第38話 最強少年は付き添う。




「車はここで乗り捨てるつもりだったが、まだ使うことになりそうだ」


「もう乗らねえって心に決めたばかりなんだけどな。ユウキの運転、乱暴すぎるんだよ」


 ガス残ってたかな、と呟くユウキに俺は顔をしかめた。ジェットコースターは昼間何度も乗ったのでもう腹一杯だってのに。


「文句はロキに言え。あの野郎が飛ばし過ぎるから、それを急いで追う羽目になったんだ」


「言われなきふーひょーひがいだワン」


「神社の母屋に電気が付いた! ボクたちのこと気付かれてるよ!」


 呑気に会話をする俺達を他所に葵が警戒の言葉を叫んだ。とはいえ<マップ>ではまだ動き出したばかりでこちらに向けて捜索を始める段階ではない。

 彼らは誘拐犯だが、俺達も不法侵入者だ。騒ぎの小さい今のうちにとんずらさせてもらおう。


「玲二、この人を頼む」


 背負っていた葵の姉貴を俺に託したユウキはそのまま運転席に収まる。

 またあの運転かよ、とげんなりした俺だがそれを察した彼が苦笑している。


「今度は安全運転するから心配するな。それに急いで良かっただろうが」


「そりゃごもっとも。まさかロキに匂いを追わせて見つけるとは思ってなかったけどな」


「正直俺も駄目元で試したが……ロキを褒めると調子乗るんだよなぁ」


「報酬はお肉でいいですよワン」


 するり、といつの間にかナビ席にお座りしているロキを苦々しい目付きで睨んだユウキだが、マジで多才で役に立つ奴なので否定できないのだろう。



「出すぞ、準備はいいな?」


 ロキを無視することに決めたらしいユウキはこちらを向いて俺と葵に尋ねた。


「うん、大丈夫」


 瞳とかいう自分の姉にしっかりとシートベルトを締めると葵は頷き、ユウキは再びレクシスを走らせ始めた。



「そういえば、あの穴塞がなくて良かったのか?」


 俺達が土魔法で開けた横穴はそのまま放置してきた。ユウキの性格ならなにか嫌がらせの一つでもしそうなもんだがな。


「土砂であの地下室ごと埋めてやろうかと思ったが、そもそもこれ俺の喧嘩じゃないしな。その判断は玲二がしろって。あの威勢のいい兄ちゃんの件もそうだが、俺が出張りすぎるのも良くないからな」


