第93話 最強少年は痴話喧嘩に巻き込まれる。 1
俺達は各種様々な魔導具を手に入れている。魔石を動力源として家電の代わりとなる魔法の水瓶や着火の小杖、ライトの代わりとなる発光の魔導具なんてのは裕福な商人や貴族であれば当然のように持っている品だ。
だが、世の中には俺達の想像を超える魔導具が存在する。
色々制限はあるものの瞬間移動を可能にする転移環、どんな鍵も開けてしまえる魔法の鍵。見た目以上に内容量があり、なおかつ重量も気にせず持ち運べるマジックバッグなど家電の域を超えたまさに魔法としか言いようのない効果を持つものもある。
このクロノブレイドもその一つだ。
この青白い刀身を持つ魔法の短剣は普段は柄だけなんだが、使用者の魔力を吸ってその刀身を形成する。
そして突き刺した相手の時間を止めてしまえるという意味不明すぎる効力を持っているのだ。
どういう原理なのかはさっぱりわからんし、悪事に使い放題なので仲間内ではあまり日の目を見ない魔導具なんだが……ユウキがこれを使ったほうがいいと連絡を寄越したのだ。
彼女たちの状況は多分一刻を争うものだと思う。だが、命が消えかけていた瞳さんと違い、この巫女は仮死状態となり魔力が神木に流れ込んでいる訳ではない。恐らくなんらかの魔法を自分で使ってその身を守ったのだ。
だから俺は本番の明日まで現状維持を続けるべくこの魔導具で彼女の時間を止めることにしたわけだ。
「よく見ろって。刺さってるのに血が出てないだろ? この女を傷つけたわけじゃないんだ」
腹の上に刺さっている短剣だが、服は紅く染まっていない。そもそも刃じゃないので傷つけることはないのだ。
「確かにそうなんだろうがよ……事前に一言言えよ、驚くだろうが!」
この魔導具の話をしたところで容易に信じるとは思えないので勝手に行ったのだが、目の前で人を刺したことで仰天したこのオッサンはなんてことしやがる、怒り出して宥めるのに一苦労だった。
「ここに来るまでに言ったけど、本番は明日だからな。死にかけてるかもしれないと思って急いだが、自分で仮死状態になってるなら回復手段もきっとあるだろ。今は時間を稼ぎたかったんだよ」
社長には俺達のやらかしを含めて大まかな事情を伝えてあるからこちらの主張に納得してくれた。
無事で何よりとも言いにくい状況だが、この巫女が目を覚ますのはこの事件が最終局面に入ってからだな。それが一面面倒が少ない。
とはいえ一応皆に連絡を入れておくか。この女が加茂の人間だってんなら北里さんは面識があるだろう。後でスマホで写真撮って画像を送って確認してもらうか。
「お前と一緒に居ると驚く事ばっかりだぜ。今はこの嬢ちゃんの命に別条がないことを喜ぶとするか。だが明日までこんな辛気臭い場所に置きっぱなしって訳にもいかねえな」
「ああ、とりあえず移動しようぜ? ところで社長、悪いが俺は女が大嫌いなんだ」
「あれマジだったのかよ。ったく、しゃあねえな」
女なんかに触れたくもないと言い出す俺に頭を搔いた社長が意識を失っている巫女を抱き上げ、その隙に俺は近くの暗がりにこっそり転移環を仕掛けた。
明日の夜にここへ再度やって来て封印をぶっ壊すためだ。ユウキも他の封印の場所に転移環を設置済みだ。
これで葵をこちらの世界に戻したと同時に何故か封印が破壊されてしまい、敵が完全復活を果たしてしまうのだ。
先ほどの会議の場で状況は予断を許さん、何時変事が起きてもおかしくないと陽介が出席者に油断するなと念押ししていたのだ。
だから突然敵が復活してもなにも不思議ではない。
そして復活した敵を俺達が撃破すれば依頼完了なんだろうが……これまでの流れだとまた何があるんだろうなぁ。
これについてはもう諦めている。口伝のみの言い伝えしか残ってないし、敵の能力も不透明なものが多い。
だが俺達はこれまでもなんとかしてきたし、何とかするだけの力を持っている。
