第62話 最強少年は躍り出る。



「今の、どういうこと!? 芦屋じゃなくて他の一族もボクを追ってるの? なんで今になってそんなことに?」


 追っ手が他の陰陽師家だったことに葵の顔は疑問符で埋め尽くされている。気持ちは解らんでもないが、俺に言われても困るぞ。


「さあな。だが葵のやることが変わるわけでもないだろ。今更臆病風に吹かれようが尻込もうがお前はもう歩き出してしまったんだ。後は進むだけだぜ」


 気にするまでもない話だ。ただこの先のミッションがとてつもなく危険であることを除けば。


「玲二さんの言う通りよ、葵。確かに気になるけれど、私達の足を止めるほどのことではないわ」


 俺以上に覚悟を決めている瞳さんは本当に気にしていないようだ。命を捨ててかかっている節のある彼女の事も気に掛ける必要がありそうだ。

 女嫌いの俺が何でこんなことまで、と悩みたくなるが10億渡されたらそれくらい気を回してやらないとな。

 以前請け負ったわがままボウズの護衛依頼に比べればだいぶマシだと思うことにしよう。



 俺達は先行する麗華さん達から僅かに距離を空けて進んでいる。


 別のルートから里を離れても良かったが、もうこの里に葵はいないと証明するためにも追手の前に一度顔を見せて離れる予定だ。

 そうしないと延々と隠れ里に怪しげな奴等がやってくることになるからな。


 しかし、この里に葵が居たと判明すれば人質としていずれ里の誰かが捕らわれる可能性もあるが、それは俺が渡したアイテムで超絶パワーアップした戦巫女達が応戦すると息巻いている。むしろどれだけ強化されたのか、使いたくて仕方がないという顔をしていた。


 葵の家族である茜さんや久さんも見たところ相当な実力者だから、俺が渡した道具を使えば早々遅れは取らない筈だ。

 怪我をしたら渡したポーション使えばいいし、大規模な戦闘に発展してもそう酷いことにはならんだろ。



「皆、警戒しつつ攻勢をかける。敵は加茂と土御門の混成だ。術師は中央の3人だけだが油断せず対処を。中央の男は加茂の席次持ちだ、奴の相手は僕がする」


 麗華さんからインカム越しに情報が流れてくる。彼女たちは10人近い集団と相対しているが、その中でも魔法の使い手は限られているらしい。


 そういえば芦屋の追っ手もほとんどはチンピラばかりでまともな使い手には数人しか出会えていない。それでも実力主義を標榜する芦屋は術師の比率が高いらしいから、有名な四大宗家とやらでも推して知るべしか。


 既に魔力のぶつかり合いは絶えて久しい。戦いの趨勢はとうに決まったようだ。術師がこっちは20人もいるのに対し、あっちは3人だけだからな。俺が売った道具で作られた符ならあの程度の数は一蹴してお終いだろう。


「もう戦闘終わってないだろうな? 葵の姿を連中に確認させないと意味ないんだが」


「琴乃さんも居るし、たぶん大丈夫だと思うけど。とりあえずみんなが見えるまで近づいてみようよ」


 葵の提案に頷いた俺達は戦乙女たちが戦っている場所に足早に向かうと、そこには敵の隊長格と麗華さんが向かい合っていた。


 敵の中でただ一人立っているのは50代後半に見える白髪交じりの壮年の男だった。その男も実戦経験があるようで、周囲を油断なく睨みつけている。


「その狐の面、お主らが伝説の戦巫女か。謎の戦闘集団の評判は良く聞くが、まさかこのような所に本拠があろうとはな。古くは巫の近侍きんじとの触れ込みだが、噂に違わぬ力よ」


 彼女たちは戦いに臨む前に狐面をつけていた。それが戦乙女のトレードマークなのだと瞳さんが俺に耳打ちしてきた。


「我等の園に近寄るものは何人であろうとも排除する。橘の当主と言えども例外ではない」

 

