第36話 最強少年は人質を見つけ出す。



「ロキの野郎はここで止まったがようだが……何処だここ?」


 俺達はユウキの荒すぎる運転に揺られる事、小一時間。ようやくロキが嗅ぎ取った匂いの元に辿り着いていた。

 既に時刻は日付を跨いており、当然ながら周囲に人影など皆無である。


 ユウキは敷地内にある街灯もまばらな巨大駐車場に車を停めた。



「なんか広いトコ出たな、暗くてよくわかんねえけどよ」


 長いこと揺られていた車から解放された俺達は生命の有難みを痛感していた。


 つうかユウキの運転する車は絶対もう乗らんと決めたぞ。


 早すぎるロキに離されない為とはいえロクに減速せず交差点に進入するのはマジ止めてほしいわ。東京を離れて交通量が明らかに減ってからは信号も無視だし、車線もはみ出しまくっていた。よく事故らなかったと本気で思うわ。


 そんな交通ルールガン無視で飛ばしても一時間以上かかる遠距離をロキの鼻は追ったことになる。普通なら嘘臭さを感じて当然なんだが、ロキは理不尽級の不思議生命体で結構実績もあり、その信憑性を頭から疑ってかかるのも難しい。


「ここ、阿良々木あららぎ大社だ。ずいぶん遠くまで来たけど……」


 スマホの地図機能で現在位置を確認したらしい葵が緊張を隠さない顔で周囲を見回している。大社、ってことは神社のことか? なんでそんな場所にこいつの姉ちゃんがいるんだ?


「玲二、忘れてるでしょ。神社仏閣も全ては陰陽師勢力に統一されてるんだよ、ここも僕達に無関係な場所じゃない」


「そんなこと言ってたか? まあそうだとすればこの神社はかなり怪しい場所ってことか」


 陰陽師がどうとか俺には関係ない話だから完全に記憶から消し去っていたことは言わないでおこう。


「なるほど、確かにキナ臭いな」


 そういったユウキが俺に視線を向けた。その顔にはお前も探ってみろと書いてあるので<マップ>を起動すると、確かにユウキの言う通りだ。


 この奥には広大な敷地があるんだが、その中に人がいるがわかる。それも一人だ。


 人が寝ているであろう母屋には大勢の人間が存在しているのに、遠く離れた場所に人がいる理由はいろいろ想像できるな。

 こりゃ当たりか?



「ご主人様、肉をくださいワン!」


「後にしろ、この馬鹿犬」


 しゅたっ、とユウキの前に着地したロキが開口一番肉を強請るが、請われた本人はもなかった。


「そんな! ムチャ振りにも頑張ったのに、酷いワン!」


「黙ってろ、こっちは捜して終わりじゃねえんだ」


 ユウキにすげなく断られてしおしおに縮んでいるロキは憐みの視線をこちらに向けてくるが、マジでお前は空気読め。


「後で焼いてやるから、大人しくしとけ」


「そんな……」


 子犬サイズに小さくなってゆくロキに葵が驚いているが、こいつも今がどれだけ大事か理解している。何か余計な口を開くことはなかった。


「行くぞ、この神社に何かあるのは間違いない。ロキ、方角は? 上手く行ったら俺も肉を焼いてやるぞ。勿論ユウキのとは別口だ」


「あっちから匂いがするワン! 案内するワン!」


 俺からエネルギーを与えられたロキは復活し、元気よく神社のある方向に駆け出して行った。


「玲二、あの駄犬を甘やかすなよ。最近調子に乗ってやがんだ」


「役に立つのは事実だからな。ユウキの分も俺が焼いといてやるよ」


「そりゃ助かるが駄犬の飼い主は一応俺だからな、気持ちだけ貰っとくよ。それより油断せず行くぞ、この先絶対何かあるぞ」


 ユウキの声に頷いた俺達は暗闇が支配する神社の境内に向かって走り出した。




「当然だが、門は閉まってるよな」


「まあこんな時間だしね、どうしようか?」


「どうするって、罠があるわけでもないし飛び越えりゃいいだろ」


 走る俺達の前に高い門と漆喰の壁が行く手を塞いでいるが、悩む俺達とは違い即断した先を行くユウキは風魔法を使い重力を消して高く跳躍した。


「うそ、どんな術を使えばあんなジャンプができるの!?」


 あっという間に3メートルはある壁を飛び越える姿に唖然としているが、お前もこれからそれやるんだぞ?


