第63話 最強少年は装備する。
「とまあ、そんなカッコいい台詞吐いた所で、まだ森の中なんだけどな」
「もう玲二、そういうこと言わないの!」
橘とか名乗った初老の男に啖呵を切ってから1時間あまり経過したが、俺達はまだ里の周辺にいる。正確には周囲の森の奥深くに分け入っていた。
「ねえ、道に出るまであと何キロくらい?」
「直線距離で約15キロってトコだな。この1時間で5キロくらい移動したから、あと3時間くらいで森を抜ける計算になるな」
俺達は森の中の道無き道を進んでいる。
元からこの隠れ里には舗装された道なんてない。隠れてるんだから当然だが、あの追手の奴等も獣道を通ってここまでやってきたのだ。
それでも本当ならこんな森の中を歩かなくても良かったんだが、橘とか名乗った男が発した報せによって散らばっていた奴等がこちらに続々と集まってきていたのだ。
もちろん俺にとっては相手にもならない雑魚だし全員蹴散らしても良かったのだが、彼らは明確な敵である芦屋の奴等ではない。
むしろ明らかな訳アリで、何も知らされずに俺達を捕えろと命令されているだけだった。その意味ではこんな場所まで派遣された彼等も被害者だろう。
葵から受けた依頼は芦屋の野望を叩き潰す事だが、その道中で立ち塞がる全てを壊して進むのは手口として下の下だ。
ただ依頼を達成するのではなく、完璧な仕事を目指すなら彼等にも怪我人一人出させずに事を納めるべきである。
一流ではなく超がつく一流な男を目指している俺は敢えてその高難度プランを選択し、そしてこの方針を葵も瞳さんも賛成してくれた。
芦屋はブッ潰して問題は解決したけど、巫の一族は他の陰陽3家から目の敵にされてこの先お先真っ暗です、なんてことするわけにはいかないからだ。
俺は何処へでも逃げられるが、他の皆はこの先もここで暮らしていかなければならない。
しち面倒臭いが10億も貰っちまったんだ、それくらいはやってやらんといけないだろう。
そう思って近くに停められていた車を奪うこともせず、取り合えず人里に下りようと森に分け入ったんだが……その判断を速攻で後悔している。
つーかこの山奥で徒歩移動とか絶対無理だっての。ここに来るときも瞳さんが運転する車で飛ばさなかったとはいえ1時間以上かかったのだ。
前に如月さんに俺の現在位置を衛星地図で見て貰ったんだが、当然ながら里なんて写っちゃいなかったので軍事施設かよ、と突っ込んだ記憶がある。彼によるとここから最寄りのスポットはゴルフ場で100キロほど西にあるらしい。当然整備された道をなんかありゃしない。
「うぇ~15キロぉ? 聞くんじゃなかったぁ。こんなことになるなんて想定外だよ」
俺達は謎の敵集団を迎撃に出たはすが、そのまま逃走に移ることになっちまったからな。
出発の準備はしていたが、足は用意出来てなかったのだ。
その弊害を最も受けた人が隣にいるが。
「まあまあ、楽しいからいいじゃん、がんばがんば」
自前の羽根(どうも羽根じゃなく魔力で浮いてるっぽいが)を羽ばたかせて葵の回りをひらひら舞っているリリィがそう慰めている。
俺達が逃走を開始した頃になって出遅れたぁ! と転移してきた彼女はドンパチを見逃して大層悔しがっていた。
今日は深夜アニメを実況してて寝坊したのではなく、ユウキの方に向かっていたので間に合わないのも仕方ない。
異世界では俺なんかより余程ヤバい事態になっているようだ。
この前なんか捕らわれた子供達を助け出すため、大地を埋め尽くす無数の魔物を前にユウキが俺の友人達と共に突撃してゆく映像を見せられた。
派手な魔法で周囲の魔物ごと吹き飛ばして道を作り前進する様はド迫力の映画を見ている気分だったが、もちろん作り物ではない。
