第97話 閑話 決戦前夜 3



――ユウキ――



 俺の名はユウキ。異世界にて冒険者稼業で飯を喰っている人間だ。


 冒険者と言えばモンスターを倒す派手な印象を持つかもしれないが、そんなのは上澄みだけ。ほとんどは日雇いの仕事をこなす喰い詰め者やどこにも居場所のないはみ出し者が身を落とす、はっきりいって落伍者がやる仕事である。

 世間はそんな目で俺達を見ているし、俺も故郷から口減らしで出てきた身の上だ。



 俺自身は大したことのない3流冒険者だが、他にはない幸運に恵まれている。


 それが玲二たち異世界人と巡り会えたことだ。


 とある事情で他人に明かせない秘密を抱える俺だが、仲間達だけは例外で全てを分かち合う存在だ。

 俺達はまさに一蓮托生の運命共同体、俺が危機に陥れば皆が助けてくれるし、その逆もまた然りである。



 今回、玲二が故郷に戻った途端に早速女絡みの面倒事に巻き込まれたと聞いて、あいつの女難体質は何処でも変わらないんだなと感心した。


 あいつの心配はあまりしていない。俺の仲間達はどんな危機でも跳ね返せる力を持っているし、魔力の少ない異世界(地球は俺達から見て異世界だ)で俺達を窮地に陥らせる何かがあるとも思えなかったからだ。


 むしろ俺の仕事に飽きた相棒のリリィが玲二に迷惑かけまくっているようで、そのことに申し訳なく思っているくらいである。



 そう楽観して俺は自分に課せられた依頼に集中していたのだが、あちらはあちらで問題が起きていた。

 俺の妹たちが待望の夢の国を存分に満喫した日の夜、俺に如月から<念話>が入ったのだ。


 何をどうトチ狂ったのか知らんが、雪音が誘拐されたそうだ。


 俺の隣に当の本人がいるのだが……


 どうして私が? と雪音が怪訝な顔をしているが、どうやら玲二の面倒事が彼女にまで飛び火したらしいのだ。


 如月からの話では、それ以外にも同時に緊急の問題が発生していて、玲二たちを分断させる狙いがあるようだ。



 俺は異世界などに欠片の興味もなかったが、雪音の名前を持ち出して脅してきた奴等をそのままにするつもりはない。


 こういう輩は無視すると付け上がるし、中途半端に叩くと余計恨まれる。

 取るべき手段は一つだけ、殲滅あるのみだ。


 しかしまあ、俺の仲間に手を出すとは良い度胸だ。2度と舐めた真似ができないよう思い知らせてやらなくてはならない。



 そして倉庫にいた動く生ゴミどもを残らず地獄に送り込み、何故か半裸で囚われていた女二人を助け出すとクズの親玉を潰して終了だ。


 相棒曰く悪の根城というものは最後は爆発炎上するものらしい。リリィの言葉の意味はよく解らんが、消せない恐怖を相手に刻み込むという点は同意見なので景気良く吹き飛ばしてやった。



 その後も色々あった。

 この騒動の中心に居る葵という少女の姉を助け出したり、玲二がこの世界の術師の魔力を起こしてやってくれと頼まれたり、こちらに全く興味がないと言っていた割にちょくちょく世界を渡る羽目になっている。


 それもこれも玲二が女絡みの厄介事を持ち込んでくるから仕方ない。

 あいつはどういう星の巡りなのか、あれだけ女を嫌っているのに向こうの方から騒動が列をなしてやってくるのだ。

 本人はどうして俺ばかりこんな目に遭うんだと嘆いているが、持ち前の力と機転で解決するからさらに面倒が寄ってくるだけだと思うがな。



 だが、今回の件はこれまで玲二が関わった騒動の中でも相当のヤマだ。


 追われている葵を助けて家族に引き渡すだけだった話がどんどん大きくなってきて、今では玲二たちが生まれた国を揺るがす問題にまで発展しているという。


 この国は玲二たちにとっては故郷だし、俺もこれからきな臭くなる世界情勢からの避難場所として活用させてもらう予定なのだ。

 避難場所が鉄火場になっていたら何の意味もない。俺にとってもこの事件は確実に解決して後顧の憂いを絶っておかなくてはならない。




「久から聞いたのだけれど、そちら様はとても面白いお薬をお持ちだそうね」


 悲嘆に暮れる瞳という名の美女を慰めた後、俺達は遅い夕食を摂っていた。

 あの会議に参加した者たちはあまり食欲がないようだが、食べねば力が出んぞと久という老婆が周囲を諭して皆が食事を始めた。


<くそ、羨ましいぜ。俺はホテル飯食べ損ねたってのによ>


 俺達の状況を知ったらしい玲二が<念話>で文句をつけている最中に、藤乃という年齢不詳の美人からそう切り出された。


 面白い薬? ああ、魔法薬ポーションの事か。そういえばこの世界にはないという話だったな。まあそりゃ無理か。


「どれの事を指しているのかわかりかねるが、興味を引いてもらえそうな品は幾つか持っているな」


 如月が警戒したほうがいい、と<念話>を送ってくるが、この世界では”弱い”薬草はあってもどうやってもポーション作成に必要な高純度の魔力水が確保できないだろうから警戒も何も意味がない。

 もし魔力水がこちらにもあるのなら、当の昔にポーションが作られているだろう。

 俺は食事を続けつつ懐から幾つかの小瓶を卓の上に置いた。



「劇的に怪我を癒すもの、病を直すもの、毒消しに呪いを浄化するものもある。最後の一つは玲二が貴女に渡したと聞いている」


 葵の姉にしか見えない若い母親を見やると彼女は目礼した。えげつない呪いが掛かっていると聞いたが、なかなか凶悪だったな。キュアポーションで解呪しきれないとかどれだけ濃い呪いなんだろうか。

 玲二が言ってたが、この世界は威力に乏しい分、索敵や妨害に特化した魔法体系であるようだな。搦め手が得意な相手はを敵に回すと面倒なんだよな。


 しかし、俺は藤乃という女性を侮っていたようだ。


「桂に施してくださった力の事です。あの子は別人のようになっていますよ? まるでそちらの北里さんのようです」


 よく見てるわ。魔導具で時間止めてるのにに気付いたか、大したもんだ。他の皆は気付いてないようだが、この藤乃という女、は俺より上だろうな。


「ほう、それは気になるね。小夜子の変貌ぶりには誰もが目を疑ったからな」


「確かに。あの力はまるで別人のようね」


「全ては主人の思し召しのままに」


 北里はそれしか言わないので皆の視線が俺に集中する。ユウナの奴、この女に何を吹き込みやがったんだ? 洗脳したみたいになってんじゃねぇか。後で説教だな。


「突然才能が開花したんだろ? 鍛練を欠かさなければまれにあることだ」


 俺の言葉に誰も納得していないが、どれだけ金を積まれたとしてもこれ以上誰かの魔力を起こすことはない。

 時分だけが特別だと理解すれば、北里はこれから先も俺達の使い勝手の良い駒として動き続けてくれるだろう。



「解りました。そういうこともあるでしょう」


 俺からの明確な拒絶を見てとったのか、藤乃はこれ以上の追及を諦めたようだ。


<流石にあの事を話すわけにはいかないからね>


<まあな。ほぼ死んでたからエリクシールで無理やり生き返らせたなんて言ったらどうなることか>


 瞳の時はまだ息があったんだが、この少女はそれさえもなかった。どうやらこの少女、仮死状態になる魔法に失敗したようなのだ。

 最初に助け出した女の方は体内に魔力が残っていたのに、こっちは完全に枯渇していたからだ。


 まだ若い嬢ちゃんだったし、誘拐されてここで散るのはあまりにも不憫だろうとこっそり完全回復薬エリクシールで回復させたのだが……藤乃はあの少女から漏れ出る魔法薬の濃厚な残滓を嗅ぎ取ったのだ。

 俺だって注意して見なきゃ判別できないそれは一目で看破したのだから、本当に大したもんだ。



「そういえば、我が里の薬草を使ってその水薬を作るのかい?」


「ええ、その予定です。そちらの里は本当に素晴らしいものを作ってくれた。どれだけ感謝してもしきれないほどだ。俺からも礼を言わせてほしい。貴女達の作った薬草はこれから先、多くの子供たちを救うことになる」


「はて、そこまで力のある薬草ではないんじゃが……」


 そりゃ何もせず煎じるだけではただの低品質の薬草だからな。


「特殊な製法を用いることで、こいつが出来上がります。これは俺の師匠が作り出したものだが、本当に画期的なものだ。なにせ赤ん坊にも効果が見込めるんでね。そうだよな、如月?」


