第27話 閑話 芦屋の事情



 某県、某所。


「ご当主は何をお考えなのか?」


「解らぬ。これほどの騒ぎを起こしてただで済むはずがない」


「既に他の3家や他の一門からの問い合わせが矢の催促だ。もはや知らぬ存ぜぬの一点張りでは解決せんぞ」


「ここまで派手に動けば隠し立ても出来ぬ。霞が関や菊の御所が口を挟んでくるのも時間の問題だ」


 芦屋の本拠地では主だった者たちが顔を合わせて話し合いを持っていた。


 その議題はただ一つ。自分たちを取り巻く異常な状況を把握することだ。



「皆は今回の件をどう聞いているんだ? 私はかんなぎを捕らえよとの回状が回ってきただけで、なにがなにやらさっぱりだ」


「俺もだ、それ以外の情報は一切聞いていないぞ」


「宗家、そしてご当主は何を考えているんだ? 朝霞殿は聞いておられるか?」


 出席者の一人が宗家詰めの役目を持つ壮年の男に尋ねるが名指しされた者は首を横に振るだけだった。


「私にも何もお話はないのだ。ご当主直轄の”芦屋八烈”を動かしてその巫とやらの捜索を行っていることくらいしか知らぬ」


 朝霞と呼ばれた男が発した言葉にそれを耳にした者たちは顔を上げた。どうしても問い質さねばならないことがあるからだ。


「木佐田と風間が在野の者に敗れたという話は事実なのか? 容易には信じられぬ、二人は”八烈”だぞ?」


 誰ともなく発された言葉は周囲の者の意思を代弁していた。彼ら芦屋一族にとってその名はあまりにも重い。200名以上いる術師の中で頂点の地位にいる最高幹部たちが手も足もなく敗退したという報は彼等にも強い衝撃を与えていたからだ。


「残念ながら事実だ。二人は姿を見せぬが、他の6人が急遽この地に召集が掛かったと聞く。虚報ならそのようなことはないであろう」


「馬鹿な……辻占いばかり達者な土御門や加茂などに我等が屈するはずが……」

 

「陰陽寮の隠し玉か? 霞が関は常に我等4家を手懐けつつも警戒している。そのような手札を隠し持っていても不思議ではない」


「いや、そのようなものが居れば寮に所属する分家の者たちが報告を上げてくるはずだ。それならば本家に帰参する十分な手柄たり得るからな」


 一門に残れない落ちこぼれは名も知れぬ木っ端一族や陰陽寮に島流しにされる定めだが、十分な功績があれば一門に返り咲きも可能とあって寮に所属する術者は互いを監視しあっている。それほどの使い手が居れば即座に知らせが来ているはずだ。


「となれば巫の護衛とみるべきであろう。巫か、歴史の闇に消えた一族。本当に実在していたとはな。その護衛であれば我等の”八烈”を退けうるか……」


 その言葉を口にした者の声音は苦渋に満ちていた。芦屋八烈は最高幹部であると同時に一族にとっての金看板。並外れた霊力を備え、あらゆる妖魔を調伏してきた彼ら”芦屋八烈”は雅なき力だけの無法者と揶揄されてきた芦屋一族にとって他家に誇れる貴重な存在だった。

 それが二人掛かりで挑み、手も足も出ずに敗退したという事実は彼等の矜持に消えることのない傷を負わせていた。

 今口に出た台詞も他家の術師ではなく、謎に包まれた巫の護衛に敗れたことを強調している。自分たちのプライドを保つための擁護が多分に入っていた。


「その護衛に100人からの集団が一倒されたことも事実なのであろう? 既に界隈で知らぬ者はおらぬ。我等の隆盛をよく思っておらぬ小物どもが世界中に届けとばかりに囀っておるわ!」


「捨ておけ、所詮は金に踊らされた術師でもない三下が死んだだけのことよ。替えの利く手足がいくら千切れようとと我等は痛痒も感じぬ」


「だが、栄えある芦屋の家門に傷がついたのは確かだ。あんな半端者を組み込んだばかりに不利益ばかり被る始末ではないか。先代様も余計なことをしてくれたものよ」


「あのときはそれでよかったのだ。不当に貶められていた我ら一門が他家に抗するには手勢を増やすのが最適であった。数だけは多いと言われようが、それによって他家の侮りが消えたのは紛れもない事実。今ではどの家も我等を警戒し、弱小と侮る気配は微塵もないではないか。この件の主題は奴等のような無能をいかに操るかという我等の手管の問題よ……それを差し引いても今回はあまりに雑だが」


