失う俺をどう思ったのか、オッサンは話を続けてきた。
「喧嘩を売ったこいつらが全部悪いのは解ってるが、この頭に免じて許してくれ! 悪かった!」
「しゃ、社長、なんで……」「社長、には、関係、ないだろ……」
この社長が乱入してきた時から既に魔法は切ってあるので、子供の方も息も絶え絶えながら話せるくらいには徐々に回復しつつある。
「黙ってろ! 俺はお前らの親からくれぐれも宜しく頼むと言われてんだよ! だったら俺ん事務所にいる間は俺のガキも同然だろうが。ガキの為に頭下げられねえ親がどこの世界にいるってんだ!」
二人にそう叫びながらも俺に頭を下げ続けるオッサンに向けて俺は口を開いた。
「なあ、あんた。やり方が古くさいって言われねえか?」
「ああ、しょっちゅうだよ。だが、俺はこれしか知らねえ、これしか出来ねぇんだ。頼むぜ、この通りだ!」
このオッサン、いきなり出てきて場の空気を全部持っていっちまった。だが、こういう奴は嫌いじゃないな。
まだあいつらからの詫びも聞いてないが、仕方ないか。生意気なクソガキとはいえ、子供を痛めつける趣味もないしな。
この場は向こうが一枚上手だったってことで納得してやるか。
「わかったよ、あんたの顔に免じてここは引いてやる」
「すまねえ、恩に着る! お前立ちもほら、頭下げんだよ。自分から喧嘩売って返り討ちなんてこれ以上みっともねえ話はねぇぞ? これに懲りたら相手を見て喧嘩売れや、まったくよう。今回ばかりは俺も寿命が縮んだぜ」
「う、うるさいなぁ」「悪かったわよ、社長」
この社長はなんとも乱暴な口調だが、2人には慕われているようだ。
俺には生意気ばかりの亘とかいう子供も、そっぽを向いてはいるが頭をべしっと叩かれても素直に従っていた。
「玲二、お待たせって……げっ、綾乃!? なんであんたがこんな場所に? えっ、それに杠の"園長"までいるじゃん! どしたのこれ?」
連絡手段とやらがある場所に行っていた葵が戻るとこの奇妙な光景に声を上げているが、俺もまともに説明はできないぞ。既にオッサンは顔を上げてまだふらついてまともに立てない亘とかいう子供を女と一緒に支えている。
「葵、実家と連絡取れたのか?」
「あ、うん。なんとかね。それより説明してほしいんだけど。なんで杠プロの面子とその社長がここにいるの?」
質問に質問返したらさらに質問されちまった。俺に説明をしろって言われてもな。
「お前がどこかに行った後、いきなりこいつらに喧嘩売られて返り討ちにしたらそこのオッサンが仲裁に入ったんだよ。それはそうと、話の感じからするとそこの女は葵の知り合いか?」
暗に友人は選べよと言ったつもりなんだが、葵の答えは想像の上を行くものだった。
「ええっ、あんたがこっちの業界に疎いのは知ってたけど、神無月綾乃を知らないの? あの事務所の稼ぎ頭で1人で6大ドーム埋める歌姫なんだけど……」
視界の端では話題に上がった当人がショックを受けた顔をしている。おいおい、世の中誰もが芸能人の顔を知ってるわけじゃないんだぜ?
