第61話 最強少年は驚くべき敵と見える。
「玲二さん、どうか私もお連れください」
葵が久さんに連れられて屋敷の奥に引っ込んだ後、瞳さんが現れた。
彼女は……紺色の袴姿だった。弓でも打ちそうな格好だが、その身に纏う気配は剣呑そのものだった。
戦う覚悟を持って彼女はここにいるのだろう。
「同行の是非は葵に尋ねてください。俺はあいつから依頼を受けたんで決定権は依頼主にあります」
ノリで依頼を受けた面は否定できないが、10億の大仕事だ。細部まで疎かには出来ないんだが、俺の言葉を聞いた瞳さんはその端正な顔を曇らせた。
「その、玲二さんから口添えをお願いできませんか? あの子は私の同行を嫌がると思いますから」
「でしょうね。つい10日ほど前に死にかけたんです。いくら回復したとはいえしばらく安静にしているべきですよ。貴女の気持ちも痛いほど解りますが」
瞳さんは自分の事を側女とか言ってたが、側近としてより護衛の面が強いようだ。どう見ても訳アリっぽい葵を守護する役目を自身に課しているのは間違いない。
そしてあいつの性格からしてこれ以上誰かに迷惑をかけたくないと思っているだろうし、二人の意見が折り合うことはないと思われる。
「この非常時に私の事など拘っている場合ではありません」
頑なな瞳さんを見て俺は説得を止めた。揉めるのも悩むのも葵の仕事であって俺は関係ないからだ。とりあえず一言だけ添えておくことにしよう。
「……口は出しますが、期待しないでくださいよ」
「ありがとうございます。これでも戦巫女として実戦の経験もあります、前回のような不覚は決して」
その眼に決意の炎を滾らせる彼女を止める術は俺にはない。この里に来る道中で訊いたんだが、瞳さんは芦屋の下っ端10人以上に周囲を囲まれ有無を言わさず拉致られたらしい。不意打ちに近い状態ならどんな腕利きも対応は難しいと思うが、彼女の誇りは大きく傷ついたようだ。
今度こそ妹を命に代えても守るのですと意気込む彼女を見て、だから葵は誰も巻き込みたくないと思ったんだな……あれ? 思いっきり巻き込まれてる俺は?
今更なことを考え始めた俺の思考は、突如屋敷の奥で巻き起こった魔力の奔流で中断された。
「へえ、この魔力。大したもんだな」
これが枷から解き放たれた葵の本当の力か、俺は本心から葵を褒めた。芦屋から逃げている最中に力さえ封じられてなければと何度も言っていたが、負け惜しみではなかったようだ。
この魔力なら異世界で一般的な魔法使いとしてやっていけるレベルだ。地球の薄い魔力濃度をから考えると相当なもんだぞ。
そう思ったのは俺だけではないらしい。この魔力を感じ取った周囲のざわめきに掻き消され、彼女の言葉を耳することは叶わなかった。
「封じられた
「お待たせ玲二、さあ行こって瞳お姉ちゃん! その恰好なにするつもりなの!」
「貴方が行くのなら私も共に行くのは当然です。私は貴女の側女なのですから」
さて、始まった。あまり時間があるわけじゃないがちゃんと話し合っておかないと後々こじれるからな。必要なことだ。
「ダメだよ、まだ体調は完全に戻ってないでしょ? 日常生活だけならともかく、戦いなんて絶対に無理だよ、駄目ったら駄目」
有無を言わさない葵の剣幕に瞳さんは俺に視線を寄越した。依頼主の意向に沿うのが仕事なんだが、一言くらいは助け船を出すか。
「別に一人くらい増えても俺は全く問題ないけどな。10億もらってるんだ、それくらいの融通は利かせられるぞ」
この有り得ないくらいの報酬額は俺への礼と期待を込めての金額だ。相応の融通を利かせて当然だし、俺も依頼遂行のためにありとあらゆる手段を取るつもりだ。
「え? 玲二が一番嫌がるかと思ってたけど……」
「今までは俺のお節介だったからな、そりゃ文句も言いたいだけ言うさ。だが今は違う、貰うもんもらった以上、俺はお前の望みを最大限叶える必要がある」
だから好きにしろと突き放した格好になったが、俺の言葉が決定打になったのか瞳さんの同行は葵の了解を得たのだった。
「瞳、武運を祈ります。そして葵、貴女は望むままに」
既に母娘で込み入った話は終えてあるのか、娘と姪を送り出す茜さんは簡潔な言葉で二人を激励した。
「大丈夫だよ、お母さん。なんて言ったって玲二がいるんだから。大船に乗った気で
待ってて。すぐ終わらせて帰ってくるからさ」
自信満々で告げる葵には答えず、茜さんは娘を抱きしめた。
「どうして貴女がこのような運命に……代われるものなら私が代わって」
「……行ってきます。お母さん」
茜さんの手を振り払うように逃れた葵はもう言葉にならない彼女から素早く離れた。その先には里長の久さんがいる。
「二人とも、好きにやってこい。結果どうなろうが責任は持ってやるからの」
「うん、でも大丈夫だって。玲二がいるんだからさ。期待しといていいよ」
「そこは嘘でも自分で何とかするっていう所だぞ」
「ははは、素直で結構な事じゃ。玲二殿、後は託しましたぞ」
「料金分は働きますよ。俺もこの里とは末永くお付き合いしたいですしね」
何しろ美味い米と特製薬草はここでしか手に入らない。その意味でも絶対に失敗できないので俺はもう一切自重する気がない。