「いや、別にあのガラの悪い男がどうなろうがどーでもいいけど。むしろユウキが始末してくれんなら手間が省けていいくらいなんだが」


 なんだ、そうだったのか、とユウキが返す頃には既に神社の敷地を抜けている。さっき安全運転とか言っていたはずなのにアクセルを強く踏み込んだ嘘つきがここにいるぞ。



「直線では速度上げて距離を稼ぐ。すぐに落とすから心配するなって。俺だって病人抱えて無理に飛ばしたくはないからな。それで肝心の彼女の具合は?」


「まだ意識が戻らないの……」


 心配そうに姉を支える葵だが、その手には俺がさっき渡したペットボトルがある。手が付いてないことは減ってない容量を見ればよく解る。


「葵、その水を飲ませてやれって言っただろ?」


「いやだって、意識がないんじゃ飲み込めないよ」


「口に含ませるだけでも意味はある。助けたいならさっさとやった方がいい」


 命まで削られるような深刻な魔力欠乏症だと、いくら寝てもロクに回復しないはずだ。

 だから外部からの補給が必要であり、液体だから口に含むだけでも効果はある。


 こいつは体に塗ったりかけたりしても意味はあるが、経口摂取が吸収に一番効果的なのだ。


 怪訝な顔をする葵だが、俺が意味もなくこんなことを言わないはず、程度の信頼はあったようでペットボトルを彼女の姉の口に寄せていった。


「本当にこれでいいの?」


「さあ、やらないよりマシなんじゃねえの」


 こちらの人間に効果あるかは未知数だが、多分大丈夫だろう。こいつにはしばらく続けるように命じておく。


「う……あっ……」


「瞳お姉ちゃん、しっかり!」


 もう反応があったようだ。

 やはり異世界の、それも俺達特製のマナポーションは抜群に効くなぁ。



 それからしばらく車を走らせた後、ユウキは近くの路肩にレクシスを停めた。

 どうやら無意味に走らせるほどガソリンの余裕がないらしい。だがあの神社から数十キロは離れたし、追手の存在も感じない。


 しばらくは時間の余裕があるとみていいだろう。




「それで、2人はこれからどうするつもりなんだ?」


 そう口にして振り向いたユウキは2人と言ったのに俺を一切見ていなかった。


「なんか最近、玲二にもよく同じこと聞かれてる気がする」


 この馬鹿女はアホなことを言って苦笑してやがる。


「当たり前だ、これは全部葵の問題だぞ、お前に聞くのが当然だろうが。それとも俺が決めていいのか?」


 だったら今すぐ車降りろと言わないだけ感謝してほしいもんだぜ。もしそんなこと言おうもんなら俺はユウキにぶっ飛ばされるだろうけどな。


「本当は今すぐ実家に戻るべきだとは思うけど、お姉ちゃんをこのままにしておけないよ。ちゃんとした場所で休んでもらわないと」


「それは……駄目、よ」


 俺達の会話に割り込んできたか細い声に、皆の視線が集中する。

 その声の主は消耗を隠せない顔をしつつも、その眼だけが強い意志を宿していた。


「お姉ちゃん! 良かった、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」


 最後の方は嗚咽で言葉にならなかった葵は姉に縋りついている。


「葵? ……ほんとうに、貴女、なの?」


「うん、ボクだよ。お姉ちゃ……」


 葵の言葉は最後まで続かなかった。姉だという女の手が彼女の頬を打ったからだ。

 先程まで死の縁を彷徨っていたから力など入ってない平手だったが、葵に衝撃を与えるには十分だった。


「えっ?」


「巫女さま、貴女は私を見捨てるべきでした。御身の立場をお忘れですか? 貴女は私と連絡が取れなくなった時点でお一人で里に帰還するべきでした。巫は何があってもその存在を世間から秘されなくてはならないのです」


 喉を枯らして淡々と訴える彼女だが、その決死ともいうべき静かな迫力に葵は完全に圧倒されていた。とんでもない気迫だ、これがさっきまで死にかけてた人間かよ。


「だって、お姉ちゃんを見捨てられるわけ……」


「今の私は巫女さまの側女です。貴女の姉などではありません」


「だって、だってだって……」


「巫女さま、わかっておいでなのですか? 貴女様が敵の手に落ちたときがこの世界の終焉なのですよ?」


「…………」


「それを理解してもなお、そいつはあんたを助けたかったんだろ? 姉貴だってんなら、それは解ってやりなよ」


 眼に涙を溜めて黙ってしまった葵に代わって俺が助け船をだすことになってしまった。

 くそ、他人の口喧嘩に割り込む義理なんざないってのに。


「私たちの事情に口を……貴方が巫女さまを助けてくれたという玲二さんですね? 里の主に代わって御礼申し上げます」


「俺のことはいいから、そっちを片付けてくれ。そいつはあんたのことを随分と慕ってたぞ、自慢の姉だ、あんたが来ればもう大丈夫だってな」


 必死で気を張っていたらしいその女性は俺の言葉で顔の険が消えた。普段浮かべているであろう柔和な表情で今にも泣きだしそうな葵を抱きしめた。


「そのようなことを……葵、私の事より自分の事を最優先にしなくては駄目よ。もう、いくつになっても泣き虫なんだから」 


「おねえちゃん……」


「貴方は私の命の恩人で自慢の妹よ、助けに来てくれてありがとう」


「ひとみおねえちゃん!」


 女が大嫌いな俺だが、泣き崩れる二人に遠慮するくらいの気遣いはできるつもりだ。


 既に何も言わず置物と化しているユウキを見習って、これからの予定を考えるべく俺はスマホを取り出した。




「命の恩人様を前に大変なご無礼をいたしました。私は御堂瞳と申します。こちらの葵とは従姉妹に当たります」


 姉妹の色々がひと段落した後、二人は揃って俺達に向き直った。


「俺は原田玲二です、そちらは俺の仲間のユウキとロキ。葵とは……何と言えばいいか、腐れ縁とでも言えばいいのか」


 俺が四苦八苦してひねり出した答えに瞳さんは口元に手を当てて微笑を隠した。うん、育ちの良さが一目で解るわ、それに引き換え葵はなんでなんだ? 3つ年上の19歳だというが、その落ち着いた佇まいは20台でもおかしくない。


