第3話 最強少年は巻き込まれる



 俺は女が嫌いだ。


 人の顔を指差して騒ぐ奴らだ。目障りで仕方ない。



 俺は女が大嫌いだ。


 あいつらは俺にトラブルしか持ってこない。今までもそうだったし、異世界でも変わることはなかったからこれからも間違いなくそうだろう。


 本気で女の居ない世界に行きたいと何度思ったか解らないくらい大嫌いなのに、いつも向こうからトラブル抱えてやって来るのだ。そして俺に拒否権はなく、いつだって巻きこんできやがる。


 もちろん今回もそうなるであろうことはバツが悪そうにこっちを見るこの馬鹿の顔ですぐに解った。


 こいつは御堂葵。見ての通りアイドルやれるくらいの顔を持つ女だ。そして俺の人生でも最大級の厄ネタで、寮のルームメイトだ。


 そう、女なのに男子寮で同室なのだ。もう勘弁してくれと心の底から叫びたい。


 こういうテンプレは要らん、マジで要らん。余談であるが、葵は出るとこ出ててついてなかったので男が女装してアイドルやってるとかいう話でもなかった。全く嬉しくないが、見たので間違いない。


 この馬鹿、家の都合で長いこと男装してるとか言ったくせに出会った当日に女バレしやがったポンコツ女だ。こいつの着替え中に俺が扉を開けたんだが、鍵が壊れてたとかそういう問題じゃねえだろ、普通出会って初日で起きるイベントかそれ?


 第一、なんでそんなやつが現役アイドルやってんだよと突っ込んだが、こいつは押し黙ってしまった。


 面倒事の匂いが猛烈にしたので俺はそれ以上追求しなかった。当時は自分の問題だけで手一杯なのに、余計なことに関わっていられなかったからだ。


 どいう訳かそれがこいつには良かったらしく、妙に付きまとわれていたのだ。俺が異世界に行った後は思い出すこともなかったんだが、早速現れやがった。



「……」


「えっと、今日も忙しかったみたいだね。こんな僻地なのにいつもすごい人気だよね、このお店」


 俺が無言でこの馬鹿女を睨み付けていると、普段は煩いほど元気なこいつも殊勝という言葉を知っているようで言葉を濁した。


「…………」


「その、そのさぁ……」


「お前、まず俺に言うことあんだろ?」


「め、迷惑かけてごめん。えと、お、怒ってる?」


「あたりめーだろ! お前は炎上で済んでも俺は人生終了コースだってのはお前も知ってんだろが! どーしてくれんだよ!!」


 俺は有らん限りの怒りを込めて目の前の馬鹿女に叫んだ。俺も責められる点はあるにせよ、こいつがほぼほぼ悪いのだ。


「こ、声が大きい。近所迷惑だって」


 俺の怒声に葵はそう言って周りをしきりに気にしている。俺にあれだけのことをしておいてそんなことを抜かすこいつに腹が立つが、やはりかなり時間を置いているせいか本人を前にしてもそこまでの怒りは沸いてこなかった。


 俺の精神的な余裕もあるんだろうが、異世界に呼ばれる瞬間まではこいつの秘密を全部ぶちまけて破滅させてやると息巻いていたんだがな。


「で、何でこんなトコ居るんだよ。邪魔だからそこ退けって」


 葵は何故かごみ捨て場で隠れるように体育座りしている。こいつはバイトなのに営業中でも店の入り口から堂々と入ってくるような性格なのにである。


 お前が邪魔でゴミが捨てられないだろと告げてようやく退かしたが、その時も葵は周囲を窺うように見回している。



 俺はここに至り、厄介事が舞い込む嫌な予感を覚えた。嬉しくもなんともないが今までの人生でこの手の予想は外れたことがない信頼と実績のある予感である。


 ここで俺が取る最善手は1つ、こいつとの関係を絶つことだ。


「お前も早く帰れ、俺は何も見なかったことにする」


 既に店の施錠は済んでいる。ゴミを捨ててこの場を立ち去ろうとする俺だが、手を捕まれた。


「離せよ」


「ねえ、こんな美少女が店の裏で隠れてるんだよ? 理由が気になるでしょ?」


「美少女? どこに美少女が?」


 俺は周りを見回すが、不意に腹に衝撃を受けた。この女……世間で言う美少女とやらは男の腹に一撃入れたりしない。


「……あんたね、いくら自分が超イケメンだからって調子乗ってんじゃない? グループでも人気上位3位以内キープしてる私が美少女じゃなかったならなんなの!」


 この馬鹿女は暫く俺を殴った手を見て呆けていたが、我に返って叫んだ。


 だが、葵。悪いが昔ならともかく今の俺からするとお前はちょっと整ってる程度の普通レベルだぞ。


 こいつ、俺の仲間達見たら卒倒するんじゃないか?


「お前の顔なんざどーでもいいわ。さっさと帰れ、なんでこんな時間にここにいるんだよ? 一応自称美少女なんだから気を付けろって」


「寮は人に見張られてて帰れないの」


 目の前の馬鹿が話す内容に俺は吹き出した。


「見張りだあ? なんでお前にそんなのがつくんだよ、自意識過剰も大概にしとけ」


 こいつは事務所のルールを違反しただけで精々が罰金か厳重注意程度だろう、同じメンバーがやらかした男発覚に比べれば笑い話みたいなもんだ。実際、まとめサイトでネタとして好意的に取り上げられていたくらいだ。


 つまり、やらかしたのはこいつなのに被害は俺ばかりが一方的に受けると言う理不尽な話なのだ。


 そもそも年齢詐称するから悪い? そりゃごもっともなんだけどな。


「とにかく寮にも帰れなくてさ。他に行く当てもなく彷徨ってたら、気付けばここに足が向いて……」


「あほくさ。寮を張ってるにしてもゴシップ記者か突撃系チューバーくらいだろ。有名税だと思うんだな。さっさと帰れ、店の裏に居られると迷惑なんだよ」


 俺は犬を追い払うように手を振ったが、こいつはなにも聞いちゃいねえ。


「お願い、匿って」


「はあ? ふざけんな! お前にこれ以上迷惑かけられてたまるか」


「迷惑かけついでに2、3日にでいいからさ。ボクの事情を知ってる玲二にしか頼めないんだよ」


 こいつが男装している事実は俺しか知らない。実家も関西だと聞いたし、ここで座り込んでるってことは行く当てもないことは事実なんだろう。


「なるほどな、だが断る!」


「ちょっと! 今の流れなら仕方なくボクを店に入れてくれるところじゃないの!?」


 この馬鹿は隠れ家として店を使いたかったようだが甘いにもほどがある。


「残念だったな。店はもう鍵閉めたあとだ。鍵は早番のかすみさんが持ってるから俺も入れねえ」


 ゴミ捨てしたら俺も事情を相談すべく合流するつもりだったのだ。


 それ以前に店は俺の私物じゃないから、こいつの隠れ家になんかされてたまるか。俺が店泊したのは誰にも明かしていないが、寮に帰らなかったことでこいつには見抜かれていたようだ。


「諦めて捕まるんだな。寮に押し掛けるなんて相当気合い入って……ん? お前目当てで寮に来てるのか?」


 自分で言ってその意味不明さにはたと気づいた。


 ウチの寮を見張るだと? それはどう考えてもおかしいだろ。どういうわけかこいつは女であることを隠して男として高校に通っているんだ。


 当然ながら、ウチの寮は男子寮だ。なんで女を追いかけて男しか居ない寮を見張る必要がある?


「おい、お前。なに隠してる?」


「べ、別にナニモ……大丈夫、玲二には迷惑かけ……」




「見つけたぞ! このガキ、店の裏に隠れてやがった!」


 葵の弁解は最後まで続かなかった、野太い男の声が割って入ったからだ。


「うそ!、なんでもう見つかるの!? やっぱり咒で……」


「おうおう、これまた大勢やってきて大人気じゃねえか。お前のファン層はこれまた特殊だな」


 ゾロゾロと集まってくるのは中年の男ばかり、それも人相の悪い堅気には見えない奴等だった。もちろんファン云々は俺の嫌味である。



「……事務所の社長に売られたのよ」


「はあ? そりゃまた難儀なこって」


 葵がこれまた意味がわからない言葉を吐いた。大昔じゃあるまいし、所属アイドルを売るってなんだよ。それに売るならこいつより男バレしたセンターが先だろうに。清純派で売ってるアイドルに男がいると、メディア露出しまくったし損害賠償レベルに違いないぜ。


 そう言いたいが、葵は聞くのをためらうほど真っ青な顔をしている。それは自分が売られたとかの話ではなく、あとからやって来た2人の若い男のせいらしい。



「ったく、ようやく見つけたぜ。手間ぁ取らせやがってよ」


「いくらかんなぎとはいえ、力を封じられた状態で我等から逃げおおせると思えたのか? 浅はかな」


 ガラの悪いチンピラみたいな若い男とスーツ姿の眼鏡の男だが、剣呑な空気を纏ってやがる。



「そんな! まさか芦屋の幹部が直々にお出ましなんて……逃げるのは無理そうだね」


 葵は葵で何やら驚いてるが、俺も別のことに驚愕していた。


 こいつら、人を殺したことがあるな。それもこの感じだとかなり殺ってるぞ。


 異世界で何度も味わった不穏な気配を肌で感じるんだが……ここ日本だよな? なんでこんな危険人物が湧いて出てくるんだ?


 まあそんなことより店の裏で騒動起こすの止めてほしいんだがな。周囲は住宅街だから変な噂になるだろうが。


 俺は内心そう思ったのだが、こちらの願いなど一顧だにされることはなく話は続いてゆく。



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