第2話 最強少年は因果に出会う


 中華料理屋、青龍軒は繁盛店だ。


 外装は昔ながらの中華屋といった感じだが、立地は最悪の部類に入る。駅からは徒歩20分以上あるし、住宅街の中にポツンと一軒あるだけの街中華屋だ。しかし昨今の街中華復興の流れとは無関係に閑古鳥とは無縁の活況を獲得している。

 近くに大きめの建設会社が2件あり、さらには印刷会社とその工場やらがある割にまともな飯屋がここしかないというのが大きい。

 今では珍しい出前もやって常連客をしっかり捕まえているしな。


 そんな青龍軒の店長が俺である。



「特製麻婆2丁上がったよ! お次の回鍋肉はあと3分な!」


「あいよ! オーダー、海老炒飯2人前、餃子3人前2番テーブル! あ、いらっしゃいませ、何名様ですか?」


「オーダー了解。銀さん、仕込み大丈夫?」


 この店は基本3人で回している。接客会計に一人と調理が二人だ、これに土日祝日は状況でヘルプが入る流れだ。もう随分と長いこと看板娘を張っている勤続11年の涼子さん(41)からの注文に鍋を振る俺が答え、もう一人の料理人である銀三郎さんに料理の仕込み状況を尋ねた。

 中華は仕込み9割という言葉があるように、下ごしらえの在庫が超重要だ。それさえあればあとは基本炒めるだけという流れになるからな。


「おう、問題ない。玲二も手伝ってくれてるしな。それよりお前、今日調子良いな。手際が昨日までとは桁違いだぞ」


「へへ、やっぱ分かる? もう腕が自然に動くレベルで軽いんだよ」


 今日は中々の客の入りだ。異世界に呼ばれる前なら注文に追われて必死で手を動かしていたけど、レベルが上がって鍛えられまくった今の俺なら楽勝だ。向こうで得た様々なスキルの恩恵で激務も鼻歌交じりでこなせるってもんだ。


「おい、玲二。俺の飯は?」


「劉さんの青椒肉絲は、あと5分ってとこだな。それまでこのメンマでも食っててくれよ。超美味いぜ?」


 カウンターに座る常連客の一人である劉さんが飯の催促をしてくるのでさっき一手間加えたメンマを小皿で出してやる。ここら辺は常連の気楽さで、勝手に出したものでも普通に食べて会計に乗せても文句言われないのだ。

 ちなみに大盛りに乗っけて100円というお手頃価格だ。


「おいおい、ここのメンマは市販品だろうに超美味いとは大きく出るじゃ……美味えぇ! 嘘だろ、いつものメンマが何でこんなに美味いんだ!?」

 

「なに言ってんだ? いつもの味だろうが」


「だったら食ってみろって。突然別モンにみたいに美味くなってんだって!」


「毎回食ってるだろうに、何言って……マジかよ! なんだこりゃあ、玲二! 俺にもくれ!」


 劉さんが隣に居るこれまた常連の陳さんにメンマの皿を差し出したら、彼と同じ反応を見せた。


「超美味いって言っただろ? やり方は企業秘密って奴だけどな」


「おう、俺もメンマくれ」「俺もだ、2人前でくれや!」


「まいどありー」


 他の客も争うようにメンマの注文をしてくれる。少額だが皿に盛るだけで売り上げが出る有り難いサイドメニューである。


 しかし我ながら最大レベルまで上げた<料理>スキルはえげつないな。仕込みそのものは普段と大して変わらないのに、塩加減や胡麻油の量で味が劇的に美味くなる。最大の9レベルにまでなると伝説の料理人クラスの実力だという話だが、常連の皆はその評判に納得の評価をくれている。

 向こうの皆はどんなもの食っても基本”美味ぇ!!!”しか反応返さないからどう違うのか知りたかったんだよな。異世界には塩くらいしかロクな調味料なかったせいもあるんだが。

