第125話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 14



「玲二! お前一体何してんだ!」


 途切れた意識はユウキの怒声によって覚醒した。


「ユウキ? なんでここに、今戦闘中……あれ?」


 その時になって俺は周囲がいやに静かなことに気付いた。今さっきまで俺から放出する強すぎる力の余波だけで暴風が吹き荒れていたはずなのに。

 あ、これって……。


「まったく、面倒を増やしおって」


「そーだよ玲二! 間一髪じゃん! ユウの準備があと少しでも遅れたらとんでもないことになってたよ!」


 溢れ出る魔力の放出を抑えた俺に溜息をつくセラ婆ちゃんとお冠なリリィも俺の側、それもかなり近くにいた。その後ろには葵のやつまでいる。

 ユウキに手を引かれてるがその顔は魂が抜けたかのようで、呆然と周りを見回していた。


「うそ、でしょ……こんなこと……本当なの?」


 葵は視線は周囲に向けられている。こいつの精神状態は手に取るように分かるぜ。

 こいつの力こそ、まさに神がかっているからな。


 なぜこの場が静寂に包まれ、葵がしきりに周囲を見回しているのか?



 それはユウキがその手に携えた禁書級魔導書グリモワールの力により、この場所以外の時間が停止しているからだ。


 俺の意識が突然薄れたのは停止空間にいた俺が無理矢理通常空間に戻されたからだと思う。ユウキが葵の手を引いているのもそれに関係している。時を停める効果のある空間はかなり狭いからだ。セラ婆ちゃんとリリィが俺に近いのもそのせいである。


 この魔導書に関するあれこれを語りだすと葵の騒動よりずっと長くなるので割愛するが……一言で言い表すなら、またユウキの仕業である。


 我ながらこの説明はどうかと思うが事実だから仕方ない。



「気軽に破壊できる封印じゃないんじゃがの。玲二にも困ったものじゃ」


 婆ちゃんは俺が開放した封印を再度仕掛けなおしてくれているが……


 うーん、こりゃ説教コース確定だな。



「ねえ……これ、ほんとに時間が止まってるの?」


 葵の呆けた声に俺は説明をしてやった。俺もこの時間が止まった空間に初めて入った時は同じような顔をしたもんだ。


「見ての通りだ。ほら、俺の力にビビってる蛇野郎の固まった阿呆面が超笑える」


 視線を他に向ければ俺の禁呪発動に腰を抜かした陽介や卒倒寸前の麗華さんの姿も見える。そして当然ながら彼等は身動き一つなくその場で固まっている。


「笑ってる場合じゃねえよ玲二。お前、何番まで開放した?」


 葵にこのとんでもない力をウキウキで説明していた俺をユウキの不機嫌な声が遮った……はい、反省してるって。

 ユウキがこの魔導書の力を使ってまで介入するなんて……うん、これは最近稀に見るやらかしだ。



「え、えーと、7番、かな?」


「嘘をつけ。儂が精魂込めて紡いだ術式が半分、10番まで壊されとるわい」


 事態のヤバさを感じ取った俺は適当な嘘をつき、当然即座にバレた。この封印術式を組んでくれたのはセラ婆ちゃんなので彼女に隠し事なんてできやしないのだ。


 まずい、俺を見るユウキの目がかなり剣呑だ。


「で? いざって時には躊躇うなとは伝えたが、注意点もちゃんと教えたよな? 10番まで開放するとどうなるんだっけ?」


 蛇野郎にムカつきすぎて細かいこと考えるの忘れてた。


「ま、前にやった時は全然平気だったじゃん」


 ……その時は4番まで解放してその魔力だけで危うくダンジョン崩壊しかけたっけ。


「閉鎖空間のダンジョンボスの間と一緒にすんじゃねえよ。通常空間じゃ封印指定を展開するだけでも危ないし、精々解除しても1番が限度だ。それ以上やると確実に魔導災害を引き起こすから絶対やるなってあれだけ言っただろうが」


 俺が居なかったらどうなってたことか、とため息をつくユウキの言葉は全て真実だ。


 俺達の能力をセラ婆ちゃんがこんな厄介な積層型複合封印まで仕込んで封じたのにはそれ相応の理由がある。

 さっきは日常生活が満足に遅れないからと言ったが、それはあくまで俺達に限った話であり、実際はここまで魔力が増えてしまうとただ普通に突っ立っているだけでも深刻な魔導災害を引き起こすからなのだ。


