第122話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 11 閑話 御堂葵 後編



 ボク達の後方ではこの事件の主要人物であり、被害者でもあった人物が意識を取り戻そうとしていた。


「う……こ、ここは?」


「ご当主さま! 私がお分かりになりますか!?」


「我が師、青鷹せいよう。貴方を忌み名である雲雀などと呼ぶは愚か者はもういない……だがそうか、これまでの事は忌まわしき悪夢などではなかったのだな」


 疲れ切った声でそう呟いた今代の芦屋道満だったけど、その言葉を聞いた雲雀はこれまで冷静だったその様子を一変させて興奮したような声で答えた。


「ああ、我が主よ。そのご帰還を一日千秋の思いでお待ちしておりました」


「兄さん、私のことも解る!?」


「雫、お前にはすまないことをした。だがいち早く姿を消した判断の速さは流石に我が従姉妹だ。見事だったぞ」


「……正気に戻って良かったけど、一体何があったの? 日本に帰ってきたらみんなおかしくなってるしさ」


「それは是非ともこちらにも聞かせて欲しいものだ。いや、我等には誰よりもその権利があるはずだからな」


「お前は、土御門の。それも先代まで……すまん、言葉にできぬほどの迷惑をかけた」


「今は謝罪はいい。一体貴殿の身に何があったというのだ?」




「あの、みんなあちらを気にしてますけど、宮さまは向かわれなくてよろしいのですか?」


 ボクは隣のソファーに腰を下ろされている宮さまに恐る恐る声をかけた。

 実はこちらの鷺ノ宮さまとは初対面じゃないんだよね。おばば様の昔からの友達だってことで里の中に出入りしていたんだ。その時はやんごとない身分の方だとは想像もしていなかったけど。今にして思えばあのウチの里にやってこれる時点で関係者だったってことだよね。


「ええ、すでに原因に興味はありませんから。後ほど報告を受ければ十分、それよりもこの戦い行く末の方がよほど重要です」


 彼等にも立場がありますから原因を探ることも理解しますが、と続けられた宮さまだけどその視線は戦い続ける玲二に向けられている。


 正直ボクも同じ意見だなぁ。どういう経緯があったにせよ、もう起きてしまったことだし、これはしょうがない。

 それに玲二は元凶を倒して僕達の運命を変えると言ってくれたんだ。


 だったらあとはもうボクは彼を信じるだけだ。少なくとも玲二は今もこうして命をかけてあんな恐ろしい相手に戦ってくれている。

 結果としてどうなろうとボクは後悔だけはする気はないんだ。



 ボクがそう決意を固めている隣では……


「もっと魔力を絞れ。そんなに要らん、もっと減らせ、もっとだ」


「こ、ここまで抑えて宜しいのでしょうか?」


 ユウキが北里さんに魔法のレクチャーを始めていたりする。ここだけ凄く平和だなあ。


「お前らは力を雑に使いすぎなんだ。総量に乏しいって理解してるならもっと頭を使え。今のお前らは蠟燭の小さな炎ひとつを消すのに風呂桶の水持ちだしてるようなもんだぞ」


「は、はい!」


 出来の悪い子供に諭すような口調のユウキに対して北里さんは鬼気迫る表情で指導を受けている。するとさっきまでスクロールでも攻撃が全然効いていなかったのに敵が彼女の一撃を受けて次々と消滅していったのだ。

 その事実に北里さんが一番驚いている。



 そして、その様子を見ていたボクにユウキが声をかけてきた。


「それはそうと葵、お前はここを動くなよ。あの野郎、玲二とあれだけやり合っててもお前に仕掛けることを諦めてない。恨み骨髄ってやつか? 執拗にこちらを狙ってやがる」


 その言葉にボクは背中に氷の塊を押し付けられた気がした。千年も巫の一族に封じられ続けた龍神の強い憎しみをひしひしと感じたのだ。


「大丈夫よ、葵。どんなことをしても私が貴女を護るから」


「お姉ちゃん、無理しないで……」


 悪寒に震えるボクを見て取ったのか、瞳お姉ちゃんが優しく肩に手を置いてくれたけど……悲壮感に満ちたその顔を見たら余計不安になっちゃった。

 ボクが助かってもお姉ちゃんが死んじゃったらなんの意味もないのに。


「もう言葉で納得させるのは無理だろ。心配しなくても今夜中にケリをつける。もう誰も泣く必要はないが……芸の細かい野郎だな」


 誰ともなく呟いたユウキの言葉の真意を尋ねる前に、足元から物凄い衝撃がボクたちを襲った。轟音とまともに立っていられないくらいの揺れだったけど……いったい何があったの!?


「ふん、下からか。玲二はちゃんと備えておったようじゃの」


「そりゃもう。それくらいは当然のように想定済みだし」


 セラちゃんとリリィが話していた内容で理解できたけど、今の下からの突き上げるような衝撃は龍神の攻撃だったみたい。


「地下には結界がないと考えて仕掛けてきたのさ。玲二に防戦一方だってのに、よくやるぜ。それだけお前に対する恨みが強いとも言えるがな」


「ボク、狙われるなら隠れていたほうがいんじゃ……」


「それは駄目だ。お前が敵の視界に入り続ける事がこの作戦の肝なんでな」


 ここへきてようやく身の危険を自覚したボクだけど、ユウキはここから動くなと厳命じたんだ。

 実はボク、誰も教えてくれなかったから今夜玲二がどう戦うつもりなのか聞いていなかったんだよね。

 今になってその説明を聞くことになったんだ。


「あの蛇野郎だが、今も玲二と戦ってるのはまだお前を殺す機会を狙っているからだ。そうじゃなきゃさっさと逃げてる。復活という目的を遂げた以上、あの臆病者が玲二と戦う意味は無いからな」


 ユウキが言うにはボクがここにいることで敵を釘付けに出来てるらしい。確かにユウキの結界があるとはいえ、あの龍神がよくわからない力を使って雲隠れでもされたら大変なことになるのはわかる。


「まあ、そう心配しなくても大丈夫だよ。あの程度じゃどう頑張っても結界抜けないしさ」


 リリィの不安とは無縁の言葉に安心が広がる。隣のユウキなんてセラちゃんに求められて食べ物を出して上げている。

 少なくともこの2人と玲二は龍神をこれっぽっちも恐れていないね。

 それを見てボクにも少し余裕が出てきた気がする。




「今の攻撃を防いだのも貴方のお陰なのでしょう? その力で私も助けてくれたのね?」


 ボクが安堵の溜息をついたその時、会話が途切れた頃合いを見計らったかのように隣から声がした。


「君は……どこかで会ったことがあるか?」


 声をかけたその人に怪訝な顔をしたユウキだけど、ボクは堪えきれず会話に割り込んだ。


「綾乃! 大怪我したって聞いて心配したよ、でも本当じゃなかったんだね。元気そうでよかった」


 そこにいたのはこの国で最高峰の歌姫である綾乃だったんだ。

 少し前に暴漢に襲われたって聞いたけど、今の彼女は普段と全く変わりないようにみえて安心したよ。


「元気というか、無事にしてもらったと言うか。そのお礼を言いに来たんだけど……これでも有名なつもりなのに、顔も覚えてもらっていないのはショックだわ」


「あの時の綾乃は包帯で顔が殆ど隠れてた。社長や僕達くらいじゃないと見分けがつかないと思う」


 続いて話しかけてきたのは子役やモデルでも人気な神宮寺アタルなんだけど……前に芸能事務所であったときとキャラが違いすぎない?