 俺よりもよほど詳しい彼に話を振ると、如月は頷いてくれた。


「ええ、体力の低い乳幼児でも外部から薬効を供給することで回復が見込めます。継続して服用することで自己代謝を徐々に増加させるので、理論上では治せない病気はないと思います」


 時間はかかるが、どんな病魔をも退けるこの薬の凄さをドヤ顔で説明していたら、藤乃の後ろに控えている壮年の女性の顔色が変わった。


「ほ、本当にそのようなことが!?」


 これまで一度も口を開かなかったその人が鬼気迫る表情で俺の手にある弱いポーションを見つめている。

 なるほど、訳アリか。


「須恵。控えなさい」


 同僚から窘められ、自分の不作法に気付いた彼女だがその瞳には狂おしいほどの情念がある。


「事情がおありのようだな?」



「彼女の孫が重い病を得ているのです……」


 藤乃が口を開くと、須恵と名乗った女性は自分の孫が長い間、床に臥せっていると

話し始めた。リンパに転移とか俺には病名はさっぱりだが、如月が厳しい表情をしているのでかなり深刻なんだろう。


 迷う必要はない。この薬はその為に作り出されたのだ。


「貴女にはこれが必要なようだ。突然の事で信じられないかもしれないが、他に手がないのなら騙されたと思って試してみてはどうだろうか?」


 俺は更に取り出した10本の”弱い”ポーションを袋に詰めると、重い病の孫を持つ女性の前に置いた。


「そんな、こんな貴重なものを私が受け取るなど……」


「気になされることはない。この薬があらゆる病気に効くのだと確証を得たいので俺達にとっても利のあることなので」


「須恵、お受け取りなさい。折角のご厚意を無にすべきではありません」


 主人である藤乃の言葉でその女性は震える手で包みをしっかりと抱え込んだ。希望を二度と失ってはならないといわんばかりに。


「あ、ありがとうございます。先の見えない暗闇に一筋の光が差した気分でございます」


「わが師はその為にこの薬を創られた。必要な人に必要なものが届けられた、ただそれだけの事です」


 彼女のそばに寄った如月が詳細な処方を伝える中、葵の祖母から声が掛かった。



「しかしあれほどの薬となると、一体いかほどの値がつけられるか。想像も出来んの」


「いかなる手段を用いても必ずお支払いを……」


「ああ、お代は不要だ。金を儲けるためにその薬を作っている訳はないので。もちろんそちらの里には契約通りの料金は支払うのでそこはご心配なく」


 数は少ないものの、こっちじゃ銅貨数枚という安価で流している。そうしないとこの薬を本当に必要としている者達に届かないからだ。この薬は基本的に高額過ぎて治癒士にかかれない低所得者の為に作った側面がある。

 貴重な薬草を使っているからといって価格を上げたらこれを必要とする者たちの手に届かなくなる。それでは本末転倒だ。



「なんと……玲二殿も茜に使った水薬の代金を要求しなかったが、貴殿も同様のようじゃな。見事な心意気じゃ」


 あいつめ、格好いいじゃねぇか。


「へえ、玲二も同じことを。そりゃ仲間なんでね」


 

「仲間、いい言葉だわ。あの子にも聞かせてあげたいくらい」


 俺達の会話を聞いていた藤乃が不意に溜息をついた。その内容を理解したのか、葵の祖母がそちらに顔を向けた。


「なんじゃ? 噂の秘蔵っ子と上手く行っておらんのか?」


「才能があり過ぎるというのも困ったものね。私の言葉では引き留められなかったわ」


「引き留めじゃと? どこかに武者修行にでも出ておるのか」


「それならまだいいのだけれど……実は私が無理を言ってここについてきた理由の一つなの」


 なんだなんだ? 話の雲行きが変な方向になってきたぞ。


「おい、まさか……」


 葵の祖母は顔を引きつらせている。一体何が起こっているんだ?


「ごめんなさいね。私の唯一の弟子である雷桜院静夏は今、”早雲”の号を得て芦屋八烈の第一席に座っているの。この国の滅びを回避し、操られたあの子を救い出すことが私の本当の目的なのよ」







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