第34話 最強少年は捜索する。



 俺の目の前に現れた少年の名はユウキという。


 異世界人にして俺の仲間、そして俺に様々なことを教えてくれた大恩人だ。

 マジでユウキがいなかったら俺と姉貴は異世界であっという間に死んでいただろう。何しろ異世界召還のお決まりであるはずの言語サービスがついてなかったのだ。

 あの時は神とやらに本気でリセマラを要求したい気分だった。ユニークスキルもいまいちで初期スタートは最悪、さらに言葉が通じないなんて難易度インフェルノじゃねえか。

 身寄りもいない異世界で伝手も金もなく、言葉さえわからない。


 命の激安なあの世界では如月さん共々、悲惨なことになっていたはずなのだ。


 そこを助け出してくれたユウキにはいくら感謝してもしきれない。マジで命の恩人なのだ。



 日本に行く気は欠片もないと聞いてたからここに居るのは正直予想外だったが、今のは本当に助かった。位置的に俺の手が届くかどうか微妙だったのだ、その場合葵は銃弾をその身に受けた可能性が高い。

 どんな大怪我でも助けられる自信はあるが、当たり所次第では即死も有り得たからな。俺が連れてきた以上、こいつの安全に責任があるのだ。



「悪い、助かった。それよりユウキがこっちに来るなんて想像もしてなかったぜ」


「俺だって顔を出す気はなかったが、こんなことになってると聞いちゃそうも言ってられないさ」


 ユウキはちゃんと敵は潰しとけよ、と俺と話しながら背後にまた現れた復活した敵を振り向くことさえせずに魔法で打ち倒している。

 その正確さと起動の迅速さは俺の数段上を行くが、それも当然だ。


 ユウキは俺に魔法と戦闘のイロハを、異世界で生きる術を叩き込んだ男だからだ。



「で、詳しいことはまだ聞いてないんだが、今度は何に巻き込まれたんだ。玲二?」


「大したことじゃねえって。ユウキほど厄介な事態にはなってないし」



 俺は葵の面倒に関わっているがユウキはユウキで他の事件にかかりきりのはずだ。聞けば一国どころか大陸の北部全域が崩壊する危機らしい。どう見ても俺の事より大事になっていると思うんだが、それでもここに居る。

 こいつらしいと言えばらしいんだけどな。


「あ、昼間の荷物持ちのひと?」


 ユウキの突然の登場にあっけにとられていた葵が再起動したが、ユウキに舐めたことをほざいている。間違っちゃいないんだが、無性に腹が立つ。


「ああ、そうだ。朝はロクに自己紹介も出来なかったな。俺はユウキ、玲二の仲間だ。アオイだったな? 玲二と同部屋だったあんたのことは聞いてるよ」


「あ、うん。よろしく。ねえ、あんた昼間と違い過ぎない」


 夢の国にいる間は訳あって荷物持ちに徹していたが、そのせいでイリシャとシャオが徹底的に塩対応だったのだ。普段はべったりとくっついて離れないくらい甘えている。

 それにしてもこの馬鹿女、ユウキに向かって”あんた”だと? ふざけやがって、身の程を理解わからせたろか?


「まあ色々あるのさ。俺もあんたとは色々話したいが積もる話は後にしようぜ。時間ないんだろ?」


 先にあの爺さんから情報抜くか? と先ほど俺がぶっ飛ばして意識を刈り取られている爺を指差した。

 それに対して俺は首を振った。さっきの一撃はつい力を入れ過ぎてしまった。生きているかも微妙……あ、何とか生きているようだが、放っておけばそのまま死にそうだ。力を入れ過ぎたな。


 俺がさっきミスしたのは殺さないように手加減をしたせいだ。<マップ>では無傷の人間も気絶してる奴も同じ表記なので油断してしまった。皆殺しにすれば安全だと解っているのだが、過剰な殺戮は他でもない目の前の少年に止められているのだ。


 その反省もあり少し力を入れ過ぎてしまった。情報を持っているかもしれない数少ない相手を無駄にしてしまったな。


「そうなんだが、やりすぎちまった」


「問題ない、俺は最悪死体からでも情報を抜けるからな。こんなんでも十分だ」


 爺の側に行って頭の近くに手を翳すユウキはその言葉通り、マジで何でも出来る超人だ。こいつが不可能なことなんて思いつかないし、誰もが絶望するような状況でもあっさりと逆転してしまう、とんでもない奴だのだ。


「この数日の記憶漁ればいいんだろ? 俺も如月からさわりを聞いただけでよく解ってないけどな」


「葵の姉貴に関する情報があればそれを攫ってくれ。”かんなぎ”って言葉だけでもいい」


「陰陽師ねぇ。セリカやソフィアが見てた映像に居た連中のことだろ? 日本にもそんな奴らが居たなんて驚きだぜ。って駄目だ、こいつらは自分たちが襲われる可能性があるって聞かされてただけだな」