 ご当主様は何をお考えなのか。


 彼らの総意はそれに尽きる。宗家から巫を生け捕りにすれば多額の報奨金が出ると回状が回ってきたと思えば、それを追うために最高戦力である”芦屋八烈”を惜しみなく投入する。

 そこまでは納得しがたいものの、その行動に理解はできる。最大戦力で一気に片を付けるのは解るが、彼らの疑問、ここに主だったものが集った理由はその先にある。


「よりにもよって霊力を衆目の前で振るうとは。不敬は承知の上だが、正気の沙汰ではない」


「巫を捕らえるための力の行使ではないのか? 事実として護衛も霊力を解き放ったと聞く」


「私が得た情報では巫はその力の殆どを封じられていると聞いた。恐らく風間あたりが無遠慮に振るったのだろう。奴なら有り得る話が、同行した木佐田が止めなかったということは、それをご当主が黙認していたということだぞ」


 本当に何をお考えなのだと臍を噛む彼らの悩みは深刻だった。


 もしこの満天下に霊力の存在を、そしてそれを扱う陰陽師が公の存在になれば、彼らが持つ神秘は消え去り、ただの一般人に成り下がる。自分たちの引き起こした騒動で他家が火消しに動いているのもそれを恐れてのことだし、この二日間は一体お前たちは何を考えているのかと付き合いのある他家から責められっぱなしだからだ。


「とにかくご当主様から話を聞かねば。この数で頼み込めば嫌とは言うまい」


「そもそもなぜ我等にお話しくださらんのだ。いくら直轄といえど力のみが求められる八烈を動かさず、まずは忠を尽くす我等にお声がけくださるべきではないのか?」


「そうだ。その通りだ! まずは我等が率先して動くのが道理よ」


 八烈に血族を送り込めていない者達が発した言葉に同じ境遇の者たちが呼応する。当然ながら芦屋の中でも明確な序列は存在し、それは八烈にどれだけ血族が所属しているかで決まる。


 妙な気配に話が動いていることを察した一人が声高に宣言した。


「よし、我等の決意をご当主様に伝えるとしよう。此度の騒動は素早く鎮めなばならん、その上で芦屋がどう動くのかを……」


「おう、その上で我等が率先して動き、例の巫とやらを……」



「止めとけ。お前らじゃ束になっても奴には勝てねぇよ」


 そのとき、障子を開けて一人の男が和室に入ってきた。その顔を見て誰かが声を発する。


「風間! 怪我を負ったと聞いたが、回復したのか!?」


「へっ。この程度なんてこたあねぇ」


 それが強がりであることは、ここに集った腕に覚えのある者なら一目でわかった。

 風間の纏う霊力がひどく不安定なのだ。以前の莫大な力は見る影もなくなっている。


「霊力障害か……二日も経ってまだここまで影響が残るとは」


 出席者の一人が漏らした言葉に場が一気に緊張した。彼らの知る霊力障害とは妖魔との戦いで敵の霊力攻撃を受け、その影響が体内に残る現象をさす。上手く術を行使できなくなる弊害があるが、大抵は一時間もすればこの悪影響は消え去るものとされていた。


 それが二日も経過してまだこの不安定さだという。その護衛の異常な力量が浮き彫りとなり、その場は戦慄に包まれた。


「大したことねえっつってんだろが。所詮は敵も殺せねえ甘ちゃん野郎だ。次は容赦しねえ、間違いなく仕留める」


 以前と変わらぬ獰猛な殺意を振りまく風間に一同は八烈の健在を強く感じ取った。



 しかし――


「当然だ。失態を重ねれば始末する」



 風間の背後から響く低い声にその場の全員が身を固くした。


「ご、ご当主様!」


 そこに居たのは芦屋一族を支配する59代目芦屋道満だった。


 就任と共にその号を継いでまだ4年という年若い青年だったが、宗主の登場に全てのものが頭を下げた。それは傍若無人な風間とて例外ではなかった。


「皆の者。改めて告げる。私に巫を捧げよ」


「宗主様! どうかお考え直しを。このままでは御家の一大事にございます」


 平伏した者の一人がそう進言すると、その言葉に幾人かが続いた。


「既に他の陰陽三家からは我等の真意を問い質す書状や連絡が数え切れぬほど届いております」


「政府や御所からも疑念の目が向けられている現状は極めて危険でございます。その巫を手中に収める行動そのものはお続けいただくにしても、その方法は再考が必要にございます!」


