第24話 最強少年は仲間たちと合流する。



 四谷には陰陽寮の支部があるという。


 この陰陽寮とはかなり変則的な組織で既存の省庁に横並びするように存在すると聞いた。警察省陰陽寮や防衛省陰陽寮など、少人数ではあるがほぼすべての官庁に陰陽寮の課があるそうだ。


 葵などはこれが陰陽師が陰ながらこの国を守ってきた証だよ、と言ってたが所属する当人はあまり誇れる職場ではないようだ。


「本家に居場所を作れなかった低能力者が出向く流刑地みたいなものよ」


 そう自嘲する北里さんだが、その眼は不屈の炎が見えた。俺達の問題を独力で解決して返り咲いてやろうと意気込むくらいなのだから、負けん気は強いのだろう。




「さて、事情を聞かせてもらえると思ってよいのかな?」


 とある雑居ビルに案内された俺達だが、古ぼけた外観からは考えられないほど真新しい内部に目を見開くことになる。この国を暗闇から見張るだけあって、設備は充実しているようだ。

 ちなみにリリィは人見知りを発動して異世界に帰還した。話が終われば戻ってくるだろう。


 そして会議室のような大きな部屋に通された俺達は待ち構えていた50代の瘦身の男からそう話しかけられた。


「そうは言っても俺達が握っている情報はそちらと大差ないと思います」


 口を開きかけた葵を制して俺が話し始めた。ここに来ると決めたのは俺だから、全て俺が対応すべきだと思ったのだ。


「ふむ、だがまずは当人から聞かせてほしいものだ。補足、指摘はその都度させてもらおう」


 公安部の課長だけあってその眼光鋭く威圧感は中々だが、こちとらもっとヤバい連中とやりあってきた。この程度で臆するほどのものでもない。

 俺は葵に目配せして出された茶に手を付ける。喉が乾いている訳ではないが、その必要があるからだ。隣の彼女もそれに倣っている。


「俺が事件を知ったのは今日の昼です。ニュースであの須藤が殺されたと知って」


「待て待て。誰がその話を聞きたいと……」


 手で俺の話を制した犬神と名乗った課長に対して俺は平然と口を開いた。


「俺はあの須藤が殺された件でこちらに来たんだが……何か勘違いしていませんか?」


 彼らは葵の件を聞きたいのだろうが、俺の用件はそちらではないのだ。巫がどうたらこうたらは別に彼らの手を借りるつもりもないしな。


「北里君! これはどういうことかね!?」


「私は迎えに出向いただけです。課長も土御門から話があったのでは?」


 当てが外れた課長が北里さんにきつい目を向けているが、彼女は真っ向から反論した。うん、俺も社会人経験ないけど出世しなさそうな性格だな。


「俺は事件の事情を聞きたいと陽介に申し出たんです。須藤の事件で彼女が抱える事情を話す必要はないのでは?」


 この件と無関係ではないが、葵の件を詳しく語る必要はないはずだ。


「くっ……」


「それと向こうの部屋にいる3人を呼びませんか? どうせ同じことを話すなら一度に済ませたいんですが」


 俺が指で隣を示すと程なく会議室の扉が開き、三人の男が入ってきた。俺を見て軽く頷く陽介の他に老人が二人だ。和服を着た禿頭と肩までの白髪が葵を値踏みする視線を向けていたが、当の本人もアイドル稼業で不躾な視線は慣れているのか平然としていた。


「原田、元気そうで何よりだ。100人からの芦屋の連中を相手にするのは流石のお前も骨が折れたか?」


「いや、別に。三桁の人間に追いかけられるのは面倒だったからな、纏めて吹き飛ばしてやったから手間というほどのもんでもない」


「その力、尋常なものではないな。何処の生まれだ?」


 俺の会話に割り込んできたのは白髪の爺さんだ。後で聞けば加茂とか何とかの有名な一族らしいが、一般人の俺は知らん。


「血統書付きのド平民ですよ。俺はそちらの事情には一切関係がない」


「原田と言ったか。確かに聞いた事のない姓だが、それがあの芦屋八烈を二人も退けるとは……今でも信じられん」


 禿頭の方はきっと御影小路とやらだろう。陽介とあの芦屋とで4大陰陽師家とかいう大仰な括りになってるんだそうだ。



「根掘り葉掘り聞かれても困るから先に言っときますが、俺達はこいつの身に何が起きているのか把握していません。芦屋の中堅幹部も知らされてないと言ってました。解っているのはこいつを生け捕れば5千万で、それ目当てに馬鹿な反社が動いてるってことくらいです。むしろそちらがこの件で何か知りませんか?」


