第23話 最強少年は男嫌いの女に会う。


「あんたが原田?」


「そういうあんたが迎えの人か?」



 東京の田舎から都心へ戻った俺達は巨大なターミナル駅の改札前にいた。そこで土御門の陽介が紹介してくれた人物と合流しろと言われているのだが……目当ての人物はすぐに見つかった。

 スーツ姿の不機嫌な女が俺達を睨みつけているのだ。顔立ちは整っており、腰までの黒髪を白い何か(後で聞いたが和紙らしい)で纏めている。一見してデキる空気を出しているが、その眉間の皺が雰囲気を尖らせていた。

 一応有名アイドルの葵も帽子にマスクで変装しているから、こんなあからさまに俺達に用事がある人物が該当者だろう。


「ふうん、本当にアイドルの御堂葵じゃない。まさかあんたがねぇ」


 じろじろと葵を値踏みしている女は小さく鼻を鳴らした。


「まあいいわ、ついて来なさい」


 そう言い捨ててこちらを振り返ることなく歩き出す女に俺達は思わず顔を見合わせた。


「ねえ、あの人で本当にあってるの?」


「多分な、お前や俺の事も知ってたし。気持ちは解るけどな」


 凄まじいそっけなさと愛想の無さを見せつけられた俺達だが、仮にも陽介が紹介した人物なのだ。もし不手際を起こしたらこの北里とかいう女だけでなく紹介者の陽介のメンツも潰れることを理解していると信じたい。


「まあ行ってみようぜ。あの女、こっちを一度も見向きもしねえな」


「でもかなりの術師だと思う。霊力の隠匿が凄いから」


「え、結構見えてない?」


 俺の頭の上でビスケットをバリバリ食っているリリィが俺達に背を見せる女を指差すが……人の頭の上で何か食うならせめて食べカスをこぼすなと言いたい。人見知りのこいつがここまで傍若無人なのは仲間である俺達の前だけとはいえ、限度があるぞ。いや、払えば落ちるじゃんとかそういう問題じゃねえっての。

 言っても聞かないんだよな、つまり甘やかしたアイツが全部悪い。


 そしてあの女からは僅かに魔力(こちらでは霊力と呼んでるが、本質は同じものだと思う)が漏れ出ている。俺もそれを見て待ち人だと見当をつけたのだ。


「それは玲二たちがおかしいだけだから。どんな鍛錬すれば自分の中に完全に封じ込められるの?」


「自分の中の力をはっきりと自覚することが第一だな」


「そんなのみんなやってるよ。基本じゃない」


 女の背を追いながら葵が口を尖らせるが、お前らの基本と俺達の基本は次元が違う。


「ちゃんと自覚すればこんなこともできるようになるんだよ。俺に言わせりゃお前らは基本の”き”さえ出来てないっての」


 両手の指先のみに魔力を集めてみせると葵は驚きで目を見開いている。この世界の魔法使いは自分の中の魔力をなんとなく理解し、なんとなく使っている。魔力に対する理解度の違いからして俺達とは比べ物にならないんだが、これは異世界とこちらでは魔力濃度の差が大きい面もあるだろうな。俺も<魔力操作>の恩恵に与った身なのでそう偉そうなことは言えなかったりする。


「じゃあ今度教えてよ?」


 期待を込めた目でこちらを見てくるが、それには応えられない。


「俺じゃ無理だ。こっちも教わったクチなんだよ」


 食い下がりそうな葵を手で黙らせた。女が駅前を出て路駐していた車の前で立ち止まったのだ。


「乗って。早くここを離れたいの。そっちもその方がいいでしょ?」


 そう言って女は自分で運転席に向かったんだが……この車って。


「これ、あんたの車なのか?」


「そうよ。早く乗りなさい、路上駐車なのよ」


 おい、公僕。堂々と違反すんなよと思いつつ、さっさと人目から隠したい葵を先に乗り込ませると俺も続く。車内に入ると僅かに感じられる女の体臭が俺を苛つかせた。

 くそ、やはりこの女の自家用車か。


 ちょっと嫌な予感がするんだが。



「とりあえず話ができる場所まで移動するから。色々聞くのはその後でいい?」


「ああ、それで構わない」


 内心に浮かんだ嫌な予感をどう切り出そうかと悩んでいると、隣の葵がおずおずと切り出した。


「あの、間違っていたらすみません。北里さんってもしかして北里小夜子さんですか?」


「……そうよ。たぶん貴女が知っている人間で間違いないわ」


「わあ、加茂家の”氷雨”にお会いできるなんて光栄です!」


 北里という女は歯切れ悪そうに答えたが、聞いた葵は有名人らしい彼女に会えて素直に喜んでいる。

 俺が知りたそうな顔をしているように見えたのか、わざわざ解説をくれたほどだ。


「北里さんは四大氏族家の加茂家で若き天才と言われた人なの、二つ名の”氷雨”は優水を使って繰り出される精密な……」


「そこまでにしておいてくれないかしら」


 話を打ち切る女の声には強い拒絶の色があった。小さくなった葵が慌てて謝罪する。


「あ、えっと。ごめんなさい」


「別にいいわ。昔神童今凡人を地で行っているだけ。陰陽寮に所属しているというだけで貴女にもわかるでしょう?」


「……」


 無言になってしまう葵から後で聞いたのだが、名家に生まれた者が家に残れず陰陽寮に行くのは都落ちみたいなものなんだとか。何処の世界、どの分野でもマウント合戦は必須科目ということか。