「今からお前の周囲の重力を消す。上手く飛び越えろよ」


「え? 玲二何言って、きゃああああ!」


 突然無重力になった自分の体の異変に葵が悲鳴を上げた。仕方ねえなと舌打ちした俺が慌てる葵の体を捕まえるとそのまま一足飛びに壁を飛び越えて着地する。


「れ、玲二、もうちょっと心の準備させてよ」


「文句は後で聞く。今急いでんだよ」


 どれだけ驚いたのか、顔を真っ赤にした葵を下ろすとそのまま走り出す。ユウキはもうだいぶ先に行っているが、その理由も解っている。

 だから俺も葵との話を早々に打ち切って走る速度を速めた。


「魔法って巫術と全然カテゴリ違うよね、空飛ぶのも夢じゃなさそう」


 風魔法で重力を消すのは超がつくほど高度な技なので、飛行なんて夢のまた夢なんだけどな。



 足元を照らす<光源>の光を頼りに神社の境内を走る俺達だが、狭い視界の中に大きなシルエットが見えてきた。


「あれは、大木か?」


「多分この大社の御神木だと思う。それがどうかしたの?」


 どうなってやがる?


 葵の質問に俺は無言で答えるほかなかった。<マップ>では人間を示す点はこの直ぐ近くから示されているからだ。

 しかしあるのは大木だけで人影なんて見えやしないぞ。


「ここで間違いないワン。でも近寄ったら突然匂いが消えたワン?」


 首を傾げたロキは顔を巡らし手鼻をひくつかせるが、匂いの元を探ることは出来ないらしい。


大神おおかみ様、お姉ちゃんはここに居るのですか?」


「娘よ、矮小なその身で我が鼻を疑う……疑うのかワン?」


 葵に威厳のある声を出したらユウキに睨まれて口調が戻ってしまったロキだが、俺もこいつの鼻を疑うつもりはない。人間が一人近くにいるのは間違いないのだ。


「玲二、上にはいないようだぞ」


 ユウキが気を見上げてそう言うが。そりゃ木登りなんてしてるはず……そうか、地下の可能性もあるか。


 1つだけだった<光源>を増やして周囲を探るが地下の入り口らしきものは見た感じでは解らない。まさか遠くにある母屋の中にあったりしたら厄介だぞ。


<玲二、そういう時は<構造把握>使うといい。ホントはダンジョンとかで使うスキルなんだけどな。慣れてないなら手を地面に当ててみろ>


 スキルの話だからかユウキから<念話>は入る。

 <構造把握>はその名の通りの技能で、使用すると頭の中に周囲の構造が浮かんでくるのだ。俺はまともに使った記憶もないが、ユウキの言う通りダンジョン内の構造や屋敷の隠し部屋などもこれで判明するらしい。

 スキルの使い方はユウキに一日の長があるので素直に従うと、やはり地下室があるのは間違いない。そして地下室から地上に向かう階段と通路があるのも把握したが、肝心の出入り口が何故か判明しない。

 通路の途中でぼやけて消えてしまうのだ。異常を認めてユウキを見ると彼も驚いているがわかる。やはりこちらの魔法は俺達のスキルを上回る効果を発揮するものもある。破壊力が低いからって全ての面で下に見ることは出来ないな。


