第31話 最強少年は敵の手を考える。
どうやら葵の迎えは芦屋の連中に捕まったようだ。
まあこうなる気はしていたんだよな。向こうから連絡がこない時点で怪しかったが、あちらさんからコンタクトがない限りそれを俺達が知る術はないから出方を待つしかなかったんだ。葵は道に迷ったのかもと言ってたが、こいつのスマホ番号を知ってるなら迷った段階で普通電話してくるだろ。
さっきまで青ざめたり慌てたり焦ったりと忙しかった葵を無理矢理にでも落ち着かせると、俺は夢の国から帰路に就くみんなを先に帰らせることにする。
「れいちゃん?」
「なにも気にしなくていい。大丈夫だ」
イリシャや姫さんは何か言いたげな顔をしていたが、今はあの子達がいるあの場所こそ世界で一番安全なのは間違いない。
だから俺はここで自分達の問題を片付けるとするか。
「どうしよう……」
赤く染まった髪飾り、というかよく巫女さん達が紙をまとめるときに使う和紙みたいな白い髪止めなんだが、それが血らしきものに汚れていた。なんとも不穏な画像がスマホに映っている。
こいつを迎えに来るのは仲の良い姉貴分らしいから、嫌な予感に葵は悪寒を抑えられないようだ。
「お、お姉ちゃんを助けないと!」
「葵、とりあえずお前は落ち着けっての。どこへ行こうってんだ」
今にも飛び出しそうな葵の腕を掴むが、俺の態度が気にくわないのかその矛先をこちらに向けてきた。
「玲二はなんでそんなに落ち着いてるんだよ! お姉さんを人質にとられたのは同じでしょ!」
そりゃそうなんだが……姉貴に関してはマジで意味が解らん。
気にしなくていいと伝えてもいいが、今の精神状態の葵に言っても理解してもらえるかどうか怪しいな。
「何かあったみたいだね」
皆を車に乗せた後で如月さんがこちらへやってきた。彼だけには昨日のうちに葵の事情を話してある。
「ようやく敵が動いたみたいなんですが、ちょっと変なことになってるんですよ」
「雪音ちゃんが捕まったって聞こえたけど……」
葵の手からスマホを借りるとその画面を彼に見せた。
そう、俺も如月さんも今の気分は不安とか焦燥とかではなく困惑なのだ。
そんな馬鹿な、と言いたげな彼に俺も深く頷いた。
芦屋の奴等が姉貴を誘拐できるはずがないからな。こればかりは物理的に不可能だ。
「そうみたいです。ボクのせいであの人を巻き込んでしまって……ああ、約束の時間まであと2時間くらいしかない。玲二、ボクを芦屋に突き出せば雪音さんは解放してくれるはずだよ!」
今にも泣きそうな顔をしている葵だが、こいつの問題に首を突っ込んだのは俺の意思だ。
だからもし姉貴が拉致られたのだとしたらそれは俺の責任だろう。
まあ、そんなはずないんだけどな。
それに俺は既に奴等と敵対している。今更葵を渡せば命が助かるなんて甘い考えは持ち合わせていない。
奴等も同じだろうが、一度戦うと決めたのならば決着はどちらかの命をもって決するしかないのだ。
「まあ、俺達の事はほっといていい。今はお前の問題が最優先な」
俺宛の画像は文面だけだが、もうひとつは今にも命の危険を感じさせる危うさがある。
どーせユキじゃなく見知らぬ誰かだろうし、後で助け出してやればいいだろう。
「そんな! 玲二は家族が大事じゃないの!?」
「うるせえ、そういう問題じゃねえんだよ、このアホ。敵の思惑に馬鹿正直に乗っかるなってんだよ」
「えっ、思惑って?」
こいつ、普段はもう少し頭が回るんだが、今は身内の危機でパンクしてそうだ。どう見ても荒事に慣れてそうにないし、無理もないけどな。
「同時に俺とお前を呼び出してんだぞ? 明らかに俺達を分断させる気満々じゃねぇか。それにお前、俺が姉貴んトコ向かったらどうするつもりだったんだよ?」
「そ、それはその……」
投降するつもりだったと。そんなの絶対人質解放されねえから。律儀に約束守る連中だと思ってんのかよ?
