第32話 最強少年は情報を得る。
双子という存在は一つの魂が分かたれたものだという話を以前に聞いたことがある。
その時は姉貴の性格を思い出してただの与太話だろと鼻で笑ってたが、異世界に行ってからその意味を結構考えさせられる機会が多々あったのも事実だ。
例えば相反する能力をそれぞれ受け継いだり、魔力の質が似通った双子だけが使える魔法があったりするんだが、その極めつけが異世界召還だろう。
姉である原田雪音は俺と同時に異世界に召喚されたからだ。
二人揃って同じ所にいたわけじゃない。俺は店の買い出しの途中で、ユキは学校の図書室にいる所を呼ばれたのだ。
召還されてすぐ異世界に跳んだわけではなく、まっ白い靄が充満する空間に暫く留まっていたんだが、その時に既にユキが傍に居たことを俺は把握していた。姿が見えたわけじゃないが、隣に姉貴がいるという感覚を覚えたのだ。
それは向こうも同じだったらしく、何も見えないのに俺が隣にいるであろうことはなんとなく理解していたらしい。
これも双子の為せる業だろうか。
だが二人一緒に呼ばれたことが良かったかどうかは疑問が残るな。日本から脱出できたことは喜ぶべきだが、呼ばれた先が地獄と大差なかったからだ。
俺一人でも手に余る状況なのに、ユキの事まで守るのは無理だった。
すぐにリリィたちがやってきて助けてくれなかったら、俺達は良くて愛玩奴隷落ち、悪ければあの場で殺されていただろうことは間違いない。
それに普通なら一人の所を二人で呼ばれたから得られる恩恵が半分に減ったような気がしてならないんだよな。
今ではあっちに俺達の拠点もあるし十分すぎるほどの力もつけたが、あの時は日本でも異世界でもこんな運命かよと嘆いたもんだ。
あの靄の中で出会った”神”とやらにもっとマシなユニークスキルをくれと何度思ったことか。
だが、陽介と葵にそう言い切った手前、確認だけはしておこう。芦屋が異世界召還をしてユキを捕まえた可能性もゼロじゃない。
あの儀式にどれだけの金と時間がかかるか知っている身としては有り得ないと断言できるが。星の運行も利用するから数十年に一度の機会らしいしな。
〈なあ、ユキ。ちょっといいか?〉
〈レイ? なによ、今私達忙しいんだけど。あんたと違ってあの人のために動き回ってるのは知ってるでしょ〉
〈念話〉を通して聞こえてくる数日振りの姉貴の声は至って普段通りだ。実はちょっと安心した。
姉貴の無事もそうだが、もし誘拐されていたら冗談抜きで日本がピンチだったかもしれないからな。
〈いや、無事ならいいんだ。邪魔したな〉
〈無事ってあんた、今度は何したのよ? リリィから聞いてるわよ、また変なのに巻き込まれたって〉
〈それは俺のせいじゃねえって。完全な被害者だっての〉
〈それならいいけど如月さんにこれ以上迷惑かけないこと。謝るの私なんだから〉
〈へいへい。確認できたから切るぞ〉
生まれたのは数秒しか違わねえのに猛烈な姉貴風を吹かせてくるユキに適当な返事をしながら俺は話を切り上げようとした。
〈ちょっと、無事とか確認とか何の話よ、なんで私が出てくるの?〉
まあ事情を話してもいいか。ユキの名前が出た以上、無関係じゃないし。
〈俺が巻き込まれたトラブルで、なんでかユキが誘拐されたことになってんだよ〉
〈はあ? なにそれ?〉
訝しむ姉貴に俺はこの件の経緯を簡単に話してやった。陰陽師云々はリリィから聞いていたらしく、話した内容は最近のものだったか。
〈敵は芸能関係に強いらしいから俺達の事情を知られてても不思議はないけどよ、ろくに知らないはずのユキを捕らえたと言えんのか疑問なんだよな、姉貴なんか知らねえ?〉
姉貴は事務所に入ってるわけでもないし、自分で原田雪音だと宣言でもしない限り向こうが解るはずないんだ。
〈念話〉先のユキが憶測だと断って話し始めたのはかなり時間が経ったあとだった。
〈……もしかしてあれかも。学校内に芸名を私と同じ名前にしたばかがいると聞いた覚えが〉
〈なんだそりゃ。そんなことして何の意味があるんだか〉
少なくとも俺は姉貴と同じ顔で得したことはないな。双子で余計目立って注目ばっかり浴びて迷惑してるくらいだ。
〈私が知るわけないでしょ。興味もないわ〉
もういいでしょ、とマジで忙しいらしい姉貴は<念話>を打ち切った。
俺も改めて無事が確認できたので意識を葵と通話中の陽介に向けることにした。
「……玲二、玲二聞いてるの?」
「ああ、ちょっと姉貴の無事を確認してた。捕まってるのは赤の他人で間違いない」
俺の言葉に戸惑う顔を見せる葵だが、こちらが様々な手段を持っていることをこいつはもう解っているからすぐに納得したようだ。
「じゃあ、別人なんだね? じゃあなんで芦屋は玲二のお姉さんだと解ったんだろう」
「姉貴が言うには俺達の学校内に同姓同名の芸名にした奴がいるらしいぜ、何の意味があるのか解らんが」
「ほう、芸名か。なるほどそれなら芦屋の情報網にも引っかかるやもしれんな。こちらも今調べ……確かに居るな。お前とは似ても似つかない顔だが」
土御門は失せ物探しが得意だけあってあっという間にその女を見つけ出したらしい。タレント名鑑でも傍に置いていたのか?