「うむ。武運長久を祈る。里を出る手筈は琴乃と麗華に伝えておるので、二人から聞くと良い」
茜さんとは違い、久さんとは明るく別れたんだが……この湿っぽさ、やっぱそういうことなんだろうか? 尋ねるべきか、それとも依頼料に詮索無用も込みなのか?額が額だけにいろいろ想像できちまうな。
「おや、葵も参戦の意思を固めたか、結構なことじゃないか」
「葵、本気なのね? 貴女は一番奥で守りを固める手もあるのよ?」
里の広場には自警団である戦乙女たちが集合していた。年齢は20台から40代くらいまででまちまちの女性たちが総勢20名あまり。里の人口が150人もいないことを考えるとかなりの戦力と言える。
その代表を務める二人が葵にそう問いかけているが、当の本人はきっぱりと宣言した。
「ボクの事がバレた以上、ここに籠っていても何も解決しないしね。枷も解いてもらったし、こっちから撃って出るよ」
逃げてばかりじゃボクの性に合わないんだと告げる葵に二人は対照的な態度を見せる。
「その意気や良し、さ。後ろに隠れて最前線に立たないものは決して信頼を得られない。葵の覚悟を尊重するよ」
「貴方が決めたこと言反論はしないけど、一か八かの賭けであることは忘れないで。瞳も居るし、戦力的な不安はないけど油断はしないこと。いいわね?」
麗華さんと違い琴乃さんは不安げな態度を崩していないが、その後ろにいる自警団からは葵に対して好意的な空気を発している。体を張ることになる彼女たちは麗華さんの意見に賛成なのだろう。若い女性が多いし、何故しきたりとは言え自分が葵を命まで賭けて守らなくてはならないのか疑問に持つ者もいるに違いない。
「さてみんな、これから謎の集団に仕掛けるよ、準備は出来ているね?」
麗華さんが自警団に声掛けをしている間、琴乃さんから自分たちに話があった。
「里長からは私たちが正体不明集団に接敵する直前に里を覆う結界を解くと聞いているわ。その後は君が持ち込んだ霊石で新たな結界を張り直す考えのようね」
「なるほど、新たな結界はまだ先だと聞いてましたが、いい機会だってことですか」
「正体不明集団……もう敵でいいわね? 敵の数は報告では30名弱という話だけど、あれから数や位置に変化はあるのかしら?」
彼女はどうやら俺が情報を持ち込んだと確信しているようだ。俺も余計な問答をする気はないので素直に答える。
「数はあれから変わってませんね、34名です。さっきまでは集団でしたけど、今は数人に別れて周囲をうろついてます。ドローンでも使えば相手の姿を偵察できるんでしょうけど」
「この森じゃ木に隠れて何も見えないわ。実際に相対して見るしかないわね。できれば捕縛して何故この場所に来たのか尋問したいわ」
状況が許せば協力するが、俺の仕事はまず第一に葵の警護だ。それを放り出してまで行動する気はない。やんわりとそれを伝え、努力目標程度に抑えることを了解してもらった。
そして状況共有のためにそれぞれにインカムを貰う。こちらが何かを発信するのではなく、先行する彼女たちから敵の情報を得るためだ。
「じゃあ、ここからは静音で。いつも通り僕が先頭、琴乃が最後尾だ」
麗華さんが俺に一瞥をくれて自警団は森の中に分け入った。俺達はしばらく時間を空けて後を追うことになる。
「でもいったい何者なのかなあ。ウチの里を見つけるなんて信じられない、これでも2千年近く隠し続けてきたのに。芦屋にそんな千里眼の持ち主がいたなんて」
森の中を歩きながら葵が皆が疑問に思っているであろうことを呟いた。
「俺達を追いかけてきた、ってのは無理筋か。時間が経ち過ぎてるしな」
この里に着いて4日経っている。俺達を血眼で捜しまわっていた芦屋連中なら翌日には大挙して押しかけてきているはずだ。警察でも良く言われるが、捜索ってのは初動が命だ。足取りを見失うと行き先の特定は非常に困難だってのに、こんなド田舎の超僻地をピンポイントで探し当てたってのは気にかかるな。
そのとき、俺達のインカムに麗華さんからの声が届いた。
「まもなく結界付近だ。解除が確認されたら敵集団に仕掛ける。戦いが始まったら葵たちは行動を開始してくれ」
こちらはマイクがないので答えは返せない。俺は<マップ>で彼女たちと謎集団がやりあうのを確認させてもらう……始まるな。
遠くで爆音が轟いた。誰だか知らんが、初撃から派手にやっているようだ。山奥だからどんな音を立てても警察に通報されないのは利点と言えば利点だな。
「じゃあ移動するか。どうする、俺達も相手の顔を拝んでいくか?」
お大尽様にはサービス満点でおもてなしだ。相手側からも反撃が始まったのか、前方からは魔力の反応がいくつか確認できた。
「うん、気になるし、確認だけして……」
葵の言葉は麗華さんの驚愕の声で掻き消された。
「そんな、嘘だ!! 彼等は芦屋じゃない。知った顔が居る、彼は加茂の一族だ、それに土御門の人間もいる! なぜ彼等が僕たちに攻撃を仕掛けてくる!? 四大宗家全てが僕たちの敵に回ったとでもいうのか!?」
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