第94話 最強少年は痴話喧嘩に巻き込まれる。 2
「なんだって私に相談もなしにそんな大事なこと決めるわけ!?」
「言えば反対するに決まってるだろ。こんなことになった以上、事務所畳むしかねえだろうが。俺は未成年のあいつらを親御さんから預かってんだよ、道義的責任って奴を果たさなきゃならねぇ」
「あの子だって無事に帰ってきたんだし、本人も事を大きくしたくないって言ってるわ! 事務所が無くなったらあの子の願いも台無しになるのよ!? そこをちゃんと考えたの?」
「……わかってらあ。それでも、だ。事務所は畳む、お前らの移籍先まではきっちり面倒見るから心配すんな」
「誰もそんなこと頼んでないわ! 一人で勝手に決めないでよ、杠は私とあんたの事務所なのよ?」
「社長は俺だ、責任は全て俺にある」
「信じらんない! それは責任の意味を履き違えてるわ。あの子達の顔見て今の言葉言うつもり? 事務所を潰したのは自分達だって心に傷を負わせるだけよ、そんなの」
鞍馬社長と女の口論はヒートアップするばかりだ。傍観者の俺は巻き込まれてはかなわないとこの部屋の奥にあると言う寝室(綺麗なもんじゃなかったが)に巫女を横たわらせる。あの剣幕を前にして女に触りたくないとか言える雰囲気じゃないので我慢することにした。
こんなむさ苦しい場所で悪いが、明日の朝には迎えが来るので我慢してくれと心の中で謝罪する。
「ねえ、ちゃんと皆で集まって話し合いましょう? あの子達の意見も聞かずに決めると拗れるだけよ」
「話し合ってもどのみち結果は同じだから意味ねえのさ。余計辛くなるだけだ」
しかし、完全に二人の世界つくってんなぁ。日が変わる時間まで社長を待ってたんだから言いたいことが山のようにあるんだろうが、俺をここまで無視するってのはどーなのよ。
そういや腹減ったな、寝る前に夜食でも喰うか。なにがあったっけかな?
「……それどういうこと? あんた、一体何隠してんの? 大人しく吐きなさい」
声を一段階低くした女が社長に凄んだ。流石に若くして大女優と呼ばれるだけあってその迫力は大したものだった。
社長も抵抗の無意味さを理解したらしい。今なら<アイテムボックス>から物出しても気付かれないだろう。
「ったくよ、お前に隠し事は通用しねえな」
「当たり前じゃない。どれだけ長い付き合いだと思ってるのよ」
互いを見つめる目には深い信頼がある。もとは個人事務所から始まったとか前聞いた覚えあるし、きっとこの二人から全ては始まったのだ。
だから突然降りると言い出した社長にこの女優はこんなにも怒っているのだろう。
「銀行が突然融資を打ち切るって言い出した」
「はあ? 私や小百合、それに綾乃がいるウチを切るなんて馬鹿なこと……さては本家の連中ね? どこまで私達の邪魔をすれば気が済むのよ!?」
更なる怒りに燃える女優とは対照的に社長の顔は冷めていた。
「俺らの身代で自社ビルはちょいと背伸びが過ぎたな。そこを指摘されたらどうしようもねえさ」
「だって仕方ないじゃない。この世界で自社ビル建てるほどのしあがってやるってあの時決めたんだから。私達を評価しなかった本家連中を見返してやるって」
「正直俺もここまで本家が手出ししてくるとは思わなかった、見通しが甘かったのは認めるぜ。だがローン含めて負債が13億だぞ、俺がケジメ取るからお前は他の事務所へ……」
「冗談じゃないわ、私達は二人で始めたのよ。だから最後まで離れることはないわ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。お前には才能が有って、それが世間に認められてんだ。沈む泥船に残る馬鹿がどこに居る」
「ここにいるわ。たかが13億程度、私にかかれば数年で返済してやるわよ」
「……ったく、ウチの事務所は救いようのない馬鹿ばかり揃ったな。小百合と同じこと言いやがる」
「綾乃も亘もきっと同じこと言うわ。あんたの馬鹿が皆に移ったのよ、諦めなさい」
「そこまで悲観しなくてもいいと思うけどな」
俺は結局ここにたどり着くまでに買い求めたコンビニのサンドイッチを齧りながら二人の世界に割り込んだ。くそ、久々に食ったが日本のタマゴサンドはやっぱ美味いな。後でこの味の再現に挑戦してみよう。
「そういえば聞くの忘れてたわ、このとんでもないイケメンは誰? 事務所の新人? これほどなら大々的に売り出す価値があるわよ」
「いや、この大騒動の中心にいる男だよ。こいつが原田玲二だ」
「どうも。俺もあんたのことは知ってるよ、それくらいの有名人だからな。加藤さん」
社長の紹介を聞いて女の顔が驚きに染まり、僅かに身構えた。彼女もそれなりの心得がありそうだ。
「あの八烈を下したっていう原田玲二……本物?」
「マジモンだ。さっきも5席の大槻を一瞬でぶっ倒してたからな」
「うそ、大槻ってあの”大地”でしょ? 硬すぎて主席だって手古摺るかもって噂なのよ?」
そういやあの大男は敵の幹部だったな、それにしては昼間刃を交えた雲雀とはあまりにも力の差があったが。
「俺の正体はどうでもいいが、社長がここまで追い込まれたことには俺も責任を感じてる」
「お前に何の関係があるってんだ、お前に情報を渡すことを選んだのは俺の意思だぞ」
「そのせいでこんなことになってんだろうに。だけどこの件が片付けは状況はひっくり返る。芦屋全体が操られるんだから、それを正せば問題は解決するはずだ」
「本家が操られてる? それどういうこと?」
「俺もさっき聞いたばかりだが、事実だった。その証拠にさっき俺達が連れ帰ったあの女な、実は加茂の”護り巫女”だ」
「はあ? 護り巫女って他の宗家の最秘奥……嘘でしょ……確かに健吾は土御門主催の会議に用があるって言ってたけど」
突然現実離れした話を持ち出されて理解が追い付いていない顔をしている彼女に社長がこちらに視線を向けた。
「原田、話していいか?」
「別にいいんじゃないか? どうせ明日には始末をつけるから、知った所で大した意味ないしな」
社長が加藤さんに俺が話したこれまでのいきさつを語り始めるのだが……
それよりも俺はそろそろ寝たくなってきたぞ。
思えば今朝は小笠原諸島で豪華クルーズ船に乗っていたのだ。そこから東京で敵の親玉と遭遇して異世界に逃げ込み、その後でユウキを連れて巫女の隠れ里から会議をこなして護り巫女救出だ。
いくら何でも詰め込み過ぎだろう。俺としては今日はアセリアで一休みするつもりだったのにユウキが出張ったおかけで急転直下の大騒ぎだ。
体力的にはまだ大丈夫だが、精神的に疲れている。出来れば風呂に入りたいくらいだが、今はさっさと寝てしまいたい。
「社長、そこのソファ借りるからな。俺は寝るわ、今日はマジで色々ありすぎて疲れたぜ」
「おう、俺も話し終えたらそこらで寝るわ。瑞希は巫女の隣な」
どうせ動くのは明日の夜なんだ、朝の鍛錬を終えたら昼まで寝てよっと。
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