第35話 最強少年は盗んだ車で走り出す。


 俺と葵は闇夜に消えたロキを追うためにヤクザの屋敷を飛び出したが、すでにあの白い巨体は見えなくなっている。

 <マップ>でどこに向かっているのかは解ってるが……げっ、もう5キロは離れてるぞ。今からどうやって追いつこうか。


「あの狼、どこに行ったのかな」


「参ったな、向かおうにも足がないぞ。こんな場所じゃタクシーも捕まらねえし」


 葵と二人で途方に暮れかけたその時、俺達の前に車が急停車した。うおっ、高級車の代名詞であるレクシスじゃねえか。しかもセダンタイプのLS、これ高いやつじゃんか。

 スモークガラスが張られた灰色の高級車の後部座席が開くとドライバーシートにはユウキの姿があった。


「二人とも乗れ! あの駄犬を追うぞ!」


「助かったぜ、ユウキ。足を用意してくれてたんだな!」


「ここのデカい家に入る時に車庫があったんでな。すぐ動く奴があって運が良かったぜ。飛ばすから捕まっとけよ」


 そう言うや否や俺達が乗り込むと当時にレクシスはタイヤを空転させて急発進した。シートに体を押し付けられる急加速を味わいながら俺は初めて乗ったレクシスの車内を見回したんだが……なんか助手席にパソコンがあるな。それもケーブルが中央ディスプレイに繋がってないか?



「ねえ、あの狼はどこに?」


「今も西に向かって走ってる。あの馬鹿、俺たちが居ることを完全に忘れやがったな。後で仕置きだ」

 

 ユウキが車の速度を上げながら答えた。


「瞳お姉ちゃん、どうか無事でいて」


「葵、言っとくがこの先にお前の姉ちゃんがいる確証はないんだからな。話半分に思っとけ」


 祈るように手を合わせる葵に向かって俺はシートベルトをしつつ口を開いた。


「それは解ってるけど……」


「まったくのノーヒントからここまで進んだだけでも儲けもんだろ」


 この先に人質が居ると思い込んでいそうな葵に俺はそう釘を刺しておいたが、とりなすような言葉が運転席から掛けられた。


「とはいえ、まったく確証がないって訳じゃないはずだ。ロキは基本やる気ないし、隙を見りゃ怠けるどうしようもない駄犬だが、出来ないことは無理だとはっきり言うからな。少なくともあんたと近しい誰かの匂いを感じたのは確かだと思うぜ」


「うん、ありがとう」


 ユウキは女に優しすぎるのが欠点だな。いつか女が原因で大きな失敗をしそうな気がするが、それをフォローしてやるのが仲間であり、女を全く信用していない俺の役目なんだと思う。



「お、そろそろ時間か。2人とも、特に何かある訳じゃないが、一応気を付けておけ」


「何の話だよ?」


 車を走らせてしばらく経ったころ、ユウキが不意に口を開いた。俺がそれに応えた直後、ずん、と腹に来る衝撃が背中からやってきた。


 なんだ今のは!? 衝撃が俺を貫いたように感じたぞ!

 

「え、なに今の!? なんかあった!?」


 今の得体の知れない衝撃を感じたのは俺だけじゃないようだ。隣の葵も泡を食っているが、この手の不思議体験に慣れきっている俺は原因と思われるユウキに視線を向けた。

 さっき何か言ってたし、絶対関わってるだろ。


「おいユウキ、なにやったんだ?」

 

