第37話 最強少年は治療する。
俺達の持つ<マップ>スキルでは人は点で表されるが.、その人間の状態によって点にも変化が生まれる。
今の場合はいつ消えてもおかしくないほど薄くなっており、それは命の危険があることを示している。
だから俺とユウキはこの神社に到着するや否や、大急ぎでこの場所に向けて走り出したのだ。
そしてこの地下室には頭から血を流した一人の女が、地下室を貫く巨大な柱に括りつけられていた。
「これ、どういうことだ?」
眼前に広がる光景に違和感を覚えた俺はそう呟くが、隣からの叫び声で意識を切り替えた。
「お姉ちゃん!! 瞳お姉ちゃん!」
「あ、待て、葵!」
血を流し捕らえられた女を見た瞬間、葵は弾かれたように駆け出した。だが違和感を拭えない俺はなんとかその手を捕らえることに成功する。
この地下室、何かあるぞ。
「この馬鹿、不用意に近づくな!」
俺よりも鋭敏な感覚を持つユウキは既に違和感の原因を突き止めたようだ。俺達より少し年上くらいの女が括りつけられている足元を睨みつけている。
「離して! 離してよ、お姉ちゃんを助けないと! 頭から血が出てるんだよ!?」
俺達の事なんか眼中にない葵は俺を乱暴に振り払おうとするが、こいつの力で俺から逃れるのは無理な話だ。俺は無言で葵の拘束を続けた。
「確かにお前の言う通り、彼女は死にかけてる」
「だったら! 離してってば!」
葵は俺を振りほどこうと必死になり、ユウキは半眼でこちらを見た。
「お前な、他に言い方あんだろ」
女に甘すぎるユウキと違って俺はこいつにどう思われようが気にならない。
「だがそれは出血のせいじゃない。見りゃ解んだろ? もう血も止まってる」
そもそも出血も上着を多少汚す程度だ、致死量には程遠い。
だが、彼女は間違いなく今際の際にある。
「仕方ない、俺が近づいてみる。玲二は何かあったら援護してくれ」
「ユウキがやる必要はないだろ。葵を実験台にしようぜ」
「ちょっと玲二、なによそれ」
俺達はお前の姉ちゃんを助けに来たんだぞ、喜んでモルモットになるくらいの気概見せろと言いたくなるが、その前にユウキが柱に縛れている女に近寄ってしまった。
「なるほど、こう来たか」
次の瞬間、足元から紫色の光が立ち上がると地鳴りのような振動が地下室を襲った。
「この光、魔力が吸われてやがる。道理でこの程度の怪我で瀕死になるわけだぜ」
連絡とれなくなったのが昨日だったはずだ。それなのにここまで弱る理由が解らなかったが、そういうことか。
「まさか、術者の霊力を奪う”崑崙”! 話には聞いたことがあるけど、芦屋の外法がまさか大陸の禁呪まで及んでいたなんて……」
ユウキはそう吐き捨てたが、葵はその魔法を知っていたのか顔面蒼白になっている。
「でもなんでお姉ちゃんはここまで弱ってるの? 霊力が無くなれば意識を失って終わりのはずなのに……」
今の言葉を聞いた俺は、こいつなに言ってんだと思ったが、この魔力の薄い世界じゃ殆ど無いことなのかもしれないと考え直した。
顔色の悪い磔状態の姉貴だが、怪我らしい怪我はそれだけだ。昨日捕まったとしても、食べ物や水を断たれても身動きしなきゃ数日は保つはずだぞ。ソースは召還直後の俺達双子だ。それがいきなり衰弱死寸前ってのは変な話だから葵が訝しむのも無理はない。
「生命力で魔力の補完が出来るってのは異世界じゃ知れた話でな、多分その状態だ」
火事場の馬鹿力みたいな位置付けなので、多用する奴はいないがそれがあると言うことはよく知られている。
「そんな! だったら今すぐ助けないと!」
俺がそう言葉にすると、葵はすぐさま姉に駆け寄ろうとする。しかし胸騒ぎでもしたのかすぐに距離をとった。
「すごく嫌な気配がする。よくこんな中に入ったね」
よく、だと? ふざけたこと抜かしやがる。
「ユウキは縁もゆかりもないお前のためにここまでしてくれたんだぞ。少しは態度で示したらどうなんだ、この馬鹿女が」
俺の本気の怒声に目の前の馬鹿女はやっとしおらしくなった。
「ごめんなさい、ボクの姉のためにありがとうございます」
「別に構わないから気にするなって。玲二の友人なら俺が手を貸す十分な理由になる」
ユウキ、だからこいつは俺のダチじゃ……もういいわ。めんどくさい。
「それより玲二。何の意味があるんだか知らんが、どうやら吸われた魔力はこの木に流れ込んでるらしい。だから彼女はここに磔みたいにされてるようだな」
「これ、柱じゃなくて上にあった御神木とやらか! 根っこな感じが全くしなかったら別物だと思ってたぜ」
ここは大樹の真下に当たるのか。ということは奴等も何か意味があってこんな真似をしているのだろう。
「だが問題があってな。見たところ彼女は長時間ここで魔力を吸われたせいか、この木と半分くらい魔力的に同化しちまってる。このまま拘束を解くだけじゃ駄目な気がするな」
自分の魔力を常に吸われているはずのユウキだが、まったく堪えた素振りも見せない。吸われた以上に回復しているから全然影響ないんだろうな。
「何がありそうなの?」