これまでにも自分は不死だ、神を超える力を得たと寝言を抜かす馬鹿を何匹も張り倒してきた。その中で確信を得たことがある。
世の中に亡ぼせないものなど存在しない。生者必滅は世の理だ。
さっさとカタを付けて葵のゴタゴタとはおさらばだ。
俺の予定も押してるんだし店の問題とかも解決して
「それで原田、これからどうすんだ?」
車の後部座席に巫女を寝かせた社長は車を走らせているんだが、その問いに俺は口ごもった。
「巫女を助けることが最優先だったからなあ、完全ノープランだ」
実際はユウキに連絡とって合流するかと最初は思ってたんだが、社長と共に向かうことになってその予定は白紙になった。
あのときは名案だと思ったんだが、社長に俺達の秘密を隠すとなると出来ないことばかりで困るな。しかし社長は好人物とはいえ、俺達も秘密を全部明かすほどの関係でもない。
陰陽師の一族に生まれたから魔導具を見てもそういうものかと平然としているが、彼が一般人なら魔導具自体を見せていない。そもそもそれならここに連れて来ないが。
さっき<念話>したらユウキは救出した巫女二人を如月さんの居るホテルに転移環で送ったらしい。
もちろんその時には久さんや藤野さんもホテルに辿り着いており、寝かされている行方不明の二人を見て騒然となったのは想像に難くない。二人には俺がやったようにクロノブレイドが刺さっているだろうからな。
大丈夫だったのかと如月さんに尋ねたら、北里さんと瞳さんがユウキの行いには必ず意味があると断言してその場を収めたらしい。北里さんは解るが瞳さんまでユウキを擁護するとは意外だった。
俺達が救出した巫女も北里さんに確認してもらい、加茂の護り巫女だと確定した。明日の朝にはホテルから迎えが来るのだが、それまでは俺と社長で保護しなくてはならない。
この
「おいおい。しゃあねえな。俺の
「なんだ、社長の家はこの近くなのか?」
「いや、家は怪しい奴等がうろついててあれから一度も寄り付いてねえ」
「マジか……反社連中も徹底してんな」
ここに車で少し話を聞いたんだが、芦屋は配下の反社を使って社長を徹底的に追い込んでいるらしい。
「これでも一時に比べりゃ圧倒的にマシになったんだ。だからあの兄ちゃんには返しきれねえほどデカい恩がある。頼むぜ原田、俺はなんとしても命の借りを返さなくちゃなんねえんだ」
「話はするけどよ、意気込めば意気込むほど可能性は下がるぜ? 普通に命の礼をさせてくれ、って話を持ちかけた方が無難だぞ」
鼻息荒く舎弟にしてくれって頭下げても嫌だ、の一言で終わる未来しか見えないからな。
俺が心配でこうして手伝ってくれるほど面倒見いいし、普通に付き合ってれば自然と仲良くなれる奴なんだが……醸し出す雰囲気が只者じゃないからさっきの当主たちのように勝手に身構えて警戒するんだよな。
「そ、そうか。わかった、気を付ける」
そんな話をしながら辿りついた先は一件の雑居ビルだった。ここの彼の隠れ家らしい。
「このビルの3階が俺の古馴染みの探偵事務所なんだが、当人が半年前から行方不明でよ」
「……それってもう死んでるんじゃ」
微妙な話を聞かされた俺は言葉を濁したが、社長は笑い飛ばした。
「行方不明はもうこれで3度目でな、あいつが簡単にくたばったとは思えねえ。いつかひょっこり戻ってくるに違いねえのさ。そんでこの事務所の合鍵を俺が持ってるって訳よ」
所有者が不在なので彼が黙って借りてるってことか。確かに隠れ家にはもってこいだな。
ビルの地下駐車場に車を停めた社長が意識のない巫女を抱き上げながら反社連中にここが突き止められる筈がねえと俺に説明したんだが……地下に入る前に車の窓から見上げたビルを思い出す。
「3階って確か電気ついてたぞ? 誰か一緒に隠れてるのか?」
「な、なんだと!?」
巫女を背負ったまま俺と共に階段を駆け上がった社長が外に出てビルを見上げるが、やはり部屋に明かりがついている。
「ただの消し忘れって訳じゃないようだな」