そんなことがあったのは知ってたが、そのせいもあって最近は相棒の元へも顔を出していたのだ。
「浮いてるリリィにはこの大変さはわからないよ……でもありがとう」
「どーいたしまして。取り合えずもう少し行った先に少し開けた場所があるからそこで休憩かな? 葵はともかく瞳が心配だし」
「わ、私は大丈夫だから、気にしないで」
リリィは極度の人見知りだが、葵の姉代わりということもあってリリィが自分の意思でその姿を現している。
これはかなり珍しい事で、ユウキの知る限りでも2例目らしい。彼女が肉眼で見える相手というのはそれだけの価値があるってことなんだろう。まあ、こいつも色々特殊だしな。
「いや、無理でしょう。その格好じゃ」
俺は即座に否定し瞳さんの姿を眺めた。
当然ながら先程俺に同行を志願した時と同じなので、袴姿である。
どう考えても山の中を歩く格好ではない。足元なんて草履履いてるし。
さっきも言ったが瞳さんはまず敵を迎え撃つつもりで、その後に葵と出発の予定だったからな。敵の正体がまさか他の陰陽宗家達だったのは誰にとっても予想外に過ぎた。
お陰で袴に草履でトレッキングするという見た者の正気を疑う姿になってしまっている。
「自分から葵について行くと申し出たのです。弱音など」
つまり辛いのは事実であると。むしろよく1時間近くも我慢できたもんだ。
「俺には解りませんが、リリィが言うなら間違いなくあるはずです。その場所で休憩を取りましょう」
<マップ>じゃ延々と森が広がっているだけだが、10分も進むと五人ほどなら座れそうな空間が空いていた。
「取り合えず追っ手は来てない。今のうちに瞳さんは着替えよう。あと靴もだな」
「私などのために……ありがとうございます」
固辞しようとしたんだろうが、それで結局全体の速度が落ちては元も子もない。
逡巡の後、瞳さんは頷いて俺が出した魔導テントに入って行った。
葵とリリィもその後に続いたので俺がてを出さずとも2人が色々やってくれるだろう。
魔導テントの中は空間が拡張され別空間といっていい。なので騒がしい声も聞こえず、俺は椅子とテーブルを出して休憩の準備を始めつつスマホを取り出した。
「まだ圏外か。陽介と連絡とりたいんだがな」
里にいた時に久さんから聞いたんだが、里の周囲には電波を弾く結界を張っているらしい。だがもう一時間以上歩いたんだし、山奥とは言え特別標高が高いわけでもないから電波が入ってもよさそうなもんだ。
とにかく何がどうなっているのか連絡とって情報を仕入れたい。あれだけ芦屋を止めなければと息巻いていたのに突然の方向転換だ。陰陽師の存在自体が人目に付いたらマズいって自分で言っていたのに大勢で俺達を探し回っている。
これから俺達の関係がどうなるにせよ、一度話をしてみないことには始まらないってのに肝心のスマホが役立たずとはな。公衆電話とかもう全然見ないし、何処にあるんだか。
前に如月さんがイリジウム携帯送ろうかと問われて断ってしまった事が悔やまれる。これ以上彼の負担になるのが嫌だったのだが、素直に甘えておけばよかったぜ。
「あー、サンドイッチある! 食べていい?」
着替え終わった瞳さんを連れて葵とリリィが出てきた。彼女は葵と同じような登山スタイルで纏めている。足元も頑丈な登山ブーツに代わっているので一安心だ。
袴は手に持っていないからリリィが<アイテムボックス>に回収したんだと思われる。
テーブルの上に用意されたサンドイッチ(姫さんのメイドであるアンナの作だ。こういった軽食は俺より彼女の方が遥か上を行く腕前だ)に殺到した葵は大人しく俺の許可を待っている。
「ああ、そのために出したんだしな。だが所謂イギリス式だから気を付けろよ」
