第26話 最強少年は妹たちと再会する。



 この最上階層は目の前の大扉が玄関口らしい。ここを起点に様々な部屋に枝分かれしていて、皆は奥のリビングに集合しているようだ。<マップ>からの情報ではその数は7人で、当然だが全員揃っている。


 そのリビングに向かう前に俺は彼に尋ねたいことがあった。



「如月さん。正直な話、この層一泊いくらするんです?」


 俺達というか主に如月さんは拠点探しをする際に仲間から強く言い含められていたことがある。


 それはホテルを探す際に自分自身の資産を持ち出すな、ということだ。仲間皆が使うものなんだから彼一人に大きな金銭的負担を強いることは間違っているという理屈だ。

 その言葉自体には頷ける部分もあったのでその場でどうこう言うこともなかったのだが、俺達の差し迫った現状を鑑みればこれはあまりにも理想論に過ぎた。


 事実として帰還して3日で俺達の自由時間は終わってしまった。俺は葵の件に関わってどうにもならなかったが、いくら天才の如月さんでも3日で金策を終えてこのレベルのホテルを確保しろというのは無理があるだろう。

 だからこれは仕方ないと思う。アイツもこちらのことは俺達に一任してくれている。黙っていれば解らないと思うが、マジでどれくらいするのか超気になるんですが。


 リリィと話し込んでいる葵から視線を外した彼は俺に向けて気負いなく爆弾発言を放り投げてきた。


「大丈夫大丈夫。連泊すればするほど安くなるから一日150もいかないよ」


 うわぁ……それってつまり最低一泊150万はするって事じゃないですか! 値下げ前はどんな額だったのかとても怖くて聞けない。この階層は特別な客専用らしくてホームページにも詳細が乗ってなくて宿泊料金が判明しないのだ。


「ひゃく……でもこの豪華さを見ればそれくらいはするかぁ……」


「手付である程度は払ったけど、残りはチェックアウトする際に清算するからまだ余裕はあるよ。まあ、色々と現金化を急いだ方がいいのは確かだけどね」


 1つ2つは目途が立ったけど、まだ他の商談はこれから本格化すると話す彼の顔に

焦りの色はない。確かな計画と勝算が如月さんの中にはあるのだろう。


 彼の手腕を疑う馬鹿は仲間にはいない。というか俺達の中で、何か困ったことがあれば如月さんに相談する流れになっているし、実際に何とかしてきたという絶対的な信頼がある。

 むしろ彼でダメならどうしようもないと諦めるくらいだ。


 その時、大扉を開けてリビングへ向けて車椅子を進める俺を如月さんが見上げてきた。何かここで済ませておくべき話があるらしい。



「それと玲二、君の問題も僕が力を貸していいかい? 余計なお世話だと思うだろうけど、状況を見る限りできるだけ早く動いた方がいいと思うんだけど」


「そう言ってくれるのは本当に有り難いんですけど……」


 自分が片付けなければならない問題を如月さんにやってもらうのは何とも気が引ける。彼が主導してくれれば絶対に安心だと思えるだけに、そこまで甘えてしまっていいものか判断がつかない。


「僕も玲二個人の話はナーバスな問題だとは思ってる。でもここで対応を間違えると被害は君だけに留まらないはずだよ?」


「あ、そうか。かすみさんや涼子さんに……」


 彼の諭すような声に俺ははっとした。自分の問題を独力で解決したいのは俺の我が儘に過ぎない。だがすでに芦屋連中に店は目を付けられているのは包丁の件でも明らかだ。


 店の皆に危害が及ばなくともオーナーまで調べが進めば俺が店長職にあったことも露見する恐れがある。そうなればそのことを黙っていた店の皆、下手をすれば取引先にも迷惑が掛かるかもしれない。

 うん、これもう俺一人で抱える案件じゃねえや。素直に如月さんに力を借りた方がいい。


「すみません、如月さん。甘えちまってもいいですか?」


 俺は素直に彼に頭を下げて頼み込んだ。すぐ後ろを歩く葵が驚いている気配がするが、失礼な奴だな。必要だと感じれば頭くらい下げるっての。

 ただでさえ俺個人の問題は山積みなのだ。店の店長詐称に学校はその件で退学寸前、さらには自分で背負った借金もあるときた。

 俺一人では絶対に解決できない自信があるぞ。


「もちろんだよ。実はもう全ての準備は終えていてね、後は君の言葉を待つだけだったんだ」


 それだけ言うと彼は懐からスマホを取り出しどこかへ通話を始めた。


「ああ、僕です。緑川さん、例の件を今すぐ始めてください。ええ、今この瞬間からです。早ければ早い方がいいので。じゃあよろしくお願いします」


 俺があっけにとられている間に彼は行動を終えてしまった。惚けた顔をする俺に彼は説明が必要だと感じたのか口を開いた。


「まずは海外、アフリカのコンゴにいる君の店のオーナーに会いに代理人が弁護士付きで飛んでもらったよ。同時に君の学校にも代理人と弁護士が向かってるから、ひとまず安心してほしい」