 魔導災害とはその名の通り、魔力事故によって引き起こされる天災、そして人災の事を指す。

 俺達の住むガーランド大陸の最奥には大破壊によって滅びた先史文明の時代に派手にやらかした爪痕が至る所に残っているそうだ。

 実際に目にしたことがあるというセラ婆ちゃんの話では魔力が全く存在しない一面の砂漠が広がっていたり、何の脈絡もなく大嵐が吹き荒れたり、四六時中雷鳴が轟く完全な人外魔境になっているとか。


 俺達の異常な魔力が解放されたらそんなイカれた世界が簡単に作れてしまうらしい。むしろ被害は先史文明など鼻で笑うレベル、この星全体に悪影響を及ぼすものになるはずだと婆ちゃんは俺達を脅しまくり、特製の20層もの超拘束術式で抑え込んでいるのだ。

 つうか、俺達そこまで危険人物だったのかとあの時は驚いたもんだ。姉貴のユニークスキルを活用するために大量のMPが必要だっただけなんだが。

 そう脅しまくった婆ちゃんだが彼女も俺達のユニークの恩恵を受けまくっている側なのでこうしてせっせと封印の修復を行ってくれている。



「悪い。あの蛇野郎があんまりふざけた事言うもんだから、ついキレちまった」


 俺はユウキに向けて正直に謝った。ミスをしたのは事実だし、仲間に対してつまんない意地を張るつもりはない。


 それにしてもヤバかった。もし日本がそんなことになっていたら俺は皆から非難轟々だ。ユウキだって魔導災害の鎮め方は時間に任せるしかないと言ってたし、先史文明はもう8000年以上前らしい。

 つまり、現状では引き起こしたら元に戻すことはできないってことになる。

 こいつが居てくれて助かったと思うと同時に、まだ自分ひとりじゃ何も出来ない半人前だと言う事実を突き付けられた気分だ。



「おいおい、謝る必要なんかねぇよ。俺達は仲間だろうが、一人で全部抱え込む必要がどこにある。その為にここに来たんだし、もっと俺みたいに仲間を頼りまくればいいだけだろうが。だが今のは焦ったぜ、魔導書グリモワールの発動があと一瞬遅かったら洒落にならなかった」


 準備しておいて正解だったなと安堵の息を漏らすユウキに深く感謝する。


 封印を解くと溢れ出る力による高揚感で感情のタガが外れがちだ。あのまま10番まで限定解除していたら多分地球がヤバかったはずだ。



「多分これが最後の機会だ、この敵の情報を共有しておこうぜ。<念話>でもいいが、戦ってる最中に細かい確認しにくいだろ?」


 セラ婆ちゃんが俺に再封印を施すなか、ユウキがそう切り出したんだが……俺はその申し出に素直に頷けなかった。


「そりゃ俺はいいが、ユウキの方は大丈夫か?」

 

 俺もあの魔導書を使ったことがあるから解るが、あれ燃費が最悪なんだ。定量じゃなく割合消費で魔力を持っていくので俺達であっても連続稼働は負担が大きい。それにユウキはこれで今日2回目の起動の筈で、かなりの負荷が掛かっていることは厳しい表情をしていることでも明らかだ。


「問題ない。この機を逃す方が勿体ないからな。まずあの敵だが完全体と判断して間違いないと思う。予想した通り奴の体を構成する黒い霧が相手の体内に入り込むことで支配する理屈のようだ」


「やっぱそうか。じゃあ蛇野郎があの靄だか霧を吸い込んでめっちゃ強化されたのは?」


「他に割いていたリソースを龍神を完全に支配するために集中させたと見るべきじゃろうな。故にまた限界も露呈したがの」


 俺の疑問にはセラ婆ちゃんが答えてくれた。ユウキのブレーンを務めるこのハイエルフの知見はこの場の誰よりも確かだ。


「限界ってのは?」


「操れる対象には上限があると見ていい。わかりやすく説明すると、奴は他人を支配できる力は100の総量があり、平均的な使い手には1の容量を割くことで相手を支配できると考えよ。優秀な術者には5や10といった感じにの」