「雪音さんは玲二をもっと女顔にした感じですよ、一度見かけたことがあります」
「ならば別人だな。それ以前に17歳とあるが? お前とは双子なんだろう?」
年上とか既に設定崩壊してんじゃねえか。
「まあ、見捨てる気はないが先に葵の身内を救出する。そちらも何かわかったら連絡くれ。こっちも必ず報告入れる」
そう言って陽介との連絡を終えると如月さんが声をかけてきた。
「玲二、いざとなったら<マップ>で捜索を……」
非常に手間がかかるし効率も悪い方法を言ってくるが、それが最後の手段だよなあ。
その前に一つだけ打てる手があるが……これも正直気が引ける。気が引けるが、あの不穏さマックスの髪飾りや今にも死にそうな顔の葵を見るとそんなこと言ってられないか。
「その前に、最後の心当たりに当たってみようかと」
そう言うや否や、俺のスマホに着信があった。その呼び出し名を見た俺は僅かに顔を歪めた。
向こうから掛かってきたか。そりゃ有り難いが……スピーカー状態のまま電話に出る。
「原田玲二だ、鞍馬社長か?」
「やっと繋がったか! 何度かけても通じなかったから焦ったぜ。ああ、俺だ、鞍馬だ。お前、自分の状況解ってるよな!?」
通話先の鞍馬社長の声はかなり焦っていた。俺の事を心配してくれたらしいが、このオッサン一応、敵側の人間なんだよな。
だから連中の情報一番持ってそうだし、もしかすると葵の姉ちゃんの居場所も知っている可能性がある。
「もちろん解ってるぜ。その事でさっきまで他の奴と電話してたんだよ」
だが、素直に教えてくれと言われて話すはずもない。そうなると綾乃や亘の件を持ち出す必要があるんだが、気の良いオッサンを利用するようで気が咎める。
だが、それでも必要なら要求しないといけないのが辛いところだ。
「そうか、説明の手間が省けて何よりだ。よく聞けよ、俺の元についさっき情報が降りてきた。スカかもしれんが、葵の嬢ちゃんの迎えが捕まってる場所だ。もうショートメールを送ってあるから確認しろ」
「マジか! 助かるぜ!」
まさかのビンゴだ。鞍馬社長が最後の希望だったが、彼が俺達に情報を教えてくれるとはな。彼と縁を繋いでおいてよかったぜ。
<玲二、これは……>
<大丈夫ですよ、如月さん。この社長は信頼できます>
<そうじゃない、彼が何故間違っている可能性がある住所を口にする理由を考えないといけない>
思わず浮かれた俺を如月さんの<念話>が一気に現実に引き戻した。
まさか……
「社長、それはいくらなんでも俺達に肩入れし過ぎだぜ」
「仕方ねえだろ、お前はウチのガキどもの命の恩人なんだからよ。命の借りは命で返さなきゃならねえ」
鞍馬社長は覚悟の上のようだ。そして手がかりをこれ以外に持ってない俺達は、例え騙されたとしてもそこに攻め込むしかない。
「……恩に着るぜ。デカい借りができちまった」
「気にすんなって。じゃあな、確かに伝えたぞ」
素っ気なく電話を切った鞍馬社長の決意を無駄にするわけにはいかない。俺は既に届いていたメールを確認し住所を検索する。
「意外と近いな、渋滞に捕まらなければここから30分も掛からない」
「旭興業……芦屋の傘下にある暴力団の事務所だね。かなり大きそうだ」
彼もスマホで既に位置を確認したらしい。<マップ>でも人を監禁するには十分な広さが見て取れた。
「葵、行くぞ。如月さんは皆の所に戻ってください、ここから先は俺の喧嘩です」
リリィが皆の所にいるが、すでに寝ているはずだから役に立たない。彼がいてくれれば俺も安心だ。
「解った、あの社長は玲二に聞いた通りの人だね。僕も色々と動いてみるよ、彼の力になれることがあるかもしれない」
お願いしますと頭を下げると、既に如月さんが手配してくれたタクシーに俺達は乗り込んだ。
「ねえ、鞍馬社長がどうかしたの? 僕たちに情報をくれたことがバレたら大変って事?」
走り出す車内で落ち着かない葵が口を開いたが、あの社長が俺達にしてくれたことはそんなレベルじゃない。
俺は陰鬱な気分を隠すことなく吐き出すように言った。
「組織内の裏切り者を炙り出す手段にそいつだけに特定の情報を敢えて流す方法がある。今回で言えばこの住所だな、たぶんこの場所は芦屋の中でも鞍馬社長にしか流されてない。そしてその場所を俺達が真っ先に襲えば芦屋は鞍馬社長が自分たちを裏切ったと理解するはずだ」
彼がスカかもしれんと言ったのはそういう事だ。
恐らく社長は芦屋から俺達と内通している(事実だが)と疑いをかけられているんだろう。だから尻尾を出させるために情報を握らされたに違いない。
怪しまれている男に正確な情報を渡すとは思えないが、こちらには偽の情報さえ掴んでいないのだ。
これから向かう先の連中は少なくとも俺達に襲撃されることは予感しているはずだ。つまりその理由も解っているだろうし、拷……尋問すれば他の情報を持っている可能性がある。
今よりは大幅な進歩と言えるだろう。
つまり彼は裏切りが露見することを承知の上でこちらに情報を流した。
髪飾りの画像一枚という情報しかなく、俺達が困っていると解っていたからだ。
「そんな……そんなことって」
「もう悔やんでも仕方ないだろ。俺達は彼の覚悟に応えるだけだ。いいか、何としても今夜中にお前の姉ちゃんを探して助け出すぞ」
だから俺達も彼に負けない覚悟でこれからの戦いに挑む必要がある。
「わかった」
葵の声も自然と厳しいものになっていた。
俺達の長い夜がこうして始まろうとしていた。
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