第60話 最強少年は依頼を受ける。



「ふむ、この忙しいときにかんなぎの”枷”を解けと言うか。葵よ、お主は自分が何を言っているか理解しておるか?」


「もちろんだよ。だってさ、ボクが巫だってもうバレちゃったんなら隠す意味なくない? 封印解いてもらえれば逃げるだけじゃなく戦えるし」


 葵の言葉に久さんは数瞬押し黙り、その後で大きなため息をついた。


「我等はお前と言う存在を邪なる者に決して悟られぬように隠してきたのじゃが、まさか自分から撃って出ると言い出すとはの」


「前提が変わっちゃったんだから仕方ないじゃん。こうして里の皆を意味もなく戦いに向かわせるよりマシでしょ。その方がおばば様にとってもいいはずだし」


 葵の言葉を耳にしたとき、俺は先程聞こえた里の皆の声を思い出した。


 この里に長く住んでそうな年輩は戦う気満々だったが、年若い人たちには拒否反応が見て取れたからだ。


 当たり前だが、世代間で戦いに対する忌避感に差が見えた。この定めに長年従って生きてきた年寄りと、広い世界を知った若い世代の価値観が同一なはずかない。


 里を率いる立場としてそれを知る久さんは難しい舵取りを迫られていたのだろう。


 でなければ葵が捕まった段階で敗北決定な博打なやり口を採用するかどうか悩むはずがない。


 俺は女の醜さはよく知ってるんだ。絶対に葵が自分達だけ闘わせて後に隠れている事を快く思わない女達があれこれ噂したに違いない。

 茜さんや瞳さんなど長の一族にだけにしか伝えてない情報とかありそうだし、なにも知らされてない奴等が好き勝手に騒ぎ出して問題が悪化するとかお約束のパターンじゃないか。


 俺の想像はそう間違ったものでもないようだ。何故なら孫の言葉を受けた久さんは葵の顔をしっかりと見据えたからだ。


「その賭けに勝算はあるのかい? 葵よ、解っておろうが無為にお前を失うわけにはいかんのじゃ」


 言い含めるような久さんの言葉に葵は力強く頷いた。


「それはもう十分に。なにしろ玲二を護衛に正式に雇ったから絶対大丈夫だよ」


 それを聞いた久さんはそれまでの深刻そうな顔を喜色に一変させた。


「おお、そうかそうか! それは何よりじゃ。玲二殿はこの地を去るのだから、これ以上の面倒をお掛けするのは気が引けたのじゃ。じゃが警護を引き受けてくれたとならば百人力、いや万人力よ。有難い、ほんに有難いわい」


「これから先はお仕事だから、キッチリお金かかるけどね。だからおばば様、お願い!」


 両手を顔の前に持ってきて頼み込むという典型的お願いポーズの葵だが、そんな恰好で依頼料を出せという情景ではひどく場違い感があるな。

 

「葵、お前な……菓子を買ってもらうような空気で言うなよ」


 これでも俺に依頼しようもんなら異世界じゃ最低でも金貨5枚(100万)は積んでもらわないと……この里なら当然のように払えそうだが。


 そんなことを考えていた俺は久さんの言葉に耳を疑うことになる。


「よし、玲二殿。葵から依頼内容は聞いた。ならば前金で10億出そう、どうか孫を助けてやってほしいのじゃ」


 ふうん、10億か……じ、じゅうおくだとぉ!?


「はあ? えっと久さん、今の言葉は聞き間違いですか? なんかとんでもない額が聞こえた気がするんですが」


 みっともなく狼狽えた俺は思わず小柄な老婆に聞き返してしまったが、当の本人は奥からなにやら紙の束を取り出している。


「支払いは小切手でよいかの? 現金もあるが持ち運びが困難じゃからの。そうなると無税の恩恵が得られんが、如何する?」


「えっと。こ、小切手で」


 特に何も考えずそう答えてしまったが、ええ? マジで10億の仕事なのかこれ!?

流石にヤバいだろ。思いっきり混乱した俺は頼りになる大人に助けを求めた。


<き、如月さん如月さん! 大変な、大変なことになっちまいました!!>


<どうしたんだい玲二? そんなに慌てて。君の案件はそろそろ報告できそうだけど……そういう話じゃなさそうだね>


<10億が、葵の依頼を受けたら10億が!>


<玲二、落ち着いて最初から話してほしいな。話が飛び過ぎているよ>


 我ながら大混乱してしどろもどろになりながら如月さんに必死で説明をする。なんでいきなり10億円とかになってるんだ。

 

<なるほど、魔石やスクロールが超高額で売れた時も驚いたけど、今回はそれ以上だね>


<ええ、俺はどうすりゃいいんでしょうか>


 少しは自分でものを考える頭を持っていたつもりだが、この額は余裕を吹き飛ばすには十分だった。こんな時でも冷静な如月さんがいてくれて本当に良かった。


<とりあえず報酬は小切手でもらう方が正解だね。宗教法人の税制優遇は魅力的だけど、欲を掻きすぎると国税が出てくるからね。お金が絡んだ時の彼等の鼻はヘルジャッカル並みに優秀だから危ない橋を渡る必要はないよ。税を支払っても十分すぎるほどに手元に残るからね>


<わ、わかりました>


 俺が彼に頼りまくっている間も葵や久さんと話しているので怪しまれてはいない、と思う。向こうはかなり生返事だけど。


<それにしてもとんでもない額だね。その人たちの金銭感覚がユウキ並みに壊れていないなら、その額に見合う危険な依頼ということになる。玲二なら心配はないと思うけど十分に気を付けて。必要なら手助けに行くから、すぐに連絡をしてほしい>


<これ以上如月さんに負担かけられないですよ。この件は俺が責任もって始末付けますんで>


<まあ、車いすの人間が荒事に出向くのは無理があると思うけどね>


 毎日金貨数千枚を稼ぎ出すユウキは小銭感覚で金貨(一枚20万円だ)をばら撒くんだが、アイツほどイカれた金銭感覚はしていないと信じたい。

 そうなると久さんがこの額をポンと出す理由があるって事だな。



「10億の依頼、ということですね?」


 言外にこの件なにを隠してるんですか、と聞いたつもりだが久さんは快活にろくでもないことを答えた。


「なに、いかに溜め込もうが墓の下には持って行けん。葵がしくじり、全てがご破算になれば紙くずになるゆえ、期待料込みという所じゃな」


 ……おいおい、なんだそれは。葵が芦屋に捕まると日本が壊滅するとかそういうレベルの話になってるだろうが。


 だがいくら金持ちとは言え冗談でこんな額を払うか? 


「ははは、冗談じゃよ。そう気負わずにやってくだされば結構じゃ。何の義理もない我等の為に動いてくれたその心意気に礼を尽くしたまでのこと。どうかお納めくだされ」


 そう朗らかに締めくくった久さんだが、俺の心に掛かった暗雲は全く晴れなかった。どう考えてもそんな理由で10億出すとは思えない。

 先ほど見た葵の顔と言い、この常軌を逸した報酬額が意味するものは何か。



 まあいい。もう決めたことだ。何があろうが立ちふさがる全てを打ち倒し、俺の望む展開を引きずり寄せてやればいい。


 そうだ、いつものことさ。


 俺達はいつだってふざけた運命や理不尽な宿命を力ずくでぶち壊して望みを叶えて来たじゃないか。


 今回もその一つに過ぎない。


 気を取り直した俺は規格外の報酬を意識の外の追いやり、暗雲立ち込める未来に戦いを挑む危害を新たにするのだった。





 


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