「妹から聞いています、秘密を共有するルームメイトがいると。まさか男子だとは、3日前に聞かされて驚きましたけれど」


「葵との出会いは俺の人生の中でもかなり印象的な出来事ですね」


 異世界召還に比べれば大したことはなかったが、陰陽師とかいうデカいおまけがついてきたことは驚きだった。


「お、お姉ちゃん、ボクの話はいいから。それより体調は大丈夫なの? 無理しちゃだめだよ」


「それがもうすっかり平気なの。あの大木に括りつけられて霊力を吸われ続けたというのに、何故なのかしら?」


 不思議ね、と顔を見合わせあう二人の黒髪美人の仕草は確かに姉妹だと思わせるものだった。葵もお淑やかな姉の前ではそのやかましさが減衰されるようだ。


「変わった事と言えば、玲二からもらった水を口に含ませたくらいだけど……ん? んんん?」


 ペットボトルの蓋を開けて匂いを嗅いでいた葵が不意に真顔になった。これ、無味無臭だし匂いで解るとは思えないんだがな。

 そう思ったら突然その水を呷った。こいつも魔力あるようだし、この水の効果に気付いたようだな。

 

 葵は壊れた機械のようにがくがくとした動きで俺の方を見た。


「れ、玲二。変なこと聞くけどさ、この水って霊力を回復させる効果があったりしない? よくあるマナポーションとか、そういう?」


「ああ、そういうこともあるかもな」


「まさか、神話にある生命の霊水だというの? でも、そうでなくては私がこれほどすぐに回復するはずが……」


「お姉ちゃん、もっとこれ飲んでみて! そうすれば全部分かるし」


 ええ、わかったわ。と提案を受ける瞳さんだが、もうあんた魔力全快してると思うぞ。

 俺の想像は当たっていたが、何と彼女は霊力を無駄遣いしてまでマナポーションの効能を試していた。その水はもうあんたたちにくれてやった物だけど、あれ一本で金貨50枚は取れる分量なんだけどな。



「本当に霊力が……嘘でしょ!? 自然回復以外で霊力が回復するなんて知ったら世界中の術師が札束詰んで欲しがるよ!?」


「たった一口で私の霊力が完全に回復するなんて! まさに生命の霊薬の名に相応しい神の雫だわ!」


 二人して大興奮だが、俺達の手元にある本物の生命の霊薬エリクシールは手足の千切れた半死人だって完全回復させる超絶チートだ。

 それに比べれば魔力回復薬マナポーションなんて金貨で買える”商品”に過ぎない。でも毎日数百リットルが量産できるこの水をこの世界の術者に相手に換金するのもいいかもしれない。

 如月さんばかりに金銭面の負担を押し付けるわけにはいかないからな。



「元気になったのなら何よりです。それで葵、さっきも聞いたが二人はこれからどうするつもりだ?」


 先ほどユウキが尋ねたことを俺も繰り返した。あいつはきっと瞳さんの意識が戻っていたことに気付いていたのだろう。


「妹を、葵を里に戻します。今のこの子に安全な場所はあそこしかありません」


「ボクはお姉ちゃんを休ませたいんだけど。魔力が戻っても体力が戻ってるわけじゃないし、ご飯だって昨日から食べてないんでしょ?」


「大丈夫。ゆっくり休むのは里に戻ってからでもできることだわ。今は貴女の安全が第一なの。巫の存在は芦屋によって全世界が知るところになってしまったわ。もう里以外に葵にとって安全な場所はどこにもないのよ?」


