第33話 最強少年は侵入する。
「ここがそうか……」
タクシーから降りた俺達はそこから少し歩いたあと、
周囲には建物も僅かであり、ここがどんな場所か周辺住民もわかっているのか人気もなかった。
ここならデカい音を立てても問題は少なそうだな。
「まるで要塞みたい。高い壁の上にはなんかあるし、あれ監視カメラかな?」
葵は有刺鉄線を知らなかったようだが、目は良い。街灯も少なくて視界は悪いってのにカメラの位置がちゃんとわかるらしい。
実際はあそこに見える他にもカメラが4台設置されているが。
「目撃者が少ないってのは俺達にとっちゃいいことだ」
なるべく穏便に行きたいもんだが、まあ無理だしな。
「玲二、どうやって中に入るつもりなの?」
特別な魔法とかあったりする? と都合の良い事を言い出す馬鹿に取り合う気はない。
俺は無言で無色の魔法の矢を数本産み出すと、8台あるカメラ目掛けて同時に打ち放った。
今はあまり大きな音を立てたくなかったので風魔法を使った。小さな破壊音と共に切り裂かれたカメラの残骸を見た取った俺は内部への侵入を試みるが……
葵のやつをどうしたもんかな。
「お前、危ないからここで待ってたほうがいいな」
「嫌だね、ボクも絶対一緒に行くから。そもそも玲二はお姉ちゃんの顔を知らないでしょ?」
そりゃそうなんだが……ここにこいつの姉貴がいる可能性は絶無と言っていい。俺もここに来たのは敵の情報を漁るために足を向けた以上の理由はないからだ。
むしろ居たら大穴だな、手間が省けていいけど鞍馬社長を裏切り者と確定させるための場所だからなこの事務所。
ある意味で個々の奴等も捨て駒扱いか。屑には似合いの末路じゃないか。
だからできればここで待っててほしいんだが、何かあったら外で一人にさせていた方が危ない気もする。元はと言えばこいつの身柄が巡って争ってるわけだしな。
連れてった方がまだマシか。
姉貴を心配している葵にお前の姉ちゃんここに居ないぜとはなんか言いづらいし。
「魔法かなにかであの壁を飛び越えるの?」
「そんなことする必要はないな。それより離れるなよ、俺はこういった潜入に慣れてないんだ。ぶっ壊す方が得意だったから、荒っぽい方法しか知らん」
仲間にその道のプロがいたので殆どその人が担当してたし、何をすべきかは解ってるが、実行した経験は皆無なんだよ。
ただでさえお荷物がくっついてきてるんだ、華麗に潜入ミッションなんてどだい無理な話なのだ。
だから派手に行くしかない、筋筋仕様の力技ともいう。
「下がって耳を塞いでろよ?」
「えっ、なに?」
俺は葵の返事を待たずに侵入者を阻む高い壁に手を付くと、
閑静な住宅街に耳をつんざく爆音と閃光が轟いた。
あまり使い勝手の良くない爆炎魔法(日常生活で使うやつはただの馬鹿だ)も戦闘開始の号砲としては満点だ。
あらかた吹き飛んで瓦礫と化した壁を踏み越えた俺は、後ろで驚きに固まってる葵を見てため息を付いた。
「おい、だから隠れてろって言ったんだ。この程度でビビってると邪魔なんだよ、これから反社連中と殺し合いするんだぞ?」
「わ、わかってるから。大丈夫!」
ホントかよと思いつつもここまで連れてきたのは俺が許可したからでもある。
怪我のひとつでもさせたら俺の負けだ。気合い入れて奴等を殲滅しないとな。
「なんだオメー!?」「カチコミだと?」「マジで来やがったのか!」「ただのガキじゃねえか、舐めやがって!」
狙いどおりワラワラと中から動く生ゴミが沸いて出た。その数十人以上、どいつもこいつも殴り飛ばしても気が咎めない性根の腐った顔をしている。
実に好都合じゃねえか。俺達に喧嘩を売るとどうなるか、お前らには生贄になってもらうぜ。
「まとめて消し飛びやがれ! バーニング・フレア!」
表に出てきたヤクザどもを片付けると、俺は開け放たれた扉から内部に入り込んだ。
「……」
葵には俺が許可するまで絶対に口を開くなと命令してある。なにか言いたそうな顔をしているが俺は無視を決め込んだ。
なにしろこれから面倒な狩りをしなくてはならないからだ。
この手の救出ミッションで一番肝心なことは、助け出す相手と合流する前に可能な限り敵の数を減らすことだ。
助け出せた相手とすぐに脱出できれば一番だが、大抵の場合そんな都合のよくいかないからな。
相手が無事なら文句ないが、悪いときは怪我して満足に歩けない、最悪だと意識を失っていることもある。
そうなると救出対象を抱えて逃げなければならなくなり、その場合の俺の戦闘能力は著しく下がってしまう。
狡猾な敵ならば、敢えて手負いの人質と合流させて、そこから追い詰めるように包囲するように企むだろう。
そうならないために最初から敵の数を減らしておく必要がある。今でも葵という荷物を抱えているのだ、少しでも不確定要素を排除するのは当然だ。
しかし屋内戦闘は面倒だな。探し人が居るとなると家ごと破壊するわけにもいかないし。
「ガキが! ぶっ殺してやらぁ!」
木刀片手に殴りかかってきたチンピラの顔に
「死ねや!」