「知るかよ、ゲーノージンに興味ねえっての」
「仮にも芸能事務所に籍を置く人間の台詞じゃないねえ」
「今日でこことは縁を切るからな、お前もそうだろ」
俺は須藤とは完全に敵対したし、こいつも裏切られてまでここに居残るは思えない。そう問いかけると案の定、葵は頷いた。
「もちろん、秘密厳守だって契約なのに裏切られたんだよ? こんな事務所にはいられないよ。実家と連絡とれたしもうここは用済みだね」
「葵、まさかあんたが今代の巫だったなんて、想像もしなかったわ。三善の分家筋だって聞いていたのに、嘘だったのね」
さっさと移動しようぜと俺が葵を促す前に横から声が割り込んだ。見ればだいぶ調子を戻したらしい綾乃とかいう女が話しかけてきていた。
すでに社長と呼ばれていたオッサンは子供を抱きかかえて去っていた。
「嘘じゃないよ。三善家の血族であることは事実だから。だた生まれたのがあの家だったというだけ。それでどうするの? 芦屋の”二十四師補”としては僕を捕まえるかい? そう息巻いてた八烈の二人はこの玲二にぶっ飛ばされたけど」
「止めておくわ。力の差を見せつけられたし、弟の命を助けてもらったもの」
「弟? 神無月の家は君だけ……ああ、養子に出したんだね」
「ええ、あの子は何も知らないけれど。事情を知った社長が私たちを引き会わせてくれたの」
「柊プロ、良い事務所だよね。そこだけは綾乃が素直に羨ましいよ。じゃあ、ボク行くから」
「宗家は本気で貴方を狙ってるわ、気を付けなさい、と言うべきなんでしょうけど、そこの呪師が傍に居ればきっと大丈夫でしょうね」
呪師? と首を傾げる葵の腕を引き、俺は新たなる事態に備えるべく動き出した。
「葵。ここに長居し過ぎた。事務所目掛けて敵の集団が向かってきてる。移動するぞ」
きっとこの事務所に居たこいつら以外の敵の手先が連絡を入れたんだろう。
<マップ>ではここに向けて殺到する敵の動きが見て取れた。その数は、なんと100を超えていやがる。
「わかったよ、またね綾乃!」
事務所を後にして足早に歩く俺達は大通りを超えた。またどこかでタクシーを捕まえて距離を稼ぎたいところだ。
「玲二、これからどうしよっか。迎えは昨日のうちに出たらしいけど、やっぱり到着は明日になるって、婆ちゃんからそれまで時間稼いでって言われた!」
東京に来るまでに3日かかるってどんな僻地だよと文句の一つも言いたくなるが、これは葵も初めから言っていたことだし、特に腹は立たない。
「とりあえず店からも離れたし、お前の体調も回復した。もう逃げ隠れする必要はないな」
「え、じゃあどうするの?」
声に不安を滲ませて俺に尋ねる葵だが、その答えは決まっている。
「迎え撃つのさ。百人近い数で追い掛け回されたら面倒この上ないからな。数を減らすとしようぜ」
9割も減らせば敵も捜索一辺倒ではいられなくなるだろうさ。
「それは無茶だよ! 芦屋の兵隊は場慣れしてるんだ。いくら玲二が強くだって数で攻められたら」
「おい葵。お前は一つ勘違いしてるようだから教えてやる。俺はな、数人をチマチマ削るより、大人数を一気に叩き潰す方が得意なんだよ」
どうもこいつは俺が手加減に手加減を重ねた弱い魔法しか見てないからな。
折角の機会だし、百人単位をまとめて吹き飛ばす異世界の大規模魔法をご覧に入れようじゃないか。
なにしろ俺は向こうじゃそんな広範囲魔法をモンスター相手にバカスカ撃ってたんだ。この魔力の薄い現代日本で天下取った気になっている連中に本当の魔法って奴を教育してやる。
「よう、お二人さん。さっきぶりだな、足を探してんのかい?」
「あ! さっきのオッサンじゃねえか!」
大通りに出てタクシーを拾おうとしている俺達の前に一台の黒いミニバンが停車した。お、特別仕様のアルファルドで、その運転席から腕を出しているのはついさっき別れたばかりのオッサンだった。
「芦屋の連中から追われてんだろ? どうだ、乗ってかねえか?」
「いいの? 確か”園長”も芦屋の一族でしょ?」
そういえば綾乃とかいう女が張った陰陽師の結界にも平気で入ってきたし、このオッサンも関係者か。
園長言うな、と葵をひと睨みしたオッサンは後部座席のスライドドアを開けてくれた。そこにはさっき別れたばかりの綾乃と亘がいた。綾乃の膝の上に乗せられている亘は口を尖らせていて、俺と目が合うとそっぽを向いたが、車に乗ることは反対じゃないらしい。綾乃に至っては手招きしている。
「気にすんな。俺は傍系も傍系で宗家から使われるだけで恩恵も何も受けちゃいねえ。むしろそこの兄ちゃんにウチの馬鹿どもを見逃してもらった恩があるくらいだ。そっちが良けりゃ、好きなトコまで送ってってやるぜ」
「噂通りの人だね、杠プロの社長さん。気に入ったよ」
「あんた、古臭いだけじゃなくて物好きな男だな。だが面白ぇ人だ、遠慮なく乗らせてもらうぜ」
昨日の夜に出会った土御門の陽介といい、このオッサンといい日本にも中々面白い奴等がいるじゃねえか。
俺達はこうして芦屋の追跡部隊を迎え撃つべく、杠プロダクションの鞍馬社長の車で東京の郊外へと移動するのだった。
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