「葵、この地下に誰かいる可能性が高いが、出入り口が見当たらないんだが、そんなことを可能にする魔法ってあるか?」


「え? 消して分からなくするだけなら”神隠し”や大陸の”八門遁甲の陣”とか、いろいろあるよ」


「そんなにあるのかよ。じゃあ解除方法も知ってるか?」


 それくらいポピュラーなら葵が知ってても不思議はないと思って聞いてみたが、彼女は首を横に振った。


「確実に解除するには仕掛けた術者本人を見つける必要があるんだ。今からそれを探すのは……」


 駄目じゃねえか! 葵に当たっても仕方ねえが、ここまで来て諦めて帰るなんて冗談じゃないぜ。


 何とかならねえかと悩む俺に呆れたようなユウキの声がかかったのはそんな時だ。


「玲二、そんな悩む事か? 途中の通路が何処にあるか解ってんだし、土魔法で穴開けりゃいい話じゃねえの?」


「あ」


 くそ、言われてみりゃその通りだ。何を真正面から魔法を解除する方法を考えてんだ俺は。そんな素直な奴じゃねえだろうに。


 そんな俺を見たユウキは軽く笑った。


「流石のお前も友達の危機に焦ってるようだな。普段なら悩む俺にお前たちがあっさり答えを寄越す場面だぞ?」


 たまには逆の状況も面白いけどなとアイツは笑うが、大抵の場合は如月さんやユキがいるからな。冴えたアイデアは二人から出るんだよ。


「そういうこともあるさ。だが葵はダチじゃねえからな」


 ユウキと共に土魔法で土木工事をしながらもしっかりと訂正しておくのは忘れない。



「暗いな、敵はいないようだし明かり付けるぞ。ロキ、索敵頼む」


「解ったワン」


 横穴を開けて通路への道を作った俺達だが、先を見通せない闇を前に光を灯す選択をした。<暗視>スキルを俺達は持ってるが葵のためにも必要だった。

 何かあれはロキが真っ先に攻撃を受けるが、本人も無敵かつ不死身に近いので安心して肉の盾になってもらおう。普段ならゴネる場面もご褒美の肉の前には素直だった。


「この先にお姉ちゃんがいるんだよね?」


「迎えが複数だったら話は変わってくるがな。実家からはなんか聞いてたか?」


 緩やかな下り坂を進む中、俺はすがるような声を出す葵に問い返した。


「迎えはお姉ちゃんだけって言ってたから大丈夫だと思う。なんでこんな場所で捕まってたのかは謎だけど」


 そのあたりは助け出した後で聞くことになるかもな、と答える俺の声はロキの警告の叫びで掻き消された。


「何か居るワン、二体!」


 ユウキが<光源>を数個先に飛ばすと、暗闇の先に広がる大きな空間の入り口付近に白い半透明の存在が2体、具現化しようとしていた。


「あれは狛犬!? 拠点防衛の中位式神だよ!」


「へえ、あれが噂の式神か。急いでなきゃ遊んでやるんだがな」


 今は一刻を争う状況だ。危機感を分かち合っているユウキも敵を認めると即座に反応した。


「気を付け……ってもう終わってるし」


 俺とユウキがそれぞれ一体づつ対応し、一瞬で具現化とやたらをしたばかりの犬の式神を石の矢で打ち砕く。


「この奥だな」


「ああ、葵。この奥に誰かがいるが、十分に気を付けて進むぞ」


 ここに式神を置いていたということは逃走防止か侵入者を警戒していたはずだ。だったらこの先に何らかの更なる魔法トラップを仕掛けた可能性がある。


 しかしここで臆するわけにもいかない。<構造把握>によるとここは大木の根本にあたり、その部分が広間になっているらしい。


 意を決した俺は大量の<光源>を生み出すと周囲に展開する。


 そこで目にしたものは……


「お姉ちゃん!? ひ、瞳お姉ちゃん!!」


 大木の根本に括りつけられている一人の女だった。


 そしてその額には赤い血の筋が伝い、上着を汚している。



 俺達が可能な限り急いだ理由はそこにある。



 今の彼女は命の灯が消えかかった瀕死の状態にあるからだ。



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