 前は年相応の生意気な小学生だったのに、今はひどく落ち着いた雰囲気を纏っている。


 それに目が違う。

 子供の頃、ボクを守ると約束してれた瞳お姉ちゃんと同じ目をしている。

 でも綾乃に何があったんだろう顔に包帯とか嫌なワードが聞こえたんだけど。


「何かあったんだ……ゴメン、それはきっとボクのせいだね」


 ボクが巫であることでこんなにも多くの人に迷惑をかけてしまっている。これは償おうにも償いきれないよ。


「葵、それは違……」「違う。あれは僕の責任だ。それは誰にも譲れない」


 ボクの言葉を誰よりも強く否定したのは亘だった。その目には自らへの強い怒りと後悔が見て取れた。

 何があったのか、彼の瞳だけでおおよその想像がついてしまった。



 でもその言葉でユウキは綾乃のことを思い出した……のかな? 二人の方に初めてまともに顔を向けたのだ。


 ただし、綾乃の望みが叶ったわけではなかったけど。


「お前はあの時の病院で……そうか、あの怪我人は君だったのか」


「ええ、整形手術でも消えない傷になると言われていたのに……本当にありがとうございます。この恩は一生忘れないわ」


 目に涙を浮かべながらユウキにお礼の言葉を口にするんだけど、本人は実に素っ気ないものだった。


「さあ、覚えてないな。奇跡でも都合よく起こったんだろ。君の日ごろの行いが良かったんじゃないか?」


「……それでも、私は貴方に感謝しているわ。この子の事はちょっと困っているけどね」


 そう言って綾乃は厳しい表情を崩さない亘にため息をついている。

 そしてユウキも彼を見て、小さく鼻を鳴らした。


「よう、あの時よりマシな顔になったかと思えば、今度はまた随分と思い詰めてやがるな」


「綾乃を護るのは僕だ。それはあんたが言ったことじゃないか」


「そりゃ言ったさ。姉貴を護るのは弟の仕事だろうが。だが、やり方が些かうまくねぇな。お前さん、肩に力が入り過ぎだぜ?」


「もう二度とあんな思いを繰り返したくないんだ。常に気を張るべきなのは当然じゃないか」


「それで周りを心配させてちゃ意味ないだろ。大事な姉ちゃんが今している顔は、お前が心から望んだものなのか?」


 そう言われてアタルは綾乃を顔を見上げた。弟の視線を受けた姉は嬉しいような困ったような顔をしている。彼女が今の状況を心から望んでいる訳ではないことは明らかだ。

 その事は彼にとって本当に衝撃だったようだ。肩を落として項垂れている。


「僕は、どうすれば良かったんだ。二度と綾乃を傷つけさせない。願いはただそれだけなのに」


 力なく呟かれた声にユウキはため息とともに口を開いた。


「全部一人で抱え込もうとするからだ。まずは周囲に相談しろ。お前の所の社長はそんなに頼りない男か?」


「そんなことない」


 彼の言葉に亘は首を横に振った。


「だったら頼れ。独りで全てから守ろうなんて土台無理な話だ。その気概は立派だが、気を張ってぶっ倒れちゃお前の大事な姉ちゃんに余計な心配かけるだけだぞ。それじゃ本末転倒だろう」


「わかった。あんたがそう言うなら社長やみんなに相談してみる」


 神妙な顔で離れた場所にいる鞍馬社長の元に向かう亘を綾乃も追いかけていった。その前にユウキに深く一礼していったけど。


っどろいた。あの強情な亘をあっさり説得しちゃうなんて。健吾でも言うこと聞かせるの一苦労なのに」


 そして綾乃と入れ替わるようにこちらへ向かって声をかけてくる人物にボクはとても驚いた。


「か、加藤瑞希さん!? 前に一度テレビ局の楽屋でご挨拶させていただいたことが」


 若くして大女優の肩書を恣にする杠事務所の大看板が何でこんな場所に!? まさかこの人も陰陽師なの?


「”RED COLORS”の御堂葵ちゃんよね。楽屋の前に番宣の特番で会ってるわよ。私、イケメンと美少女は絶対に忘れないからさ。それより、貴方とはあの夜以来になるわね?」


「あんたは……ああ、社長を担いで帰った事務所に居た女か」


「そ。女優をやってる加藤瑞希よ。あの夜は満足に自己紹介も出来なかったわね」


「俺はユウキってもんだが、別に覚えなくていいぞ。そう縁があるとは思えんし」


 多分加藤さんを前にしてそんな言葉を吐いたのは彼が最初だと思うけど、異世界人だからなあ。普通の男の人なら彼女からそう声掛けられたら舞い上がっちゃうだろうに。


「なによ、つれないわね。そういう所は原田玲二そっくりね」


「仲間だからな。それと悪いが少し黙っててくれ、状況が動きそうだ」


 適当に加藤さんをあしらおうとしていたユウキの顔が真剣なものになった。

 何があったんだろうと不思議に思う間もなく……



 突然、玲二が真横に吹き飛んだのだ。



 「ったく、玲二め。周囲の気配には目を配れっていつも言ってるんだがな」


「な、なに? 今の何が起きたの!?」



 混乱する頭のまま思わず尋ねたボクの問いにユウキは簡潔に答えてくれた。



「狙撃だ。あの森の中から狙い撃たれた」




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