第25話 最強少年は案内される。
俺達は異世界から帰還するにあたり、日本での拠点を欲していた。
俺は既に帰る家を失っていたし、日本に戻ったところで学校も退学食らって寮を追い出されているはず。そうなれば住所不定のフリーターで、今日の宿にも事欠く有様だ。
まさか召還されてから一秒も経っていないのは完全な想定外だったが、そもそもあの薄汚れた学生寮を拠点とするわけにはいかない。
俺の事情以前の問題なんだが、俺達は全く別の理由でこの国に確かな拠点を築く必要があったのだ。
しかしこれが難しい。俺達の望む本拠地たり得るには数多くのクリアすべき条件があった。
まず1つ目が完璧なセキュリティが確保されていること。
そして2つ目が誰を呼んでも恥ずかしくない調度が整えられていること。
最後がとある事情によりその場所は首都圏内であることだった。
特に3つ目の都心圏内であることが最も重要視されていたので、選択肢は非常に限られてしまったのだ
別にこの条件は誰かにこうしろと命じられたわけではないのだが、俺達の中では動かせない確定事項であり、この3つの要項を叶える場所から探すことになっていた。
というか俺と如月さんの中では既に高級ホテルのスイートを一定期間借り上げる事が決まっていた。
都心で誰を泊めても文句のない豪華な内装があって、セキュリティも問題ない拠点なんてホテルくらいしかないからな。
そういうわけで異世界から帰還した俺達だが、この手の作業は如月さんに全てお願いするしかなかった。
帰ってきてつくづく痛感しているんだが、この国は未成年が都会で一人で生きてゆくのは本当に厳しい。何かしようとすれば保護者の同意書だとか身分証などが求められ、金貨を積めばかなりゴリ押しが利く異世界とは勝手が違い過ぎた。まあ、あっちがザルなだけと言われればそれまでなんだけどな。
16歳の子供は正攻法だと一人で満足に金を稼ぐこともできやしない。親を亡くした後でこれまで自分がまがりなりにも生きてこれたのは大人の庇護下に居たからだと思い知るには十分だった。
従って拠点関係は全て彼に頼ってしまった。俺の齢じゃホテルの予約一つ取れないし葵のトラブルに巻き込まれていたこともあって何一つ手伝うことなく今日を迎えてしまったのだ。
彼は気にするなと言ってくれたが、仲間として申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そうして準備が整ったから合流しなよ、と連絡を受けてやって来てみれば、日本でも3本の指に入る格式高い超豪華ホテルに連れてこられてしまったのだ。
「き、如月さん。よくこんな超凄いホテルの部屋取れましたね、葵からは完全予約制って聞きましたけど」
俺達の規模からしていきなり予約して即いいですよ、とはならないはずだ。きっと10日前くらいには予約入れないと対応してくれないランクのホテルだぞここ。
豪華すぎるホテルの通路を挙動不審になりながら彼の隣を歩く俺だが、如月さんはいつもの穏やかな笑みを湛えて頷いている。
「実家の伝手を使ったんだ。もともとこの手のホテルはいざという時のために緊急の予約枠を用意してあるものだからね」
上級国民の無茶振りにも対応するため、満席の表示がされてても実際は特別枠があるってことですか。
そして如月さんにはその特別枠を使わせてもらえる伝手があるってことですね。
詳しくは聞いていないが、立ち振る舞いや物腰からして如月さんは絶対にいいトコの出だと俺は思っていたが、それが確定した瞬間である。
俺と葵はこの空気に圧倒されて靴音1つ立てないようにおっかなびっくり歩いているのに彼は慣れたものだしな。
「ここが良かったというか、ここしかユウキの希望に沿う場所が無かったんだよね。ありがとう、もう結構です」
如月さんは仲間内での話をするために車椅子を押していた係員に礼を言って離れさせた。そのまま自分で車椅子を動かそうとするが、俺が背後に回る。
「玲二、ありがとう。面倒かけてごめん」
「全然大丈夫ですって。それにこればっかりは仕方ないですし」
俺もそうだけど異世界に行っていたアリバイ作りも大変ですよね、と二人して苦笑する。時間経過がなかった事でより面倒が増している感じがするな。時間の流れが速くなってて十数年経過してたらそれはそれで厄介だけど。
そのとき彼の視線が一瞬葵に向くが、その意図はすぐに察した。
「葵には一通り話してあります。喋ったのは主にリリィですけど」
「全然喋ってないよ! まだまだ話し足りないことばっかりだもん」
如月さんの膝上でそう叫ぶリリィだが、夜明け近くまで喋り通してたのにまだ足らんのかい。
「御堂さん。玲二から貴方の事情も伺っていますが、ここに居る間の貴女の安全は僕たちが保証します。だから肩の力を抜いて気楽にしてくれていいですよ?」
なるほど、ある意味でこれはこのホテルのセキュリティ面のテストでもあるのか。当たり前だが完全な善意のみで葵を呼んだわけではなさそうだ。
「は、はい。ありがとうございます! でも、こんな豪華なホテルに私までご一緒させてもらっていいんでしょうか?」