 あのときはとりあえずあったらいいな程度の認識だったんだが、上げといてよかったぜ。


 スキル効果はオンオフが可能なのでメンマの調理にだけ有効化した。常にやってもいいんだが、何があったんだと詮索されても答えられないからな。

 いや、答えられはするけど、異世界行って料理のスキルレベルを最大に上げたなんて言っても煙に巻かれたとしか思わないだろ。



 しかし、思わず衝動的に店に戻ってきちまったが……これからどうするかなぁ。


 俺は16歳でここから一駅離れた高校に通っている。その私立高校は他の学校にはない特殊な学科が存在し、小さいが寮もあって俺もそこの一員だ。このままいけば一員だったの過去形になるのは確実だが。


 この歳で店長やるのは無理があるというか色々法令違反でバレるとヤバい。それは解っているんだが状況が上手く転んだというか、みんな黙認状態で一月弱だけどうまくやってこれたんだ。

 前任の雇われ店長が突然蒸発してオーナーが世界一周旅行中で長期不在だったり、店がなくなると困る従業員や常連、取引先も多分薄々感づいてはいるだろうが知らん顔で営業を続けていてそれなりに手応えもあったんだが……


 終わりは唐突に訪れた。



俺の通う高校には芸能コースがある。芸能人や芸能人を志望する奴等が集まってるコースだが、俺も形だけ在籍している。芸能界に興味なんざ一切なかったが、事務所に所属しているとレッスンとかでも出席が認められるそうなので籍だけは置かせてもらっている。

 世間に顔出しするのは死んでも御免なので、デビューするつもりも当然なくずっと訓練生の扱いだ。

 おかげで学校にはほとんど行かず、ここで思う存分生活費を稼げているわけだ。異国のオーナーとスマホで交渉して給料は歩合制なので売れば売るほど手元に帰ってくる。俺にとっては義務教育でもない学校なんて行ってる場合じゃない。

 それに食い物屋なら賄いがあるので食費がかからないのが俺みたいなのには一番大きい。


 俺が世話になった人とこの高校の理事長が友人で親を亡くした俺達を受け入れてくれたのだ。親なし家無しの俺達には本当に有難い話だった。学校には興味なくとも一応高卒の資格は欲しかったから、彼には感謝しかない。


 芸能コースは殆どが寮生で、そして寮は二人で一部屋である。ルームメイトとは色々あった、色々あったが、まあまあうまくやっていたと思う。

 そいつのおかげで芸能事務所に縁が出来て籍を置かせてもらえたのだ。向こうの社長は今でもしつこくスカウトに来るが、見世物になるのは一度で十分だ。


 だが寮監が超ズボラでロクにチェックしないのをいいことに、俺が店に泊まり込んで帰らないの不思議がった(決して心配したわけではない)あいつが俺を尾けてこの店の存在を把握されてしまったのだ。


 昨今の同年代の芸能人は原則アルバイト禁止らしい。色々スキャンダルの種になると言われれば納得だが、それ故基本的に金欠に喘いでいる。


 そんな中、俺が曲がりなりにも店長として働いているのを知ったあの悪魔は、良い笑顔でボクたち友達だよねバイトさせろと俺を脅迫したのだ。


 俺にその提案を抗う術はなかった。


 事務所の件やらなんやらで世話にもなっていたし、色々あってこいつにも面倒臭そうな事情がありそうなのは解っていた。

 絶対に秘密厳守な、と念を押してあいつも変装してバイトしたんだが……


 一週間でバレました。


 げに恐るべきはネット民の検証能力だ。隠し撮りした写真を重ね合わせて顔の輪郭で本人確認してる画像がネットで出回ったときは、頭を抱えるのを忘れて感心したほどだ。


 あいつめ、何が変装は得意、だ。速攻で身バレしてプチ炎上しやがったぞ。ただでさえそいつが所属するグループの一人が色恋ネタでやらかして盛大に燃えていたのにさらに油を投げ込んだ形になった。


 もちろんこの件も事務所に通報済で、芋づる式で俺まで引っ張られるだろう。ネットを騒がす炎上ネタとしてはゴミみたいなもんだが、露見すれば俺は退学確定の警察ご厄介レベル。事実として電源切った俺のスマホには学校からの鬼電が引っ切り無しにかかってきている始末。