 消耗の限界にあって俺達と話す事さえ億劫であるはずなのに、瞳さんは帰還一択の態度を崩さなかった。

 その頑なさは姉を心配する葵に抵抗の無意味さを悟られるほどだ。



「じゃあ、実家に帰るってことだ話は纏まったな。玲二、お前は二人について行ってやれよ」


 ユウキならそう言うと思ったよ。そうなるんじゃないかと薄々覚悟してたしな。

 だが一応言うべきことは言っておこう。


「俺も予定があるんだけど。お前も知ってるだろ、学院で忙しいんだよ。大会の実行委員とか放り出してこっちにいるし」


 姫さんとイリシャの熱烈希望に押されて渋々日本に帰ってきたが、俺はこれでも多忙なんだ。人任せにできない仕事がいくつもある。


「学院の方は俺が顔出しといてやる。一度関わると決めたんなら最後まで面倒見てやれ」


 わかっている。ユウキの仲間として途中で投げ出すような真似は決してできないということは。

 だが、今の言葉に聞き捨てならない一言が混ざっていた。


「ユウキが学院に出向くのか? また大騒動になるから止めとけって」


 半年足らずの間に学院で発生した誘拐事件に食中毒騒動、爆破事件に集団失踪事件。まだまだある厄介事に全部関わっているのが目の前の金髪の男である。

 俺は……不本意ながら俺も関係者だ。


「大丈夫だって、お前の代わりに話を聞いておくだけだ。それくらいは時間を見つけてやっといてやるよ」


 こういう場合のユウキの”大丈夫”は信用ならない。国がひっくり返るような大事件も大丈夫の範疇に収めちまうからな。


「ホントかよ。まあ、任せるしかないけどさ」


 当然ながら俺は近い将来、この判断を後悔することになる。




「じゃあ移動するか。どこに向かうにせよ近くの大きな駅まで送って行ってやる」


「あ、それなんだけどユウキ、この駅前に頼む。そこから深夜バスが途中から乗れそうなんだ」


 東京から東北地方に向かう夜行バスの途中駅が運よく近場にあった。まだ起きていてくれた如月さんがスマートチケットの手配を済ませてくれたので、俺達はただ乗り込むだけでいいというお手軽さだ。

 こういう時は現代日本の便利さを痛感する。


「東北? 玲二、僕たちはそっちじゃ……」


「土御門の千里眼を避けるには攪乱も必要よ、葵。まっすぐ向かうと隠れ里の場所に予想がつけられてしまうわ」


 東北は逆方向らしいが、瞳さんはそれを利用するつもりのようだ。今の話だとその隠れ里に俺が同行するのはマズそうだが、彼女は何も言ってこないな。

 葵の実家が近くなったら俺だけ引き返せばいいか。




「玲二、如月から追加の軍資金だってさ」


 駅が近づいてきたころ、ユウキが俺に封筒を差し出してきた。その厚みに俺は思わずたじろいでしまう。


「うお、こんなに! 百はありそうじゃん」


「各種紙幣が混ざってるからそこまでないらしいけどな。とにかくこれで旅先でも不便はしないはずだと如月は言ってたぞ」


 その頼もしい厚みに思わずにやける俺だが、この金もきっと彼の資産から出てるよなあ。異世界の品が売れても現金化するにはもうしばらく時間が必要だろうし。


「ああ、有り難く使わせてもらうぜ」


 如月さんの心遣いに深く感謝して、俺は封筒を押し戴くのだった。




「じゃあ俺はここまでだ。玲二、抜かるなよ」


「任せとけ、葵を無事に送り届けてやるよ」


 深夜バスが見えたところでユウキは車を停めた。そしてボンネットに”盗難車、持ち主に返却希望”と書かれた紙を張り付けている。


「えっ。そうなの?」


「ああ、玲二が心配で様子を見に来たが、これでも忙しい身でな」


 ユウキは自分の面倒を放り出してこちらに駆け付けてくれたのだ。


「そうなんだ、今日は来てくれてありがとね」


「嬢ちゃんも色々大変そうだが、困ったら玲二に頼れよ。邪険にはしても絶対に見捨てない奴だからな」


「それは知ってる。ボクはそうやって助けてもらってばかりだから」


 ならいい、と告げて優位は俺に一瞥をくれるとそのまま夜の闇に消えていった。


 きっとアイツはこれから北の氷雪地獄で彼の助けを待つ人々の下で力を貸してゆくのだろう。


 ならば俺も負けてはいられない。アイツの隣に立てる男を目指してその背中を追ってゆくだけだ。



「よし、じゃあ俺達も移動するか。とりあえずあのバスに乗って青森に向かうぞ」


「その先は僕たちに任せて。でも夜行バスとは考えたね、これならホテルに泊まる必要もないし」


「瞳さんが居れば問題ないだろうけどな。それに今回は如月さんが上等なバスを取ってくれたから二人ともゆっくり休めるはずだ」


 軽く調べたら、あのバスは非常に大きな座席をしているという。全席18席しかないと言うから驚きだ。ベッドに近い座椅子なんだろう。


「お姉ちゃんのためにありがとう、本当は心配だったんだ」


 そりゃ俺もだ。葵の実家にたどり着くまでは彼女の体調も気遣いながら行動を練る必要があるだろう。


「じゃあ行くか。かんなぎの隠れ里とやらに期待するとしよう」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る