第29話 閑話 とある巫の独り言 前編



 今日は雲ひとつない快晴、そして6月に入ったばかりで気温も快適とくればまさに行楽日和というやつだね。



 周囲には人の姿も多いけど、季節のイベントが終わったばかりだから普段に比べればとても少ない方だ。


 最初ならこれくらいの混み具合の方がいいと思う。ハロウィーンやクリスマスなんて人が多すぎてアトラクションひとつ乗るのに1時間待ちとかザラだからね。


 こうして案内を任されたからには、ディズ好き同志はして記憶に残る1日にしてあげたい。


 最初の印象って大事だし、折角のディズデビューが行列に並んでるだけで終わってしまったなんて可愛そうだもんね。


 ガイド代も貰ってるし、ここは計算し尽くされた完璧なコース取りを……



 ええっと。ボク、どうしてここにいるんだっけ?



 そう呟いた自分はこの激動の4日間を振り返ってみることにした。




 ボクの名前は御堂葵。かなり奇妙な家系に生まれた16歳。その中でもボクは生まれた時から男として生きることを義務付けられてきたんだ。何度聞いても里のおばばたちはその理由を教えてはくれなかった。帰ってくるのはそれがしきたりだからという言葉だけ。

 この現代になに馬鹿な事いってるんだろ思ってたけど、陰陽師の存在が時代錯誤の極みだったから内心の不満を無理にでも納得させるしかなかった。


 でも陰陽師の一族に生まれてよかったと思えることもあるよ。子供の頃から憧れていたアイドルの道に進む事が出来たからね。

 この時代に電話も繋がってない信じられないド田舎の隠れ里にもテレビはあって、そこに映し出される芸能界の煌びやかな光はボクを一瞬にして虜にしたんだ。


 陰陽師にとってテレビで自分たちのまじないが全国に拡散させることは歓迎すべきことであり、本当は隠されるべき巫とやらのボクもその力を封じられてアイドルの道を歩くことを許されたのだ。


 実際は里でも結構揉めたみたいだけど、瞳お姉ちゃんがおばばたちを説得してくれたんだって。私の従姉妹の瞳お姉ちゃんは陰陽師としての力も確かだし、大和撫子を体現するかのような美人さんだ。僕も顔の造形では負けてないと思うけど、お淑やかさでは敵わないかなぁ。


 大激論の末、まさかあの巫が普通にアイドル活動やってるなんて誰も想像しないだろうという説が推されて私はあのド田舎から逃げ出してアイドルを始められることになったんだけど、それからは男装とスクールのレッスンの2重生活は結構大変だった。

 だけど実家の窮屈な日々を思えばなんてことはなく、ボクは忙しい日々もなんとか食らいついていくことが出来たんだ。


 私を芦屋に売った芸能事務所ブレイズは昔から実家と縁があった関係で入ったんだけど、若手の育成システムには定評があって私はそこで見いだされ、中学二年で”Red coolrs"としてデビューすることになった。名前の由来は事務所名から取ったみたい。

 と言っても『炎』系列は業界最大手の芸能事務所グループだから、皆名前は聞いたことがあると思う。お陰でかなり強力なプロモーションも展開してもらえたし、順調すぎる滑り出しだったと言えるんじゃないかな。


 事務所の力もあって順調に知名度も上がり、楽曲のセールスも好調になってメディアの露出も増えてきた。半年前には念願の武道館ライブも成功させて、意気揚々高校に進学したボクは入寮の日に頭を殴られたような強烈な衝撃を受けた。



 これまでに芸能界で出会った誰よりも美しい人に出会ったのだ。



「あん? なに見てんだよ、お前。喧嘩売ってんのか?」


 その美しい顔に見惚れる私に当の玲二は喧嘩腰で睨んできたけど。


 芸能科には男子寮があるとは知ってたけどまさか2人一部屋だなんて聞いてなかった。そんなの最初から調べておけと言われたらそれまでだけと、実家がその辺りの雑務を全部やってくれてたのでボクはノータッチだったんだ。後で聞いたら実家も知らなかったみたい。


 電話もない超ド田舎から指示出ししてるんだし、それくらいのミスは自分でカバーしろって逆に怒ったきたくらいだよ。やれやれだよね。



 で、その、玲二はなんというか、ただのイケメンじゃない。動き1つに華があるっていうか、外連味があるっていうか……とにかく普通の人とは気配が、醸し出す空気が一般人じゃないんだ。