俺が無言で問いかけると葵は下を向いた。
「だって、 もうそれしか方法が」
「普通ならそうだろうね。でも僕達は違う」
諦めた声を出す葵にむけて話し掛けたのは如月さんだった。こいつにそんな優しくしなくてもいいですよ?
「如月さん……」
ほら、葵のやつが救世主を見るような顔になってるし。そりゃ見捨てやしないけどよ。
「生憎と僕達はとても諦めが悪くてね。これまでいろんな出来事があったけど、どんな時も最後はなんとかしてしまうんだ。ここはひとつ騙されたと思って玲二に任せてみたらどうかな?」
悪いようにはしないはずさ、と言う如月さんの期待が重いがこれは俺に売られた喧嘩だ。奴等には俺を、いや”俺達”を敵に回したことを後悔させてやる。
「で、これからどうするかって話になるんだが。葵、お前はこいつを見てどう思った?」
俺は葵のスマホを返してやる。
さて、ここからは頭を使う時間だ。
「どう思うって? ええと、この髪飾りは私の従姉妹である瞳お姉ちゃんが着けていた物なのは間違いないと思う」
「そういうことじゃねえって。見た感じ、この画像はお前にしか意味が解らないものなんだろうな。俺にとっちゃ血に汚れた紙切れにしか見えないし。そんで、芦屋の連中はお前になにをさせたいんだ? 画像があるだけで要求が書いてないのは何故だ? 俺の方は時間や場所まで書いてあるのによ」
これまで姉の安否ばかり気にしていた葵も俺の言葉に脳みそを使い始めたようだな。
「あ、たしかにそうだね。隠れてないで出てこいって意味かな?」
「それもあると思うけど」
如月さんが言葉を挟んだが、続きは俺に言わせる気らしい。
「酷な言い方になるが、お前の身内は一族総出で隠してきた巫とやらと交換するほどの価値があるのか? 芦屋もそう思ってると思うか?」
「それは、わかんない……」
近しい者を助けたいという気持ちは俺も解るが、これは相手がどう判断するかだからな。
「敵もそう思ってんだろ。だから匂わせるだけで何も言ってこない。人質の価値があるのか悩んでるんだろうぜ」
だからこうして圧だけかけて葵を追い込もうとしているはずだ。
きっと迎えの人も情報を吐いてないはずだ。葵と親類だと解れば餌としても申し分ないからな。
そのときは画像は下手すりゃ切り取られた指とかになってたかもしれない。
「だがそうすると、お前の姉ちゃん探そうにも情報が全然ないんだよな」
手掛かりはこの髪飾りの画像だけなんだが、マジでそれだけしか映ってない。背景も何もないからろくに探れんぞ。
これ以上これから何か読み取るのは無理だ。
「やっぱりボクの事よりも玲二のお姉さんを……もう残り時間は1時間半くらいしかないよ?」
葵のどうでもいい話をを聞き流しながら俺は頭を捻る。
人質はどこに捕まってんのか、どうやって探したもんか。
葵を今も追っかけてる奴等もいるはずだが、今は昨日陰陽寮を出るとき土御門の陽介からもらった追跡を妨害する腕輪をつけてるから、完全に撒けている。
だから追手を捕まえて尋問もできないしな。
<マップ>スキルも人探しにはまるで役に立たない。敵味方を識別する機能もあるんだが、こいつら葵の敵であって俺の敵じゃないから全然反応しねぇし。
こちらを仕留めるための罠満載に違いない俺を呼び出す文字だけの画像の方が断然やりやすいぜ。
手がない訳じゃないが、あれはなるべくやりたくないしとりあえず事態を把握してるだろう陽介に電話してみるか。
なんか掴んでるかもしれないしな。
スマホをスピーカー状態にして俺は彼を呼び出した。