腰だめに抜き身の刃を構えて突っ込んでくるオッサンには先ほど意識を失ったチンピラを蹴飛ばしてやった。異常に強化された俺の力は蹴り飛ばした人間を真横に吹っ飛ばすことができる。チンピラと正面衝突したオッサンは頭を打ってそのまま気絶したようだ。
えーと、これであと何人だ? <マップ>によるとあと14人か。通路で戦うと相手も一人づつしか来ないから片付けるのも時間がかかるな。
俺は事務所の部屋を虱潰しに行動している。理由はもちろんここの奴等を一人残らず狩り尽くすためだ。
さっき黙ってろと言ったのに葵がこんなに大きな音を立てると警察がやってくるかもと心配していたが、俺は芦屋が警察に手を回したと考えている。
この反社どもが自分から警察に泣きつくとも思えないし、周辺住民が通報しても実際にやってくるまではかなりの時間があるはずだ。
「チンタラ様子見てないでさっさとかかってこい、この屑共が! お前らゴミクズの半端な人生を俺がここで終わらせてやるぜ!」
さて、掃除を続けるとするか。
「本当に無傷でここまで来ちゃった……玲二、なんでこんなに強いの?」
周囲に動く奴はいない。後はこの先の大部屋で7人ほどが陣取っているだけだ。
誰もそこから動いていないってことは、俺を大歓迎してくれるのだろう。
既に黙ってろと言われたことを忘れている葵が呆然とした声を上げた。
「ちゃんと訓練したからだ。突然降って湧いた力で強くなったわけじゃないからな」
今の言葉は誇張もあるが、真面目に訓練をしたのは本当だ。前にも言ったがいくらステータスがバカみたいな数字になってもそれを使いこなす運動神経が伴ってないと何の意味もないからだ。スキルも同じで、どれだけ本質を理解して己の血肉にできるかが肝だからな。
日本で運命に翻弄されっぱなしだった自分が嫌で俺は仲間相手に戦闘訓練を繰り返した。
こんなまったく鍛えてないと弛んだ体した暴力だけの輩が俺に敵うはずがないだろうが。
「今の血統主義が幅を利かせる陰陽師たちに聞かせたい言葉だなぁ」
「その血統とやらの極致みたいな奴が何か言ってるぜ。さて、次で最後だ。俺達を待ち構えているから気を付けろよ」
「うん。おねえちゃんが捕まってるかもしれないからね」
俺は通路の先の扉を指で示した。葵も気合を入れなおしたようだが、まず間違いなくここにお前の姉ちゃんは居ないけどな。
俺もここに用があるのはこの先にある最後の部屋に居るであろう上役っぽい奴を締め上げて情報を吐かせることだからな。
「邪魔するぜ」
ちゃんと声をかけて扉を開けた礼儀正しい俺に対する返礼は撃ち込まれる銃弾の雨だった。
「ははっ、蜂の巣だ。いくらバケモンでもこれだけ撃てば……なんで平然としてやがんだ!」
「そりゃ届いてないからに決まってんだろ。銃声がひたすら煩かったがな」
俺は一番奥にいた二丁拳銃を構えた初老の爺さんに向けて答えた。
「くそ、流れの陰陽師風情が。一体どんな腕してやがんだ」
俺へ毒づく声を無視してこちらから話を始めた。
「あんたがここの組長か?」
「ああ、関東で房州一家と言えば知らぬものが居ねえ……」
「黙れ。クソヤクザの口上を聞く趣味はねえんだよ、爺さん以外は寝とけ」
俺の手から放たれた6条の光刃が取り巻きの男どもの頭を直撃した。全員揃って背後へ打ち倒されたが、この部屋にいる人間はこれで全員のようだな。
予想通りだが、ここに葵の姉貴は居なかったか。
「くそ、用心棒も一瞬かよ。バケモンが」
「俺が? 冗談きついぜ、爺さん。あんたが”本物”を見たら一瞬であの世に行っちまうぞ。まあ、これからあの世に行くからその心配はないんだけどな。とりあえず知ってること全部吐いてもらう。その間は生きていられるぜ、良かったな」
ここからは女子供に見せるもんじゃない。葵に離れているように手ぶりで示すと何故か爺さんが口元を歪めて嗤った。
その顔を見た俺の脳髄に最大級の警報が発せられた。
「葵、伏せ……」
「所詮はガキだな、てめえの大事なもんは傍に置いておくもんだぜ。やれ!」
俺が背後を振り返ると開け放たれた通路の先に二人の男が銃を腰だめに構えていた。くそ、手加減し過ぎてもう意識を取り戻しやがったか。
即座に爺を蹴りあげて意識を刈り取ると背後の男達に対処を……
まずい、俺が葵に手を伸ばすより奴等の銃弾が届く方が早い。
そして葵は自らの危機を理解していない。
嫌な汗が背中を流れた。
「だから最後まで油断すんなっていつも言ってんだろ、玲二」
聞き慣れた声が俺の耳に届くと同時に、二人の男の手にある銃が吹き飛ばされた。
そして呆然とする男達に不可視の強烈な一撃が叩き込まれると一瞬で戦闘不能に追いやってしまった。
そこにいたのは一人の金髪の少年だった。
他人が見れば中肉中背の、どこにでもいそうな普通の顔付きをした外国人だろう。
だが俺には、俺達にとって目の前の少年は他の誰よりも特別な存在だった。
「ユウキ! 来てくれたのか!!」
「そりゃ来るだろ。お前がまたヤバいネタに巻き込まれたって聞いたらよ」
この夜、俺達の仲間にして最強の異世界人である冒険者ユウキがこの日本に降り立ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます