第28話 最強少年は仲間と夕食を共にする。



 すべての発端は俺達の妹であるイリシャの願いだった。


 この真ん中の妹は口数も少なく、非常に聞き分けがよくて大人しい子なんだが……大人しすぎて俺はこの子の我儘ひとつ聞いたことがないくらいだ。


 今では誰もが振り向くどころか魂抜かれるレベルの超美少女だが、妹は過去にその異相の瞳から辛い目に遭ってきており、俺達と初めて出会った時の悲惨な光景はけして忘れることができない。


 そんな言葉少なで我が儘1つ口にしない大人しい妹が初めて発した望みが雑誌に特集記事があった夢の国への来訪だった。


 俺に姉貴はいるものの、妹は異世界で初めてできたんだが……アイツが言うには兄貴って存在は妹の我儘を叶えてやるために存在しているらしい。



 そう聞いては動かずにいられないし、心に大きな傷を負ったこの子が初めて口にした願いを叶えてやりたいと思うのは当然の事だ。


「イリシャはいつもそれ見てるな」


「うん。たのしい」


 異世界で他人に迷惑をかけない程度に好き勝手やってる俺達は日本の品を使いまくっており、イリシャは夢の国を紹介する映像を何度も繰り返し見ていたのだ。


「れいちゃんはここ、いったことある?」


 そっけない口調はいつも通りだが、妹の目はきらきらしている。流石は夢の国だ、異世界の少女までも映像だけで虜にしたようだ。


「ああ、数年前まではよく行ってたんだ」


「いいな……」


 平坦な口調のなかに、羨望の色を感じ取った俺は内心で驚いた。この子がこんなに感情を露にしたことは仲間の事柄以外では初めてのはずだ。


「よし、もし行くことがあればその時は俺が案内してやるよ」


「ほんと?」


 おずおずと俺を見上げるその瞳には隠しきれない期待と躊躇いがあった。


 両親の愛情はおろか顔さえ知らないイリシャは他人から与えられる様々なものに対して臆病だった。今も本当は喜びたいのにそれを顔に出したら怒られるんじゃないかと思って躊躇っているのがありありと解った。


 そんな妹に対する俺達の行動はひとつだけだ。


 めっちゃ甘やかしてやるのである。


「ああ。約束だ」


「やった」


 ううん、こりゃちょっと早まったかな、と日本に戻る気が一切無い俺は約束してしまったことを内心で後悔していた。


 だが俺はイリシャの心からの笑顔をこの時に初めて見たと思うので、その時はまあいいかと流してしまった。

 その後でソフィア姫さんも日本行きを希望したが、今更同行者が数人増えようが大した違いはない(あの時は異国の姫を場末のホテルなんかに泊まらせられるはずがないことを失念していた)のでみんなで行こうぜ安請け合いしてしまったのだ。


 なにしろ日本に帰る手段は見つけてあったものの、それが実行できるようになるには早くても数年はかかる見通しであり、まだまだ先の話だと高を括っていたのだ。


 ちなみに、イリシャとその話をしたのは半年ほど前である。


 そうなんだ、だいぶ先だという俺達の想定は脆くも崩れ去り、あっという間に日本へ行ける手段が完成してしまったのだ。


 えっ、マジで? と帰る気なんざこれっぽっちもなかった俺は青くなるが、間の悪い事に世界を渡る手段が整ったが判明したその場にイリシャも居合わせていたりする。


 はやくはやく、と目を輝かせるイリシャを何とか押し留めようする俺達だが、ちょっと待てすぐには無理だと告げただけで妹の瞳からは大粒の涙が流れ落ちてしまう。


 超可愛い妹に泣かれてしまって泡を食った俺達は大急ぎで準備を整え、俺と如月さんが先に移動して皆の受け入れ準備を整える手筈だったのだ。


 それがまさか異世界召還されてから時間が1秒も経ってなくて驚き、その後で葵の厄介事に関わる羽目になってしまった、というのが今日までの真相だったりする。


 なかなか面倒な回り道をしたが、これでようやく俺達の本筋に戻ってこれたわけだ。俺自身や葵の諸問題は残っているが、とりあえずイリシャと姫さんたちを夢の国へ案内すればミッションコンプリートだ。


 それが終わったら俺と如月さんがこの地に舞い戻った本当の目的に向けて行動開始しなくてはならないしな。



「さて、玲二も戻った事だし、夕食にしようか」


「えっ、まだ食べてなかったんですか?」


 時刻は既に夜の7時を少し回っている。異世界向こうではとうに食事を終えている時刻だったので俺は驚きと共に如月さんを見た。

 この部屋には空腹のハラヘリ星人が二人も居るのでとうに食べ終わっているものと思っていたのだ。


「玲二がこちらに向かっているのは解っていたしね、食事は皆で摂るのがルールだろう?」


 彼はそう言ってくれるが、俺は姫さんの背後に控える空腹魔人たちを見やる。葵という客人を前に澄ました顔をしているが、普段の様相を知る俺とすれば我慢しているの明らかだ。


「無理しなくてもいいのに、そりゃ有り難いですけど……じゃあホテル飯でも取りますか?」


 このクラスのホテルがどんな料理を出してくるのか興味は尽きない。勉強させてもらおうかと意気込む俺の目論見は俺の腰にしがみつく幼女によって粉砕された。


『や! シャオ、れーちゃんのごはんがいい』


 な……嬉しいことを言ってくれるのはこの口か? シャオの頬をうりうりしながら俺はホテル飯を味わうべく幼女へ説得を敢行した。


「え~、折角ホテルにいるんだから、ここの飯食おうぜ?」


 俺にうりうりされてうにゃーにゃー鳴いてるシャオは頑なだった。


『やなの! きのうはアンナちゃんのごはんだったから、きょうはれーちゃんのごはんたべるの!』


 アンナはあそこで姫さんの後ろに控えているメイドだ。メイドは三人いて、そのうちの金髪は双子でその片割れがアンナだ。彼女は料理を得意としていて、俺とは料理談義をよくする間柄だ。腕前は俺の方が上(きっと彼女も自分の方が上と言い張るだろうが)だが分野が全く違う。俺は中華だし、彼女は異世界料理だ。

 マラソン選手と短距離選手はどっちが凄いのかと競うようなもんだから、互いに技法を教えあう関係で、アンナの作るスープ類は俺もを唸らせる出来栄えだ。


「わたしもれいちゃんのごはんがいい」


「今日の所はそれがいいだろうね。ホテルのレストランは下の階だしルームサービスを頼むにしてもエレベーターを使うことになるから」


「その場合は一往復じゃ絶対無理でしょ」


 魔眼持ちで妖精が見える姫さんの肩の上に腰掛けているリリィが真理をつく一言を告げた。


「まあそうだな、じゃあ今夜はそうするかぁ」


 折角の機会だったが年少二人の強い希望によりホテル飯は延期となった。



「ほら、突っ立ってないで葵も座れよ。飯にするぞ、リクエストは聞いてやれないがな」


 この状況に置いてきぼりにされた葵は俺の言葉にようやく再起動したようだ。


「え、あ、うん」


『おねーちゃんもいこ? れいちゃんのごはんおいしいの!』


「え、えっと……」


 あ、今気付いた。姫さんもイリシャも練習したから日本語ペラペラなんだが、4歳児のシャオは流石に向こうの言葉を話している。

 葵に笑顔で話しかけるシャオに害意はないことは察せても、意志疎通は無理だわな。


 仕方ねえな、ここまでする気はなかったんだが。


「おい、これ指に嵌めろ」


 俺は内心で盛大に溜息をつきながら<アイテムボックス>から取り出したを葵に向かって放り投げた。


「え、指輪? な、なんで?」


 何故かうれしそうな顔をしやがる馬鹿女に俺は絶対零度の視線を送った。何が悲しくて女なんぞにそんなもん渡さなくちゃならんのだ。


「言葉を翻訳する魔導具だ。それ、絶対に返せよ? 超貴重なんだからな」


 どんな国の言葉も自分の知る言語に翻訳してくれる優れものなんだが、数多の宝物を持つ俺達でも3つしか手に入っていない貴重品なのだ。

 とち狂って指輪を薬指に嵌めようとした糞馬鹿女を張り倒しつつ、シャオと葵の会話を背後に訊きながら俺は如月さんに視線を向けた。


「うん、じゃあ行こうか」


 そう言って車椅子から彼を見て葵が目を剥いている。


「は??」


「ああ、ごめん。説明していなかったね。僕は事故で足にハンデがあったんだけれど、異世界で完全に回復しているんだ。でも日本でいきなり立って歩き回るわけにはいかないだろう? だから人目があるところではこうして車椅子を使っているんだ」


 特にこのホテルは如月さんの伝手を使ったというし、彼の事を知る者がいても不思議じゃない。面倒だが念には念を入れたのだ。


「回復魔法……私たち陰陽師とは全然違う系統の術なんですね」


「僕としては式神の方が気になるけどね。まあ、そのあたりは後でゆっくり話を聞かせてくれないかい? でも今は食卓に急ごうか、普段より遅い時間だから皆口にはしないけどお腹を空かせているはずさ」


「は、はい。ボクも異世界のお話を伺いたいです!」


 葵の奴は美男の如月さんにすっかりやられているようだが、残念だったな。彼は奥さん一筋だ、お前なんか最初から眼中にないぞ。




 れーちゃんはやくはやく、と急かすシャオの声を聴きながら俺達はリビングのさらに奥にある大部屋に向かう。そこに会議でもするための長机があるらしくそこで夕食を取る腹積もりのようだ。



「え? こ、これいくらなんでも多すぎない?」


 ここには10人と一匹がいるが、長机を占領するかのように所狭しと置かれた料理の量に葵が驚いている。たしかにまあ多いかもしれない、大きなサラダボウルは5種もあるし、メインも3種用意した。パン篭には各種のパンが山と積まれている。

 普通なら食べきれない量なんだが、これが俺達の平常運転だ。


「待たせちまって悪かったな。それじゃ食べようか、いただきます」


 席に着いた皆は俺の言葉と共にそれぞれの目の前にある料理に挑みかかった。



「姫様……」


「ありがとう、レナ」


 ソフィア姫さんの背後に控えるメイド3人は彼女を甲斐甲斐しく世話しているが、当の本人は大層不満顔だ。ホステスとしてこの場を笑顔で取り繕っているが、俺達にはお見通しである。


 姫さんの隣に座る騎士のジュリアを含めて全員が姫さんが生まれた時から側にいる家族なんだそうで、普段ならメイド達とも食卓を共に囲んでいるのだ。


 だが今は葵がいるのでそうはいかない。客人の前で主人と使用人が同じ席に着くのは見識が疑われる行為、つまり姫さんが恥をかくのでメイド3人がけして首を縦に振らないのだ。


 こればかりは仕方ないので早く食事を終えるしかない。それに俺は姫さんとは別に気を遣ってやらなきゃいけない奴がいる。


「はー、おにくすき……もっと食べる」


「ほら、シャオ。そんなに入んないだろ? その辺にしとけって」


「うう……」


 この子には厄介な癖がある。目の前に出された食べ物を限界以上まで詰め込んでしまうのだ。

 何でそんなことしてるんだ? と出会った頃は思ったもんだが、その理由を聞いて納得した。

 俺達が初めてこの子と出会ったときはひどく痩せていたのだが、食べ物がある時は限界まで食い溜めする習慣が生まれ故郷にはあったようなのだ。

 それだけ聞けば意地汚いなで終わる話だが、ガチで生きるか死ぬかの飢餓を経験していたシャオにとっては大事な事だろう。

 なにしろ嫌いな食べ物はと聞くと木の皮や根っこは美味しくないから嫌いとか言い出した時はその場にいた全員の顔から血の気が引いたからな。

 俺もこれまでは金がなくて空腹を覚えた経験はあるが、どこ探しても食い物がなくてどうにもならないと言う状況に追い込まれたことはない。


 イリシャといいシャオといい顔に見合わない壮絶な経験をしてきた子達だが、だからこそ俺達に拾われたとも言える。


 話が逸れたが、限界を超えて食べようとするシャオを止めるのも周囲の役目であり、今日は俺がその任務を請け負った。

 葵は如月さんと姫さんが相手をしてくれているから、今は放っておいても問題ないだろう。


「シャオ、むりはだめ」


「イリシャおねえちゃん……」


 反論しようとイリシャに顔を向けたが、ああ、こりゃもうダメだ。顔を見ただけで解るが、睡魔が襲ってきてる。


 普段より早いが、日本にやってきて物珍しさから普段より大はしゃぎだったらしいし、もう眠いんだろう。


「風呂はもう入ったのか?」


「はいった。いろいろすごかった」


「じゃあ、歯磨いて寝るか。一人でできるか?」


「うん……できりゅ……」


「シャオ、ちゃんとたつ」


 こりゃ駄目そうだ。俺が手伝うかと思う間もなくイリシャがシャオを支えて部屋を出ていった。

 お姉さんやってんなあ、と感心しているとメイドのレナが2人の後を追っていった。

 後の事は彼女に任せておけば安心だ。



 食事も終わり、年下2人を寝かしつけ姫さん達が葵を風呂に案内してやるとようやく俺と如月さんの2人になれた。

 これで他に聞かせたくない話もできるってもんだ。



「じゃあ、改めてお帰り玲二。大変だったね」


「ホントですよ。正直な所を言えば、なんで俺こんな目に遭ってんだろと何度思ったか解りませんけど」


 本音をぶっちゃけると彼も苦笑を返してきた。これまで何度か念話や携帯で話してはいたが、その度に呆れというか感心するかのような返答が帰ってきたのを思い出す。


「リリィが流石は玲二だって褒めてたけどね」


「全然嬉しくないです。それより状況はどんな感じですか? 手伝えなくてすみません」


 葵や姫さんたちと風呂中のトラブル大好き妖精の戯言を聞き流して本題に迫った。


「そうだね、とりあえず今は僕達の資産の現金化を最優先にしているよ。いくつかはもう形になってるし、同時進行で仕掛けてるのもあるね。でも玲二の問題もかなり優先順位は高いでしょ? 現金化に目処が立ったらそちらを先に片付けるよ」


「いや、俺のやつなんて最後で構わないんで……」


 個人的な問題を仲間内で真っ先に解決なんて申し訳ない。思い出したら手をつけてもらう程度で充分だろう。


「玲二、何度も言うけど仲間の問題は僕の問題でもあるんだ。それに今ならトラブルも完全に表面化してないんだろう? ここで手を打てば表沙汰になることなく始末がつけられる。だったら急ぐべきだね、皆絶対にそう言うよ」


 うん、如月さんの完璧な理屈に俺は黙って頭話下げるしかない。


「よろしくお願いします」


「うん、任された。ようやくの出番だからね、気合い入れるよ」


 また自分が役に立ってないとか思ってそうだが、話が進まないので指摘しないでおいた。


「あとは、そうだね。貴金属系を大量に現金化するために会社を興そうと思うんだ。大量に貯まってる金のインゴットや宝石の原石、それにレアメタルを処分するにはその方がいいからね」


 か、会社とか……16のガキには絶対に無理なやつだわ。流石如月さんだぜ。


「マジっすか……」


「僕一人が個人で売るには限度もあるしね。それに会社は外国で興す予定でいるよ。人を雇って現金化してもらおうと思う。候補としては中央アジアか南米だね。そこなら実家の伝があるから他より楽に出来そうなんだ」


 もう凄すぎで頷くことしかできない。実家と折り合い悪いって聞いてたのに形振り構わず全力で使い倒す気満々だ。

 なるほど、こりゃ確かに本気だ。


「それで、例の件はどうです?」


 俺は自然と声を潜めた。内容が内容だけに大っぴらにしたくないのだ。


「ごめん、それはまだ何も手をつけてないよ。他の事を後回しにして始めたら気付かれそうだしね。現金化や玲二の件が一段落したら徐々に始めていこうと思ってる」


「ですよね。すみません、俺の先走りでした。でも気が急いちまって……」


「解るよ、僕も同じようなものだからね。イリシャのたっての願いとはいえ、日本に未練なんかなかったし、こんな直ぐ戻るつもりもなかったからね」


 

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