 まあそんなもんだと思ってたし、それについては何とも思わない。だが、この爺から他に情報持ってそうな奴を聞くつもりだったんだが……これ以上話を聞くのは無理そうだ。

 こんな奴に回復魔法をかけるのも癪だし、どうすっかな。


「じゃあ次は雪音さん、じゃないんだっけ? とにかく第七倉庫の方に向かおうよ。たぶんそこは芦屋が持ってる東京湾の埠頭にある倉庫だと思う。もう期限まで時間もないしさ」


 あの画像には地図も住所も書いてなかったが、葵も知ってるほど有名な倉庫街のようだ。後回しにすると決めてたが、ここが成果なしだったし他の候補もないなら行ってもいいかな。

 敵の幹部連中が居れば人質の情報持ってそうだし。


 そうだなと頷きかけた俺は次の瞬間、耳を疑った。



「あ、悪い。それは無理だ。あの倉庫にいた連中はもう始末済みでな、全員あの世に送り込んである」



「はぁ? いったい何を……」「え、嘘だろ?」


 驚きに固まる俺達にユウキは特に何の感慨もなく言ってのけた。


「雪音を的に掛けた奴等を生かしておくわけないだろ? ここに来る前に如月から場所聞いて残らず殲滅してきたんだよ。なんかウジャウジャ数が居たけど、ただの雑魚だったし相手にもならなかったしな。ああそうそう、敵の親玉は玲二の因縁ありそうだったから半殺しで勘弁してやったぞ。俺がお前の餌を勝手に奪うわけにはいかないからな」


「いや、そりゃ別にどうでもいいけど」


 俺の敵? もしかしてあのガラの悪い男のことか? あれだけ力の差を見せてやったのにまだ歯向かう気があるとはな。心も折り方を失敗したか。


「俺が雑魚を始末するとやたらお前のことを叫んでたぞ? その後ぶちのめしたらなんか肉の塊に変身してえらく気持ち悪かったな。まあ全員生まれてきたことを後悔させてやったがな。今頃は俺達を敵に回すとどうなるか、骨身に染みてるはずさ」


 ああ、そうか、なんでユウキがあれだけ行く気はないと言っていた日本にやって来たか理解できた。

 考えてみりゃユウキの性格からして姉貴を、仲間を標的にされて黙っているはずがなかった。たとえ名前を借りた偽物だろうが真偽は一切関係ない。

 仲間の名前を出して脅してきた時点で明確な敵だからだ。


 そしてユウキの敵に対する対処は一つだけだ。

 

 

 二度と舐めた真似を起こす気がなくなるまで地獄を見せるに決まっている。

 俺の仲間に手を出すとどういう目に遭うか、敵全員に徹底的なまでに恐怖を刻み付けるのだ。


 


 それを終えてユウキは俺達と合流したのか……ってどんだけ早業だよ! 俺達が行動開始してからまだ1時間と経ってないんだぞ!? 

 その間に異世界から日本へやって来て倉庫に襲撃した後で俺の所にだって?


 ユウキならできそうってか、ユウキじゃなきゃ絶対に無理だわ、そんなもん。


「じゃあ、捕まってた人質の子も無事だったんだ?」


「そういやそんなのも居たな、雪音や玲二とは似ても似つかない顔だったが。如月が車呼んどいてくれたから、適当に金握らせて放り込んてきた。たぶん無事に帰ったんじゃないか?」


「無事でよかった。ボクのせいで迷惑かけたようなものだったから、心配だったんだ」


 葵はほっと安堵の息をついているが、こいつ自分の状況解ってねえな。


「マジか……ここ以外じゃその連中が手掛かりだったんだけどな」


 葵の姉ちゃんと姉貴の名前を騙る他人じゃ命の価値が段違いだろうが。人類平等皆兄弟も結構だが、俺はまず身内と仲間が第一主義だ。


「そりゃ悪いことしたな。じゃあ今から敵の中枢に殴り込みかけるか? そうすりゃ今夜中に何もかも片付くぞ。場所は解ってんだろ?」


「悪い、それも関係者から止められてんだよ。なんだかんだ言って敵の一族もこの国でそこそこの地位にあって皆殺しにされると後が大変なんだってさ。あとユウキ、悪い癖出てるぞ」


 土御門の陽介から芦屋一族は戦闘の腕が達者なんで実働部隊としてこの国で大事なポジションを担っているそうだ。だからそれが根こそぎ殺られると穴埋めが簡単にできないから勘弁しろと泣きつかれている。

 嘘かホントか知らないが、陰陽師が居るから日本の災害は抑えられているそうだ。今でもめっちゃ多くね? と俺は思うが彼らの顔は心底マジだったので自分からこの国を崩壊に導くことはしたくない。


 そして非常に頼りになるユウキにも残念ながら欠点もいくつかある。身内の安全に異常なほど神経質だったり、金銭感覚が完全にぶっ壊れていたりなんかするが、そのひとつに自分のホーム以外はなにもかもひどく適当になるのだ。



 今回の場合で言うとこのまま攻め込むと芦屋の本拠地が確実に灰になる。

 むしろそれだけで済めば御の字で、周辺地域に巨大なクレーターがいくつも生まれるだろう。他の人的被害には一応気を留めるかもしれないが、敵対する芦屋一族はこの地上から一人残らず消えてなくなるのは間違いない。