「なるほど、あの土地神を支配するにはすべてのリソースを投入する必要があったってことか。じゃあ、黒い靄が四方八方から飛んできたってことは操られてた芦屋の連中は?」


「ああ、連絡取れるやつは全員正気に戻ったそうだ。お前がさっき助け出したアシヤ一族に確認を取らせたから間違いない」


 相手を支配できるという格別な能力を持っているのに、その対象は芦屋一族に絞り手当たり次第に操っていないことからその能力に限度があるのではないかと見ていたが、案の定だ。


「よし。じゃあ、後はあの蛇野郎を始末すれば完全勝利だな」


「待て待て。それ以前に奴の本体があそこにいるという保証はないことを忘れたか?」


「あ、そうだった。くそ、本当に面倒な敵だな」


 そもそも自分で動かず他人を操って目的を達成する奴なんだから、その臆病さを考えると全てを賭けて俺に戦いを挑んでくるとはとても考えられない。

 もし狡猾さまで持ち合わせていたら死んだふりをして逃げる可能性の方が高いしな。


 それにいくらでも分身が作れて、そのどれもが本体になれるとかマジ厄介な能力だ。

 テンション上げすぎてそのことがすっかり頭から抜けてたなんてとても言えないぜ。


 やっちまったなと内心頭を抱えた俺にリリィがとんでもないことを呟いた。



「せっかく準備が大変な大禁呪スタンバイしたのに逃げられたら意味ないじゃん。そもそもさ、一瞬で倒せるのに何でそんな面倒なやり方してんの?」


「相棒、それは……」


 ユウキはリリィを遮ろうとしたが、今の言葉はどうあっても聞き逃がせないぞ。


「あの蛇野郎を一瞬で倒せるだって? あんなトンデモ能力あるのにいったいどうやるんだよ」


「あ、やっぱり気付いてない。そうだろうと思ったけど……では玲二君に質問ターイム! 敵の能力がどう見てもチートです。そんなときユウならどうやって対処するでしょーか?」


 俺がその立場に置かれたらどうなるか分からないが、ユウキの行動なら決まってる。


「え? そんなの決まってるだろ。敵がチートだってんなら、もっとタチの悪い極悪なチートで百倍返しを……あああぁぁっ!!」


「れ、玲二。いきなりどうしたの!?」




 俺は膝から崩れ落ちた。

 所謂ort状態である。自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れ果ててしまったのだ。


「……この戦い、全部いらなかった……」


 ……今の暗澹たる気持ちを言葉にするなら、その一言に尽きる。


「ま、まあそう気にすんなよ。性根が真っ直ぐで結構なことじゃないか」

「そうそう、ユウみたいに根性ねじ曲がってない証拠だし! どんまいどんまい。あの禁呪も派手だし綺麗だから戦いのフィナーレにもってこいじゃん!」


 あまりに落ち込んだ俺を見かねたのか2人は口々に慰めてくれるが……



「ユウキは何時気づいたんだ?」


「え? そりゃ<鑑定>した瞬間に。あんな面倒な能力持ったやつ、マトモに相手していられるかよ」


 即座に気付いたんかい……


「……お、教えてくれてもいいじゃんか……」


「すぐに気付くと思ったんだよ。つうか普段のお前なら見抜いてるはずだろ。必死な当事者と傍観者じゃ精神的な余裕も違うかもしれんが。ほら、立てよ。何時まで突っ伏してるつもりだ」


