第123話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 12




 突然、脇腹に重い衝撃が来たと思ったら次の瞬間には横に吹き飛んて転がっていた。


 何が起きた、と状況をする前に衝撃を受けた個所から激痛が襲ってきた。


「痛ってぇ。何なんだこれ……」


 くそ、重力を消して飛び上がろうとした瞬間に食らったから1メートルは真横に吹き飛んだか?


 地面に転がった俺は瞬時に蛇野郎の追撃に備えた。この好機を逃すほど馬鹿じゃないと踏んだが、奴はこの隙に俺から距離を取ろうとしている。


 これはあの蛇野郎の差し金だな。奴に操られてでもなきゃ、このタイミングで介入するはずがあるか。そもそも普通の人間はこの超常の戦いに割って入る度胸はないだろ。


 そんな事を考えていたら鼓膜に聞き慣れた乾いた銃声が幾度も響く。すると更に痛みと衝撃が襲い、俺はまた弾かれるように飛ばされた。


<狙撃だな。あの森の中に射手がいるぞ>


<ユウキ、アドバイスはもっとわかりやすく頼むぜ……>


 くそ、俺は狙撃されたのか。ユウキが直前に警告してくれてたってのに、敵に注視すぎて周囲に気を配れなかった。

 だがこの局面で銃だと? 想像もしてなかったぜ。


「ギャハハハハ!! ざまぁねぇなぁ原田! さっきまでの威勢はどうしたぁ?」


 下品な笑い声が辺りに響いたかと思うと、俺の背中に追加で銃弾が叩きつけられた。興奮しているのか、弾切れでスライドストップしてるのにまだ引き金を引こうとしてやがる。こいつ銃の素人だな。


 それにこのムカつく声、どこかで聞いた覚えがあるような……

 

「オラ、自慢の力でなんとかしてみろや! どれだけ霊力があろうが人間じゃ銃にはぜってぇ勝てねえんだよ! 死ぬ前によく覚えとけや、このクソガキが!」


「そうでもないぜ。世界はお前の小さい常識で動いてないんでな」


 弾切れによる銃撃も止んだことだし、俺は己の無事を見せつけるように悠々と立ち上がった。



 神気による肉体強化には様々な恩恵がある。魔力や筋力の増大を始めとして反射神経に動体視力も軒並み上がるが、最も顕著なのが防御力だった。

 神気で全身を覆うせいか、他は数倍程度に上がるのに対して防御だけは明らかに数十倍は向上しているのだ。


 この硬さなら銃弾も通さないんじゃないか? とかつての俺達は話したものだが、当然ながら実験を行うことはなかったんだが……まさか俺が実戦で最初に実証することになるとはな。

 とはいえその堅牢さは狙撃を受けても怪我一つなく無事であることが証明されたわけだ。もちろん防御力が上がっているとはいえ、銃弾の貫通が免れただけでその衝撃がなかった事になるわけではない。

 音速に匹敵する速さの小さな鉄の玉で殴られた痛みはきちんとある。つうか、めちゃくちゃ痛いわ。


 目の前の蛇野郎にばかりに気を取られて不意を打たれたので〈結界〉も上手く展開できなかったしな。


 まあ銃弾を何発も受けて”めっちゃ痛い”で済んでる時点でだいぶおかしな話だが。

 

「馬鹿、な……無傷だと!?」


 そして何発も叩き込んでくれやがった奴を視界に入れたんだが……そいつは全身包帯男だった。


 なんだこいつ。異世界のモンスターか? 死にぞこないアンデットにしては元気な野郎だな。


「冗談じゃねえ! 木佐田の野郎が腹に一発撃ちこんで俺も10発は叩き込んでやったはずだぞ! どんなペテンを使いやがった!?」


 木佐田? それが森に居る野郎の名前か? このミイラ野郎の声と同じくどこかで聞いた覚えがあるようなないような。だが覚えていないということはどうでもいい存在である証明だ。気にしなくてもいいか。


「今から死ぬお前がそれを知る必要はねえが、その前に森に隠れたクソ野郎も出て来い。狩り出されたいか?」


 返答は銃弾で帰ってきた。俺の額目掛けて放たれたライフル用の細長い弾頭が<結界>に阻まれて砕け散る。常時展開型の便利な<結界>だが、肉弾戦のガチンコ勝負のときは解除している。こいつらはそれを知らないはずだが、運悪くその瞬間を狙われたようだ。


「そんなに死にたいなら今すぐ楽にしてやる」


 その言葉と同時に放たれた火球は森の外周部に着弾すると轟音を立てて炸裂した。神気によって強化された俺の魔力は抑えに抑えた威力でも大規模破壊になってしまう。


 そして俺の前に黒っぽい人間の形をしたが降ってきた。

 なんだこいつ、灰色全身ラバースーツを着たマスク男だぁ? 魔法による着弾の衝撃で意識を刈り取られているが、素肌の露出が一切ない怪しすぎる男だった。


 さっきの包帯男と言い、突然色物ショーが始まったな。蛇野郎の仕込みとしては面白みに欠けるし、こんな異世界のモンスターみたいな奴等に知り合いは居ないぞ。


「誰だお前は? 部外者は引っ込んでろ、俺はミイラ男と遊んでいるほど暇じゃねえんだ」


 蛇野郎はこの間も手を出してこない。奴の仕業だと思うので意識から外してはいない。


「誰だ、だとぉ!? 俺は芦屋八烈の風間だ! この顔を忘れたとは言わせねえぞ!」


 風間って……ああ思い出した。葵を追いかけて店の裏に来たガラの悪い野郎か。マジで今まで記憶から消えてたわ。ということはあのラバースーツ男がもう一人いた相方か。


「顔を忘れたって言われても、完全に別人になってるじゃねえか」

 

 俺の前にいるのはミイラ男とラバースーツ男だ。こいつらに何があったんだ?


<あー玲二、思い出した。こいつら雪音を的にかけた連中だ。適当に半殺しにしたら何か二人とも腐った肉塊に変身してな。とりあえずお前と因縁あるっぽいから殺さないでやったんだった。その結果としてそんな有様になったようだな>


<そう言えばそんな話もあったな。もうあの時の記憶はユウキが来てくれたことと瞳さんを助けた事しか覚えてないぜ>


 ユウキが答えをくれたが、あの場で始末しておいてくれればよかったのに。こんな野郎に不覚を取るなんて恥ずかしい限りだ。


「うるせぇ!! 俺達はお前に復讐するためだけに生き恥晒してんだ。お前だけは絶対に殺す! 呪入りの銃弾が効いてねぇはずがねえ! すぐに傷口から呪が入り込み、お前は腐り落ちて死ぬんだよ! 残り少ない命をせいぜい楽しみやがれ」


 呪い入りの弾ねえ。俺は<全状態異常無効>があるからたとえ今の銃撃で傷を負っても呪いに侵されるはずがないんだが、まあご満悦だからお前があと数秒の命だと教えてやる意味もないか。


「こので呑気な野郎だ。馬鹿は死ななきゃ治らんし、続きは地獄で能書き垂れるんだな」


「なにを……ごべっ」


 風間とかいうミイラ男の首が突如としてあり得ない方向へと折れた。ベキ、という乾いた音がはっきりと聞こえたと同時にあっさりと倒れると少しだけ痙攣しそのまま動かなくなった。

 それは意識のなかったラバースーツ男も同様で、突然現れた二人は唐突にそして雑に死んだ。


 もちろんやったのは俺ではなく、蛇野郎に決まっている。そもそもあんな空飛ぶ蛇という常識外れの存在が居るのにその存在を完全に無視して俺にだけ殺意を振りまいていたのだ。

 他の芦屋一族と同様、蛇野郎に操られていたに決まっている。

 もちろん同情なんざする気はない。被害者だと抜かすにはこの野郎は言動が下衆に過ぎた。似合いの末路以外の感想はない。


「一体何しに来たんだこいつら?」


 この2人程度の力で俺がどうにかなるとは敵もわかっているはずだ。いくら俺への復讐に燃えていてもここで割って入るか普通?

 何しろ神格持ち相手に圧倒的優勢で戦っている。銃は想定外で思わぬ不覚を取ったが、戦いの趨勢には全く影響がないことは俺の拳をその身で受けた奴自身が誰よりもわかっているはずだ。操られていたにしても無謀すぎるだろ。


 ああ、そうか。を回収するために呼んだのか


 自分で口にした疑問にはすぐ答えが出た。2人の死体から例のが湧き出るとそのまま蛇野郎の吸い込まれていき、奴の気配が更に増大した。


 つまり前と同じ現象ってことか。だがこうして倒さない戻せない理屈なのか? だとしたら自分の能力なのに滅茶苦茶不便だな、簡単に出し入れできないことになる。


 そんな事を考えていたら、俺の眼前には予想を裏切る光景が広がった。


 蛇野郎に向かって大量のが四方八方から奴に集ってゆく所だったのだ。一々倒さずとも回収できるらしいな。


「なるほど、あの阿保二人はあれだけの量を集める時間稼ぎをさせられてた訳か」


 あの二人、またしょうもない理由で死んだなと思うが、さっきまで忘れていた奴等を悼んでやるほどの義理も俺にはない。


 それに、ようやく俺達の計画も最終段階に至ったようだ。


 野郎、乗っ取った神の権能を完全に掌握したらしい。コウリュウってのは黄龍の意味らしい。これまで錆色だった体が金色に光り、放出される神威がこれまでとは段違いになっている。


「我にここまでさせるとは、小さき者にしてはよくやったと褒めてやろう。完全に復活した神の力を受けるがいい」


 戯れ混じりに放たれた一撃は俺の<結界>にこれまでにない衝撃を与えてきた。まだ大丈夫だが、これ以上は結界の強度を上げないと破壊されそうだ。寄生先の神は相当高位の神らしい。寄生される程度なので大したことない低級神だと踏んだんだがな。


「ほう、ようやく顔色が変わったか。これこそが本当の神の力よ、次はその余裕の顔を苦渋に染め上げてくれるわ!」


 此方の余裕を見透かしたような蛇野郎の言葉に一瞬で頭に血が上った。

 こちとら手加減に手加減を重ねてこの野郎と戦ってるってのに、なんでこんな雑魚に舐められなきゃならないんだ!


 ああくそ、ユウキが技量を極める方向に走った理由が痛いほど解るぜ。地球を簡単に消滅させる力があろうが、それを発揮できる機会がなきゃ証明にならない。


「この寄生虫が、偉そうな口叩いでんじゃねえ! 力だと!? そんなに力でぶちのめされたいなら望み通りにしてやろうじゃねぇか!」


 俺はこれまで抑えていた魔力をここへきてようやく解放した。体を巡る魔力の奔流が神気により数十、数百倍に膨れ上がる。その力は実体の風を伴って周囲に暴風を巻き起こした。


「こ、この力……貴様、本当に何者なのだ!? 陰陽師などでは有り得ぬ、何処から紛れ込んだ!?」


「お前と同じだよ、この寄生虫野郎。他人を操り、他所から奪った力で悦に浸るのは楽しいか?」


 俺の言葉に敵の気配が一変した。自分の正体を指摘されるとは思っても居なかったのだろう。



 俺達はこの敵と戦う前に戦略をあらかじめ決めていた。

 謎の敵を完全体で復活させることはもちろん、全く不明だった能力を丸裸にして二度と復活させず完璧に始末するために相当面倒な戦い方を敢えてすることにしていた。

 俺の力で戦えば簡単に圧倒できることは乗っ取った神を<鑑定>した時点で読めていた。だが敵の能力がチート級の意味不明さだったので敵を追い詰めすぎないように適度に手を抜いて、そして蛇野郎に撤退させないために、これならなんとか戦え一発逆転も狙えるかもしれないと思わせる程度に手加減していたのだ。


 それなのに、まさか舐められていたとはな。敵が隠していた秘密を暴露したのもその一環だ。

 全力出せずにフラストレーション溜まってたのに、火に油を注がれたんだからもう絶対遠慮しねえ。



「同じだと!? 貴様。ま、まさかアセリ……」


 寄生虫野郎の言葉は最後まで続かなかった。


 俺を中心として巨大な積層型の立体魔法陣が展開されたのだ。セラ婆ちゃんの力作をここで披露することになろうとは思っていなかったが、この寄生虫に力の差って奴を魂に刻み込んでやる必要がある。


「なにを、するつもりだ……」


 この魔法人に籠められた超強力な魔力を見て取ったのだろう。奴の声は呆然としたものになっていた。


「言っただろうが。お前のダイスキな”本当の力”って奴を見せてやるよ」


 この魔方陣は枷だ。俺達の強大すぎる力を少しでも抑えようと普通なら一枚で十分なシロモノが立体に、そして幾重にも重なってなんとかギリギリで抑え込んでいるのだ。


「嘘だ。こんな、こんな馬鹿げた力が」


 おいおい、まだ解放前だってのに、なに絶望した顔をしてやがる。

 

 お前の破滅はこれからだろうが。


 そして俺は力ある言葉フォース・コマンドを紡いだ。



「封印指定、展開」



 その瞬間、世界は俺のいろに染まった。



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