「その声! お主、まさか北条麗華か!」


 先ほど知った顔が居ると彼女の報告にあったが、向こうも声だけで察するほど親交があるらしい。


「……」


「なるほど、巫の一族の出だったか。あれほどの好条件で加茂に誘っても靡かぬわけだ。ということは久瀬も近くに居るな? お主ら二人は常に共に行動しているからな」


「腐れ縁なだけです、そこはお間違えないように。一正殿」


  麗華さんとは違う意匠の狐面を付けた琴乃さんも会話に加わっている。戦いの空気を醸しつつも気安い会話ができるほどの関係らしいな。


「さて、橘家ご当主。投降なされよ、悪いようにはしない。貴殿には聞きたいことが山ほどあるのでな」


 戦巫女たちが彼を油断なく包囲する。その動きは熟練のそれで、俺でも強行突破以外には対処法がないと思えるほど見事なものだった。


「悪いが、我等にも何が何やらだ。数日前に突如宗家から巫を探せと厳命が下ったのだ。芦屋に対抗すべく準備を整えていた我等も面食らったが、何より驚いたのが他家と共同して芦屋より先に確保しろと言われたことだ。だが事実として土御門と御影の小路の術者たちと協力することになった」


 もとよりこちらに隠す気などなかったのか、その壮年の男は素直に事情を語った。隠す気がないというより、大して重要な情報を与えられていなかったというべきか。


「一体何がどうなっている? なぜ他の宗家まで巫女を付け狙う必要があるんだ」


 麗華さんの疑問に答える者はいなかった。




「麗華さん、彼を拘束する必要はないですよ。もう僕はこの里から出ていきますから」


 その時、葵が彼の前に歩み出て、そのすぐ後ろには瞳さんも続いている。俺はというと……出るタイミングを逃して近くの茂みに身を隠したままだったりする。

 カッコ悪いが、今出ていくのはもっと格好がつかないぞ。


「君が御堂葵か。確かに写真の顔だが……本当に当代の巫なのか?」


「別に信じてもらう必要はないんですけど、これで証明になりますか」


 そう言うと葵は体内に閉じ込めていた魔力を放出させた。巻き起こる魔力が周囲に風を巻き起こすほどだ。このままだと非常に目立つからわざわざ封じるだけのことはあるな。


「な、なんと膨大な霊力だ……確かに尋常なものではない。これが巫の力か、宗主が欲するのも頷けるが……是非もないか」


「橘殿? まさかこの数相手に歯向かわれるか! 貴殿ほどの使い手が相手となれば手加減などできませんよ?」


「たとえ敵わぬと知っておっても、抗わねばならぬことはある。このまま何もせずむざむざと巫を取り逃がすわけいはいかんのでな。だが、その前に」


 そう声を発すると同時に橘と名乗った男の背中から白い何か(小鳥みたいだったな)が飛び立った。


「まさかあれは式神!? なんて速さなの!」


 追いきれない、と悔しげに叫ぶ琴乃さんの言葉通り、あっという間にその小型の式神は俺達の視界から消え去ってしまった。

 今の行動が何を意味したかなんて考える必要もない。


「ふふ、これでも陰陽の家を構えるのだ。門外不出の隠し技の一つもある。すまんが一報を入れさせてもらった。これで無意味に日本中を各家の術師が虱潰しに巡る必要もなくなったのでな」


 この数日、陰陽師が総動員されて葵探しをしていたらしい。


 どうやら俺が隠れ里に籠っていた数日で世界がひっくり返ってしまったようだな。

 