 葵がよほど心配らしいな、と有り得ない事を言われてるのに萎れた俺は反論も出来ない有様だ。


 そしてユウキに無理矢理立たされた俺だが、衝撃の事実を明かされて以降、テンション激萎えである。

 くそ、何で思いつかなかったんだ、俺よ。あ〜あ、マジでやる気消滅した。



「わかってるけどよ……くそ、あんなに色々気にして立ち回ってたのが全部無意味とかさぁ」


 これでも確実に蛇野郎を仕留めるために俺なりに結構考えてたんだ。

 奴を油断させるために手を抜いたり敢えてミスして好機と見た奴が渾身の力を振り絞らせてから逆にカウンター入れるとか、色々考えてただけにショックがデカいわ。


「だが切っ掛けが葵とはいえ、お前が始めた喧嘩だ。お前が締めなきゃ話にならねえ。お前がここで終わらせてこい」


「ああ、わかったよ」


 どんな精神状態であっても、俺の心を奮い立たせるのは何時だってこいつなんだ。


 ユウキの声を背に受けて、俺は自分の足で立ち上がった。


「ケリを付けてくる。ユウキ、アレ借りるぞ」


「おう、好きにしな。ったく、せっかくこの限られた面子だからあの話をしようとしたってのに、リリィが先走るからそんな暇なくなったじゃないか」


「まーまー、いいじゃんいいじゃん。世の中予定通りにはいかないもんだよ」


「ええ、まだこの他に何かあるの? もうお腹いっぱいなんだけど……でも聞いておいた方がいい気がする」


 葵も昨日今日とユウキと行動を共にしてこいつの性格をだいぶ掴んだようだな。ユウキの新たな懸念に諦め顔だ。


「…………」


 そしてユウキの口から語られた内容を聞いた俺は、自分にはもう無関係だからと聞き流すことにした。

 ……今しか話すタイミングなかったのはわかるけど、この敵以上の難題をしれっとぶち込まんでほしいもんだ。


 だがこれはきっと青い顔をしている葵が陽介や藤乃さんとかと相談して解決してくれるだろう。俺はもう十分手を貸したし、これ以上関わるつもりはない。


 さっさとあの雑魚を始末してこの事件とはおさらばだ。





「止めろ! 貴様正気か!?」


 再び時が動き出し、偉そうな神の演技をかなぐり捨てた蛇野郎の焦った思念を耳にすると……こんな真面目に戦うんじゃなかったと後悔の念が沸き起こる。


 周囲はバインドを受けて身動き取れない自称神、そして禁呪指定を食らってる大魔法が臨界寸前、俺の魔力一つで何時でも起動できる状態だ。


 はあ、と知らぬうちにデカい溜息が出てしまった。


 さっきまでノリノリだった分、その反動ひたすら気分が盛り下がった俺は必死で身を捩る蛇野郎を冷めた目で見下ろした。


 俺の激低テンションは奴も感じ取ったらしい。束縛から逃れるための動きを止めた。


 そして俺は懐からとある最悪チートアイテムを取り出し、そのの銃口を奴に向けた。

 そう、こいつの見た目は幼児が遊ぶ玩具の光線銃そっくりなんだ。


「お前もこんなオチなんて考えもしなかっただろうが、諦めろ。完全に相手が悪かったな」


「な、何を言って……」


 その言葉が言い終わる前に俺は光線銃の引き金を絞り、奴に向けて仲間内の誰もが絶句した最低最悪な効果を引き起こした。


「?? 何をしたかと思えば、狂したか? 児戯に付き合うほど暇では……な、なんだと? 力が、我が権能が消えてゆく!」


「……」


 やっぱり効いたか。そりゃあ同じアセリアのモンスターだし、効かない筈がないか。

 これが本物の上位神とかだったらこれさえ無効化しかねないが、所詮こいつは能力が厄介なただの寄生虫に過ぎない。


「力が消えた事なんかより、他の心配しろよ。気付かずに死んだほうがまだマシかも知れないが」


「そんな馬鹿な! 消えてゆく! 我が、幾万もの分け身を持つ我等が消えてゆくだと!?」


 俺の意味深な言葉でようやく自分の深刻な事態に気づいたようだ。


 これで奴はもう自分の力を何一つ使うことができない。


 今のこいつはなんの変哲もないただのガス生命体だ。

 分身をいくらでも生み出し、その全てが本体になるというクソチートは俺の手にある更に最悪なチートによって殺されたのだ。


「あーあ、ほんと酷いわ、この魔導具。こんな相手じゃなきゃ絶対使おうとは思わねえ」


 俺は手の中にある玩具の光線銃を見やった。



 こいつの名は”夢魔の悪夢”という。


 名前からしてもう酷いが、1番最悪なのはその能力だ。



 何故ならば、この銃から発せられた光線を浴びた者はあらゆるスキルを問答無用で封印されてしまうのだから。

 


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