「話を変えるが、あんたの自家用車で迎えに来た理由が気になるところだ。普通、仕事ならそっちの職場の車で来るもんじゃないのか?」


「……」


 社内の空気が悪くなったところで俺がさらに追撃を入れたら、案の定北里という女は無言になってしまった。おいおいマジかよ。


「この件を一人で全部解決して大手柄をあげたいって所か?」


「……そうよ。そして私の実力を証明する。私はこんな陰陽寮の閑職で甘んじるような女じゃない」


 悪い? とこちらに聞いてくるが、彼女の望みはかなえてやれないな。


「あんたにも思惑はあるんだろうが、俺の目的にはそぐわないな」


 それだけ言って俺はスマホを取り出した。呼び出す相手はもちろん陽介だ。

 一人でスマートに解決されちゃあこちらの目論見がぶち壊しなんでね。


「土御門だ。原田、小夜子とは合流したか?」


「ああ、それがこの人独力で話を進める気らしいんだが。あんた彼女にどういう説明したんだ?」


 俺は前回の電話で陽介がこちらの意図を汲んでくれたと思っている。あちらにも利がある話だから乗ってくるだろうと踏んだし、あちらも任せておけと請け負ってくれたのだ。なのに何故彼女が一人で先走ろうとしているんだ?


「……まったく。すまんが彼女に代わってくれ。説得する」


 深い溜息をついた陽介の頼みを聞いて運転中の北里のために俺はスピーカー機能を作動させて近くに置いた。


「小夜子、陽介だ。さっきの話で納得してくれたはずではないのか?」


「あんたは黙ってて。これは私一人で解決する」


「お前が現在の立ち位置に不満を抱いているのは解っている。だがこの件はもうお前ひとりの問題ではないのだ」


「解っているですって? 宗家の次期当主様が落ちぶれた私の気持ちが解るというの!?」


 陽介の言葉は北里を落ちかせるために諭すような声音だが、彼女にはそれが癇に障ったらしい。凄まじい剣幕にリリィと葵は体を小さくしている。


「そういう意味ではない。これは間違いなくお前のためになる話だが、1人で抱え込むなと言っている。頑固な所は昔から変わらんな」


「昔の話はしないで! エリートの大天才様に雑草の気持ちが解るわけないでしょう!? 100年に一度の才能と幼馴染だった私がどれだけ周囲に比較されたか、あんたに教えてあげましょうか!? 私がどれだけ鍛錬を重ね努力しても皆は陽介を褒め讃えるだけ。誰も私を見ようともしない。この世代の皆は全員思ってるわ、自分はあんたの引き立て役だって! っっ!」


「……今はそこの巫の件だ。もう既にそちらの課長や加茂家と御影小路家の主にも話を通してある。今からお前個人で秘匿するのは不可能だ、公安課の支部へ向かってくれ」


 思いの丈をぶちまけ過ぎて後悔した顔をしている北里だが、電話口の陽介も苦痛を堪えているような声音だった。


「……ご当主様まで担ぎ出したのね、わかったわ。四谷支部に向かう、これでいいでしょ?」


「ああ、後で合流しよう。その後に少し時間をくれないか」


「嫌よ。あんたと面と向かって話す事なんかないもの」


 俺がかけた電話なのに問答無用で通話を切った北里は乱暴に俺のスマホを投げ返してきた。俺はそれを難なく受け取ると胸ポケットにしまった。


「ふん、余裕ぶった男。気に入らないわ、これだから男は……」


 ルームミラーからその様を見ていた北里は口元を歪めたが、俺は彼女の一言を聞き逃さなかった。


「へえ、あんた男嫌いか」


「当然でしょ、男なんて死滅してしまえばいい」


 は、初めて会った。こっちで男嫌いに初めて出会ったぞ!


 確保だ確保! 俺は内心からあふれる嬉しさを堪えきれず上機嫌に話しかけた。


「そうかそうか! 気が合うなぁおい、俺は原田玲二、よろしく頼むぜ」


「れ、玲二?」「あ。やっぱりそうなるんだ、へんなの」


 葵とリリィがなんか言っているが無視だ無視。俺はこの貴重な男嫌い女と会話しようと躍起になっていた。


「な、なによいきなり。私は男なんかと仲良くするつもりは……」


「そう言うなよ、俺は大の女嫌いでな、男嫌いのあんたとは気が合うと思うんだよ。俺の気持ちを本気で理解してくれるのはあんたみたいな奴しかいない」


「はあ? 何を言って……」


 突然上機嫌になって話しかける俺に北里は気味悪がっているが、俺は是非とも普通に会話できる程度には親交を深めたい。



 俺の周囲に寄ってくる女は総じてトラブルを持ち込んでくる。これまで何度迷惑をかけられたことか。日本でも異世界でもそれは変わることはなかったし、中でも隣にいる葵は過去最大級の厄介事を持ち込んでくれやがっている。


 だが男嫌いを自任する女は周りにいても不思議と俺に迷惑をかけないのだ。異世界での経験だが、これは本当に貴重な存在で周囲にいるだけで俺に平穏を齎してくれるのだ。


 別に仲良くなる必要はない、男嫌いが知り合いにいるだけで効果があると俺は見ている。



 日本で初めて出会った男嫌いをなんとしても確保したい俺は目的地に到着するまで引き気味の北里さんに話しかけ続けたのだった。



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