第22話 閑話 最古の陰陽師家



「若殿、お気持ちは定まりましたか?」


「今こそ最大の好機、思い上がる芦屋の者共に鉄槌を下す時にございます!」


「怯懦はなりませんぞ! 陰陽の筆頭である我らの力を満天下に示すには今しかありいませぬ」


「若、ご決断を!」


「……」



 数人の老人に詰め寄られた俺は表情に出す事なく内心で嘆息する。随分と威勢のいいことだが、この老いぼれ共が今の状況を把握しているとはとても思えない。


 望外の喜びで転がり込んできた好機に付け入ろうとするのは解るが、それをどのように行うのか、その方策はこちらに丸投げだ。完全に勢いだけで話している。

 今が10年の一度の絶好機であることは俺も認める。だが、闇雲に動けば事を仕損じる。戦略を立て、先を見据えて動く必要があるのだ。




 俺の名は土御門陽介。もうかれこれ1000年は存続する旧家を背負わされた跡取り息子だ。

 実家のある京都では特殊過ぎ、そしてそこそこ有名な名字のせいで学生時代に色々言われたものだが、まさか本当に陰陽師の家系ですと宣言するわけにはいかない。


 神秘とは秘されるもの。


 それが世界各国の術師勢力の不文律だ。我が一族を含む4大陰陽家がこの国を長らく霊的に守護してきたことを知るものはごく僅かであることもそれに関係している。

 太古の昔から存在する我等の技芸わざは大衆の目に触れると威力を減じてしまうのだ。しかし、同時に衆目から失われても神秘は消失するという厄介な性質を持っている。


 その曖昧な境界を我ら陰陽はかつては為政者の側に寄ることで、今は創作の中に紛れ込ませることで生き永らえてきた。

 幸いにして先祖の活躍は現代にまで生き続け、俺の苗字は愛好する者たちから目を引く結果となっている。これまでの人生で何度お前の実家は陰陽師なのかと問われたか数えるのも忘れてしまったほどだ。



 他の各家も我が家ほど苦労はしていない(我が一族が特殊過ぎるのだ)にせよ、自らの力を振るうために情報の取り扱いには注意を払うのは暗黙の了解、いや絶対的な認識である。


 そのはずなのに、今現在は非常事態が発生している。


 3日前、陰陽4家の一角を為す芦屋一族が突如として本来秘すべき力を一切隠すことなく使い、一人の少女を捜索し始めたのだ。



 これには日本はおろか近隣諸国の術師勢力が驚愕した。この現代において街中で術師が臆面もなく霊力を使うなど、過去から綿々と守られてきた先祖たちの努力を投げ捨てる愚行、まさに狂気の沙汰だった。


 探索を得意とする我が一族に芦屋が何を企むのかを問う声が殺到し、易によって仔細が判明したときに、さらなる驚愕が俺達を襲った。


 どうやら芦屋はかんなぎを見つけたらしい。


 馬鹿な、存在していたのか。その報を耳にして隣で呟く側近の台詞が皆の心情を代弁していた。


 巫とは”神降ろし”を行えるという伝説の、いや神話の存在だ。日本書紀にも記述がある文字通り神話の住人が令和の時代に顕現したと聞いたら皆そのような反応を示すだろう。


 冗談ではないのか、と口に出したい気分のまま、どこか納得する自分がいた。

 芦屋一族がこれまでの全てをかなぐり捨ててでも手に入れる価値のある存在、巫ならば納得できてしまう部分がある。

 だが、なるほど、と頷いている場合ではない。芦屋の思惑がどうあれ、このままでは不利益を被るのはこちらだ。

 陰陽師はかつて存在した職業で、今はフィクションで人気の存在という立ち位置は我等としても望む所である。町中に監視カメラが設置され、誰もがネットに動画を上げられる時代に公衆の面前で披露されたらどうなるか。


 それくらい芦屋も理解しているはずだ。これまでは彼等も力を秘して影の中で己が役目を果たしてきたのだから。


 それでもなお巫を求めているのは解っているが、このまま座視すれば陰陽師が風評通りの力を実際に持っていることの露見、そして陰ながら妖魔を断ち、各地の霊脈を守護する陰陽師という立場が崩壊する。

 特に危険なのが霊脈の守護だ。我が国には大災害が切っても切れない関係にあるが、昨今それが頻発する傾向にあるのは守護する者の力が弱体化していることが一因だ。ただでさえ弱っている力が、芦屋の行動でゼロにされてはこの国は破滅への道をたどることになるだろう。

 大げさなように聞こえるが、残念ながらこれは事実だ。陰陽師が古来より権力の側に侍り、権勢を持つことによって日ノ本があまねく霊的守護されてきたのは否定できない現実であり、過去に陰陽師勢力が凋落すると天変地異が立て続けに起きていることは歴史が証明している。

 陰陽の力が白日の下に晒され、我等がその力を失えば未曽有の危機がこの国に訪れることになるだろう。


 そしてそれは我々だけではない。大陸にはタオの力が、欧州には教会勢力がそれぞれ絶大な地下権力を握っているが、我等の過ちが切っ掛けで彼らの力も失う事に繋がりかねないのだ。

