第30話 閑話 とある巫の独り言 後編


「お前が御堂葵だな? へえ、マジで男の格好してやがるのな」


 あの日、学校から出た途端に突然知らない男に声をかけられた。


 その中年の男から発せられた言葉で最悪の展開に陥ってることをボクは理解した。自分が男装をしていることを知っている者は極僅かなはずなのに、初対面の男からそんなことを言われる理由は一つしかない。


 ボクが巫であることがバレている!?


 背中に嫌な汗が流れると同時に背後から車の扉が閉まるバタンという音が連続して聞こえてきた。振り返るとボクの逃げ道を塞ぐように数人の男たちが車から出てくるところだった。


 このままじゃ間違いなく囲まれる。


「黙ってついてきな、そうすりゃ痛い思いはしなくて済むぜ」


 実家から巫は隠されるものと言われて育ったし、こうやって男の格好までしているけど、本当に狙われるなんて考えもしなかった。


 このままじゃマズいと直感したボクは囲まれる寸前で逃げだすことに成功した。学校から出たばかりで周囲の土地勘があるのも幸いしたと思う。


 でも急いで寮に向かってみるとそこには怪しげな車が数台止まっていて、とても部屋に入れる感じはしなかった。

 どうしてこんなことに……確かにボクが青龍軒でバイトしていたことがネットでバレたし、数日前に沙織の恋人問題が発覚して炎にさらに油を注いだかもしれない。

 でもそれはあくまで芸能人としての話で、巫としての存在が見つかる理由にはならないはずなのに!


「見つけたぞ! あそこだ!」

「逃がすな、必ず捕まえろ!」

「必要なら手足の二、三本へし折っちまえ!」



 遠くから聞こえる殺気交じりの怒声にボクはその恐ろしさに思わず身を強張らせた。


 怖い、なんであんな人たちがボクを捕まえようとしているんだろう。

 

 あの風体は明らかにやくざだと思う。一般人にはとても見えないし、陰陽師に何の関係が……あっ、そういえば暴力団の多くを傘下に加えた一族があるって聞いたことがある!


 ということは、ボクを狙っているのは芦屋一族!? そんな、四大宗家の一角が相手じゃ実家だって太刀打ちできないかもしれない。

 彼らは他の宗家と違って妖魔や業魔の調伏を専門としていて、術師の数は少ないけどとにかく実戦慣れしているとか。

 特に最高幹部の”芦屋八烈”は第4級の妖魔を単独で討伐するとんでもない力があると言われているんだ。普通第4級といえば十年に一度出るか出ないかの大怪異で、各家の術者が総出で対処に当たるほどの強敵なのに。


 そんな芦屋一族が巫をつけ狙う理由がわからない。そもそもボク自身が自分の力を何一つ理解できてないんだ。本当に何がどうなっているんだろう。


 でも確実に分かっていることが一つある。


 彼らに絶対に捕まるわけにはいかない。ボクが女だと知っているその眼は生理的嫌悪感を抱かせるに充分だった。


 逃げなきゃ、でもどこに? 連絡をつけたくても通話圏外にある実家はこういう時本当に使えない。でも寮に手が回されてたらきっと事務所も同じだろうし、他に行く所なんて……


 途方にくれたボクはせめてここから離れようと、とぼとぼと当てもなく歩き出すしかなかった。

 自然と足が向かったのは、玲二が働くお店だった。




「お前、なんでこんなところに居やがんだ……」


 お店の裏で隠れていたボクに対して本気で嫌そうな顔をする玲二はいつも通りだった。おかげで安堵感からへたり込みたくなってしまったほどだ。


 でもあの時は気づけなかったけど、彼は僕の知る玲二とは少しだけ違っていた。

 うまく口では説明できないんだけど、行動の一つ一つに自信が伴ってるっていうか、雰囲気が大人びているっていうか、なんか適当な言葉が見つからないなあ。

 喧嘩っ早いのは前から変わってなかったけどね。



 そこからは本当に色々あった。あり過ぎて理解するのをあきらめた事ばっかりだ。


 あの”芦屋八烈”が二人も出張って来た時はもう観念するしかなかったし、その二人を歯牙にもかけない玲二の異常な強さは夢でも見てるのかと頬を抓ったくらいだよ。


 その後は妖精のリリィに出会ったり人生初のラブホテルに入ったりと色んなことがありすぎて、結局どうして玲二がボクを助けてくれたのか聞けずじまいだった。



 玲二がボクの事を好いているとはとても思えない。女は視界にも入れたくないとはっきり言っていたし、出会ってからのこの2か月間で彼の女嫌いは本物だと何度も思い知らされている。寮ではボクが男装していたからまだ耐えられたみたいだけど、前一緒にご飯食べていた時、話しかけてきた女子に超絶塩対応してたからね。