「よう、玲二だ。今大丈夫か?」
「ああ、構わん。こちらから連絡しようかと思っていた所だ。あの画像二つは芦屋が仕掛けてきたと見ていいんだな?」
「らしいな。あの髪飾りは葵の迎えが身に付けてたものだそうだ」
「ほう、あの巫を擁する伝説の隠れ里か。本当にあったとはな……」
しきりに感心する陽介に、この令和の時代に伝説だの幻だのとなに言ってんだかと言いたくなるが、こちとらさらに荒唐無稽な異世界帰りなので黙っておこう。
「そちらは何か掴んでいるか?」
土御門は情報収集が本業みたいなものだと聞くし、少なくとも今は対芦屋で協調路線を取っている。葵を奪われたら困るのは向こうも同じだし、情報の出し惜しみはしないはずだ。
「現段階では殆どなにも解ってはいないな。1時間程前に例の画像があげられた事くらいだ。巫の件も気になることろだが、それよりも今はお前の問題の方が急務ではないのか? 聞いたぞ、雪音というのはお前の双子の姉だそうだな」
手勢は足りているのか? と陽介は聞いてくるんだが……なんでこいつまで姉貴の事知ってんだよ。俺達が週刊誌で晒されたのはもう2年近く前だぞ。
「気にすんな、俺の事は放っておいてくれていい。」
不愉快さを隠さなかった俺の言葉はつい刺のあるものになってしまった。それを感じた陽介は繕うように言葉を続けた。
「すまんな、お前の事を調べさせてもらったが随分と有名人だったのだな。一族の者たちは写真を見せただけですぐに気付いたようだ」
この口調では俺達の記事を見たわけじゃ無さそうだ。陽介のよく回る頭ならあの内容を知ってれば敢えて口にはしないだろう。
「ろくでもない理由で顔が売れたけどな。とにかく俺の事は気にしないでくれていい。自分で何とかするから、葵の方を調べてくれ」
「そうは言うがあと期限まで2時間もないのだぞ? 巫の件に進展がないなら先にそちらに注力すべきだぞ」
「そうだよ、まずは玲二のお姉さんを助けに行こう? もう時間ないよ?」
スピーカー状態にするんじゃなかった。葵も陽介という味方を得て姉貴を救出すべきと再度言い出した。
めんどくせえな。
「必要ねぇって言ってんだろ。そんなの後回しだ後回し」
「玲二は家族が心配じゃないの!? だったらボクだけでも助けに行くからね!」
この女、元はと言えばお前の問題なんだぞこれは、と言いたくなるのをぐっことらえだ。
まったく、どいつもこいつもしなくてもいい心配をしすぎだっての。
「葵、それに陽介。そもそもユキ、俺の姉貴は絶対誘拐なんかされてねえから心配すんな」
「えっ? だって預かったって書いてあるんだけど……」
「それは俺も何故かわからんが、多分ブラフか同姓同名の別人だな。だから助けねえとは言ってないが、順番は最後でいい」
「まあ、普通に考えればそうだよね。どう考えてもあり得ないし」
俺の言葉に如月さんも頷いている。
葵の姉は髪飾りを映したのに俺の方は文字だけってのもなんとも嘘臭い話だ。
俺だけ指定されているってことは敵さんがてぐすねひいて待ち構えているはずで、だからこそ葵の姉ちゃんは盲点のはず。
狙うならこちらが先だ。
「その言葉、確証はあるんだな」
「こんな話、適当で言えるかよ」
俺は戸惑う2人を納得させるように断言した。
まったく、姉貴を拉致っただと?
つくづくアホ臭い話だぜ。
今も異世界にいるユキを芦屋の連中はどうやって誘拐したってんだよ。
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