 家無し親なし借金持ちの俺だと、これは人生終了コースだ。


 だから異世界召還されてこれ幸いと全部投げ出せたと思ったし、戻った時もさすがにほとぼり冷めてるだろと高をくくっていたのだが……


 まさか時間が一秒も経ってないとは思わなかった。



 だがまあ、これはこれで良かったのかもしれない。

 召還されたときは不可抗力だと割り切っていたが、このままでは俺のせいで涼子さんたち他の皆にも大迷惑をかけることになるから異世界に居ても気にしてはいたのだ。

 店舗責任者としての資格はかつて他の店で働いていた銀さんが持っていたとはいえ、オーナーと交渉して店長になったのは俺だしな。

 もちろんオーナーには俺の年齢を話していない。向こうは俺を成人だと考えているはずなので、このままではあっちにも連絡がいき、俺が破滅するのは時間の問題だ。


 しかし今の俺は頼るものもなく一人で世間の荒波に揉まれていた頃の弱い自分じゃない。

 異世界でいろいろ経験して、様々なものを得て帰ってきたんだ。


 そしてそれはじゃない。


「皆も俺の事情は把握してるし、まあ何とかなるだろ」


 気を取り直した俺は、有り難くも減る気配のないオーダーに戦いを挑むのだった。




「いやあ、今日は平日なのに儲かったね。夜営業だけで売り上げ8万いったよ」


「うお、マジか! 酒が結構出たもんなあ。これならみんな今日は1万近く稼げたんじゃないか?」


 昼営業の売り上げは既に俺の記憶にないが、平均的に2万は堅いから皆の取り分はそれくらい行ったはずだ。ウチは皆歩合給なので売り上げ次第で手取りは増えてゆくのだ。


「玲二、お前何かあっただろ? 手際が昨日までと全然違うぞ、後片付けの速さまで段違いじゃねえか」


 中華鍋の油慣らしを終えてガス台のゴトクの掃除をしていた俺に銀さんがそういってくるのだが、そこまで変わったか?


「俺の秘めたる才能が開花したんだよ」


「へっ、何言ってんだか。まあ、大したもんだぜ、ならこれまで以上に期待できるな」


 店の先輩である銀さんに褒められたが、このままでは数日先の未来さえ危ういのだ。マジで何とかしないとな。幸い今日は早めに暖簾を上げられたので、さっさと片づけを終えて動くとしよう。


「二人とも、後はゴミ捨てだけだから俺やっとくよ。上がっていいぜ、お疲れさん」


 もし、このとき俺が二人を早く帰さなかったらこれから先の運命はどう変わっていたのが、今となってはわからない。



〈……はい、わかりました。とりあえず俺はこっちの問題を先に片付けます。それじゃ〉

 

「おっ、今となっちゃ軽いもんだ。筋力も阿保みたいについたしな」


 連絡を終えた後、大量に発生する生ゴミをまとめて捨てるべくバケツ型のポリ容器に入れて持ち上げたが、以前な重労働だったこの作業も今じゃ楽勝だ。仲間から嫌というほど体力の重要性を説かれたから毎日走り込んでいたし、今じゃ腹筋もバキバキに割れている。筋トレ民が自分の筋肉を自慢する気持ちがよくわかるぜ。



 俺は完全に油断していた。切った張ったが日常だった異世界とは違い平和な日本にいることも手伝ったし、今の俺ならどうとでもなると思っていたのもある。


 だから気付なかったのだ。


 店の裏に出たとき、それは起こった。


「あ、玲二……」


「お前、なんでこんなところに居やがんだ……」


 店の裏口で体育座りして蹲っていた人影を見落としていたのだ。


「えへへ、来ちゃった」


「来ちゃった、じゃねえよ! 良く俺の前に顔出せたもんだな、この疫病神!」



 ショートカットのが途方にくれた顔で店の裏に座り込んでいる。言葉にすればそれだけだが、俺にとっては全く別の意味合いになる。


 こいつの名前は御堂葵。俺のにして現役アイドル、そしてなにより俺を今の状況に追い込んでくれた諸悪の根源、最悪の疫病神である。




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