 俺は陽介を含む陰陽寮や当主たちに尋ねたが、そちらもロクな情報を持っていなかった。まあこれは俺も想定内だし、すでにここは各家の駆け引きも始まっているだろう。容易に情報は引き出せないと見ていい。


「こちらから芦屋に事情を尋ねても返答がない。この部屋に入る前にお二人にも聞いたが同様だった。解っているのは奴等がなりふり構わずそちらの御堂嬢を捕らえようとしていることだけだな。それだけの何かがあると見ているが、現在は芦屋の本当の目的を探っている所だ」


「まだ何も解ってないということか。少なくともこいつが芦屋の手に渡らなければ何とかなるってだけマシだな」


 まあ、今この件はどうでもいいし。




「じゃあ、そちらの件は終わったってことで、本題に入らせてください。あの須藤が死んだってどういうことなんですか?」


「その件に関しては犬神課長、願います」


 俺の問いかけに陽介が課長に向き直り、頷いた彼が俺に液晶タブレットを寄越してみせた。

 画面には警察の捜査資料らしきものが広がっている。



「芸能関係は古くから陰陽師の管轄で、殺人事件が起これば捜査は一課が対応するが捜査情報は逐一廻ってくる規則だ。詳細はそこに記載されているが、芸能事務所社長須藤彬が刺殺体にて発見された。死因は胸部に刃物で刺されたことによる失血死、凶器は現場に落ちていた包丁とみられる。死亡時刻は現場判断では昨夜11時ごろとされているが、現段階では定まっていない」


 葵がタブレットを覗こうとしているが俺はそれを遮った。奴の死体写真が画面下にあったからだ。


「くそ、本当に死んでやがる……現在の最有力容疑者は?」


 俺は解りきったことを尋ねてみたが、課長からは案の定な返答があった。


「関係者からの聞き取りでは昨日の昼に社長と大きく揉めていた男女がいるそうだ。一課は任意で引っ張る予定でいるようだな」


「まあそう来るだろうな。俺でも怪しいと思うし」


 まあここまでは予定通りだ。こうなると思って陰陽寮に身柄を移すためにやって来たのだ。


「捜査一課への連絡は君たちへの聞き取り後に行う予定だ。自首と聞いたが、君たちが殺害したのか?」


 課長の視線は嘘を許さないものだったが、俺は鼻を鳴らして答えた。


「まさか。俺達は無実ですよ、揉めたのは事実だが殺してはいない」


「それを証明するものはあるか? 証拠次第では風向きは変わるが」


「社長との会話を録音してありますが、夜に殺されたんなら証拠としては採用されないでしょうね」


 俺はスマホを取り出して奴とのやり取りを再生してみせる。互いに喧嘩腰で話しているが、俺が立ち去った後も奴が俺を罵っている声が小さくなって聞こえている。


「他のアリバイはあるか?」


 陽介の問いに俺は首を振った。


「昨日の夕方に芦屋連中を片付けてその後は山の中でキャンプしてたんだよ。夜の行動を証明できる奴はいない」


「そうか……芦屋が始末したに決まっているが、司法はそれで納得するはずがない」


 ここに居る人間は葵の出自や事務所との関係も解っているのだが、警察にそれを説明するわけにはいかない。厄介な話である。


「もう一度だけ尋ねる。君が手を下したわけではないのだな? 先ほどの会話を聞けば殺意の有りとみなされても当然だが」


「当たり前です。一思いに殺すなんて贅沢を奴に許す訳にはいかない。俺の予定では奴を社会的に抹殺して自分の行いを後悔させ、徹底的に苦しめてから自殺に仕向ける予定でした」