 俺に情報をくれた義理堅い鞍馬社長など、芦屋の中にも良い奴等はいるし今の段階で奴等の本拠に攻め込むのは却下だ。

 たとえ葵の姉ちゃんがそこにいる可能性が一番高いと思っているにしてもだ。



「そうか? 自覚なかったが、気をつけるわ。でも。じゃあどうするか? 何か案あるか?」


 ユウキからそう話を振られるが、俺も困ってるんだよな。葵の顔を見るが、こいつも困り顔だ。

 何も手がないと見て取ったユウキもため息一つついて口を開いた。


「ガラじゃないが、こうなりゃ神頼みでもなんでもやるしかないな。葵、探し人はあんたと血縁あるんだったな?」


「え、う、うん。従姉妹のお姉ちゃんだし。お母さんのお姉さんの子供だよ」


「実の姉妹じゃないのか……まあ大して違いはないか」


「ユウキ、一体何をするつもりだ? イリシャの手を借りるのは嫌がってなかったか?」


 俺達の妹はとある特殊能力があるんだが、そのせいで散々不幸な目に遭ってきたのでユウキはその力を使うことをひどく嫌っていたのだ。


「当たり前だろ、第一狙って”視れる”もんでもないしな。仕方ないが、可能性がありそうなことは何でもやってみようと思ってな。ロキ、来い」


 ユウキがそう命じると、地面に魔法陣が現れ白く巨大な存在が現れた。


「只今参りましたワン」


 そう言ってユウキの前に伏せる白い塊。それは銀に近い白い体毛を持つ大きな狼だった。


「うわ! まさか犬神!? こんな巨大な犬神を式神にってたぶん違うよね、何か普通に喋ってるし」


「式神? なんだそりゃ。こいつはロキ、俺の飼い犬だ。おいロキ、お前今日暇だったよな、その分働け」


「ご主人様、今日はお休みでいいって朝言ったワン……何でもないワン」




「ねえ玲二。あの顔、あれ絶対犬じゃないでしょ、どう見ても狼じゃない? それも大神おおかみクラスの神格持ってるでしょ? 傍に居るだけで鳥肌止まんないんだけど」


「おまえ、やっぱり素質あんのな。大体あってるぞ」


「でしょ、日本にあんな神格持ちがひょっこり来ちゃ駄目でしょ。他の土地神と超揉めそう」


「土地神とやらの方が面倒を恐れて引っ込むだろ。あいつユウキから直々に力を与えられてるし」


 ロキはユウキの従僕だが、普段はイリシャの護衛をしている。しかし今日は夢の国が動物不許可だったので一日ゴロゴロしていたと聞いているから、ユウキをそれを言っているのだ。

 確かにロキは多彩な才を持ってるが、人探しに向いてるとはとても思えないんだが……まさか?


「おい駄犬。暇してるお前に仕事をやろう。あそこにいる嬢ちゃんの身内が近くにいるはずだから、お前の鼻で捜せ」


「はい? ご主人様ちょっと何言ってるかよくわからないワン」


 うん、ロキ。お前の気持ちはよくわかるぞ。麻薬犬じゃないんだからさ。


「ああ? 駄犬の分際でなんか言ったか?」


 ユウキに凄まれて冷や汗を滝のように流すロキは即座に頷いた。


「お仕事貰えてうれしいワン!」


 そう言うや否や風のように葵の側に駆け寄ると、ロキはすんすんと鼻をひくつかせた。


「うひゃ、ちょっと首筋嗅がないで」


「静かにするワン。なんで高貴なる神狼たるボクがこんなことを……」


 ぶつぶつ文句を言っているロキだが仕事はきっちりこなすのは確かだ。だけど匂いを追うっていくらなんでもさあ。

 そう思ってユウキを見ると彼も肩を竦めていた。まあ俺も他に案があるわけじゃないから黙って見守るけど。


 そのとき、葵を嗅ぎ終えて周囲を見回していたロキの耳がぴくりと動いた。

 嘘だろ!? どんな鼻してんだよってこいつも普通じゃなかったわ。


「同じ匂いがこっちからするワン」


「でかした! 後で肉を焼いてやるから、絶対に……」


「むはー! にくー!」


 ユウキの声を聴いたロキはその瞬間に跳ねるように駆けだし、部屋の窓をぶち破って大きく跳躍すると電信柱の天辺や民家の屋根をつたうようにしてあっという間に見えなくなってしまった。

 あいつ、肉が絡むと見境なくしすぎだろ! <マップ>で見失うことはないとはいえ困ったもんだ。


「あのクソ駄犬、人の話を聞きゃあしねえ。二人とも、追うぞ」


 やっぱりユウキが来るとどんなこともマジで何とかなっちまうな。安堵感が半端ない。


「ああ、行くぞ葵!」


「うん、今度こそお姉ちゃんに辿り着くんだ」


 俺は葵に頷くと彼女を伴ってヤクザの屋敷を後にした。



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