「んな阿保な。有り得ねえよ、会議の噂を聞きつけて事務所を出たのが昼間だぞ? まさか、反社どもに嗅ぎ付けられたってのか?」
「どうかね、だったら普通電気消して待ち構えてるだろ。灯り点いてたらこうやって怪しまれるだけだ」
そりゃそうだ、と訝しむ社長のために俺は<マップ>で内部を確認してやると、中に一人の反応がある。敵性反応はないが、これは俺への敵意に反応するので社長が目的の場合は当てにならない。スキルは超便利なんだが万能ではない、そこを理解した上で使いこなす必要がある。
「誰かいるのは確実なんだ。意外とその探偵が返ってきたんじゃねえの?」
「そりゃ無ぇな。こんな時間に事務所にいる奴じゃねえ、絶対におネェちゃんの居る店で飲んだくれてる」
俺の問いかけに応えた社長は厳しい顔をしている。
仕方ない、巫女を彼に任せちまってるし、ここは俺が見てくるか。
「確認してくる。社長はここで待っててくれ」
「おいおい、こりゃ俺の問題だぞ。お前に面倒を掛けるわけにはいかねえ。俺が行く」
「そうすると巫女を俺が担がないとけないだろ。絶対に御免だ」
「お前、筋金入りの女嫌いなんだな……」
心底嫌そうな顔をしたら社長がそんな理由かよ、と苦笑する。俺にとっては女に触れるより正体不明者を確認するほうが圧倒的に気が楽だ。
「わかったよ、だが俺も後から続くぜ。そこは譲れねえ」
まあ、社長に気付かれないように<結界>を張れば巫女も無事だろう。ここで問答を続けても意味はないのでその提案に頷いて俺は<隠密>を使い、気配と足音を消してビルの階段を上がっていった。
(開けるぞ)
俺は声を殺して背後の社長に確認した。小さく頷いた彼から鍵を受け取り、音もなく開錠する。スキルもあるんだが、ユウナさん仕込みの消音術が日本で役に立つとは思わなかったな。
再度<マップ>を確認して相手との位置関係を確認する。ドアから5メートル先にいるがさっきから動いていないのでこちらを警戒している訳ではないようだ。
意を決してドアを開け放ち、社長と一緒に雪崩れ込んだ。
「誰だ! って瑞希じゃねえか! なんでここに!?」
「きゃあああっ! け、健吾、びっくりさせないでよ! やっと帰ってきたわねって誰よその女は!!」
俺達に背を向けて事務所のソファーに座っていた女は社長の大声に飛び上がらんばかりに驚いていたが、彼が抱いている巫女を見て一気に不機嫌になって怒り出した。
「訳アリだ。お前には関係ねえよ。それより何故ここにいる? ここの事は誰にも……」
しどろもどろになっている社長にえらい剣幕で迫っているのは20代後半に見える黒髪美人だった。
「お生憎ね。日向から合鍵を渡されたがあんただけだと思った? それより意識のない女を連れ込むなんて最低よ! あんた何考えてるの!?」
「う、うるせえな。これには深い事情があんだよ。俺の質問に答えろや、なんでここにいるんだよ。連絡事項は全てメールで伝えたろうが」
「突然事務所を閉めるって言われて納得できるわけないでしょう! 何が移籍先は用意した、よ。
なんだよ、社長廃業するのか? って事は普通にあの件が関係してそうだ。
そして話から察するにこの女も芸能人か……あ、この瑞希って女はもしかして。
「お前には迷惑かけねえよ。ウチの看板のお前ならどんな事務所だって……」
「ふざけないで! あんたが私の面倒を見るって始めた事務所じゃない! 途中で投げ出すんじゃないわよ」
俺を蚊帳の外に置いて二人でバトルが始まっているお陰でこの女の名前を記憶から引っ張り出すことができた。
「あんた、女優の加藤瑞希か……」
芸能人に興味のない俺だが、死んだお袋が好きだったので顔と名前を憶えていたのだ。
この女は世間で大女優と呼ばれている。
そしてまた、この女も陰陽師のようだが……突然痴話喧嘩を始められて俺は完全に蚊帳の外だ。
どうすんのこれ?
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