 それがこんな簡単に死なれてしまった。許されるなら今すぐ死体に蘇生魔法をかけて生き返らせたいくらいだ。


「そ、そうか、君ではないことはよく解った」


「粗相を失礼しました。未熟者ですみません」


 どうやら僅かに殺気が漏れていたらしい、周囲を威嚇していた俺は自分の行動を謝罪した。


「芦屋はこんな男を敵に回したのか。いい気味だが同情したくなってきたな」


 緊迫した空気を嫌った陽介が冗談を言ってくれたので周囲の大人も乗っかってくれた。俺は小さく頭を下げて謝意を示した。



「やはり芦屋の暴走として話を作り上げるべきであろうな」

「然り。いかに警察に奴等の手の者が多かろうとここは引くわけにはいかぬ」

「政府にもそのように伝えましょう、”いと高き”方々にはどうかお二方からご説明をお願いしたい。私では如何せん若すぎますので」



 お偉方三人がこれからの方策を話し合っている。このままだと普通に刑事事件になってしまうので無理をしてでも陰陽系に管轄を移したいらしい。芦屋の悪事と証明できれば一番だが、まずは調整から入るそうだ。


 芦屋の尻拭いをさせられているが、放置すると陰陽師の存在が世間に明らかになりそうなので仕方ないのだとか。その話の成り行きを課長も北里さんも見守っているようだ。



 俺は俺で捜査資料を<速読>で流し読みしている。隣の葵も見たがっているが、これは止めておいた方がいいと言ってある。なんか厄介な立場に置かれているとはいえ、こいつ自身は普通(?)の女だ。血まみれの刺殺体の写真を見て楽しいとは思えない。

 俺はもっとグロい光景を見慣れているので気にもならなくなった。流石に最初の頃は肉が食えなかったけどな。


 さっさと画面をスクロールして必要な情報を得ている俺の手がとある一点で止まった。


 まずい、非常事態だ。


「玲二、どうかし……」


 そのとき、葵の声が突如止まった。顔を上げると当の本人が口を開けて止まっている。ああ、これ<瞬間スロウ>か。任意発動じゃないから俺も経験するのはこれで3回目だが、その効果は見ての通り自分以外の時間が酷くゆっくりになる。完全に止まっている訳ではないし、俺自身が動くには体が重くなる代償があるが、まあ基本は瞬間移動できるスキルと思っていれば正解だ。


 しかし今回はとてもありがたい。こうして一人で悩む時間が与えられたのだから。



 俺の視線の先にはとある画像が二枚あった。一つは殺害の凶器と思われる血の付いたナイフ、そしてもう一つが……刃が長方形の形をした包丁だ。


 世間では中華包丁と呼び習わされている品なんだが……俺はその品に非常に見覚えがあったりする。


 つーか間違いない、これウチの店の包丁じゃねえか! くそ、芦屋の奴等め。やっぱり俺とあの店の関係を疑ってやがった。

 だがまあ、そうだろうな。葵が何の関係もない店の裏に隠れているとは考えにくい。何らかの意図があるとあの頭の切れそうなスーツ男なら考えるだろう。やっぱり始末しておくべきだったか、いやどう考えてもあの場で殺人はまずい。殺し云々ではなく俺の経歴バレという意味で。


 包丁には血がついていないので明らかに遺留品として俺との関連を匂わせるために店から盗んで持っていきやがったな。中華包丁は刺し殺すには不向きな形状をしている。武器として使うなら振り下ろすしかないし、それじゃ人は殺しにくいだろう。その前に刃が折れそうだしな。


 待てよ、そうなるとあの包丁には俺の指紋がついていることに……いや、大丈夫だ。帰還した当日だったので懐かしさからキッチン周りを徹底的に洗浄したし、包丁も洗剤で柄まできっちり洗った。指紋は拭われているはずだ。

 

 俺も公安に顔を出すと聞いて無計画でここに来たわけじゃない。警察は指紋を採取する権利があるというし、俺も葵も一応曰く付きの人物だ。個人情報を欲しているはずで、指紋を取らせてくれと言われたときのために変わった魔導具を使って誤魔化してある。