コンビニで売ってるような白いパンではなく全粒粉パンだ。それも”キューカンバー”サンドイッチというやつ。
要はバターを塗ったキュウリだけが具材として入っている。
「え、マジ? なんでキュウリ……うそ、おいしっ! めちゃくちゃ美味しいんだけど! なんで!?」
「そりゃ作った人間の腕がいいからだよ。俺も初めて食った時は驚いたぜ、シンプルだけに誤魔化しがきかないからな。瞳さんも良かったらどうぞ」
道もない山の中を一時間以上も急ぎ足で歩いてきたのでみんな疲れている。もちろんこの他にクリームが詰まったフルーツサンドイッチも出したところ、主に容赦ない暴君と化したリリィが乱獲したが。
「あー、美味しかった。玲二のご飯っていっつも美味しいよね。なんでだろ」
腕に決まってんだろ腕に、と言いたいが俺はスキル補正もデカいのでそう偉そうなことは言えない。
「茜さんの飯には負けるがな。ありゃあ衝撃だった。もう食えないのが残念だ」
あんなに美味い膳は初めて食ったし、あの味は生涯忘れることはないだろう。俺がそう独り
「もう一度行けばいいだけじゃん、玲二はまた行けるんだしさ」
「そりゃ薬草をまた買うために出向くけどな」
ん? 何か引っかかるな、俺はふとした違和感を感じたが、それを口に出す前に瞳さんが顔を歪めた。
「瞳さん、何処か怪我でもしましたか?」
「いえ、大丈夫です。問題ありません」
「あ、そうだった。ねえ玲二、お姉ちゃん足怪我してるの、草履の鼻緒部分とこすれちゃって血が出ているのに平気だって聞かなくてさ」
そりゃあんな場所を長時間歩けばそうもなるわな。被雇用者として俺が気を回すべきだった。
「瞳さんこれを飲んでください。葵も飲んどけ、ポーションほどじゃないがちょっとした傷ならすぐ治るし体力がけっこう回復する」
異世界で栄養剤代わりに使われている薬液を手渡した。本当は相当苦いが、味を調節して飲みやすくした特別製だ。
「あ、ホントだ。体が熱くなった、なんか疲れが取れる気がする」「まあ、素晴らしい効果だわ!」
テーブルの上ではリリィによる甘味の蹂躙が続いているが、俺はいい機会だと思って葵に装備品を渡しておくことにした。
「それと葵、お前はこれを肌身離さず持っておけ、それとこれとこれを指に嵌めろ」
「うわ、大きな宝石! すごく高そうなんだけど。それにこの2つの指輪も何か力が籠ってるね?」
俺が渡したのは青い宝石があしらわれた首飾りと指輪だ。指輪の方は赤青緑の三色の宝石がはめ込まれている。もう一つは精緻な文様を施された銀の指輪だ。
「ネックレスは一度きりだが任意で強固な障壁を張れる。少なくとも俺の知る大魔法の直撃でも耐えることは間違いないが、使う機会は間違えるなよ? そして3色の指輪はそれぞれ対応した属性の魔法を打ち出せる。銀の指輪はあらゆる精神攻撃を弾く効果がある」
「ええっ!?」
俺の言葉を聞いた葵は手にして指輪を取り落としそうになる。たいした効果だとは思うが同じ魔導具があと4桁はあるから壊されても全然構いはしないけどな。
「とりあえずお前の身の安全を最優先で確保しないとな。他に毒無効化の護符や矢避けの加護がある鎧下なんかもあるから後で身に着けとけ。さっきのオッサンの言葉じゃないが、たとえ日本中から狙われたとしても楽勝で守り切れる準備を施すからな」
「あ、うん。なんか玲二が本気だってのはよくわかったよ」
当たり前だ。これは仕事だぞ、顔見知りを気まぐれで守ってやるこれまでとは違うんだ。
これでも依頼成功率は今の所100%なんでな。こんな所で途切れさせるつもりはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます