第59話 最強少年は動き出す。
「だから最初から男を入れることには反対だったのです!! 長はこの責任をどうお考えなのか!」
里長の屋敷に喧しいおばさんの叫びが響き渡った。
「外周部に何者かの侵入を許すなど、里始まって以来の大失態です! これまで永きに渡り守られてきた仕来たりを崩した途端、この有様とは。これは長の能力に問題があることは明らかでしょう!」
俺が里にやってきた日も文句をつけてきたおばさんが元気に喚いている。
里長の久さんに平然と楯突けるだけの権力を里で持っているようで、おばさんの背後には同じ考えらしい数人の女が眦をつり上げている。
俺はなぜか当事者にされているが、白けた気分でこの茶番を眺めていた。
「真里花、”彩芽”たる者よ。好きなだけ喚いたことだし、そろそろ気は済んだかの?」
「なっ!? 自分の失態を棚に上げて何を!」
「お主などと遊んでいる暇はない。下らぬ繰り言を吐き続けるならば失せい、目障りじゃ」
静かな口調ながら有無を言わせない空気を撒き知らして久さんは周囲を睨み付けた。
これ以上場を乱す馬鹿はいないことを確認した里長は、重々しく口を開く。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。今の彩芽の話で解ったとは思うが、この隠れ里の存在が外部に露見したようじゃ」
ざわ、と広間に集った出席者から声にならない呻きが広がった。
「だからこの責任をどう取るのかと聞いているので……」
「黙れ。これ以上戯れ言を吐くなら立ち去れい! ことは既にこの婆の責任という段階を通り越しておることになぜ気付かん! 婆の代わりに彩芽が里長に就いた所で何の意味があるのじゃ、この愚か者が」
ふだんから仲が悪いという2人は派手に言い合っている。
どうやら彩芽と言うのは名前じゃなく里長に匹敵する役職らしいな。ライバルっぽい空気を出している。
だが俺には関係ないことだ。一体いつまで遊んでるんだと欠伸を噛み殺していたら、茜さんから雷が落ちた。
「いい加減になさいませ! 非常時であることはお二人も解っておいでのはず。貴重な刻を無為になさいませぬように!」
「ふん……こやつが」「……」
娘に窘められた里長は抵抗の素振りを見せたが、茜さんの威圧感に敗北し黙り込んだ。
やれやれ、とため息をついた彼女は母に代わり皆に向けて話し始めた。
「現在、里の周囲に謎の集団が集まってきています。その数は約20名ほど、しかし朝は10名だったことからするに、明らかな目的を持ってここに来ていることは間違いありません」
「なんてこと……何人たりとも近づかせない巫の結界が破られるなんて!」「だから彩芽さまの言う通り、男を入れるからこんなことになるのよ! 初代さまもお嘆きだわ」「そんなことを言っている場合ですか! ここはこれからどうするのかを話し合うための場でしょうに」「すべてあの男が悪いのよ!」「黙りなさいな、それはただの僻みというもの」
「あの集団の本当の目的は何なのでしょう? 結論を急がず、それをまず調べるべきでは?」
ざわつく場を動かしたのは瞳さんの疑問の声だった。
「そんなもの巫の身柄を奪うために決まっているでしょう! 一般人が舗装された道もないこの山奥に来るはずがないわ、芦屋の外道どもに決まっています」
彼女の疑問に出席者の一人が声を上げた。
「では何故すぐさま攻め込んで来ないのでしょうか? あの無頼たちなら躊躇しないはずです」
その言葉に反論の空気が出るが、私は彼等をよく知っていますと話す芦屋の被害者の瞳さんに誰も口を挟めない。
「それは、里の結界を警戒して……」
「それはないじゃろ。我が人祓いの結界は隠す事に重きを置いておる。物理的な衝撃には滅法弱いが、結界があることにも気付かせぬ特別な技じゃ。それが気付かれたということは……」
久さんは相手に予想がついたのか、口を噤んでしまった。
それを感じたのか、茜さんが話を引き取った。
「とにかく、一般人の可能性が限りなく低いとなれば、相手は陰陽師です。気を引き締めてかからねばなりません」
「そうですね。私は戦巫女を集めます。相手の狙いが何であれ唯々諾々と従うわけにはいきません」
「まったくだね。この乙女の園を荒らそうとする輩には痛い目に遭ってもらわないと。丁度いい試し撃ちの相手が向こうからやってきてくれたわけだ」
琴乃さんと麗華さんはやる気に満ちている……新しい玩具を買って貰った子供のように見えるのも間違いではないんだろう。
外にいるのが同業なら、俺が売ったを品の効果を確認する格好の獲物だからな。
「さてさて、血が滾ってきたのう。お迎え前に一暴れじゃ」「本当に戦いになるのかしら……」「巫女が生まれたときからこの日が来ることは解っておった。我等は成すべきことを為すのみよ」「どうしてこんなことに」
各々が思いを口にしつつも、里の総意は既に決まっているようで動きは俊敏だった。
「玲二殿。我等が問題に巻き込んで申し訳ない。結界の一部を開ける予定は変わらんのじゃが、その時期は我等の行動と合わせてほしい」
「それは構いませんよ、そちらの都合に合わせますんで。それより、この件の当事者の姿が見えないようですが?」
広間に葵がいないので聞いてみたんだが、茜さんが溜め息と共に衝撃の事実を口にした。
「娘は自分が囮になるなどと馬鹿な事を言いましたので座敷牢に閉じ込めてあります」
マジか、座敷牢とかすげえのあるな。流石歴史ある屋敷だ。葵の居場所も解ったことだし不躾な視線が向けられる広間から移動することにした。
実際は<マップ>であいつの居場所は把握しているが、家人に聞いておかないと失礼だからな。
歩き出す俺の背中に瞳さんが深く頭を下げたのが解るが、彼女の期待に応えられるかは葵次第だ。
「おーおー、マジで座敷牢だ。ここだけ時代劇みたいだな」
「あ、玲二。そこの閂外して! ボクのせいで皆が危険な目に遭うなんて耐えられないよ!」
屋敷の一角に木材で作られた格子があり、その奥で葵がもがいていた。今にも里を飛び出しそうで、家族が閉じ込めた理由も頷けるというものだ。
「まあ落ち着けって。まだこの里の外をうろうろしているだけで中には入ってきてないからよ」
「だったら今の内にボクが里を出ていけばいい。それで皆に危ないことをさせずに済むんだ」
だから開けてよ、とせがむ葵の前までくると俺はどかりと腰を下ろした。
「玲二?」
文字通りこいつとは腰を据えて話をした方がいいと思うからな。
俺が神妙な空気を出したせいか、葵も格子越しに俺の前に座った。
「聞くかどうか迷ったんだが、このまま別れるのも後ろ髪引かれる感じだし、しょうがねえ。葵さ、お前は今回の件、結局なにをどうしたいんだ?」
「えっと、それって……」
「俺も巻き込まれるままにこんな場所まで来ちまったから偉そうに人の事は言えないんだが、お前はこの事件をどう解決するべきだと考えている? とりあえず故郷に帰ってきたが、問題は何も解決してない。むしろこうやって明らかに関係者みたいな連中がここまでやってきたぞ。家族と再会して一息ついた感じだと思うが、これから先はどうする予定……葵?」
しまった。どうやら俺は知らぬうちにこいつの地雷を踏んだらしい。
葵は何かを堪える顔をしていた。帰り道を失った子供が、それでも必死に心細さを隠して強がっている、そんな顔だった。
この顔の意味は誰よりもよくわかる。かつての俺自身がそうだったからだ。
こいつ、やっぱり何か隠してやがるな。ここで問い質すべきか、それとも本人から口にするのを待つべきか。
逡巡した俺の動揺を見て取ったのか、葵はいつもの元気な表情を取り繕った。
「そりゃ全部元通りになってアイドル活動を続けることだよ。本当は誰にもボクの正体を見破られなければよかったけど、芦屋の目的さえわかればどうにでもなるしね」
その言葉も本心ではあるのだろう。それは解るが、もっと大事なことを隠しているのが言葉の節々から読み取れた。
だが、俺は女という存在が基本的に大嫌いだ。ここでこいつを問い詰めて何もかも白状させてやろうと思うほど親身になりたいわけでもない。
だから表面上だと解っていたが、こいつが口にした望みだけでも叶えてやろうと思った。
「そうか、じゃあ動くべきだな。ここで燻っていても事態は何も解決しない」
「うん、里に戻ったのは避難の意味もあるけど、本当はボクにかけられた枷を外すことが最大の目的だったんだ。巫であることを隠すために封じられたけど、知られちゃった今なら何の意味もないし、おばば様に頼んで解いてもらうつもり」
「なるほど、何も考えてなかったわけじゃないんだな」
芦屋から逃げ回っていた時は、とりあえず実家からの迎えと合流するとしか言ってなかったからそんなことを思っていたとは驚きだ。
「失敬だな玲二は! それに考えていたことはもう一つあるんだ。ボクは冒険者に依頼をお願いしたいと思うんだけど……」
はあ? いきなり何を……
「冒険者って依頼を受けて仕事するんだよね? 目の前に手の空いてる凄腕の冒険者さんが居るんだけどなあ。受けてくれないかなぁ?」
こいつ。依頼はギルドを通せとか相場知ってんのかとか文句はいくらでも出てくるが……そうきたか。
面白ぇ。いいぜ、受けてやろうじゃねえか。
俺がにやりと笑ったのを見た葵にも笑みが浮かぶ。この女、なんだかんだ俺との付き合いが長いだけあってこっちの操縦方法を分かってやがる。
素直に助けてほしいと言われるよりよほど興が乗ったぜ。
「依頼内容と報酬は?」
「もちろん芦屋の野望を挫くこと。報酬はおばば様と交渉になるけど、ウチの支払い能力は解ってるよね?」
ああ、俺に一億近く払ったのに、まだまだ溜め込んでそうな気配がアリアリだったからな。懐具合は何も心配していない。
「いいだろう。ギルド評価もランクアップ査定もないショボい依頼だが、受けてやろうじゃねえか」
そう告げて座敷牢の閂を外した俺は、地球に帰ってから初めて獰猛に口元を歪めたことを自覚した。
この依頼によってこれまで傍観者に徹していた俺が、葵と共にその中心に切り込んでいくことになる。
さあ、当事者になったからにはどうやって引っ掻き回してやろうか。
全員まとめて頭を抱えさせてやるさ。
この時を以て後に陰陽師の世界で”芦屋の大乱”と呼ばれた大騒動は新たな局面を迎えることになる。
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