 ぴったり張り付く透明な手袋で本来の使い方ではないが、これで本人とは別人の指紋を採取させることができるのだ。

 被害者は異世界の人物なのでこちらの警察の厄介になることは絶対にない。

 さっきの茶も器に指紋をあえて残す為に触ったのだ。きっとあそこから彼等はこっそり指紋を採取するに違いない。


 あ。むしろ殺されたのが深夜なら昨日の営業後に盗まれたのか? そうなると俺より銀さんやかすみさんたちの指紋がついてることにならないか。

 そういや銀さん昔はワルかったって言ってたが、前科とかないよな。この件で引っ張られたらとばっちりもいいところだぞ。


 あの包丁はもう10年選手なので研がれまくってだいぶ縮んでるし、銘も削れてるからそこから店バレしないとは思うが、俺と葵の情報はあの事務所に保管されてるから油断はできないな。そこから学校に連絡行ったら……ただでさえ終わりかけてる俺がさらに詰むじゃねえか!


 今更見捨てやしないけど俺もこいつの事情に関わってる暇なんてないよな、俺は俺で十分ヤバい状態にあるとこの包丁一本で再確認しちまったぜ。


 あの包丁は鬼門だが、あれ一本でウチの店まで辿り着くことは、芦屋がタレこまない限りないだろう。つまり俺の事情も早急に解決しなくてはいけないってことだ。

 芦屋の奴等め、嫌がらせ程度の行動が俺の急所にぶっ刺さったぞ、この野郎。


 だがよし、とりあえず考え事はこんなもんか。



「……た? 何か気になる事でも?」


 勝手に発動して勝手に消える<瞬間スロウ>は困ったスキルだが、今回は助かった。混乱する精神と頭を切り替える時間をもらったからな。


「いや、特にな。憎い相手とは言え死体はそれなりに思うことはある」


 お前は見ないでおけ、と心にもないことを言いながら俺は液晶タブレットを課長に返した。気になっている葵には後で説明してやると言って納得させた。こいつは俺以上に腹芸出来ないからあの包丁を見たら顔に出ちまうだろうな。


「まあ、そうだよね。裏切られる前は結構親身になってくれる人だったし……」


 俺と姉貴にとっては明確な敵だが葵にとっては世話になった社長で、思う所はあるようだ。



「玲二~、難しい話は終わった?」


「うおっ、いきなりだな」


 そのとき俺の肩の上にリリィが転移してきた。あまりにも無防備にやってきたので慌てた俺は周囲を見回したが、幸い葵以外に彼女の姿を認めた者はいないようだ。


「皆から伝言~。準備できたから合流してだってさ」


 うわ、かよ、仕事早えなぁ。


<げっ、いやそれはまずいだろ。葵もいるじゃん、こいつを連れてく訳にはいかないって>


 内々の話なので<念話>で会話する俺達だが、俺の懸念は一蹴された。


<そういうのいいからさっさと連れて来いってさ。なんで相談しないんだって怒ってるよ>


<マジ? アイツ、結構怒ってたりする?>


<ううん。ちょっと呆れてた。むしろよくこんなにトラブルに巻き込まれるなって皆して感心してる>


 だよなあ、俺自身もなんでこんなことになってんだと今この瞬間も思ってるし。


<マジで葵を連れてっていいのかよ? トラブルをに持ち込むことになるんだぞ>


 俺は今日で葵を実家の人間に引き渡していったん別れるつもりでいた。俺は明日から予定が詰まっているので、その後は仲間と合流する予定だったがこんな有様になっている。


<ユウがそう言ったんだし、本人が対処するんでしょ。敵さんは玲二の方がまだマシだったって思うだろうケド……>


<違いない。芦屋が諦めずに俺達を追うならアイツと喧嘩することになるのか……ご愁傷様だな>


 俺は葵を連れて行くのには反対だが、皆がそう決めたなら従うさ。正直困ってたし、助かると言えば助かる。

 でも本当に連れてっていいのか? 後で文句は聞かないぞ。




「捜査情報をありがとうございました」


「いや、こちらとしても利のある話だった。待て、何処へ行くつもりだ?」


 立ち上がりかけた俺を見て課長がそう咎めてくるが、そんなの決まっているだろう。


「何処へって、帰るんですよ。陽介も世話になったな、ありがとう」


「いや、それはこちらの台詞だ。これで芦屋は手出しが難しくなるだろう。形式上とは言え巫は陰陽寮の保護下に置かれることになるのだから。警察に手を出せば明確な国家反逆罪だ。いくら奴等が焦っていても日本社会から抹殺されることは避けるはずだ」