「今のままでは我等の神秘さえ失いかねません。どうかご再考を、ご当主様!」



「黙れ。者共、我に巫を捧げるのだ」



 しかし、彼らの言葉は一顧だにされず、当主からは同じ言葉が繰り返された。落胆に沈んだ彼らは顔を上げて当主の顔を見た。


 その妖しく輝く瞳を見てしまった。


「我が手に巫女を捧げよ」


「かんなぎを……」「おまえ、何を言って……」「そうだ、ご当主様の御意のままに」「ご当主様、我等に何をなさ」


「巫を捧げよ」


「……巫をご当主様に」

「……お言葉の通りに」

「……ご意思のままに」


 当主が言葉を告げるたびにそれまで反対の意思を示していた者達がその意思に従っていた。その瞳の焦点は失われ、声には陶然としたものが混じりあっている。

 もしこの場に正気のものが居れば、全員に言霊で強力な催眠が掛かっていることを見抜けたであろうが、すでになにもかもが手遅れであった。



「我が元に贄を捧げるのだ」



 この中には他家への証拠としてこの会話を録音していた者も存在した。

 しかし当主の声を何度も聴くうち、なぜ自分がそのようなことをしようとしたのか、いつしかそれさえも忘れ去っていた。




「風間。次はないと思え」


「承知しています」


「咒を授ける。お前が敗れれば醜悪な肉腫となり、最期は敵をも飲み込み果てるであろう」


「お慈悲を有り難く存じます」


 既に当主の忠実な人形になっている風間は己の首筋に埋め込まれた死刑宣告も当然のように受け入れた。 


「ならばよい。使えるものは全て使え、失敗は許さん」


 平伏している風間の目の前に一枚の写真が投げ置かれた。

 その本当の意味を理解するほど風間は聡い頭はしていなかったが、それを用いて何をどうすればよいのかはこれまでの経験で理解していた。


「こいつは……なるほど、ご指示感謝します。自分も野郎の弱点を掴んだところです、芦屋の敵を必ず血祭りにあげて御覧に入れます」


「次に会う時は巫を持参せよ」


「必ずや」



 立ち上がった風間はすぐ傍に控えていた同じ”八烈”の木佐田に声をかけた。


「ご当主様より新しい道具を頂いた。奴の情報と合わせて罠を張るぞ」


「承知した。お前の汲むのは不安だが、敗北し家名に泥を塗った私にも既に退路はないのでな。あの少年の弱点についてはまもなく確保できると連絡があった」


 その報を聞いた風間の全身から獰猛な殺気が巻き起こった。それは先だっての敗北を覆い隠すかのように苛烈に燃え盛っている。


「へっ、あのガキが。俺達を敵に回したってのに身内が野放したぁ、攫ってくれって言ってるようなもんじゃねえか。俺らに上等切ったツケをお前の双子の姉貴で支払ってもらおうじゃねえか」


 木佐田の手には原田雪音と書かれた顔写真があった。双子という割には自分に敗北を刻んだその顔とは似ても似つかないが、肉親であればおびき出す餌として申し分ない。

 

「奴の前で徹底的に嬲ってやる。弟が芸能人だってんなら奴より先に世界デビューさせてやろうぜ。このツラなら世界でも大人気だろうさ」


 風間の下卑た提案には靡きもせず、木佐田は当主から渡された写真を見ている。


「ご当主様からは……これも使えそうだな。同時に仕掛ければより効果的か」


「手勢はどれくらい集まった?」


「昨日の一件が尾を引いているが、原田の件を伏せて集めたのが250ほどだ。肉の盾としては十分だろう」


「ああ、上等だ。たっぷりと後悔させてやるぜ、原田玲二」



 芦屋のどす黒い悪意はすぐそこまで迫ろうとしていた。



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