「本気、なのですね」


 麗華さんの声は苦渋が滲んでいた。知り合いと戦うことになるだけではなく、この先を考えると暗い未来しかない。



「無論だ。宗家の命で何よりも優先される霊脈の守護も放り出して巫探しに血道をあげているのだ。こんな老いぼれまで駆り出してな、洒落や酔狂ではできんさ」


「残念です。貴方には麗華共々たいへん良くしてもらいましたが、これもお役目なれば」


「気にするな。相見互いよ、ならば技量を競いあわん」


 麗華さんの隣に並んだ琴乃さんが符を構えた。周囲を戦巫女たちが包囲する中、戦いの気配が高まってゆくが……


「いや、戦う必要はないのでは? 今から俺達は葵を連れてここを離れるんだし」


 がさがさと茂みをかき分けて俺は葵の側まで近づいた。そして葵と瞳さんに手招きしてすっかりやる気満々だった3人の所まで歩いてゆく。

 俺を認めた壮年の男が声をかけてきた。


「少年、君が話題の原田玲二君だな? 私は橘一正と申す者。ご当主より君の実力は聞いているが、巫を黙って見逃す訳にはいかない。むしろ巫と共に加茂へ帰順しないか? 他家よりも良い待遇で迎えることは私の名を以て約束するぞ」


「悪いが今は依頼中なんで。契約不履行は出来ないんですよ。それに初めて出会った人の言葉を全面的に信用するのはちょっと。そもそも加茂一族は他と一緒に芦屋と対決姿勢だったのに、なんで突然こいつの争奪戦に参加しているんです?」


 先ほどの会話は聞いてはいたが、他の情報を聞き出せないか再度問いかけてみる。


「すまんが、それは答えられん」


 駄目か。マジで何も知らされてないな。


「わかりました。じゃあ絶対に知っていそうな相手に聞くとします」


 ここはスマホ圏外だし、移動するか。

 俺は琴乃さんたちに仕掛けます、と視線を送ると、あちらからも頷きが返ってきた。


「これでも人並みに腕はあるつもりだ。そう易々と逃げられると思われては困るな」


 人並み? おいおい、冗談だろ。そういうのは相手を見て言ってくれ。


 少なくとも俺基準の”人並み”の強さは1人で騎士団に突っ込んで怪我一つなく全滅させるとか、そういうレベルだぞ。


「そう気負わず里で飯でも食っていったらどうです? あそこは白米が最高に美味いですよ」


「ほう、それは実に魅力的な提案だ。だが、こちらも急いでいてな、残された猶予はあまりないのだ」


 時間制限あり、だと? 芦屋に先んじて葵を確保しなければならない理由があるってことか。マジで一体どうなってるんだか。

 まあいいや、どれだけ状況が変化しようが俺のやることは変わらないしな。

 


「葵、やってくれ」


 既に自分たちがどう脱出するかの打ち合わせは終えている。俺の呼びかけに葵は頷き、壮年の男が身構えるのが解った。


「じゃあ、行きますね。ボクたちは芦屋の目的を阻止します。他家の皆さんにご迷惑はおかけしませんから」


「待たれよ。まだ話は終わって……」


 壮年の男の言葉が終わらぬうちに、葵の両手から一気に白煙が噴き出した。これは、俺の店の前で芦屋の奴等から俺を逃がす時に使った煙幕の術か!


「うわわ、”白波”がものすごいことになってる!」


 周囲が一気に白い煙で覆われてしまった。その量は使った本人が驚くほどであり、もう既に麗華さんたちや男の姿を認めることは出来ない。


「二人とも」


 俺はそれだけを告げた。余計な言葉を費やさずとも全員が何をすべきか理解している。


「白波でこの規模か! 巫とはこれほどの……なんとしても我等が手中に収めねばならん! 覚えておけ、この日本の術師全てが敵に回ったのだ。もう君たちに逃げ場など何処にもないのだぞ!」


 白煙の中、背中に男の叫びが突き刺さる。その言葉の通りなら本当にどこに隠れても見つかってしまうだろう。騒動が起きた当日中に土御門に補足されたのだ、常に追っ手が俺達を狙い続けいずれジリ貧になることは明らかだ。


 だが、俺達はそんなことをするつもりはない。


 葵の返事は反抗の意思を宣言するものだからだ。


「もう逃げるのは止めました! 今度はこっちから攻めるんです!」



 逃げるのではない、敵の本拠へ攻めあがるのだ。



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