 し、仕事が早すぎる。如月さんは俺が陰陽師たちの問題に関わっていたこの三日の内に外国にいるオーナーを探し出していたようだ。

 つーかオーナーってアフリカにいたのかよ! 今初めて知ったわ。

 そして彼の話に出てきたパワーワードに突っ込みを入れたくてたまらなかった。



「べ、弁護士ですか!?」


「うん。こういうのは本人が出向いてもこじれるだろうしね。代理人を使ってまずは穏便に進めるよ。実家の顧問弁護士には毎月高い顧問料を払っているんだから、こういう時こそ使わないとね」


 企業とかじゃなく実家に顧問弁護士がいるレベルの家柄ですか。解っちゃいたが、彼はとんでもない上級階級の生まれのようである。


「経験談だけど、初手から弁護士送り込んだ方が上手く纏まることが多いんだよ。玲二本人が顔を出すより効果的だしね」


 そりゃ初回の話し合いに突然弁護士が現れたら俺も委縮するな。確かに有効かもしれない、流石如月さんだ。未成年の俺じゃ逆立ちしても敵わない芸当である。


「俺じゃ指を咥えて成り行きに任せる事しかできません。よろしくお願いします」


「任せておいてよ。僕はアセリアじゃろくに活躍できなかったから、日本じゃ本気出すよ」


「ま~た言ってるし。そう思ってるの如月だけだからね?」


 リリィが呆れた声で訂正しているが、何故か彼は頑なに自分は全然仲間の役に立ってないと思い込んでいるのだ。


 当たり前だが、そんなこと思っている奴は誰もいない。


 仲間内で最年長の如月さんは俺にとって頼れる兄貴分だし、魔物倒すか料理しか作ってない俺と違って彼の貢献は多岐に渡っている。

 特にその豊富な知識を用いて始めた異世界での酒造りは世界中の王侯貴族の懐から金貨を現在進行形で搔き集め続けているのだから、彼がそう思っているのが本気で不思議だ。

 ……むしろ一番役に立ってないの俺じゃね?


「まったくですよ。何度否定しても信じてくれないし」


 やれやれだぜ、とリリィと二人で肩を竦めるが、そんな彼がやる気をだすとなるわけか。凄いというか恐ろしいというか。



「まあ、僕の決意表明はこれくらいにして、葵さんを皆に紹介しようか。玲二の帰りを首を長くして待ってたからね」


「本当に色々ありましたからね……」


 本当は店の営業終了後に如月さんと合流するつもりだったのだ。とはいえ彼に相談して葵の問題に巻き込むわけにはいかないし、彼には俺にはできない大事な役目もあったからな。


「そういえば如月さんは葵たちのこと知ってました?」


「いや、まったく。もし知ってたら向こうで魔法にあそこまで興奮してないよ。というか陰陽師って本当にいたんだね」


「俺もびっくりですよ。それも帰還して当日に巻き込まれるし」


「ははは、そのあたりの説明も皆にしてあげてほしいね。玲二はいつ帰ってくるのと何回聞かれたことか」


 これ見よがしな溜息をつく彼に俺は苦笑を隠せない。元気すぎるあの子なら如月さんを実に困らせた事だろう。




「ただいま。いま戻ったぞ~」


 リビングの扉を開けて声をかけると中にいた全員の視線がこちらに向いた。


『あー、れーちゃんおそいの!! どこいってたの!』


 窓に張り付いていた幼女が俺の声に振り向くと同時に猛ダッシュでこちらに駆け寄ってくると、勢いを減じることなく俺の腰に体当たりを仕掛けてきた。


「悪い悪い、ちょっと用事が長引いてな。シャオはいい子にしてたか?」


『してた! いいこでまってたのにれーちゃんいないんだもん!』


 俺の腰にぎゅっと抱き着いて離さないこの子の名前はシャオ。とある事情で俺達が面倒を見ている4歳児だ。天真爛漫で周囲を元気にさせてくれる黒髪の女の子で目鼻立ちがはっきりしている可愛い子だ。今もすでにめっちゃ可愛いが、将来は絶対に美人になること請け合いだ。

 シャオの足元にはシャオの飼い猫であるクロが首輪の鈴をちりちり鳴らしてお座りしている。ここ動物オッケーなのか。


「玲二が女の子相手に笑顔で接してる??」


 後ろで馬鹿女がなんか言ってるが、仲間と他人を一緒にするな。



 俺に抱き着いて離さないシャオの頭を撫でつつ、俺の服の裾をそっと掴んだ”妹”がこちらを見上げてきた。


「れいちゃんおそかったね。たいへんだった?」


「本当に色々あったんだよ。でも明日からはイリシャ達に付き合えるから、心配しなくていいぞ」


「うん、たのしみ」


 にこ、と微笑む妹の美しさに普段から見慣れているはずの俺は一瞬我を忘れかけた。


 この神秘的な美貌を持つ”妹”の名はイリシャだ。普段は見るものに儚げな印象を与える7歳の銀髪の超がつく美少女なんだが、今日はとある理由でちょっと興奮気味だ。

 それに何より彼女が特別に人の目を引くのはその虹彩異色オッドアイの瞳だ。青と緑の色違いの瞳がこの子の神秘的な美しさに大きく寄与している。


 