 100年前ならいざ知らず、昨今は一瞬で地球の裏側に情報が送れる時代だ。

 秘されるべき我等と情報機器は天敵の関係なのだ。


 それくらい芦屋も解っているはずだが、それでも彼らは行動を止めず、こちらの中止要求にも応じていない。

 官邸や菊の御紋章の方々はまだ静観の構えだが、あちらが本腰を入れる前に我等で対処せねばならないことは確かだ。


 しかし、その対処も難しかった。芦屋は術師の数こそ少ないが陰陽随一の武闘派集団なのだ。我等や他の2家は占いを主に取り扱うので、戦いはこなせるもののガチの戦闘集団である彼らに真正面から挑むのは無謀の極みだ。

 もちろん術者の数では我ら3家に軍配が上がるが、最近では裏社会をも傘下に収めて頭数では随一となっており、馬鹿正直に戦いを挑むには分が悪すぎた。


 しかし手をこまねいている訳にもいかず、まずは例の巫の身柄を芦屋より先に確保せんと東京の別邸にいる者たちを率いて巫が隠れるホテルを張っていたのだが……


 まさか襲撃を受けるとは思わなかった。それも国家機関である陰陽寮から。


 のちに誤解であることが判明し、寮の総監から正式な謝罪を受けたが許したわけではない。不意打ちで病院送りになった者たちが4人もいるのだ。彼らの心情を思えば易々と許しを与えるわけにいくものか。


 ……だが、その後は不可解な展開になった。巫を守護している少年から助けられた俺は彼と友誼を交わしたのだ。




「若、仕儀は如何に?」


「爺、そして皆も少し落ち着け」


 周囲で言いたいことを言い続けているのは本家の長老衆だ。わざわざ京都から東京の別邸まで押しかけてきて気勢をあげている。


 だが彼らの言い分も理解できる。


 昨日、芦屋の追跡部隊とみられる集団が壊滅状態に陥ったと報告があったのだ。

 なんとその数100人以上と聞くから驚くより真偽を疑ってしまったが、我が一族の探知能力は世界でも有数だ。間違いはないだろうし、それを為した人物は容易に想像がついた。

 尋常ではない力を持っていると思ったが、想像以上だ。


「これが落ち着いてなどいられましょうか! いまこそ増長する芦屋を誅罰する好機! あれほどの人数を削られたとあらば敵も衝撃が襲っているはず、拍車を当てるのは今しかございませんぞ!」


「だが壊滅した部隊に術者は居なかったそうだ。芦屋に痛撃が与えられたとは言えまい。それに打って出るというが、誰が行くのか? 数日前の襲撃で傷が癒えていない者ばかりではないか」


 暗にお前たちが老骨に鞭打つのか? と視線で問うと老人共は揃ってトーンダウンしてしまった。


 全く、何をしに来たのか。老害、という言葉を何とか飲み込んだ俺は不満気に老人5人を見渡した。この連中は芦屋の勢力拡張に忸怩たる思いを抱いているが、実際の行動は他人任せというどうしようもない老いぼれどもだ。


 もともと我等は戦う一族ではなく、補助を得意とする者達だ。妖魔を伏滅させる術は持つが、対人技能は乏しい。その中でも実戦に出せる者たちは先の襲撃で半分に減ってしまった。あの時も無理を押して出かけたのだ、この老人共は次期当主が危険を承知して出張った意味を理解しているのか? 戦いに出せる数が少なすぎるのだぞ。


 卓越した技量を持つ”芦屋八烈”をはじめ、古来より戦闘一辺倒の歴史を持つ芦屋と4つに組んで戦うなど冗談ではない。


 それに敵の思惑も気になるところだ。巫は神話の存在だが、あくまでもそれは鍵に過ぎないはず。巫は手段であり結果ではない。ということは奴等は巫を手に入れて何をするつもりなのか?


 そして陰陽師が超常の力を振るう様を見られても何の遠慮もないとはどういうことだ? 露見して被害を被るには奴等も同じなはずだ。


 芦屋は何を企んでいる?



 その他にも俺がこの別邸で状況を注視している理由、それも最大の理由はほかにある。


「すでに手は打ってある。俺達は朗報を待ち、適切な時期に介入すればいい」


「例の野良術師ですね? 今回の芦屋殲滅も彼の者の手際とか」


 奥に控え、これまで黙っていた老婆が口を開いた。正直言ってあの蓮野婆が京都から離れたことが一番の驚きだったが、やはり彼の件か。


「そのようだな。今の芦屋に喧嘩を売れるのはあいつ以外いないだろう」


「若は連絡先を交換したと聞きました。御見事であると大御所様も仰っておりましたよ」


「おばば様が? それは勿体ないお言葉」


 今の俺は将来の土御門を背負う立場だが、今の実権のほとんどは本宅にいるおばば様が握っている。まず間違いないくこの老人たちは、おばば様に直接意見するのが怖くて若い俺に言ってきたに違いない。