一泊最低25万とか怖すぎると呟く葵だが、ここから行く所はそんなチャチもんじゃないからな。
「大丈夫です、正直一人二人増えても関係ないですからね。じゃあ部屋で待つ皆を紹介します。彼の友人である貴方にみんなも会いたがっていますから。あ、玲二。もっと先だよ、このエレベーターホールのさらに先まで行ってほしい」
これまでは如月さんの車椅子を押す係員に着いていったので俺は何処に向かっているのは解らなかった。とりあえず進行方向にエレベーターがあったのでそちらに向かったのだが、そこではないようだ。
あと如月さん、こいつは友人じゃないから。
「エレベーターを使わないんですか?」
まさか階段で行くはずもないだろうにと思いつつ聞いてみると、彼はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔をした。
「このホテルを選んだ理由の一つがこの先にあるんだ。ほら、何もない空間に見えるけど、こうやってカードキーを翳すと……」
「うわ、開いた!」
如月さんが黒いカードを掲げるとただの壁が二つに割れ、その先にエレベーターが現れたのだ。
「おわっ、凄ぇ。どうなってんです、これ!?」
「僕たちが居る階までの直通エレベーターなんだよ、起動もこのカードキーでするから他人じゃ動かしようがないし、ほら」
彼に促されてエレベーターに入るが……あれ? 無きゃおかしい行き先表示が見えない。ボタンもディスプレイもないんだが。
あ、これってまさか。
「もしかしてこれ、目的地にしか行けないエレベーターですか?」
うわ、贅沢だな。俺達だけしか使えないエレベーターかよ。
「うん、インペリアルはこの直通を使えるんだ。カードがないと動かないし、他人が間違えて入ってくる恐れもない。セキュリティの面では万全に近いよ」
専用エレベーターがついてるとか、これ絶対高い奴ですね。如月さんに全部お任せなので俺は何も知らないが、一体おいくら万円するんでしょうか。一泊25万じゃないことだけは絶対だな。
「それにここの経営にアラブの王族が関わっているから、外務省にも顔が利くんだ。外資系は安全に対する意識は国内系より高いし、そこも安心材料だね」
なるほど、例えばあの芦屋の品のない反社連中がこの超豪華ホテルに大挙して押しかけるような光景は想像できない。相手が二の足を踏むだけで既に抑止効果が出ているってことだ。
そして音もなくエレベーターは上昇を始めた。行き先が一つしかないから目的地まで一気に加速しているのは上部に常時される現在階層の数字が示している。現在42層。
「うわ、早っ! こんなに早いエレベーター初めて乗った! あれ? 60階って……」
14歳で田舎から出てきた葵はアイドルになるために事務所と家の往復ばかりで、趣味以外はあまり東京巡りをしていないようだ。高速のエレベーターに他愛ないほどはしゃいでいるが、到着した階層を見て言葉を失っている。
60階はこのホテルの最上階だ。後で確認したけど、普通のエレベーターは55階までしか通っておらず、この層に来るにはこの専用エレベーターを使うしかない。
「最上階だ」
静かに開く扉の先には精緻な彫刻を施された木製の大扉があった。足元には豪奢なペルシャ絨毯(<鑑定>ではお値段は800万円だそうです)が敷かれ、通路の壁には大きな絵画が掛かっている。
「えっと、あれ? 部屋は何号室……って部屋じゃなくない?」
そりゃそうだよ。考えられる最高のセキュリティ、それは出入り口を一つに固定、つまり階層丸々貸し切ってはしまえばいいんだ。
そして俺たち以外の人間が絶対に入ってくる必要がない空間にすれば完成となる。
「日本のホテルはワンフロア丸ごと一室って少ないんだよね。ヨーロッパじゃ結構あるんだけど」
あの大扉の向こうはさらにいくつかの部屋に分かれている。広いだけあってリビングや複数の寝室、3種のバスルームに広いキッチンや書斎、さらには遊技室まで備えているそうだ。
だから葵一人が増えたことろで何の問題もない。
「うそぉ……セントオリエント・アーツの最上階、それもフロア貸し切り?」
目の焦点が会ってない葵が震えた声で俺に尋ねる。
だからさっさと諦めろって言っただろうに。
これからお前はもっと驚くことになるんだぞ。
俺達は贅沢したくてここに決めたわけじゃない。俺は野営でも全然大丈夫な人間だが、必要があってこのホテルの最上階を貸し切る判断をしている。
「ああ、このホテルに一つしかないインペリアル・スイートだとさ」
値段は知りたくない。如月さん、これ大丈夫なんですか? 貴方の個人資産から持ち出ししてません?
「だから基本使われずに空いてるんだよね。一か月借りても問題なかったくらいだよ」
「一か月! ここを一か月も?」
いくらするんだろうと呟く葵の気持ちがよくわかるので、足元がふらついているこいつを支えてやる。
「おい、しっかりしろ。他の仲間をお前に紹介するから覚悟をしておけ」
この先にいる三日も顔を合わせていない皆に会うため、俺と如月さんは重い大扉をゆっくりと開けるのだった。
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