 俺は確信と共に運転席の彼に問いかけた。


「今のあれか? さっき俺が潰した連中の本体への警告だよ。俺達を敵にまわすとどうなるか、明確な教訓を与えておく必要があるからな」


 やっぱりユウキ絡みだったか。まあ、そんなこったろうと思ったけど。


「それは解ってるっての。実際になにしたんだよ? 倉庫ごと爆破してもあんな衝撃にはならないだろ」


 隣の葵もこくこくと頷いている。こいつもユウキのヤバさを徐々に理解してきたようだが、悪いがユウキはお前の想像より数百倍はヤバいからな。


「まあ、それなりだよ」


 それだけしか答えないユウキに俺の中で諦観が広がってゆく。あ、こりゃ深く考えちゃダメな奴だ、もうなるようにしかならん。


 全てを受け入れようと穏やかな心でいた俺のスマホが突如鳴り出したのはそんな時だ。

 画面を見ると土御門の陽介からだ。ヤクザの屋敷に殴り込む前に連絡したが、何かあったのだろうか。


「陽介か? 俺だ、玲……」


「原田か!? 説明しろ、一体お前は何をしたんだ!?」


 陽介の声はこれまでにないほど焦っていた。たぶん、いや間違いなくさっきの衝撃波に関することだろうな。


「なんだよいきなり。何があったってんだよ」


 とりあえずすっとぼけて話を聞いてみようかと思った俺は想像を超えた内容に言葉を失った。


「お前が名指しで呼び出されていた第七倉庫どころか、埠頭にある倉庫街がまとめて消し飛んだぞ!? あんなことができるのがお前以外に誰がいるというのだ!?」


 倉庫街が全部吹き飛んだだって!? おいおい、さっき<マップ>で確認したけど埠頭の倉庫街って滅茶苦茶広いじゃないか。それがまとめて消滅したって……


「それに関しては俺は無関係だぞ。さっき電話したんだから、俺がどこにいるかはそっちも把握してるだろうに」


「それはそうだが……これほどの大事件はいくら我等でも隠しきれんぞ。すでにネットでは大騒ぎになっている。この規模の爆発になると隠蔽など不可能だ」


 何を考えていると俺に怒ってくる陽介だが、文句は目の前にいるユウキに言ってほしいもんだ。


「ガス爆発って事にしとけばいいだろ。人間、理解できないことはそれっぽい理屈で納得するもんだぜ」


 じゃあ切るぞ、と言ってまだ何か言っている陽介との通話を無理やり終わらせると俺はユウキに視線を向けた。


「ユウキ、いくらなんでもこれはやり過ぎだって」


「大丈夫大丈夫、この爆発で人死には出してない。全員退避済みなのを確認してから仕掛けたからな、大したことじゃない」


 ひたすら軽い調子で話すユウキだが、本人にしてみりゃマジで大したことじゃないと思っているだけに余計質が悪いな。


「うわ、もうニュースになってる。でも火事とかにはなってないみたい」


 そこらへんは一応気を遣ったみたいだが……あれ? 考えてみれば芦屋があの一帯の倉庫街を所有してたんだよな。だったら被害はアイツらだけが負うことになるのか。奴等が警察に泣きつくとも思えないし、芦屋のトップ連中に俺達を舐めるとどうなるかはっきりと教え込むには最上の手かもれない。


「確かに、そう考えると理想的な報復なの、か?」


 何か間違っている気がしなくもないが、既に俺はユウキの考え方に毒されまくっている自覚がある。余計な死人が出ていなくて敵に大ダメージを与えたなら、それでいいか。


 他への悪影響は陽介とか陰陽寮とかの偉いさんが考えればいいのだ。俺は身内を人質にとられて激怒した被害者だし。


「やるならこれくらいやらないとな。中途半端じゃなんの意味もない」


 あれだけの破壊を前に、別にこの程度当たり前だと言わんばかりだが、こいつにとってはマジでその通りだから困る。葵も反応に困ってるぞ。


「これで芦屋も少しは大人しくなるだろうさ」


 だから自然と葵に慰めるような口調になってしまった。

 正直、ユウキが出張ってきた時点でこうなる予感はしてたし、俺じゃ奴等をここまで叩ける自信はなかった。


 よし、ここはユウキが来てくれて良かったと考えるようにしよう。と無理矢理ポジティブ思考に切り替えたことが良かったのか、俺は今まで意識の外に置いていた違和感に気付いた。



「あれ? そういやユウキ、なんでお前運転してんの?」


「こ、細かいことは気にするな」


 おい! 無免許運転じゃねーか!