 陽介が口にした内容が俺の策略だ。要は俺達と芦屋の問題だったのを他の大勢を巻き込んでやった。より正確には陰陽寮と土御門と他二家対芦屋の構図にしてやったわけだ。

 俺達は味方が増え、芦屋は敵が増えた。巫とやらはもうバレているのでこちらは特に困ることもない。他家は芦屋を止めなくてはならず、こちらに干渉したがっているから誘いには諸手をあげて歓迎した。


 相手が警察を巻き込むなら俺達も同じ権力を味方に引き入れるまでだ。

 術師関連の事件は陰陽寮の管轄なので普通の警察の出番ではないし、そうなれば今度は警察同士で縄張り争いが始まるだろう。

 特に陰陽寮は横のつながりが広いらしいので各所から芦屋を抑え込めるに違いない。


 俺達はさほど面倒は少なく、相手にばかり制約がかかる。奴等への嫌がらせとしては上々だったのではないかと思う。



「待て、待ってくれ。二人はこちらで身柄を預かる」


 向こうの立場からすれば当然の要求だが、俺は拒絶する。


「断ります。これは俺の我が儘ではなく、そちらへの配慮ですよ。もしこの場所に芦屋の術師集団が襲ってきたらそちらの被害はどうなります? はっきり言って相手が最後に大きく動くなら今この瞬間を於いて他にないです」


 警察を動員されれば俺達が追われる側だが、形式上でも陰陽寮が身柄を押さえたとなれば警察はそれ以上動く必要がない。当てが外れた奴等は最後の手段に出るだろうが、今度は奴等にとって時間が敵だ。急がなければ雁字搦めにされて身動き取れなくなる。


「犬神課長、巫にとって一番安全な場所は原田の側だ。それは間違いない。原田で無理なら誰も本気になった芦屋には手が出せないのは課長も理解しているだろう」


 暴力一辺倒の奴等が暴れだしたら他の三家も防戦に回らざるを得ないとか。あいつらどんだけ力にパラメーター振ってるんだよ。


「俺の連絡先は陽介が知っている。居場所もそれで知らせるから安心してくれ」


 そして俺は北里さんを一瞥した。彼女にもさっき連絡先を教えているから、使い方次第では他の三家を出し抜けるはずだ、それは陰陽寮にとって大きな手柄になるだろう。


「わかった、だがくれぐれも連絡は密にしてくれ。頼むぞ」


 俺が北里さんに視線をやったのを見た課長が折れた。実際に芦屋が襲ってきたらここの支部ではどうにもならないと解っているのだ。他の三家も口出ししないってことは向こうも防衛は勘弁と思っているはず。課長は諦め半分だ。



「それでは御足労ありがとうございました」


 陽介から小さな包みを受け取った後、俺は老人二人にも頭を下げ、それに葵が続いたあとで公安部陰陽寮四谷支部の扉を後にした。



「ね、ねえ玲二、これからどうするの? 私の迎えが来るまで陰陽寮の保護下にいた方が本当は安全なんじゃない?」


「その場合、窓もない地下シェルターみたいな場所で軟禁されるが、それでもいいのか? 迎えも何処から来たのかとか、色々聞かれたりするんじゃねえの?」


「それは……嫌かも。それに聞かれても答えられないし。確かにお世話にはなれないね。でもこれ以上は玲二の迷惑になっちゃうよ、これから予定があるって言ってたじゃん」


 葵の言葉を拾ったのは俺ではなく肩の上のリリィだった。


「そだねー。もうお迎え来てるし」


「え、なにアレ、すご……」


 葵の言葉に同意したいが、俺も言葉がない。リリィの指さす先には黒塗りのリムジンが止まっていた。それもそこそこ胴体が長いタイプだ。日本じゃあんま見ないカーブ曲がるの大変そうなやつがそこにいた。