 なのに玲二が自分の問題を後回しにしてまでボクを助けてくれた理由がわからない。

 本人は気にするなとしか言わないし。



 ボクは本当に、本当に嬉しかったんだけどなぁ。

 ピンチに現れる王子さまっているんだって思ったのに。




 それからも色々あったなあ。実家と連絡ついたと思ったら芦屋の綾乃たちと玲二が喧嘩してたし、その後はあの杠プロの鞍馬社長となんか仲良くなってるし。

 100人以上いた私の追っ手を玲二がまとめて魔法で吹っ飛ばした時は現実感がなさ過ぎて驚くことしかできなかった。


 玲二の持つ魔導具? は凄かったし、異世界のご飯も……そうそう! 玲二が異世界に行ってたとか有り得ないことを言い出した時は逆になんか納得しちゃった。僕の知る彼は際立った顔の造形以外はごく普通の一般人だったはずなのに突然術を使いだすし、武器を持った20人近い人間を一人で圧倒しちゃうんだからさ。

 体もいきなり筋肉ついてるし、これ何かあったでしょと思ったもん。異世界から帰ってきたと言われて、嘘つかれたと思うより”あ、やっぱり”と納得したからね。



 でも陰陽寮から出たら豪華なリムジンが待っていたのには本当に驚いた。

 それは玲二も同じだったみたいで、どんな敵を前にしても落ちつき払っていた彼がガチガチに緊張していたのが少しおかしかった。


 でも本当に驚くのはそこからだった。

 もうその日は何度驚いたか解らないくらいの驚愕の連続だったからね。



 まずは超豪華なホテルに案内されたと思ったら、玲二にも負けない超イケメンが彼を迎えてくれたんだ。


 玲二の仲間(どうも玲二たちの言う”仲間”という言葉は普通の関係じゃないみたいに見えるね)だという僕たちを出迎えてくれた如月晃一さんは高身長で線の細い、玲二と方向性は違うけど甲乙付け難い美男子だった。車椅子に乗っていたのに部屋に着いたとたん立ち上がって普通に歩いたときは驚きに固まっちゃったけど。


 でも、その日一番の驚きはその後にやってきたんだ。



「シャオはいい子にしてたか?」


『……!! …………!』


 玲二が小さい女の子を抱え上げると心からの笑顔で接しているのだ。女の子は聞いた事のない言葉を話していてその意味は解らないけど、満面の笑みをうかべる顔だけでその子と玲二と親しいとすぐに分かった。


 筋金入りの女嫌いの玲二が小さな女の子をその腕に抱いているだけで既に驚愕の光景なんだけど、その後にやってきた小学生くらいの女の子を見てボクは息をするのも忘れてしまった。


「れいちゃん、おそかったね」


 ――負けた。


 芸能界に入って綺麗な女の人には何十人も出会ってきたけど、ここまで明確に敗北を感じたのは初めてだった。


 イリシャと自己紹介を受けた相手はそれほどまでに神秘的な美しさを持つ子だった。


 現実離れした銀色の髪は艶やかで、透き通るような白い肌は幻想的でもあった。

 そして何よりも、その瞳だ。あれにボクはやられたと思う。


 蒼と翠の虹彩異色オッドアイの瞳はその子の美しさを神がかったものにしている。ボクはしばらくその子から吸い寄せられたみたいに視線を動かせなかったほどなんだ。

 こんな綺麗な子が現実に存在しているなんて……



「あのひとがおきゃくさん?」


 どこか言葉足らずな印象さえ、あの神がかった印象を補強している気がする。ボクはすっかりこの子に魅了されていた。


 綺麗すぎるイリシャちゃんの衝撃が強すぎてその後で本物のお姫さまやコスプレとは違うガチのメイドと挨拶したんだけど、その頃には僕の感情は飽和しきっていてよく覚えていなかったりする。


 でもみんな信じられないレベルの美人だった。正直アイドルやってく自信が折れかけたほど衝撃を受けたんだけど! 


 玲二や如月さんといい、異世界はこの顔面偏差値が普通なの!?