「俺も医者や専門家じゃないから正直解らん。無理やり引っこ抜いてもし障害がなにかが一生残ったら大変だしな。どうする? 今すぐ息絶えるわけじゃないから悩む時間はあるぞ」
「どうするって……玲二、どうしよう?」
何故か隣にいる俺に葵は聞いてきた。
「赤の他人に判断させるな。お前が決めてお前が責任を負えよ」
「そ、それはそうだけど……」
そんな縋るような目で見られても困る。お前の姉貴に責任が取れるわけじゃないしな。
やれやれ、仕方ねえな。
「ユウキ、俺達はお手上げだ。なにか良い手はないか?」
俺は目の前にいる頼りになりすぎる男に問いかけた。ユウキなら絶対に何とかしてくれる確信がある。
そして俺の期待通り、迷うこともなく彼は口を開いた。
「今ここで取れるのは少しばかり乱暴な手段だけだ。半日も時間があれば確実な方法もあるが、その前に彼女が持たないだろうな」
葵はその一言で覚悟を決めたようだ。
「お願いします。ボクのお姉ちゃんを助けてください!」
「あいよ。玲二、手を貸せ。頼みたいことがある」
「任せろ」
こうして葵の姉を助け出すミッションが始まったのだが……俺の知る限り、ユウキの策は基本的に全部力技だ。随所で顔を出す無茶や無謀を力づくで押さえつけて望みを叶えてしまう奴なので、今回も例に漏れずそれに倣うことになった。
「理屈は単純だ。俺が魔力を流して回路を飽和させるから、流れが途切れた瞬間を見てお前が彼女をここから引き剝がしてくれ」
「なんつう作戦を思いつくんだよ……今回はいつにもまして力こそパワーだな。いや、何も思いつけない俺達はそれ以下だけどよ」
隣でどういうこと? という顔をする葵に分かりやすく説明するとしよう。
現状は葵の姉貴からこの神木に向けて魔力が流れる水路があるとイメージすると解りやすい。今も命を代価に魔力がその水路を伝って延々と流れだしていると思ってくれ。
魔力が流れている最中に他人が無理に引っこ抜くとどんな障害が残るかわからないと俺達は不安視しているのだ。
今回の作戦はそうやって魔力が抜かれている中、ユウキが新たに自分の膨大な魔力を神木のキャパを超えて流すことによって飽和させ、そして葵の姉貴の所まで水路を逆流させることによって影響下から解き放とうというものだ。
超がつく力技だが、ユウキと俺以外この世界じゃ無理な方法なのは確かだ。
まさに力こそパワーを地で行っているが、大事なのはやり方じゃなくて成功するかどうかだからな。
そしてこの作戦は俺の役割も大事だ。ユウキの合図でこの魔力が吸われる力場から葵の姉貴を連れ出す必要がある。葵のレベルじゃ魔力を奪われてすぐに膝をついてしまうから、これができるのは俺だけなのだ。
そして恐らく好機は一度、それも一瞬だ。
失敗すると彼女は二度と目を覚まさないだろう。
「じゃあ始めるぞ」
俺は大木に縄できつく縛られていた彼女の手足を解き放つと力なく倒れ込む体を支えた。意識のない女から感じる体臭に顔を顰めるが、文句を垂れる状況でないことは解っている。
「いつでも」
ユウキは俺に機会を逃すなだの、タイミングがどうとかの話は一切しなかった。
己の仲間の力量を確信しているからである。俺はアイツの仲間としてその信頼に応えなくてはならない。
固唾をのんで俺達を見守る葵に頷くとユウキの体から気圧される補ほど膨大な魔力が膨れ上がった。事前に<結界>を張って外部への影響は出ないようにしているが、葵の姉貴はこの超濃度の魔力に当てられて平気なんだろうか?
だが俺がそんなことを思った時には、既に魔力を吸われる力場から脱出完了している。
すぐに葵の姉貴を横たわらせ、手首の脈を測った。脈拍は弱いものの確かに感じ取れたので、後は回復に向かうだろう。
俺達は最悪の展開を脱したと言える。
「瞳お姉ちゃん! 玲二、お姉ちゃんは無事なの!?」
呪縛から解放された葵の姉貴に異常は魔力欠乏症に罹っている以外、今の所は見られない。
「魔力切れで死にかかってる状態でも無事と言っていいならな。それよりこれを後で飲ませてやりな」
俺は<アイテムボックス>から取り出したペットボトルを葵に放り投げた。その後でユウキの顔を見たが、全て俺に判断を任せているのか何も言ってこなかった。
「あ、うん。そうする」
ほっと安堵の息をつく葵に離れ業をやってのけたユウキがすまなそうに声をかけた。
「悪いが、こんな派手なことをすれば当然外の連中にも気付かれる。本来なら病人は意識が戻るまでここで安静にさせたいが、そんな余裕はないようだ。撤退するぞ」
その言葉の通り、<マップ>では神社の母屋の方で多くの人の動きが見て取れた。
今にもこちらに向けて移動を開始するはずで、余計な揉め事を防ぎたいならここは速やかに撤収すべきだろう。
「葵、介抱は後にしてくれ。今は安全な場所まで移動する」
「うん……そうだね。おねえちゃんは心配だけど、ボクの顔をここの人たちに見られたくないし」
ユウキが葵の姉貴を抱え上げると、俺達はこの地下室から立ち去るのだった。
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