「リリィ、あれマジ?」


「マジマジ。如月が迎え出したって言ってたし」


「うわあ。どんだけ気張ったんだよ、如月さん」


 俺と葵が固まっている間に俺達を見つけたリムジンの運転手がこちらへ歩いてくる。黒スーツに白手袋をキメた白人のイケオジがにこやかな笑顔で告げてきた。


「原田玲二様ですね。セントオリエントアーツ・ホテルよりお迎えに参りました。どうぞこちらへ」


「れ、玲二、嘘でしょ!? これ何のドッキリ? カメラどこ?」


「お、俺が知りたいわ、そんなの!」


 綺麗な日本語に驚く間もなく、人形のようにぎこちない動きで俺達は傷一つなく輝くリムジンに乗り込んだ。

 靴、脱いだ方がいいかな?



「れ、れ、玲二。ねえ、どうしたらこんな高級リムジンが出てくるの? テレビの取材だってこんなの見た事ないよ!」


 お飲み物は如何ですか、と先ほどのドライバーがペリエをグラスに注いで持たせてくれたのだが、かすかに波打っているのは車の振動じゃない。あまりの事態に俺の手が震えているのだ。

 このリムジン、メルセデス・ライバッハじゃん。さっき検索したらお値段ウン千万もなさる超高級車でございます。炭酸水とは言えこぼしたらえらいとこになるわ!


「諦めて受け入れろ。俺はそうするぞ。こんな車乗れる機会はもう一生ないんだし、楽しもうぜ」


 たぶんこれから先、移動するならこの車になる気がしたが、それは言わないでおこう。うお、内装凝ってんなあ。エンジン音もほとんど聞こえないし、振動も驚くほど少ない。これが超がつく高級車か、凄ぇなあ。