「おお、それは重畳。流石は若様じゃ」


「なるほど、必要であればその者から情報を受けられるわけじゃな」


「野良術師とは思えぬ力、何とか我が一族に引き込めぬものか……」


「若、我が家に保護を申し出るのは如何か? やもすれば巫を我等が手中に……」


「止めよ。余計なことを考えるな。奴の力を見ていないからそのような妄言を吐けるのだ。下衆の勘繰りは逆効果になる、故に俺は向こうからの連絡を待つだけだ」


 蓮野の言葉を聞いて勝手に盛り上がる老人共を俺は制した。俺が玲二の術を見たのは一度きりだが、符術に必須の呪符や詠唱をしていた形跡が何一つなかった。それでいてあの暗闇の中で正確に5人の後頭部に一撃を入れる技術、さらには手加減して脳震盪に収める技量は驚愕を通り越して畏怖を覚えるほどだ。

 特に陰陽寮の使い手を昏倒で収めたことは大きかった。国家権力の人員を殺めれば向こうは芦屋の一件を放り出してでも面子にかけて報復に出るだろう。



「あの者が巫の傍に居る限り、芦屋が本懐を果たすことはない。今は浮足立つことなく……」


 良からぬことを考えるなと色めき立つ老人共を押さえるべく俺が口を開いていると、傍に置いてあるスマートフォンから着信音が鳴っている。


「これは……」


 呼び出している相手の名前を見た俺の顔が強張るのを抑えきれない。まさかこんなに早く連絡が来るとは想像もしていなかった。


「若様?」


 俺の驚きが伝わったのか、蓮野が声をかけてきた。


「今話題に上がった男からだ。しばし待て」


 おお、と声を上げる老人共を黙らせると俺は通話を始めた。



「土御門だ。そちらは原田か?」


 俺の言葉にそうだと応えた玲二は、信じられない言葉を口にした。


「よう、元気か? いきなり電話して悪いが、俺達、ちょっと自首しようかと考えてるんだ」


 かけられた言葉は心底意味の解らないものだった。何処から自首という言葉が出てくる? お前ほどの男がいて芦屋に対して投降するのか?


「なん、だと? 詳しく説明してくれ、自首とはいったい何のことだ?」


 話を聞くにつれ、相手方の情報が理解できてきた。芦屋は巫が所属している芸能事務所の社長を殺害し、その罪を彼らに擦り付けようとしているのか。今朝起きた事件であるのに、例の100人殲滅のインパクトが大きすぎて事件を見逃してしまっていた。


 我が一族でも多数を芸能界に送り出しているので巫の事情は理解していたが、警察機構は芦屋の勢力が強い。土御門では対抗しきれないぞ。


「なるほどな、確かにそちらにとっては危機的状況だな。しかし、このまま警察に自首しても事態は好転しないはずだ」


 その程度のことは当然玲二も解っているはず、そもそも本人が警察に行っても意味はないと言っていたではないか。


 待てよ……自首、自首か。


「なるほど、俺に連絡してきたのはその為か」


 確かにあそこならば好都合だ。芦屋の思惑を潰せる上に、こちら側も大手を振って干渉できる。極秘の存在である巫も多くのものに知られた今となっては隠す意味がなない。むしろほかの2家、加茂と御影小路を巻き込むほうが芦屋にとっては都合が悪いか。


 玲二、なかなか悪辣な手を使うじゃないか。けして力だけの男ではない。


「ああ、伝手がないかと思ってな」


「もちろんある。土御門からも大勢人員を出しているからな。よし、連絡をつけるから指示に従ってくれ」


「よろしく頼むわ。じゃあまた後で」



 

 通話を終えた俺は詳細を求める視線を寄越す老人たちに見向きもせずに頭の中で最良の人物を検索する。玲二がこちらに話を持ちかけたということは我等に都合の良い人材を見繕えという意味でもある。こちらに花を持たせてくれたのだ。


 これでも陰陽4家筆頭の地位を長らく維持しているのだ、この件でも主導的立場を取るのは我が土御門を以て他にない。


 この状況をフルに活用して我が家の利益が最大になるように動くのが、一族の長としての務めだろう。



「小夜子か? 久しい……そう邪険にするな。お前に良い話を持って来たのだ。聞くだけ聞いても損はないぞ」


「……! ……!!」


 と告げかけた電話に向こうが文句を散々垂れているが、無視を決め込んだ。あの閑職に追いやられた昔馴染みもこの話を聞けば飛びつくに違いない。



「……そう怒鳴るな。お前、そして”陰陽寮公安部”にとっても悪い話ではない。そちらも摑んでいるだろう? 目下、アジア最大の懸案事項である巫についてだ」


 相手が息を呑んだのが解った。


 さて、玲二よ。お前はこの嵐をどう乗り切るつもりなのか? 特等席で見物させてもらおうか。



 あの誰からも期待されていない公安第7課が日本の術師勢力で中心的役割を果たすのはあと半日の時間を要する。



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