 これがカリスマと呼ばれる存在なんだろうか、とあの時は本気で思った。


 だからって訳じゃないんだけど、ボクは普段ならあり得ないような痛恨のミスをしてしまったんだ。


「は? お、お前、女かよ!!」


 でもさ、アイドルの下着姿を見て本気で嫌そうな顔をされるとは思わなかったよ。

 男の子の格好してても結構自信あったんだけどな。



 ドアの鍵チェックなんていつもやってる事なのに、その日に限って忘れるなんて玲二の並外れたイケメンぶりに動揺したとしか考えられない。


 つまりこれは玲二が悪いんだ、ボクのせいじゃない。


 とはいったものの、実家からは女であることがバレたら強制的に連れ戻す約束だった。だからボクは暗い未来に頭を抱えていたんだけど、寮の部屋で椅子に座った玲二から女であることを黙っていてほしかったら芸能事務所を紹介しろと要求されたときは本気で混乱したよ。

 最悪体を求められても不思議はないと思っていたからね、だってボク可愛いからさ。メンバー内での人気も常にトップ争いしてるしね……嘘じゃないよ? 人気投票結果の証拠見せようか? 



 なんでそんなことを行ったのかと思えば、なんでも玲二は事務所に所属すれば学校に行かなくても出席扱いになることを知って、その機会を狙っていたらしい。芸能科に入るには事務所所属である証明が必要なはずなんだけど玲二はコネで入学したらしく、大手を振って学校を休める手段を欲していたみたいなんだ。


 実家に連れ戻される危機にあったボクにとってもその提案は渡りに船で、ボク達はこうして秘密を共有しあう関係になったんだ。


 ボクとしては玲二との共同生活は怖くもあり、楽しみでもあったんだけど彼は異常なほどの女嫌いだった。ボクとは必要最低限の会話はするけど、それ以上のことは絶対に踏み込んでこないし、入学して半月もすると寮には寝る時だけ帰ってくるようになっていた。僕も仕事があって毎日帰ってくるわけじゃなかったけど、玲二は高校には一日も出席していないことが担任教師から聞かされていた。



「ねえ玲二、いつもどこ行ってるのさ?」


「そんなもんお前には関係ないだろ」


 女とは会話もしたくないという玲二の意思は固く、ボクの問いかけにはにべもなかった。でもこうして言葉を交わせるだけマシなのは女子寮の女の子からの話しかられても完全に無視を決め込んだことで理解している。


「へえ、そういうこと言うんだ。学校行かずに事務所のレッスンに通ってるって嘘の報告させてるボクに」


 本当はそのことも交換条件なので恩に着せられるわけじゃないけど、玲二は思うところがあるみたい。


「う……色々仕事してんだよ。金稼いでんだ」


「お金欲しいなら事務所に顔出せばいいじゃないか。玲二ならすぐにでも……」


「冗談じゃねえ、誰が芸能人なんかになるか」


 強い口調で吐き捨てた玲二にあの時は戸惑ったけど、事情を知った今なら解る。あんな目に遭えばマスコミや芸能界に良い印象を何一つ持ってないはずだよね。


 その時の会話はそこで終わってしまったけど、入学して一月も経つと玲二は寮にさえほとんど戻らなくなってしまった。


 5日ぶりに帰ってきた彼を問い詰めると、どうやら住み込みで働ける場所を見つけたみたいで、詳しい話を聞きたがるボクの手を鬱陶しそうに振り払うとすぐに出て行ってしまった。



 立ち去る彼を見るその時のボクの心には自分でも制御できない感情が生まれていた。


 きっと玲二はもう帰ってこない、ここで何もせずその背中を見送ると彼との縁はここで途切れてしまう。そんな確信めいた思いが胸の中を支配していた。



 気付けばボクは鞄の奥から呪符を取り出すと、里を出てから初めての巫術を行使していたんだ。

 無意識で玲二の行き先を占っていた。彼が何をしているのか、知りたくて自分を抑えられなくなっていたのだ。



 自分でも判断のつかない焦燥に駆られ、里の外で決して使ってはならないと戒められていた占いの巫術を用い、我に返ったのは全てが終わった後だった。



 自分の行いに呆れかえると同時に、玲二がとある中華屋で明らかに違法な雇われ店長の座に収まったことを知る。



 芸能事務所に所属しているとロクにアルバイトも出来ないのでボクだって自由に使えるお金は欲しいのだ。玲二だけ隠れてそんなことをしているなんてずるいじゃないか。


 ボクたちはルームメイトなんだからさ、良い話はちゃんと分かち合わないといけないよね。



 僕が繁盛している街中華屋の青龍軒に出向くのはその二日後の事だった。


 現れたボクを見たあの時の玲二の顔はしばらく忘れられそうにない。



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