「楽しめってさあ、なんでこんなことになってんのよ。それにボクも乗っちゃっていいの? 呼ばれてたのは玲二だけじゃん」


「いーのいーの。葵はお客さんだから、リリィちゃん権限でオッケー出しました」


 真面目な話、リリィが言い出せば大抵の申し出は通ってしまう。仲間内の発言力は断トツでトップなのである。


「リリィ、車内でクッキーは止めろ! 食べかす零れるから! 車内はマジ勘弁!」


 自分の顔より大きいココアクッキーをバリバリ貪っているリリィの口からは大量の食べこぼしが落ちている。道端ならともかくここは駄目だぞ。まず俺の精神が持たん。


 やべえ、豪華なのは異世界で結構慣れたはずなのに、こっちじゃドキドキしっぱなしだ。せめて他の事を考えよう。何かを思い出したようにスマホを触っている葵に声をかけた。


「葵、お前これからの予定ってないよな?」


「え? うん、迎えと連絡がつかないからないね」


「じゃあ当然今日の宿もないことになるな」


「うん。これ以上お世話になるのは気が引けるんだけど……」


 話の流れでこの先は解ったのだろう。申し訳ないような喜んでいるような微妙な顔をしている。


「それはもういい。決めたのは俺だけじゃないしな」


 俺は正直まだ葵を連れて行くのは反対だ。メリットとデメリットと天秤に乗せると明らかに後者の方が大きいはずだからだ。


 だが、この決定はさっき言った通り俺の仲間たちがしたことだ。まあ、”時間切れ”だったということもあるんだろうが、困っている葵に気を利かせてくれたんだろう。


「ねえ、さっきあのドライバーさんが言ってたホテルってさ……」


 葵はそれを調べていたらしい。スマホ画面には豪華なホテルのホームページがあった。


「セントオリエントアーツ。完全予約制の最高級星5ホテル。各国王族愛用、一泊一人25万円から。本当にここに向かってるのかな? なんで?」


 葵、諦めろ。これから先はお前の想像の上を行くぞ。


「そこに用があるからだろ。それはそうと話が変わるが、俺が向こうの世界に行った時って1人じゃなかったんだよ」


 今の台詞は微妙に正解じゃないが、間違った表現でもない。


「え? なに突然。あ、ええ? まさか?」


「ああ、その通りだ。そのホテルに俺の仲間が待ってるから、後で紹介する」


 俺に未来を見通す力はないので、この行動が後にどういう結果をもたらすのかさっぱりわからない。後であの子に聞いてみるかぁ。




「到着いたしました。御足元にお気をつけくださいませ」


「あ、はい」「ありがとうございます……」


 リムジンはホテルのエントランスに静かに乗り付け、俺達は促されるままに降り立った。


「こういった場所に縁がないからどうすりゃいいのか解んねえな」


「同じく。助けて玲二」


 都心の一等地をでかでかと切り取って建設された60階建てのホテルの威容に圧倒されている俺達だが、そこは最高級ホテルだ。すぐにドアマンが近づいて俺達を誘ってくれた。


「田舎者ってこういう時大変だね、何すればいいのかわかんない」


「俺も所詮は成金の息子だって痛感するわ」


「別に取って食われるわけじゃないんだし、大げさだなあ」


 既に夜も更け、煌めくシャンデリアがホテルのロビーを彩っている。もうこれだけで圧倒されちまう。なんか場違いすぎて帰りたくなってきたぞ。

 羽振りの良かったガキの頃は旅行とか高級ホテルは泊まった記憶があるけど、こんな入るだけで人間の格が必要とされるような場所は始めてだ。

 妖精のリリィだけが平常運転なのが羨ましい。


 完全予約制だけあってホテル内は静かなものだ。貧乏人お断りのオーラがバンバン出ていて気後れするんですけど。人が少なくて俺達が浮いてないことが幸いだが、これからどうすりゃいいんだろう。とりあえず<マップ>で捜すかな?


「あ、如月みっけ」


 そのときリリィがひらりと俺の肩の上から飛び立つと、ホテルの奥から出てくる人影に近づいてゆく。


 良かった、救いの神が降りてきてくれた。


「うわぁ。玲二クラスの美形がもう一人いるなんて信じられない! それも方向性が全然違う。静と動ってやつ? ああ、写真撮りたい、額に飾って永久保存したい」


 誰でもいい、どうかこの馬鹿女を黙らせてくれ。



 ゆっくりと進んでくるその姿に俺は一瞬違和感を感じた。なんでその姿……ああ、そういや出会ったときはでしたね。




 ホテルの係員に車椅子を押されて俺達に近づく彼は俺の顔を見て僅かに苦笑する。これ面倒だよね、と言葉にならずともその意思は伝わった。


 俺達は仲間だ。異世界に飛ばされて苦労を共にしたかけがえのない仲間、アイツに言わせれば運命共同体だ。


 そんな関係なのだから、この程度の意思疎通は<念話>なしでも朝飯前だ。



「色々と大変だったね、玲二」


「すみません、如月さん。迷惑かけます」


「迷惑だなんて誰も思わないよ。僕達は仲間じゃないか、助け合わなくてどうするんだい」


 実にありがたいお言葉だが、俺にそっくりな顔をした奴は文句を盛大に垂れそうなん気がするんですが。


「あ、あの、ボクは御堂葵です。あなたはどちらの事務所の方ですか?」


 俺の後ろにいた葵が進み出て如月さんに挨拶をしているが、美形の誰もが芸能界に入っている訳じゃないんだぞ。


「事務所? ああ、僕は芸能関係には縁遠くてね。本職は売れない家具職人だよ」


 そりゃ異世界では喫茶店のマスターやってましたからね。勿論貴族の御令嬢やマダムから熱い視線を注がれまくっていた。


「ご、ごめんなさい。つい同業の方に対する癖で……」


 恐縮する葵に如月さんは握手を求める手を差し出した。




 今日、この時を以て何一つ進展することのなかった俺の自由時間は終わりを告げ、仲間たちと余計なおまけをくっつけて合流を果たした。




「気にしないでくれていいよ。僕は玲二の仲間の如月晃一です。御堂葵さん、ユウキの仲間を代表して僕たちは貴女を歓迎します」



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