 そんなことはないらしいけど、あまりにもみんな美少女過ぎるでしょ、ボクこれから自分を美少女アイドルとか口が裂けても言えそうにないよ。素材が違い過ぎる、何なのあの美しすぎる生き物たちは。



 その後で突然明日ディズを案内しろとか、いきなり何言ってるのこいつという目で玲二を見たボクは責められる謂れはないと思う。




「えーと、Eパレ後は花火用の場所取りして……そういえばお土産どうするの? いつ買う?」


「ボンボは混むしなぁ。どうすっかね」


「おみやげ、かいたい」


「そうですね、記念になるものは欲しいです」


「だそうだ。何とか買うしかない」


「いいの? あの人の荷物が増えるんじゃない?」


 この場の決定権はイリシャちゃんとソフィア姫にあるので玲二もその提案に従うだけだ。さっきまで元気だったシャオちゃんは既に如月さんの背中で撃沈している。

 周囲の皆はこの場違いなほど美人ぞろいの一行に全く興味を示さない。普通なら騒ぎになってもおかしくないんだけど、どうやら玲二かリリィが何かしたみたい。

 でもそれで良かったのかも。騒ぎになったらお姫様とイリシャちゃんはここまでディズを楽しめなかったに違いないから。


 昨日は神秘的な美しさを感じたこの子もディスの楽しさに目を輝かせている。やっぱりディズは凄いね、異世界の子供たちもすっかり夢中だ。さっきなんかドナルズとグリーティングして写真撮ってた時のデータはボクもコピーさせてもらった。

 何というか、尊過ぎて鼻血でそう。 



 そしてもうひとり、今朝になったら突然現れた変な人が一行に追加されていた。


 ユウキと名乗った無表情で人形のように動かない金髪の少年だったんだけど、イリシャちゃん達からとても雑に扱われても文句ひとつ口にしない。今も黙って荷物持ちに徹している。

 ボクから話しかけても二言三言返すだけで本当に人形のような少年だ。さっきもイリシャちゃんから思いっきり無視されていて、そのあんまりな態度はボクの顔に出ていたのかこちらを向くと”にせものだから”とにべもなく返されるだけだった。


 その様子を見ていた玲二も苦笑するだけで注意することはなかったので、何があるんだろうと思ったけど。




「葵! 今どこにいるの!?」


 そして何度見てもうっとりしてしまうエレクトリカルなパレードを鑑賞して全員が夢見心地になり、締めともいえる花火を見終わったころ、ボクのスマホが鳴った。


 誰だろうと思って画面を見ると珍しいことに綾乃からだった。花火中に連絡をくれたみたいで不在着信が数回に渡って履歴にあったから急ぎの用事みたい。


「どこって、ディズだけど……どうかしたの?」


「ディズ!? なんでそんなところにってそれどころじゃないわ! 急いで”陰陽いんよう”見て! 今すぐよ!」


 陰陽はその名の通り陰陽師たちが情報共有に活用する専用アプリだ。一般人には触れることのない情報が上げられていて、半人前の初心者がいろはを学ぶ場所でもある。かくいうボクも昔はよくお世話になった。


「いったい何がどうしたんだろ?」


「今の電話、綾乃って例のあいつか?」


 言いたいことだけ言ってさっさと通話を切った綾乃に困惑しつつもボクはアプリを起動した。隣では話が聞こえていた玲二もこちらに寄ってくる。


「うん、突然アプリ見ろって……え、うそ!!」


 アプリのトップページには二つの画像が張り付けられていて、そのサムネイルのひとつにボクの視線は釘付けになった。



「そんな、これって……」


 巫女における髪飾りは絵元結えもとゆいって呼ばれるんだけど、その白い髪飾りにボクは見覚えがあった。

 だってそれは……ボクを迎えに来てくれる瞳お姉ちゃんが自分で作った世界でただ一つの品だったから。


 そしてその絵元結は血らしきもので紅く汚れていた。




「なるほど、敵が動いてきたか」


 玲二の声も自然と硬くなっている。


「どうしよう、お姉ちゃんが!! それに僕のせいで玲二に迷惑が!」


「落ち着け、今焦っても仕方ないだろ?」


「だって! おねえちゃんが怪我してるかもしれないんだよ!」


「落ち着けって。焦れば焦るほど敵の思う壺だぞ、深呼吸しろ」


 すうはあと大きく息を吸って吐く。確かにほんの少しだけ落ち着いて、もう一枚のサムネイルを見る。

 そちらの情報も非常な危機であることを示していた。



「本当は玲二には何も関係ないのに! ああ、これはボクのせいだ……」


 瞳お姉ちゃんも本当に心配だけど、もう一つの画像にボクは心底動揺した。


 そこにはこう書かれていたからだ。



”原田雪音は預かった。23:00に第七倉庫で待つ。必ず一人で来い”



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