「待て待て、なに普通に運転してんだよ! 手慣れすぎてて完全にスルーしてたぞ!」


 ユウキは訳ありとはいえ異世界人だ。車運転してる段階でおかしいと思うべきだったぜ。今もそうだがかなりの速度出してるのに、全く危なげなくレクシスを操っている。


「結構簡単じゃないか? 如月に基本的なこと習ったら、あとは適当だ」


 そりゃオートマ車は幼児でも運転できる事はこれまでの事故で証明してるがよ。


「いや、そもそも車線とか道路標識とか解んの?」


「……今が深夜で良かったな」


「降りる! 絶対事故るに決まってんだろ、そんなの!」


「大丈夫だって。あの光ってるのが赤だと止まって青なら進んで良いんだろ? それさえ解ってりゃ後はなんとかなるって」


 免許センターの人間が聞いたらマジ切れしそうな台詞を吐くユウキに俺は目眩を覚える。


 完全にユウキの悪い癖が出てるな。もしここに妹達が居たら絶対にやらないような超適当さだぞ。

 リリィ、ユウキを止めてくれと内心で叫ぶが夢の中の妖精は滅多なことじゃ起きてこない。俺の切なる願いに応える事はなかった。


「心配すんなって。もし事故っても俺とお前なら怪我ひとつないだろ。彼女はお前が護ってやりゃ良いし」


「そういう問題じゃねえって……」


 俺の力ない反論は当然ながら盛大に飛ばすユウキには届かない。


「そういう問題だ。お前も解ってるだろうが、ロキの奴はまだ走り続けてるんだぞ。この車を降りて今からお前達を運ぶ車を探すつもりかよ?」


 確かに<マップ>ではロキが移動し続けている。その速度は今の飛ばしまくる俺達が少しずつ離されているくらいだ。

 この車を降りてタクシーを探すとなると、どれだけ時間かかるか解ったもんじゃない。



「……よくこんな車が見つかったな。スマートキーとかどうしたんだよ?」


 ユウキの正論に屈した俺は誤魔化すように話題を変えたが……レクシスは高級車だけあってセキュリティも高度のはず。GPSとかあるって言うしな。

 そう考えると、その辺りの知識がない彼がよく持ち出せたもんだ。


「鍵は持ってないな。車庫に行ったらこいつだけ動いてたんだよ。見た感じ早そうだし、拝借してきた」


 つまりエンジン掛かってたってことか? ということは、何らかの作業中に俺達が攻め混んだののを知って慌てて駆け付けた感じだろうか。

 そう言えば助手席に謎のパソコンがあるな、一体何に使って……? 


 待てよ、そう言えばレクシスはランクルと並んで盗難が多いことで知られている。


 ヤクザの拠点、助手席に起動中の謎のパソコンとくればまさか……

 ふとユウキを見て嫌な事実に気付いた。異世界の人間にシートベルトを締める義務を知っているとは思えない。

 案の定、ユウキはそんなものをしていないが普通の車はシートベルトをしないと警告音が鳴るのだ。

 つまり、この車はセキュリティが外されているってことだ。

 高級車に必須であるセキュリティがない理由なんて一つだけ……


「このレクシス、盗難車じゃねえか!」


 マジかよ、未成年が盗難車に乗って無免許運転とか警察に見つかったら一発アウトだぞ!

 ただてさえ俺は微妙なのに、完全に終わっちまうじゃないか。


「心配すんなって、警邏に見つかるようなヘマをするかよ。それよりこれ盗品なのか。じゃあ適当な所で乗り捨てようぜ。そうなりゃいずれ持ち主に帰るだろ」


「もう、どーにでもしてくれ……」


 こりゃいいことしたな、と上機嫌なユウキを尻目に俺達はヤクザに盗まれた車を盗み返して闇夜を走り続けるのだった。



 

 

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