「あのひとがおきゃくさん?」


「ああ、後で皆に紹介するぞ。それに明日はあいつが大活躍の予定だ」


 俺の言葉を聞いてイリシャが顔を上げた。女嫌いを自任する俺でさえ、どんな仕草も可愛いなと思ってしまえる美しさをこの妹は持っている。

 ……いや、兄貴の贔屓目も入ってるな。出会った当初の事を思い出すと今こうして笑っている事実が奇跡のように思えるからだ。


「ほんと?」


「ああ、楽しみにしてな」


「うん!」


「イリシャ、玲二さんが間にあって良かったですね。貴女はあんなに楽しみにしていたのだもの」


「うん、ソフィアさま。れいちゃん待ってた」


「なんとか時間までに合流出来たよ。待たせて悪いな、姫さん」


 イリシャの視線の先には5人の少女と女性がいる。その中で最も存在感があるのが中央にいる蒼い髪をしたこれまた超がつく美少女だ。


 彼女の名はソフィア。とある国の王女様だがへりくだる関係ではなく、こんな口調で普通に接している。

 彼女の背後には3人の専属メイドと護衛の女性が立っていた。全員が俺とも気安い関係を築いているので皆が俺の到着を待ち望んでくれており、俺が目で挨拶するとそれぞれが返してくれた。


 俺達が拠点に豪華さやセキュリティーを重要視したのは彼女の存在が最大の理由である。俺達に任せられているとはいえ一国の姫君を安宿に泊められるはずがないからだ。


「兄様からお話は伺っておりましたから。そしてそちらが前にお話ししてくださった寮の同部屋の御友人の方ですね? まさか女の方だとは思いませんでしたが」


「俺にとって忘れたい記憶だったんだよ。おかげで今も厄介なことになってるけどな」


 いつか飯の席か何かでこちらに居た頃の話をした記憶があるが、姫さんはそれを覚えていたらしい。このままでは余計な話に飛び火する可能性を感じた俺は話を先に進めることにした。



「皆にこいつを紹介するよ。葵、ここに居る皆は俺の仲間たちだ。みんな、こいつは俺の知り合いの葵。明日は協力してもらうつもりでここに連れてきたんだ」


 俺の最後の言葉に皆がわっと喜ぶ。俺一人じゃどうにも不安だったからな、強力助っ人の存在は実に有り難い。


「えっと、玲二の友達の御堂葵です。よろしくおねがいしますって、協力って何? ボクなにも聞いてないんだけど!」


 そりゃここに来るまでに思いついたからな。


 不安な顔を覗かせる葵に俺は近くのテーブルの上にある雑誌を指差した。その雑誌の表紙には日本人なら誰もが知っている黒いネズミのキャラクターが描かれている。


「葵、お前って”夢の国”好きだったよな」


 突然話を変えた俺に戸惑う葵だが、言葉の意味はすぐに分かってくれた。

 

 ”夢の国”は日本で一番有名なのテーマパークだ。千葉にあるのに東京と銘打っていることでも有名な超人気スポットである。

 そしてこいつはそのテーマパーク好きであることを思い出したのだ。


「え? あ、うん。最近行けてないけどディスニー好き芸能人枠でテレビの取材を受けたくらいには好きだよ。でもそれがどうかしたの?」


 高校の寮に入るまでは一月に一度は足を運んでいたと言ってたし、俺より詳しいことは間違いない。こっちは親が死んでからは一度も行けてなくてかなり不安だったのだ。


「よし、お前もここにタダで泊まるのは気が引けるだろうし、日当出すから明日は働こうぜ。”夢の国”を俺達に案内してくれよ」



「は? え? な、なんで?」


 察しの悪い葵に俺はため息をつきたくなるが……まあ無理もない話か。


 ここに居る皆は日本語ペラペラだが、如月さんを除いて全員だ。


「なんでって、そんなの決まってるだろ?」



 俺だってこんな理由で日本に帰ってくるとは思わなかったんだ。

 だがマジなんだから仕方ない。俺も安易に約束したとは思うが、妹たちの熱意に押されて頷いてしまったのだ。



 普通異世界から帰ってくるなら魔王か何かを倒した後だってのが定番だってのに。


 なぜ俺が突然このような話をしているのか、そんな理由だなんて葵も夢にも思うまい。



「俺は皆をあのテーマパークに案内するために日本へ帰ってきたんだからよ」




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